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GS美神「ミッシングリンク」

最終章「ザ・ミッシングリンク」


投稿者名:遊
投稿日時:04/ 8/ 9

「主のなさることは、みな時にかなって美しい」
ー「聖書」より


マズイ、美神は焦っていた。
横島を倒すために持ってきた武器のほとんどは使い切り、彼女は満身創痍。
一方、横島は度重なる猛攻を各個撃破でくぐり抜け、
敵を倒したことによって起きるパワーアップで、今や強大な力を身につけている。
そして、何より横島と美神は亜空間の戦闘フィールドに二人きり。
もはや、美神か横島、そのどちらかが魔神になるしかないのだ。


GS美神「ミッシングリンク」最終章


こんなはずではなかった。
最初は楽勝だと思っていた。
今回の戦いに参加した者のほとんどが、
横島が魔神になることを阻止するために来たのだったのだから。
誰かが横島を倒せば、
魔神になりたいエミやらカオスやらに適当に負けてやれば良いと思っていた。

だから、戦闘開始直後、横島が文珠の力(おそらく「穏」の文字)で姿を消した後も、
仲間割れなど起こすはずもなかった。
力の弱い者は強い者をチームを組み、
手分けして横島を探し、みつけたならば仲間を呼んで、
アイツをタコ殴りにすることが、たいした混乱もなく決められた。
こっちには、自分を始め、冥子、おキヌ、シロ、ピート、雪之丞、それに小竜姫までおり、
その上、どんな手段を使っても勝てば良いという美神自身が指揮を執る。
負けるはずはなかったのだ。

ところが、計算違いが生じた。西条だ。
彼が美神に襲いかかってきた。
西条は言う、横島クンは僕が倒すから、令子ちゃんは戦いを降りろと。
魔神になる苦しみは、恵まれた存在である自分が引き受ける。
横島クンのようないい加減な男に、そんな重荷は負わせないと。

だが、美神は納得がいかなかった。
何故、西条は他の皆のように協力して、横島を倒し、
その後、魔神を目指そうとしないのか。
西条の言葉に対する不審が、二人の対決を生むことになる。

しかし、西条は知っていた。
美神の性格を。
美神がいくら悪どいと言われても、魔神になる道を簡単に選ぶほど愚かではない。
この戦いは、他の人々同様に、横島クンを止める為のものだろう。
それは、判っている。
自分だって、横島クンにこれ以上の負担を背負わせるつもりはない。
必ず、彼を倒し魔神となるつもりだ。

けれど、万が一の可能性が彼の脳裏に浮かぶ。
もし、横島と美神が二人きりになった時、
美神は、敗北を受け入れ、横島が魔神となることを受け入れられるだろうか?
魔神になるのはイヤだからと、引き下がれるだろうか?
・・・それは、有り得ない。

美神令子は守銭奴だと言われる。*注
実際、毎回、法外な除霊代を稼ぎ、従業員の給料は最小限に抑えているのは事実だ。
その上、オカルトGメンを手伝った時は、お金が欲しくてノイローゼになったし、
脱税で告発されたこともある。
金目当てで、ユニコーン退治や九尾の狐の子供の除霊を引き受けたことさえある。

しかし、彼は気付いた。気が付いてしまった。
彼女は一攫千金は好きだが、勤勉に働いて少しでも沢山稼ごうという気持ちはない。
金が好きと言いギャンブルを好むが、資産運用をして、
株や資産の購入を行っている様子はない。
使う方でも、自分のパワーアップの為に、
数億の金を惜しげもなく支払ったこともあったと聞くし、
謎のジャンボ離陸失敗事件の際、数十億の口止め料を使ったという噂もある。
また、金成木財閥の御曹司から形式結婚を申し込まれた時も、
仕事を続ける為に結婚を断ったという話も聞いている。

つまり、彼女にとって金は、楽しいゲームのチップなのだ。
金そのものに意味はない。
金は、自分が人生というゲームに成功し、
勝利したことを証明するための道具に過ぎないのだ。
だから、彼女はゲームの為になら平然と大金を注ぎ込めるし、
楽しめない方法で金を増やそうともしないのだ。

そうやって考えると、彼女に本当に大事にしているものが見えてくる。
それは、誇りだろう。
己の誇りを満足させる為に、金を稼ぎ、自分の価値を確認する。
それならば、除霊代金を安くした魔鈴をあんなに敵視した理由も理解できる。
己の仕事を、誇りを侮辱されると感じ、我慢出来なかったのだろう。

そんな美神が、横島に負けることを受け入れられるだろうか。
・・・否、断じて否だ。
横島クンを倒して誰かに負けるなら、本来の目的を達しての、いわば勝ち逃げだ。
それならば、彼女の誇りは傷つかないだろう。
だが、本来の目的を達することも出来ず、彼女が敗北を認められるか?
そんなことは有り得ないだろう。

たとえ、今、何と言っていようと、二人きりになってしまえば、
彼女の闘争本能は真っ赤に燃え上がり、
力の限り、横島クンを倒そうとするに違いない。
もちろん、それで彼女が横島クンに勝てる保証はないだろう。
いや、負ける可能性の方が高いかもしれない。
だが、横島クンでは彼女にトドメを刺せないかもしれないのだ。

だから、不本意ながら、横島クンと一時、協力体制を取ることにした。
正直、才能がある癖に、それを磨こうともせず、目先の快楽ばかり求める彼は大嫌いだ。
その上、令子ちゃんが、何故か、
そんな彼に対して心を開いていることも不愉快極まりない。
そして、彼がそんな自分を嫌っていることも十分承知している。
このまま戦いが始まれば、彼は喜々として自分を攻撃してくるだろう。
だが、この場合、それでは困るのだ。
まず、令子ちゃんを魔神にしないことが何よりの目的なのだから。
それ故、戦闘開始前に密約を結び、彼女と戦うことにしたのだ。

そして、西条は美神に攻撃を開始する。
熾烈を極める西条の猛攻。銃撃、白兵戦、トラップ。
美神の攻撃エリアに入らないようにしながら、狩りをするように
着実に美神の霊力と体力を削っていく。

華麗さはなくとも、一発勝負の美神と異なる着実な戦い方。
もともとキャリアが10年違うのだ。
そんな相手に負けない戦いに徹せられては美神と云えども堪ったものではなかった。
その上、今回、美神は自分が攻められることなど、考えていなかった。
うかつにも、横島を倒すことしか頭になかったのだ。
だから、神族が生命の保証をしている以上、何をしても死なないはずだと
霊力勝負と油断してくる横島を倒す為に重火器を用意をしても、
防御の用意はほとんど何もしていなかった。
その結果、攻撃用の武器は、西条の猛攻で次々に破壊されていった。

