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WORLD〜ワールド〜

第八話 狂宴〜パーティー〜(3)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 8/ 7

 エミはピートを捜して歩き回っていた。
 しかし一向に見つからない。何もないと思っていた妙神山も、歩いてみると意外と広かった。

「ふえ〜ん、エミちゃん置いてかないで〜〜」

 後ろから聞こえてきた声にエミは頭を抱える。
 それからゆっくりと振り向いた。

「アンタが歩くの遅すぎるワケ! 大体なんで私についてくるワケよ! おたくは令子の所にいけばいいでしょ!?」

「そんなひどいこといわないで〜〜。私たちお友達でしょ〜〜〜? 令子ちゃんすぐにどこかに行っちゃったんだもの〜〜」

 そう言って自分にすりよってくる天然爆弾娘―――六道冥子にエミは再び頭を抱えた。
 無視する訳にも、冷たく突き放す訳にもいかない。
 それは彼女との友情を裏切ることになるから―――などではない。
 ただ単に、己の命が惜しいからである。
 実は先ほど、エミが冥子に前述の態度をとったら、冥子は簡単に暴走(プッツン)した。
 天然爆弾娘の名は伊達ではない。
 そんな訳でエミはしぶしぶ冥子と行動を共にしているのである。

「まったく…いきなりこんな所(妙神山)に連れてこられて冗談じゃないってのよ。こうなったらこの機会を最大限利用して、ピートと急接近でもしなきゃやってらんないワケ」

「あん、エミちゃん待って〜〜〜」

 エミが歩き出し、冥子が続く。
 しばらく歩くとふいにエミが立ち止まり、冥子はエミの背中に顔を埋めてしまった。

「…? エミちゃん? どうしたの〜〜?」

 そう言いながら冥子がエミの視線をたどると、大きな、人間と同じほどのサイズのハエ。
 『蠅の王』ベルゼブルがそこにいた。
 二人は美神から話を聞いていたので、眼前に浮かぶ魔族が『蠅の王』であることを認識することができた。

「な、なんなワケ!? なんでこいつがこんな所にいるワケよ!?」

「わ、私に聞かれても〜〜〜〜!」

 突然の出来事に二人はパニックに陥ってしまった。
 エミなど、答えを冥子に求めていることから、相当慌てているのが伺える。
 あたふたという形容詞がぴったりな様子の二人にむかって、ベルゼブルが口を開く。

「なんだ、お前等は?」

 至極もっともな意見である。エミと冥子はベルゼブルを知っていても、ベルゼブルは二人を知らない。

「まさか、美神令子の仲間か?」

 そう言った途端ベルゼブルから殺気が漏れる。
 YESと答えれば攻撃を加えると言っているようなものだ。

「な、なんのこと? 美神令子なんて聞いたこともないワケ」

 避けられる戦いは避けるにかぎる。
 エミは美神のように守銭奴というわけではなかったが、それでもタダ働きはごめんだった。

「何言ってるの〜〜? エミちゃん、私たち三人は〜〜、親友じゃない〜〜〜!」

 これ以上ないほど目を輝かせ、手を大きく広げて宣言する冥子。
 その純粋さは、エミが本気で首を絞めてやろうかしらと思ったほどだった。

「そうか…親友なのか……」

 ベルゼブルの昆虫(?)特有の多すぎる瞳が妖しく光る。

「ならば…殺す! 復讐の手始めとして貴様等の首を美神令子の前に晒してくれる!!」

 ベルゼブルが大きく羽ばたき、二人に迫る。
 二人は一目散に逃げ出した。

「だーーー!! おたくが余計なこと言ったせいなワケ!! ちゃんと責任取んなさいよ!!」

「だって〜、だって〜、嘘はついちゃいけないって教わったもの〜〜〜」

 足を大きく動かしながらエミが冥子の迂闊さをなじる。
 冥子が涙目になりながら言い訳しているが、責めるエミも涙目だった。

「ちぃっ! ちょこまかと!! ならば!!」

 ベルゼブルの体が分裂し、それぞれが小さなベルゼブルと化す。
 その様子を見た二人は絶叫を上げた。

「イヤーーー!! キモッ!! 勘弁するワケ!!!」

「ひい〜〜やだやだこないで〜〜〜いや〜〜〜〜!!」

 生ごみを放置しておくと、小バエがわく。生ごみを入れておいたバケツの蓋を開けたときに突然姿を現すソレ。
 皆さんは経験したことはないだろうか?
 突然小さく分裂したベルゼブルに囲まれた二人は、まさにそんな心境だったのである。
 まだまだ乙女な二人にとってはたまったものではない。
 ちなみに冥子は暴走(プッツン)一歩手前である。

