深夜のオフィス街、その一つのビルの屋上に一つの影があった。
似つかわしくない幼い顔立ちと、亜鉛色の髪。
藍色の瞳は、瞳孔が縦に開いている。
生暖かい風に揺られながら、彼は悩んでいた。
わけが解らなくなっていた。
記憶には何も無い。
そう、この不快感とも快感ともいいがたい感覚をもたらす原因がありそうな記憶は無い。
ただ何時ものような記憶ばかりが自分には存在している。
「名」を呼んで欲しいと思うような相手などとは会っていない。
会っていないというのに。
「何なんだよ一体!一体っ僕が何でっ!!」
自分でも持て余している感情。
これでは人間の女の様ではないか。
「僕はナイトメアリーだ!最高の淫魔なのに」
『ナイトメアリー』
ゾクリ
体が震えた。
背筋を渡り下肢へとつづく疼き。
頭が、脳が何かに支配されていく。
甘い疼きが脳髄を支配していく。
『ナイトメアリー』
その「声」の主に会いたい。
「会ってどーすんのさ!」
自分の体が、自分の脳が自分の言うことを聞かない。
足元にひざまづき。
額づき。
下僕に・・・。
「下僕だって?」
ソウ、ゲボクニナリタイ!!
脳に身体が支配される。
時を同じくして、横島はただ目を閉じていた。
考えるのは足掻きつづける魔族のこと。
別に名を呼ぶ程度、何時呼んでもいいのだが・・・まだ早い。
アレは今やっと「なぜ」と思い始めたばかりだ。
自分が一言声に乗せ「ナイトメアリー」と呼べば簡単に落ちるだろうが、
それでは駄目なのだ。
「それでは意味が無い」
探せばいい、全力で。
探して探して求めて、狂うほどにすがってしまえばいい。
「私以外を求めずに、狂えばいい」
そうすればアレは力を手に入れる。
力を「樹」から与えられる。
さぁ時間は待ってはくれないのだから、急ぐがいい。
「間に合うかな?」
間に合ってもらわなければ。
こちらが困る。
その為に再び横島は呼ぶ。
声に出さずにアレの名を。
『ナイトメアリー、愛しい愛しい愚かなナイトメアリー
早く私を見付けるといい。私はお前を待っていのだから』
知らずに笑みがこぼれる。
「クス」
「我が君?」
「・・・ツバキか、又それで呼ぶのか?」
「他の者がいなければ良いと、お許し下さいましたでわありませんか」
和室に広げられる茶器。
手際よく茶を淹れるツバキに一目だけ向けると、溜息を一つ吐き出した。
なぜ、このツバキだけ性格が硬いのか。
後の二人はかなり軽いのに。
「何か良いことでもございましたか?」
「・・・種が、芽を出したのだ」
「種でございますか?」
「淫魔のことだろう」
中庭から出てきたカノエにツバキが不満を漏らす。
主の許しも得ずに堂々と横島の横に寝転がるカノエに、ツバキは眉間に皺
をよせる。
「・・・カノエいま少し控えろ、無礼だ」
「断る。俺はお前の下僕ではない。忠夫の下僕だ」
「・・・まだ支配しないのか?」
「しない」
「なぜです?名はすでに支配下にございますのに」
ツバキの言葉にクスリと横島は笑う。
「それでは意味が無い、狂うほどに求めてもらわなければ」
その過程を楽しみたいのか、再び横島は目を閉じる。
瞼の裏には苛立ちながらも支配者を探すナイトメアリーの姿がある。
検討違いの方向にいったり、苛立ちまぎれに人間を快楽に落したりとせわ
しなく動いている。
その合間にも着々と支配は進行していく、求めるという行為そのものがナ
イトメアリーを縛りつけていく。
「愛しい愛しい愚かな淫魔には、ちゃんと力を『樹』に貰えるようになっ
てもらう。でなければ、彼は救えない」
納得がいかないのか、先ほどからツバキは眉間に皺を寄せたままだった。
「・・・だから支配はまだ出来ないし、しないのだよ」
「主よ、もう一つよろしいですか?」
「キロウか許す」
何時の間にいたのか、横島の背後に膝を着いたキロウがいた。
「ありがたき。ハヌマン殿にした文珠の話、いささか省いておりましたが
・・・よろしいので?」
「ああ、彼らにはアレで十分だろう。
文珠は随分昔にある男が安定しない己の霊力を擬似的に固定するために
血を媒介にして、水晶に固定したものだ。文珠とは霊力の塊。意思をもつ無機物。
命の破片。生を落したものに再び生を戻す命の媒介物」
「賢者の石」
「そうとも言う、がそれだけが真実ではない。真実は無数にある」
偶々、その男が錬金術を生業にしていただけ。