だが、結局、西条の願いは最悪の結果で報われることとなる。
一瞬の隙が全てを決してしまった。
倒れた美神にトドメを刺す一瞬の躊躇い。
それが、美神に逆転の一撃を与えるチャンスを与えてしまった。
失いつつある意識の中で、西条が亜空間の現状を知れば、どんなに後悔したことだろう。
戦いを長引かせた結果、
亜空間には、もう横島と美神しか残されてはいないと知ったならば。

「美神さん、出て来て下さい。決着をつけましょう。・・・これは、運命なんです。
たとえ負けても、あなたが恥じることは何にもないんですよ」
横島は辺りを見渡しながら静かに語る。まるで、勝利を確信しているように。
それが美神のカンに障る。

確かに、現状は限りなく美神に不利だ。
美神は、西条との戦いで体力と霊力は限界ギリギリまで削られ、
武器も、もう神通鞭しか残されていない。
敵を倒すことによって起こるパワーアップも西条一人では、たかが知れている。
それに対して横島は、多くの敵を一人で倒し、
信じられないほどのパワーアップを遂げている。
まともに攻めては傷一つつかないだろう。

だが、私を誰だと思っている。
私は、美神令子だ。
どんな強敵でも怯まず戦い、不可能と思えるような戦いに勝利してきた女だ。
そうやって勝ち誇る敵に、逆転の一撃を食わせたことを一番知っているのは、
あんたのはずだ。舐めるのもいい加減にしろ!
美神が悔しさに歯がみしていると、それに気付かぬように横島が続ける。

「俺、皆の襲撃を避けて文珠で隠れた時に、同士討ちを始めないのを見て判りました。
皆、俺を倒すために来ていたんだ。俺を魔神にしないために、参加してくれたんスね。
美神さんもそうなんでしょ?」

最初は、そうだったとしても、今は自分の誇りのためにあんたを倒したい。
このまま、舐められて終わるなんて冗談じゃない。
美神は荒れる息を整えながら考える。

「そしたら、判ったんです。
この戦いは、最初から俺を魔神にするための儀式だったんですよ。
これは、運命なんですよ。
俺、知りませんでした。
こんなに大勢の仲間が俺のことを大事に思ってくれていたなんて。
その記憶が、俺の制約の一つになるんです。
俺の中に魔族の衝動が生まれようと、世界に対する憎しみが生まれようと、
その想いが、俺を憎しみから解き放つんです」

こいつは、何を言っている?
混乱する頭の中で、美神は必死に考える。
それでは、横島の魔神化を阻止しようとした皆の想いも、
自分の気持ちも全て決められていたとでもいうのか。
全て定められたものだったというのか。
冗談じゃない!私の想いは私のものだ!
運命などに操られてたまるものか!
だいたい、あんたみたいな往生際の悪い男が、
運命なんてものを受け入れるなんて、どういうことなんだ!

そう考えている美神をよそに、横島は虚空を見詰めて語りかける。
「おキヌちゃん、今までいろいろ本当にありがとう。
君は、俺にとって、・・・何と言ったら良いか、・・よく判らないんだけど、
とても大切な人だった。別れても、心はいつも一緒だから」

それは、横島からの別れの言葉。
本来ならば、現実世界から亜空間を見ることは出来ても、
亜空間から現実世界を見ることは出来ないはずだ。
なのに、奴には見えているのか?
空間を越えた向こうの世界の様子まで。
そんな美神の懸念を証明するように、横島が続ける。

「シロ、もう泣くなよ。武士がそんなに人前で泣いてどうするんだ。
師匠として、俺も恥ずかしいじゃないか。
お前は、俺の最初で最後の只一人の弟子だ。
俺はろくな師匠じゃなかったけど、師匠としてお前の幸せを心から祈ってるぞ」

間違いない。奴には見えている。
美神は鳥肌が立つのを感じた。空間を越えて現状を把握出来る能力。
そんなものを持っているのなら、隠れている今の自分の様子など、
アイツは簡単にみつけられるのだろう。
だが、襲ってこない。何故か?
アイツは待っているのだ。
私が決心して立ち向かってくるのを。

「よこしまー!!」
美神は気が付くと飛び出していた。
確かに、今の強大な力を持つ横島に勝つ見込みはほとんどないかもしれない。
だが、いつでも倒せるとばかりに、隠れている自分の位置を知りながら攻撃をしかけず、
自分に名誉ある敗北を用意しているような横島を許すことが出来なかった。
美神は、力の差も顧みず、神通鞭を振りかざし横島に立ち向かう。

そんな美神の様子を見て、横島は密かに安堵の吐息を漏らす。
ーどうやら、ひっかかってくれたようだな。ー
激怒する美神を見ながら、横島はほくそ笑む。

実際のところ、横島には美神の位置など判ってなどいなかった。
もちろん、亜空間の外の様子がどうなっているかなんて、判るはずがない。
アシュタロスさえ持っていなかった能力を横島が手に入れているはずなどないのだから。

正直、今の状況で横島が美神に負ける可能性は低いだろう。
だが、相手はあの美神令子だ。
隠れて考える余裕を与えたら、どんな反則ワザを考え出すか判ったものではない。
横島は、何度も不可能と思えるような逆転劇を見てきている。
確かに、時に横島自身が立役者となったこともあったが、
美神の強運を侮る気にはなれなかった。

だから、美神の誇りを傷つけ、彼女を誘き出したのだ。
全ての余裕を奪い、倒すために。
それは、実のところ、美神令子の戦い方。
常に美神と共に戦ってきた横島は、手取り足取り教わることがなくても、
やはり彼女の弟子なのだ。
そして、美神令子にとっての不幸は、
その一番弟子が、今、敵となっているということなのだろう。
焦り、普段なら引っかからないような罠にかかっている、今の状態を見れば。

そんなことを考えている横島に向け、神通鞭が唸りを挙げて迫る。
神通鞭は、音速を超え、空間を切り裂く。
だが、横島には傷一つ付けられない。
横島は静かに語りながら美神に迫ってくる。
あくまでも余裕を装い、美神の焦りを誘うように。
「これは、運命なんですよ、美神さん」

美神の脳裏に思い出が走馬燈のように沸き上がる。
どんなに傷つけても、諦めない煩悩少年。
ただバカで元気であけすけで面白そうだから雇っただけだった。
私の身体目当てで、寄ってきたのも知っていた。
だから、わざと酷い扱いをして、試してきたんだ、あんたの想いを。
私が欲しいなら、その火を越えてみろと。
どうせ、越えられずに諦めるだろう、と思っていた。
どうせ、こんな面倒くさい女を相手にせずに、
もっと都合の良い女のところに行くと思っていた。
なのに、あんたは、何故付いてきたの!
そして、私がやっと、あんたを認めた時に、何故、あんたは私を見捨てるの!