「き、気持ち悪いだと…!」

 数多のベルゼブルの中で、一匹のベルゼブルがピクリと反応する。どうやらそれがオリジナルのようだ。
 魔族もやはり中傷を受ければ傷つくらしい。最早ベルゼブルが二人を狙うのは美神への復讐心からだけではあるまい。

「貴様等ーーー!!!」

「「イヤーー!!!」」

 生理的嫌悪感が二人の身体能力を引き上げ、逃走を助ける。
 何か大切なものを傷つけられたような気がするベルゼブルの怒りが、追撃を助ける。
 逃げる、追う。逃げる、追う。逃げる、追う。逃げる―――――――
 最初に我に返ったのは、エミだった。

「このままじゃラチがあかないワケ! 私が霊体撃滅波であいつらをぶっ殺してやるから冥子、おたくなんとかして時間を稼ぐワケ!」

「ええ〜〜、そんなの〜〜、私できない〜〜〜〜!」

「おたくだってプロのGSでしょうがーーー!!! たった30秒でしょ! やるわよ!!」

 冥子の返事を待たずしてエミは魔力を紡ぐダンスを踊りだす。
 冥子はほかにどうしようもなく、式神の中からバサラ(ウシを模した鬼。霊を吸い込む)とサンチラ(ヘビを模した鬼。電撃を放つ)を出し、ベルゼブルを抑えにかかった。
 バサラの吸引力でベルゼブルの動きが鈍る。そこへサンチラが電撃を浴びせた。

「ぐああ!!」

「その調子! やればできるじゃないおたく! あと十五秒、なんとかおさえるワケ!!」

「まだ半分〜〜? エミちゃん、早くして〜〜〜!」

 二匹では心細いのか、バサラとサンチラのほかにもクビラ(ネズミを模した鬼。霊視能力を持つ)とビカラ(イノシシを模した鬼。戦車並みの怪力)も出している。
 ちなみにこの二匹はなにもしていない。
 他にもアジラ(リュウを模した鬼。炎を吹き、石化能力を持つ)など、今の状況で使える式神はいるはずなのだが……。
 いい様に時間を稼がれているベルゼブルは苛立っていた。
 褐色の肌の女が何かをしようとしているのは明白だ。
 その妨害をせねばならないのに、ボケた女が操る式神のせいで近づけないでいる。
 しかし、ベルゼブルは気付いた。
 式神を操る女があまりにも隙だらけなことに。

「『蠅の王』をなめるなあぁぁぁあ!!!!」

 ベルゼブルのオリジナルがそのさすがの反応速度で式神をかいくぐり、冥子にせまる。
 ビカラが咄嗟に冥子の前に立ち塞がるが、ベルゼブルはそれすらもすり抜けて冥子の頬を軽く切り裂いた。
 本当は心臓に突っ込みたかったが、ビカラをかわしながらの一撃ではこれが限界だったらしい。

(ちっ、邪魔な式神だ。だが次こそは………)

 ベルゼブルは気付いていなかった。
 自分がとんでもない爆弾に火をつけてしまったことに。

「いたい〜〜〜」

 冥子は痛みを感じた頬をなでる。
 そして妙な温かさを感じて頬をなでた手のひらを見つめた。
 手のひらに広がる真っ赤な血跡。
 導火線着火。
 爆発五秒前。

「冥子! 落ち着くワケ!! あと十秒もかからないから!!!」

 残念。数秒のニアミス。
 ぷるぷると細かく震えだした冥子の様子を見てエミがダンスを踊りながら必死に声を上げる。
 いや、懇願していると言っていい。
 だが、今の冥子にそんな声は届かない。
 数秒の間をおいて、ついに天然爆弾娘は爆発した。