彼には発想力があった。
固定され安定感のある霊力ではけして文珠は生まれない。
不安定で、曖昧で、未熟ゆえに文殊は生まれる。
この世で最も不可思議でいて、世界の律にそった無機物。
世界に愛されている象徴。
「そうか・・・・ところでツバキ」
「なんだ」
何の脈絡もなくカノエに名を呼ばれたツバキはとりあえず返事をする。
「俺に茶は?」
元々茶器は横島の為に用意したので、一組しかない。
それはカノエにも見えているはずだ。
「私はお前の下僕ではない」
「・・・・・・・・・・・・そうか」
横島の微かな笑い声が朝日に響いた。
※
時間が経つのは早い、ここまで早いと感じるのは久しぶりだった。
GS資格試験は二日後に迫っている。
「正確にはあと一日か」
時間はすでに十二時を回っている。
明日と明後日はハヌマンに製造中止になったC級ゲームを三本渡して休すむ旨を伝え、修練は無い。
おかげで、この時間までゲームに付き合わされてしまった。
「やはりロープレにすべきだったか・・・しかし、直感とはいえここに来るとはな」
妙神山からの帰りぎわ、普段ならば直に家に「飛ぶ」のだが何かが横島の
脳裏にこびり付いていた。
ここに来いと、この公園にこいと。
「なにも無ければよいが」
淡い期待はすぐに崩れて壊れた、代わりにけたたましいうめき声が響く。
ただし、この叫びは霊力のあるものにしか聞こえない悪霊のものだった。
うぐおぉぉぉぉぉぉ
「うぎゃぁ!」
悪霊に追われているのは少女だった。
「ひどいでござるっ!!拙者だけ置いていってしまうなんて!!
ひどいでござるよー!!」
ただし、首に特殊な霊石を付け。
尾骨から尾が生えている。
「なっ、そこの人!!逃げるでござるよぉ!!」
漸く進行方向に人物がいることを確認した少女は、慌てて声を張り上げるが、
横島は逃げるどころかゆっくりと少女の方へ歩いていく。
「その前にお前が逃げろ」
溜息をつきながら横島は右手に意識を向ける、文珠を使うわけにはいかない。
なぜならば『彼女はまだ文珠を知らない』からだ。
右手を覆うように出されていた霊波が徐々に形を作る。
すらりと湾曲した日本刀の刀身が、横島の右手に存在していた。
「なっ霊波刀!?」
少女を軽く無視し、右手を高々と上げ引力に従うように振り下ろす。
そう、振り下ろしただけだった。
それだけで、霊は真っ二つに裂けた。
「まだ挑むか?それとも逃げるか、好きなほうを選べ」
一度ぶるりと悪霊は振るえ、分裂したまま横島に突っ込んでいく。
こんどは横に刀身を動かし四等分にすると、今度は逃げていった。
「逃げるなら、はじめから逃げればいいものを」
だが、霊波刀が作り出せたことに安堵する。
理想どうりとまでは行かないまでも、刀身は安定してる。
これならば明日の試験は大丈夫そうだ。
「で、そこの犬」
「犬ではござらん!狼でござる!」
条件反射で自分は狼だと主張する少女に微笑んでみた。
瞬間、少女は顔を高揚させる。
「・・・では狼、何か言うことは無いのか?」
「あっありがとうゴザイマシタ」
「お前名は?」
「はい!拙者犬神シロと申します!!」
予期こそしていたが、早すぎる出会いだった。
前回の話は私がただ単に学校での阿鼻叫喚を入れたいがために
この話と分裂させました。
今回も楽しんでいただければ幸いです。 (朱音)
試験の前にシロと出会うとは、ビックリです。
犬塚シロではなく、犬神シロ?
これは平行世界だからですか? (邪魅羅)
この調子で下僕を増やしていくんでしょうか^^;
この世界に来た目的が分からないですがこのペースで活動してもらいたいですね。 (綾香)
頭も切れるし強いですねぇ・・・資格試験の展開が楽しみです。 (純米酒)
コメントありがとうございます。
シロの苗字が違うのは次回でますのでここでは控えさせていただきます。
綾香さま
ありがとうございます。
執筆のスピードはあまり速いほうではないのですががんばります。
純米酒さま
はい外道です。
とにかく外道です、人外に対してはかなり。
次回からは資格試験になりますのでお楽しみ下さい。
白悲さま
具体的におねがいします。
そうすれば次回に反映されると思います。 (朱音)
三本渡して休すむ旨を伝え
理想どうりとまでは
・・・・・小学生の作文じゃないんですから。 (こここ)