そんな美神の思いを無視するように横島は続ける。
「何故、俺は中世で一度死んだのに蘇れたと思います?」
音速を越える鞭を片手で払いのけながら、横島は近づいて来る。
美神に余裕を与えず追い詰めるために。
だが、追い詰め過ぎたことにより、横島自身も予想していなかった事態を招いてしまう。

追いつめられた美神の中で、メフィストの記憶に掛けていた封印が弾け飛ぶ。
美神の中に甦るメフィストとしての想い。
どんな想いで私があんたとの再会を待っていたと思っている!
1000年前、自分に惚れろなんて勝手な事を言っておきながら、
私の心を掴んで置きながら、置き去りにしていった酷い奴。
私の心は、今もあなたの手の中にあるのに!
また、置いていくつもりなのか!

「何故、俺は南極で、アシュタロスに変身出来たんだと思います?」
横島は悲しげな笑みを浮かべて近づいてくる。

あんたが、何故、運命なんて信じるようになったか。
私は知りたくないし、聞いてやるつもりもない!
運命が何だって言うんだ!
そんなもの、私が打ち砕いてやる!

「何故、俺は、いや、平安時代に会った俺達が、もう一度、会えたんだと思います?」

私達の再会も運命だったと言うのか!
この想いも全て運命が作り出したものだと言うのか!
私と別れることも運命だと言うのか!
そんなこと、私は認めない!

力の通じない苛立ちが美神の隠された本音をさらけ出す。
何が、運命だ。
あんたは、運命、運命と言いながら、
結局はルシオラに会いたいだけじゃないのか!
そんなに、あの娘が良いのか!
どうして、私じゃダメなんだ!

美神の想いが限界に達し、彼女の最後の躊躇いを吹き飛ばす。
命を捧げたルシオラの想い。
それを邪魔する資格が私にないこと位、判っている。


・・・でも、


・・・でも、


私もあんたが欲しいんだ!



爆発的に増大していく美神の霊力。
それは、アシュタロス戦で美智恵がシミュレーションを使って追い詰め、
実現させようとした爆発的な成長。
あらゆる抑圧も理性も吹き飛ばす激しい想い。
無敵なはずの横島さえ、傷つける激しい想い。
美神の攻撃を受け、横島の皮膚は裂け、骨をきしみ、鮮血が迸る。
それでも、横島は怯まない。
静かに美神に近づいてくる。
「全ては、決められていたことなんですよ」

だとしても、私が運命を変えてみせる!
私は美神令子。
欲しいものは、どんなことをしてでも手に入れる。
神に呪われようが、悪魔に嘲笑われようが構うものか!
世界中を敵にしようが構うものか!
私の持つ全てを失うことになろうと構うものか!
私は、あんたを自分のものにしたいんだ!

横島の体が鞭で切り刻まれる。
その体を激しい痛みが襲う。
だが、横島は怯まない。

横島の瞳に映るのは泣きじゃくる少女。
運命に逆らい、世界を敵に回しても、横島を求め戦うビーナス。
横島の体に刻まれるのは、その想いの深さ。
傷つけられるはずもなかった自分にまで届いた熱く激しい想い。

横島の胸が痛む。
こんな想いを向けられているのに、また俺は彼女と別れなければならないのか。
また、彼女を見捨てなければならないのか。

バチ!

美神の渾身の力を込めた神通鞭が横島の身体に当たり弾ける!
ついに念の出力に耐えきれず、弾け飛ぶ神通鞭。
美神の渾身の力が、弾けた神通鞭から飛び出し、横島の胸の大きな穴を空ける。
横島は自分の胸に空けられた穴を見詰め顔を上げる。

横島の驚いた顔を見て、霊力を使い切り、もう立っているのもやっとの状態のくせに、
それでも、美神は精一杯の虚勢を張り、震える脚を抑えて横島に不敵な笑みを向ける。
見つめ合う二人。
横島が倒れるのを期待しながら、最後の意識を繋ぎ止める気高き瞳。

そんな美神に、横島は優しく微笑み、静かに歩み寄る。
「美神さん、ありがとうございました。俺、美神さんの気持ち、絶対忘れません」
横島は美神を優しく抱きしめ、手の中に持っていた文珠を美神に触れさせる。
まるで、髪飾りでも付けるように優しく。


そして、美神は意識を失った。




「美神さんは、文珠で眠っているだけです。心配いりません」
戦いが終わると亜空間が消滅し、戦いを見守っていた人々の前に
美神を抱きかかえた横島が現れる。
ズタズタに切り裂かれたジーンズの下からは紫の血が流れ、
その身体は、かつて見た、アシュタロスと同じ姿になっている。
それは、もはや横島が人でなくなったことを誰の目にも明白にしていた。

横島の手から美神を受け取る西条。
「すまない、約束通り、僕が令子ちゃんを倒していれば・・・」
西条は、自分の敗北を横島に詫びる。

「俺がお前を叩きのめしただけだよ。まあ、お前をぶっ飛ばせなかったのは残念だがな。
お前が、そんなにしおらしいと気味がわりーや。
それに、俺はお前なんかに美神さんを任せるつもりはないぜ」
ムっとした顔の西条を見ながら、横島はからかうように笑うとベスパを呼ぶ。
まるで、罪人のように項垂れて現れるベスパ。

ベスパの手からルシオラの霊破片を右手に受け取ると、横島は目を閉じる。
「さあ、ルシオラ、君に借りていた霊破片を返そう。
甦ってくれ。俺と共に生きるために」

横島の右手に莫大な力が集まり、光が溢れる。
そして、輝く光の中に蛍が現れルシオラが甦る。
横島は、光の中から現れたルシオラに優しく語りかける。

「おかえり、ルシオラ。随分、待たせちまってゴメンな」

「・・・ヨコシマ、私・・・ほんとうに、お前はそれで良かったの?」
ルシオラは縋るような目で横島を見詰める。
「もちろんだ。これは運命なんだよ。だから、ベスパもそんな顔をするな」
そう言われたベスパが顔を伏せて呟く。

「お前は、判っていないよ。私は、ただ・・・」
「アシュタロスを復活させたいだけなんだよな」
ベスパの後を、横島が続けると、周りの人々は息を飲む。

「あ、心配しなくていいよ、皆。
ベスパは、魔神アシュタロスを復活させようって訳じゃない。
俺を魔神にすることによって、アシュタロスを魂の牢獄から解き放ち、
普通の存在として、転生させたいだけなんだから」
その言葉を聞き、ベスパは驚きに目を見開く。

「ヨコシマ、お前は知っていたのか?知っていて、こんなことを?」
「言ったろ。これは、運命なんだ。
俺が魔神になることも、アシュタロスが転生することも。
だが、アシュタロスを本当に魂の牢獄から解き放つには、まだ終わりじゃない。
やらなければならないことが残っているんだ」
そう言うと、不思議そうな顔をしているベスパとルシオラの方を向き、
横島はイタズラ小僧のような笑みを浮かべる。

「小僧、まどろっこしいぞ。
運命、運命と言っても、周りの人間は何のことか判っておらん。
ちゃんと説明したらどうじゃ。それとも、ワシがやってやろうか」
カオスは、楽しそうに横島に話し掛ける。

「いや、俺のことだから、俺にやらせてくれ。
・・・だけど、そう言えば、あんたは、いつから気が付いていたんだ?」
「小僧が、南極でアシュタロスに変身したと聞いた時からじゃ。
それで、全ての辻褄があった」
「辻褄が合う?それはどういうことなの?」
美智恵が尋ねる。

「ふむ、少し考えれば判ることなのじゃが、
あの時は、皆、目の前のことに精一杯じゃったからのう。
当然、気付くべき異常に誰も気が付かなかったんじゃ」
「異常とは、それは一体どういうことなんですか?」
唐巣神父が尋ねる。

「小僧は、南極でアシュタロスに変身し互角に戦った。
この異常さが理解出来んのか?文珠は万能でもなく、限界があると言うのに」
「そうか!横島クンが成長したとは言っても、
当時の文珠はせいぜい数百マイトの力しか持たないはずだ。
それなのに、数億マイトのアシュタロスと同等の力を持つことなど・・・」
西条が応えると、カオスが会心の笑みを浮かべて後を続ける。

「そう、有り得んことじゃ。お主は、この小僧と違って飲み込みが早いのー」
と、横島をバカにするように笑うカオスに横島が茶々を入れる。
「抜かせ!カオス!
俺は、あの時はルシオラの復活に夢中で、そんなことを考える余裕がなかったんだよ!
だいたい、お前、そんな前から気が付いていたなら、何故すぐに教えん!」

「人間と言うのは、自分で気が付かない限り、納得しないもんじゃからな。
もし、ワシがいきなり説明したとしても、お主は信じようとはしなかったじゃろう。
だから、ワシは、お主が自分で気づけるように散々、ヒントを与えてきたはずじゃぞ。
それを聞こうともせんと・・・」
カオスは片方の眉が上げると、横島に言い返す。

「・・・う。だけど」
「まあ、ワシも結局、依頼された嬢ちゃんの復活は成功出来なかったからな。
今まで貰った金は、そのレッスン料でチャラということにしておけ」
そう言われて、横島はハっとして尋ねる。

「まさか、こうなることが判っていたから、
ワザと実験に失敗して、只メシを食っていたんじゃないだろうな」

「何を言う!ワシはヨーロッパの魔王、ドクター・カオスじゃ!
小僧の状況から考えて、宇宙意思が嬢ちゃんの復活を妨げようとすることは判っとった。
しかし、ワシは運命に逆らい、不老不死の命を望んだもの。
運命を受け入れたお主とは違う。
相手が宇宙意思であろうとも、諦めたりはせん。
全力は尽くしたことは、ワシの1000年の命に賭けて誓おう」
カオスはマントを翻すと凄みのある野太い笑みを浮かべる。
その様子に横島が苦笑すると、パピリオが尋ねる。

「ちょっと待ってくだちゃい。
どうして、ルシオラちゃんの復活を宇宙意思が邪魔するんでちゅか?」

「俺が魔神になるためだよ。
ルシオラが復活すれば、俺が魔神を目指す理由がなくなるからな。
それと同じ理由で、俺は中世で死んでも甦ることが出来たんだよ」

「待って下さい、横島さん。その話なら、前に美神さんに聞いたことがあります。
その時は、ただ単に、そのままでも蘇生可能な状況だったんじゃないですか?」
小竜姫が口を挟むと横島が応える。

「ええ、確かに、その可能性もあると思います。
実際、その時の俺の状況がどんなものだったか、確認のしようもありませんが」

「だけど、そうじゃない可能性もあるのね。そうじゃないとすると、どういうことなの?」
ヒャクメが好奇心丸出しで尋ねる。

「あ、ヒャクメか。丁度いいや。俺には、アシュタロスの記憶しかないから、
平安時代からアシュタロスがタイムスリップさせられた後の事を知らないんだ。
あの後、俺の前世の高島の魂は、どうなったんだ」

「えーっと、メフィストは高島さんの魂を自由にしてやったはずなのね」
「何か呪文のようなものを掛けたりはしていないんだな」
「ええ、それは確かなはずなのね」
「・・・なるほど、やはり、俺達の再会をメフィストが仕組んだ訳じゃなかったのか」
横島が納得したように呟くと、エミが苛ついて噛みつく。
「自分一人で納得していないで、ちゃんと説明するワケ!」

「すみません、エミさん。俺も、俺の前世が死んだ後に、
何の魔術も掛けられていないのに、俺と美神さんに会えたことを確認したかったもので」
「じゃ〜あ、横島クンと〜令子ちゃんが〜会えたのは〜やっぱり〜偶然だったの〜?
さっきは〜、運命と〜言っていたけど」

「この広い宇宙の広大な時間の流れの中で、あてずっぽうに知り合いに、
会えるはずがなかろう」
カオスが口を挟むと横島が肯く。
「そう偶然なんかじゃない。これも宇宙意思の力だったんだ」

「また、宇宙意思の力かよ。ちょっと話が都合良すぎないか?
お前は、説明のつかないことを全部宇宙意思の所為にしてるみてーだが」
雪之丞が頭を掻きながら尋ねる。

「それに、平安時代には横島さんと美神さんの前世だけでなく、
西条さんの前世もいたのね。それも、宇宙意思だと言うの?」
「いや、その辺は自信がないんだけど、
魔鈴さん、現世で死んだ知り合いと来世で会えるようにする魔法ってありますか?」
「ええ、聞いたことはあります。
死んで魂が行方不明になってしまえば無理ですが、魂がまだそこにあるのなら・・・」

「そうですか。
それなら、やっぱり西条と美神さんは、その魔法で結びつけられたんだと思うんだけど」
「つまり、君は僕と令子ちゃんが、前世からの再会を誓った恋人同士だと言うのかい」
「うーん、認めたくないが、
お前と美神さんを宇宙意思が結びつける理由がみつからないんだよ。
そうすると、俺がいなくなった後のメフィストの寂しさにお前の前世がつけ込んで・・」
「失敬なことを言うな!僕は君と違って卑怯なマネが嫌いなんだ。
確かに令子ちゃんのことは愛しているが、泥棒猫のような方法で奪ったりはしない!」
クサイ台詞を胸を張って言う西条に、横島がげんなりとした表情を見せる。

「そう、思い出したのね!」
西条の言葉を聞いて、ヒャクメが目を輝かす。
「前世の西条さんは、こんな方法でお前の女を譲られるなんて真っ平だ。
次に会う時まで、メフィストのことを妹として面倒をみてやるって言っていたのね」

「じゃあ、西条君はその約束を守るために律儀に令子のことを
前世から守り続けてきたというの?来世で再会するために呪術まで使って。
横島クンを待つために」
美智恵が驚いて呟くと、ピートが続ける。
「よほど、美神さんの前世のメフィストという人が好きだったんでしょうね。
だけど、横島さんへの意地もあるから、兄という立場を守り通して・・・」
西条の周りに、彼の不器用さを同情するような視線が集まる。

と、賞賛の視線はともかく、
このような哀れみの籠もった同情の視線にはなれていないのか、
西条は居心地悪そうに視線を逸らすと、
耳を真っ赤にしながら、無理矢理、話題を横島のことに戻す。

「それは、どうだか判らないが、ぼ、僕のことは、仮に、そういうことだったとしてだ。
君の言っている宇宙意思の行動には矛盾がないか?」

「そう私も考えていたんですけど、
横島さんが、中世で生き返ったのも宇宙意思のおかげで、
美神さんに再会出来たのも宇宙意思のおかげなんですよね。
だけど、横島さんの前世が亡くなった時は、生き返れなかった。
それって、おかしくないですか?」
「いや、良い所に気が付いたね、おキヌちゃん。
矛盾があるように見えるところにこそ、謎を解く鍵があるんだ」
横島は、不器用な西条の様子に、何処か美神と似たものを感じながら、
武士の情けで、これ以上は追求せずに話を進めることにする。

「先生が平安時代には死んでもよくて、
中世には死んではいけない理由があるんでござるか?拙者には、何がなんだか」
シロが頭を抱えると、タマモが応える。

「アシュタロスね。
ヨコシマ、あなたは、あなたとアシュタロスには何か特別な関係があると言いたいのね」
「どういう事でござるか?」
「さっき言ってたでしょ?
平安時代にアシュタロスという奴はタイムスリップさせられたって。
だから、ヨコシマの前世は死んでも復活しなかった。多分、する必要がなかったのね。
でも、中世にはアシュタロスがいたから、ヨコシマは復活する必要があった。
文珠でヨコシマがアシュタロスに変身出来たのもそう。
この辺の出来事は、二人の間に特別な関係があることを示しているんじゃないの?」

「お前とアシュ様が・・・」
茫然としてベスパが呟く。
「ああ、そういうことなんだ」
横島は申し訳なさそうに肯くとベスパの方を向く。

「そのことに気が付いたのは、お前に魔族の制約について聞いている時だった。
あの時、何故か魔神になった俺の姿が浮かんで気が付いたんだ。俺は魔神になる運命だと」
「確かに、あの時、お前はそう言っていたが、理由は判ったのか?」

「ああ、カオスから散々ヒントを貰っていたからな。
アシュタロスに与えられていた制約は優しさだけじゃなかったんだよ。
多分、ゾウブツシュって奴は、世界がデタントになれば、
アシュタロスが暴走することも予想していたんだ」
「だが、予想していたにしては、我々はギリギリまで追い詰められた。
ヨコシマ、お前の活躍がなければ・・・」
そう言うと、ワルキューレは息を飲む。

「そう、俺がいなければ、アシュタロスを防ぐことは出来なかった」
「だけど、それは宇宙意思の反作用のおかげじゃなかったんですか」
と、ジークフリート。

「それじゃ、何故、いつも俺なのかの説明がつかないんだ。
それに、俺にとっちゃ、宇宙意思ってのは、貧乏神みたいなもんで」
「貧ちゃんですか?」
と、横島が心配でとりあえず、戦いを見に来ていた小鳩が尋ねる。

「あ、いや、小鳩ちゃんの貧乏神とは、ちょっと違うんだけどね。
俺は、今まで自分のことなんか、何の価値もないと思っていた。
コンプレックスの塊だったんだよ。
でも、これは考えてみれば、かなり不自然なことなんだ」
「うむ、おそらく宇宙意思が干渉していたんであろうな」

「ああ、今になると、俺もそう思えるよ。
俺はガキの頃は、伝説になるようなミニ4駆のチャンピオンで、
親父もお袋も実はスーパーサラリーマン。
その上、俺は霊能力に目覚め、文珠も使えるようになった。
そして、こんなに俺を大事に思っている人達がいてくれるのに、
俺は気付くことが出来なかった」
「それなのに、横島さんは自分を信じることが出来なかったんですか」
と小竜姫。

「ええ、小竜姫様。
ガキの頃は銀ちゃんって友達が近くにいて、惨めな想いをさせられてたし、
親父もお袋もどういう訳か、俺の前では猫をかぶり、
おまけに親父はなぜか上司の罠にはまり、ナルニアってド田舎に左遷。
霊能力に目覚めても、師匠達は信じられない位、
優秀でとても自分が優れているなんて思えず、
ピートのおかげで学校でも白い目で見られる」
「それが、宇宙意思の力だと言うんですか」
とピート。

「ああ、お前が俺のクラスに転校してきたことも含めてな。
全ては、俺が自信を持って、自分の本当の力に目覚めないために」
「本当の自分の力とは、どういう意味なの横島クン」
と美智恵。

「俺、横島忠夫が、アシュタロスを止めるための制約だったんです。
そう考えれば、俺が変身出来た理由も、死ななかった理由も、
美神さんに再会出来た理由も、全て説明出来る。
だから、俺は自分に自信を持ち、実力を発揮させないように、
宇宙意思がコントロールしていたんです。
普段から、実力を出しては世界のバランスを崩してしまうから。
普段は、何の力もないクセに、必要な時に必要なだけ力を出す、
アシュタロスの暴走を止めるためのワイルドカード。それが、俺だったんですよ」

水を打ったように静まりかえる中、横島は説明を続ける。

「そう考えれば、
何故、俺だけがアシュタロスを止める役割を果たし続けたことも説明出来る。
俺がアシュタロスの制約だから、
メフィストはアシュタロスを裏切りエネルギー結晶を盗みだし、
メフィストが転生すると、俺もアシュタロスから美神さんを守るために転生したんだ。
俺は、アシュタロスの天敵だった。
いや、アシュタロスの一部でもあったのかもしれない。
何しろ、コインの裏表のように、俺がアイツを倒しアイツが魔神でなくなれば、
俺が魔神になる運命だったんだから」
メフィストやルシオラが自分を好きになってくれたのも、
もしかすると、自分の中にアシュタロスの影を感じたのかもしれないしな、
と思いながらも、それを口にすることは二人の想いを否定することになるような気がして、
横島は口には出さず、再びベスパに向き直り話しを続ける。

「そう言う訳で、俺が魔神になった以上、きっとアシュタロスは復活する。
今度は、俺が暴走した時に倒すためにな。
だけど、それじゃ、いつまでも、本当の意味で、
アイツの望んだ魂の牢獄から脱出することにはならないのは判るよな。
俺が暴走すれば、今度はアイツが俺を倒して再び魔神になるんだから」
ベスパが肯くと、横島は自分の頭から赤いバンダナを外し、それを眺めながら呟く。

「このバンダナは、高校に入った時からしだしたんだけど、
俺、もしかしたら、この頃から、無意識に自分の運命を知っていたのかもしれないスね。
だから、このバンダナで角が生えるのを止めようとしたのかも。
実際、このバンダナにそんな力はないし、角の生える場所も違うんすけど」
そういう横島の頭には、アシュタロスと同じ角が生え揃う。
すると、横島は、茶目っけたっぷりの笑顔を向けて笑うと、ベスパの方を向く。

「ベスパ、見てろよ。これで、アシュタロスを完全に牢獄から解放してやる」
そう言うと、横島はバンダナに力を込める。

「さあ、生まれろ。俺の天敵よ。俺と同じ心を持ち、俺と同じ力を持つ、俺の分身よ。
いつの日か、俺が暴走した時に、俺を止めるために」
そう言って、横島がバンダナを投げると、バンダナの輪の中に人影が生まれ、
いびきをかいて寝ている汚いGジャン姿の男が現れる。
「・・・横島さん?」
「そう、俺。こいつは俺の完全な分身。人間だった時のね。
こいつがいれば、アシュタロスは俺と戦う必要もなくなり、完全に自由になれるって訳だ」

「ヨコシマ、お前、そこまでして、アシュ様のことを・・・」
「まあ、俺もアイツの苦しみがどんなもんか、少しはわかっちまったんでな。
もう少し気楽に出来れば、何とかなったんだろうが。
それに、あんな生真面目な奴が天敵じゃ鬱陶しいし・・・」
「だけど、それでは、あなたが同じ苦しみを味わうことになるんじゃないの、横島クン」
美智恵が尋ねると、横島が笑う。

「・・いや、そのことなんですけど、俺、実は、それほど、心配してないんス。
ゾウブツシュって奴が、アシュタロスの暴走まで予想して準備していたとするなら、
新しく魔神になった俺がデタントの世界でうまくやっていく為の用意も、
していたんじゃないかと思うんですよ」
「それは、例えばどういうことかね、横島クン」
唐巣神父が尋ねる。

「例えば、ですか?例えば、・・・うーん、そうだ、ルシオラです」
「わたし?」
急に名前を出されたルシオラが驚いて問い返す。

「うん、ルシオラ、君は俺に与えられた、もう一つのカセなんだ。
俺は、君が復活する時、俺の力の半分を与えた。
だから、俺が力に溺れ、憎しみに飲み込まれそうになった時は、君が俺を止めてくれ」
「・・・私に、お前を殺せって言うの?」
「こ、怖いこと言うなよ。暴走しそうになったら、教えてくれれば良いんだ。
力では互角なんだから、お前なら確実に俺の暴走を止められる。
誰かを傷つけて後悔する前にな」
そう言うと、横島はニッコリと笑って続ける。

「俺はさ、ルシオラ。
このことも全てゾウブツシュって奴に用意されていた気がしてならないんだ。
アシュタロスとの戦いで、俺とお前が一つになったことも、
今、復活したお前が俺の暴走を防ぐカセとなることも。
だから、自分の所為で、俺が魔神になってしまったなんて、
罪悪感は持ったりするなよ。これは、運命って奴なんだ」

「・・・ヨコシマ」
ルシオラは俯いて横島の胸に顔を埋める。
「・・・まあ、つまり、お前が、俺の運命の相手だったってことなんだよな。
魔族の衝動を、一人では支えきれなくても、二人ならなんとかなるだろうって。
そのために用意された相手が、ルシオラ、お前だったんだよ」
横島は、優しくルシオラの髪を撫でる。

「・・・だけど、ヨコシマ、本当に良いの?
魔神としての生活は、お前の考えるより、ずっと苦しいかもしれない」
ーその時はーそう言うと、横島はイタズラ小僧のような笑みを浮かべて応える。

「人間に戻る方法でも探すさ。
本来の目的であるルシオラの復活は成功したし、
ゾウブツシュがどう考えているか知らんが、俺は奴に何の借りもないしな。
居心地が悪ければ、オサラバするだけさ。
メフィストも人間になれたんだ。魔神の力を適当にいろんな奴にばらまけば、俺だって」

「ちょっと待ちたまえ、横島クン。それは、少し無責任じゃないか?
君が魔神となったことで、世界のバランスが保たれたんだろ?
それなのに、楽しくなければ魔神を辞めるって」
横島のあまりにノンキな言葉に絶句する一同の中で、
西条がいち早く気持ちを立て直して問いかける。

「いや、そりゃ、まあ、大変かもしれないけどさ。
俺の責任じゃないだろ、とりあえず。世界がどうなったって。
世界なんかの為に、自分を犠牲にしなきゃいけない理由だってないし」
そう言うと、横島は口元に邪悪な笑みを浮かべて続ける。
「でも、まあ、魔神であることが、そんなに辛くて、
誰かがどうしても魔神でいなければいけなくなったら、
西条、お前に魔神の座を譲りに行ってやろう。その時は、よろしく頼むぞ」
「・・・き、君という奴は・・・」
怒りに拳を震わせる西条。

だが、そんな余裕たっぷりの横島の様子を見て、周りには安堵の空気が漂う。
この横島ならば、破綻などしないだろうと。
西条をからかいながら、横島は続ける。

「でも、まあ、心配するな、西条。今の俺は、かなり良い気分なんだ。
当分は、お前に魔神の座を譲ってやる気はないよ。
さっきも言ったように、力や衝動に飲み込まれないように準備がされているみたいだしな」
「それじゃ、横島さんは、これから、どうするんですか?」
ピートが尋ねる。

うーん、そうだな、暫く考えると横島は爽やかに微笑み応える。
「俺は、魔神だからな。
本来は、そうそう、いつも人間界にいる訳にもいかないんだろうが。


ルールなんて、破るためにあるもんだし。



とりあえず、どこか気候の良い南の島にでも行って、


ハーレムでも作るとすっか」

バキ!

「いきなり、力の誘惑に飲み込まれているじゃないの!
まして、私とも、まだなのに、いきなりハーレムってどういうつもりよ!」
横島の後頭部にルシオラ怒りの突っ込みが炸裂する。

「堪忍やー!ハーレムは、男の夢なんやー!
こんな力があったら、持ってみたいと思うのが、漢というものなんやー!」
ルシオラの剣幕に、土下座で謝る魔神横島。

「横島さん、前と全然変わってないように見えるんですけど、
やっぱり、私達の前で、無理をしているんでしょうか?」
心配そうなおキヌに、呆れ顔のタマモが応える。
「安心して良いわ、おキヌ。横島は全く、無理をしてないから」

「でも、先生、待って欲しいでござる」
横島へのお仕置きが一段落すると、
魔神横島に作られた人間の横島を見ていたシロが問いかける。

「結局、先生は、この方を拙者達の元に残して、何処かに行かれるつもりなんでござるか?」
「この方って、そいつは、俺だよ。俺と同じ記憶を持ち、俺と同じことを考えている」
その言葉におキヌが反応する。
「でも、本当の横島さんはあなたです。
それに、美神さんには、何て言うつもりなんですか?
このまま、黙ってさよならして、横島さんが残ったような嘘をつけって言うんですか」

「ゴメン、おキヌちゃん。俺だって、元の生活に戻りたくない訳じゃないんだ。
でも、魔神の力は強すぎる。
普通の人間の傍にいたら、いつ傷つけてしまうか」
横島の脳裏に、引き裂かれたおキヌ達の姿が浮かぶ。

「それなら、拙者も連れて行って欲しいでござる。
たとえ、魔道に墜ちようと拙者の先生は、先生だけでござる。
人狼の拙者に先生が力を下されば、
先生が暴走しようとも、踏みとどまって見せるでござる」
そんなシロの様子に苦笑しながら、横島は応える。

「無茶を言うなよ。俺だって、これから、
本当のところ、魔神としてやっていけるかわからないのに。
お前が、それに耐えられるかだって、わからないだろ」

「・・・そ、それは、そうでござるが」

「・・・だけど、まあ、皆が新しい俺と魔神になった俺を
このままじゃ受け入れにくいのはよく判るよ。
でも、俺には俺の進むべき道があって、そいつにはそいつの道がある。
それは、変えられないんだ。
・・・だから」

魔神横島は、そう言うと両手を広げる。
その手の間から、無数の煌めく光の玉が現れる。

「文珠!」
美智恵が驚きの声をあげる。

「これで、皆には、ここ数日のことを忘れて貰う。
俺が魔神になったことも。その横島が俺の分身だということも。
ルシオラへの罪悪感は消すがな。それで、全ては元通りだ」

「で、でも、それじゃ横島さんは」
おキヌが叫ぶと横島が笑う。

「別に、これでお別れって訳じゃないんだ。おキヌちゃん。
俺は、これから皆の敵になる。魔神として、茶番劇の悪役をやるんだ。
結構、楽しくなりそうな気がしてるんだよ。
それに、皆が俺を忘れても、俺は皆のことを忘れない。
また、会えるのを楽しみにしているよ」

そう言って横島が腕を一閃すると、文珠が高速で飛び交い、皆の記憶を奪っていく。
意識を失い倒れた人々の間に残るのは、横島とルシオラの二人。

しばしの静寂の後、ルシオラが厳しい表情で、横島に問い掛ける。
「ヨコシマ、もう一人のあなたを作ったのは、本当にベスパのため?」

「な、何のことだよ?」
思ってもいなかったルシオラの厳しい表情にお仕置きを想像して、
少し及び腰の横島。

ルシオラは、しばらく横島を見詰めた後、優しく微笑み語りかける。
「また、気が付いていないの?それとも、とぼけているの?」

ルシオラは、横島を見詰めながら、その手を握る。
「・・・・まあ、良いわ。これから、私達には、時間がたっぷりあるんですもの。
いつか、本当に、あなたがこの道を選んで良かったと思わせてあげる」

「ああ、時の流れが果てるまで」
そう言うと、横島はルシオラに腕を差し出す。
その腕を掴み、ルシオラが応える。
「いつまでも、あなたと一緒に」

そして、彼等は闇の中に姿を消す。
その行方を知る者は、この時、誰もいなかった。

*注:美神と金
オカルトGメンを手伝った時は、お金が欲しくてノイローゼになった
(第17巻リポート9「嵐を呼ぶ男!!」参照))
脱税で告発されたこともある
(第28巻リポート1「暗殺のソロ!!」参照)
金目当てで、ユニコーン退治や九尾の狐の子供の除霊を引き受けた
(第36巻リポート4〜6「マイ・フェア・レディ!!」
「フォークシー・ガール!!」参照)
資産運用をしない、美神はバブル崩壊の影響も受けていない。
貧乏神にとりつかれても失うのはスイス銀行の預金のみ。
(第18巻リポート2「清く貧しく美しく!!」参照)
使う方でも、パワーアップの為には、数億の金を惜しげもなく支払った
(第4巻リポート2「ドラゴンへの道!!」参照)
謎のジャンボ離陸失敗事件
(第27巻リポート2「Gの恐怖!!」参照)
金成木財閥の御曹司から形式結婚を申し込まれた時
(第4巻リポート1「プロポーズ大作戦!!」参照)
除霊代金を安くした魔鈴を敵視
(第26巻リポート2「魔法の鉄人!!」参照)








統一国連軍警備保安部超常現象課大佐
ピエトロ・ド・ブラドー

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ピートは書いた自分の名前を、暫く考えた後、モニターから消す。
「やはり、フィクションとしての体裁を取っていたとしても、
僕の名前で、これを書くのは危険過ぎるか」
そうピートは呟くと、モニターから離れて立ち上がり伸びをする。

2199年の現在、横島忠夫の名は、子供でも知っている21世紀最大の英雄の一人だ。
謎の魔神から、世界を何度も救った英雄。
そして、自分は英雄の介添人。
時代の生き証人として、あまりにも知られすぎている。
その自分が、フィクションの形であろうと、このようなものを書けば・・・

そう考えるとピートは軽く頭を振り呟く。
「これは、間違いなくミッシングリンクだ。
もし、僕が、どんな形でも、このことを公表すれば、
歴史は確実に塗り変えられることになるだろう。
だけど、本当にいいのか?
一体、何故こんなことが起こったかも判らないのに・・・」

つまり、全てはマッチポンプだった訳だ。
ピートは考える。
甦ったこの記憶が本当ならば、あの魔神の正体も横島さんだったということになる。
魔神の横島さんが火をつけ、人間の横島さんがその火を消す。
人間の横島さんは、魔神の横島さんのことを知らなかったから、
決してズルをした訳ではないんだが。

だけど、魔神の横島さんは、・・最初から自分達を傷つける気さえなかったんだろうな。
突如として現れた、どの神話にも属さない謎の魔神。
いくら調べても、その正体は判らず、振り回される人間達。
魔神の攻撃は多岐に渡る。
時には、軍産複合体と組み強大な武力で、
時には、宗教間の争いに紛れ込み、人間同士の争いを誘って。
世界は何度も破滅の縁に立たされたように見えた。
だが、実際のところ、怪我をするものはいても、誰一人死ぬことはなかったのだ。
まさに、茶番劇の悪役だ。
周りを騒がせるだけ騒がせて、最後は退治されて消えていく。

横島さんは、どんな気持ちで、こんな役を続けていたのだろう?

確かなことは、横島さんのおかげで世界はより良い方向へと導かれたということだ。
アシュタロスの核ジャック事件が、核兵器に対する人々の警戒を高め、
最終的に核を廃絶させたように。
魔神と横島さんの活躍で軍産複合体は解体に向かい、
強力な悪魔の前に、人々は信仰の差異を捨てて協力しあうようになった。
考えてみれば、今の地球連邦の誕生もあの魔神のおかげと言えなくもない。
それなら、横島さんに感謝こそすれ、彼を責める理由はないだろう。

だが、何故、今、急に記憶が戻ったのだろう?
そして、このことを本当に世界に伝えてしまっても良いのだろうか?
ピートは考える。
謎の残存思念がかつての美神令子事務所に現れてから、人口幽霊壱号が復活。
消されていたマリアのメモリも復活し、ピート自身の記憶も復活した。
これは、横島さんの文珠の力が尽きたということなのだろうか?

魔神の横島さんの力が、たった200年で?
確かに、人間の横島さんが一線を退く頃、魔神も姿を消し、
100年ほどの時が流れているのだから、その可能性はあるだろう。

しかし、記憶の通り、横島さんがアシュタロスの跡を継いでいるならば、
200年で魔神の横島さん自身が死ぬことなど有り得ないだろう。

そして、今回出来上がったものは、甦ったそれぞれの記憶を合成し、
起こった事実を、心の動きも含め量子コンピューターに推測させたものだ。
その内容に、5%の誤差もないだろう。
すると、これはどういうことなのだろう?

再び忘れることが恐ろしくて、こんなものを書いたが、
記憶の戻った理由が判らない限り、その内容を発表することは出来ない。
一体、どんな影響を世界に及ぼすか判らないのだから。

謎の魔神は何処から現れたのか?
謎の女幹部は、何故、時々、横島さんを始めとする人間を助けたのか?
何故、魔神は何度もチャンスを逃したのか?
横島さんは、何故、ギリギリの逆転劇を演じられたのか。
それは、きっと、魔神となった横島さんが僕達のことを憶えて、
僕たちの成長を待っていてくれたから。
育成ゲームでもするつもりで・・
歴史の謎を解明するミッシングリンクがここに存在する。
だけど・・・

ピートが腕を組んでいると、緊急ビジフォンのメッセージが入る。
そこに映るのは懐かしい笑顔。
ピート、これはお前だけの秘密にしてくれ。
俺が敵じゃないと判ると、安心した連中が悪さを始める可能性がある。
お前達に想い出して貰ったのは、
今度のゲームにプレイヤーとして参加して貰うためなんだ。

神魔族の最高幹部によるとだな、そろそろ、昔の仲間が転生する頃らしい。
だからさ、今度の俺の役は宇宙魔神ということで、100年かけて準備してあるんだ。
だから、一緒に戦わないか?もちろん、敵と味方に別れてな。

俺もこれから、昔の仲間を捜す。
つまり、今度は仲間の取り合いから話を始める訳だ。
永遠の命を持つ俺達だ。
今度は、それで、一緒に楽しむことにしないか?
もちろん、イヤなら、記憶を消して、前のようにするだけだがな。

ピート応えてくれ。
俺の遊びに付き合ってくれないか?

と、ビジフォンの向こうに思いがけない懐かしい笑顔が現れると、
ピートの口元に微苦笑が浮かぶ。

横島さん、あなたは、もう仲間を集めていたんですか。
それとも、彼女の方から、あなたのところに来たんですか。
ピートが尋ねると、ビジフォンの向こうの顔が真っ赤になって、
こいつが、どうしてもというから仕方なくと言い訳する。
全く、あの頃と全然、変っていない意地の張り方。
その様子にピートが笑うと、横島も、ルシオラも優しく微笑む。

まあさ、お前のチームには最初から、人間の俺がいる訳だし、
それにお前がいる訳だから、美神さんがこっちにいて、
丁度、公平になるんだから、良いだろ。

横島がウインクして見せる。

だけど、顔は隠して下さいよ。
今では、彼女の顔は子供でも知っている有名人なんですから。
そう笑って応えながら、ピートは考える。

魔神として、何度も滅ぼされ掛けたくせに、
何で、この人はこんなに明るくいられるんだろう。
こんなことを平然として出来るのは、世界でこの人だけだろう。
ピートの脳裏に聖書の言葉が浮かぶ。
「主のなさることは、みな時にかなって美しい」か。
確かにそうかもしれない。

ピートがモニターを見ると、そこには、
YES/NO
の表示がされている。

ピートは手を伸ばすと、横島に回答を送る。
もちろん、彼の出した答えは・・・



GS美神「ミッシングリンク」完



「超常戦隊オカルトレンジャー!!」編に続く


















訳ないです(^^)

FIN


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