「ひどい〜〜〜〜!!!!」

 どかーん。

 今の状況を端的に表すなら上の一文につきる。
 制御を失った12匹の式神たちが暴れだす。それぞれが余すところなく己の能力を駆使して無差別破壊活動を行った。

「ちょ、ちょっと冥子おおぉぉぉおお!!!」

「な、なんだあああぁぁぁあ!!!」

 エミは冥子が暴走(プッツン)した途端戦いを放棄。一目散に逃げ出した。
 それでも暴れまわる式神の余波に巻き込まれ、涙を流しながら冥子に届くはずもない抗議をしている。
 ベルゼブルは突然目の前で起きた事態に対処できていない。
 だが、冥子に対する敵意まで忘れているわけではない。なんとか、暴れまわる式神をかいくぐって冥子に接近する方法を考えていた。
 まさに戦士の鏡であるといえよう。
 しかし、今回はそれが災いした。
 12匹の式神全員に敵だと認識されてしまったのである。

「のわーーーー!!!!」

 12匹の式神たちにタコ殴りにされるベルゼブル’s。
 ここで一言言っておこう。
 ベルゼブルは決して弱い魔族ではない。
 しかし、いかんせん今は数十匹に分裂してしまっていた。
 正確な数を記そう。47匹だ。
 すなわち、一匹一匹の力は本来持っていたものの1/47。
 それでも数で押せば……と考えるかもしれない。
 だが、今の戦力図式をわかりやすく示すなら、47人の幼稚園児VS12人の怒れるヤクザ。
 ヤッさんの圧勝だ。
 そんなわけで、哀れ、ベルゼブルはオリジナル共々消滅してしまった。





「タイガー、何か妙な気配がしないか?」

「む〜、そこかしこで魔力の発生を感じるノー」

 冥子の暴走(プッツン)現場からそう離れていないところで、タイガーと魔理の二人が岩場に腰掛けていた。
 この二人はまだ魔物に出くわしてはいない。

「さっきもすごい衝撃があったし……」

「大丈夫、そんな恐がることはないですジャー」

 本当に落ち着いてどっしりと構えるタイガーに、魔理は尊敬と頼もしさを覚えた。

「やっぱ…こういう時に男ってのは強いんだな……。かっこいいよ、タイガー」

「ま、魔理しゃん……!?」

 隣り合って座っていたタイガーの胸に、魔理は体重を預ける形になる。
 しなだれかかる、という表現が適当だろうか。
 タイガーとしては複雑だった。
 実はタイガー、先ほどの衝撃は冥子の暴走(プッツン)であるとわかっていたのである。
 だから、恐れもしなかったし、落ち着いていた。
 だが、そんなことを口に出してせっかくできたいい雰囲気をぶち壊すほどタイガーは愚かではない。

「大丈夫です、魔理サン。魔理サンはわっしが絶対守ってみせますジャー」

「タイガー………」

 二人は至近距離で見つめあう。
 そして魔理は目を閉じた。
 二人の距離が近づき、やがて唇と唇が―――――――

「何やってるワケ?」

「エ、エミしゃん!?」

 エミの姿に気付き、二人は慌てて離れる。
 エミの額にはくっきりと青筋が浮かんでいた。

「雇い主が必死で魔族と戦っていたときに、自分はガールフレンドとイチャイチャ…いい身分ね、タイガー」

 魔族と戦っていた、というエミの言葉に驚いて、改めてエミの姿を確認するタイガー。
 確かに所々服が破け、そこから白い下着が顔を覗かせている。
 エミの褐色の肌と相まって、その光景はとても扇情的なものであったが、今のタイガーにそんな余裕はなかった。
 エミは愛用しているブーメランを取り出す。

「ふざっけんじゃないわよこのクソ虎がーーーー!!!!」

「ワ、ワッシが何をしたと言うんジャーーーー!!!!???」

 哀れ、タイガーはエミのストレス解消も兼ねてしばき倒されてしまった。
 魔理も憧れのエミがやること、きっとタイガーが悪いのだと盲信し、止めようとはしなかった。





 その頃――――――――



「ふえ〜ん。エミちゃん、どこ〜〜〜?」

 冥子は半べそをかきながらエミの姿を探していた。
 また暴走(プッツン)するのはすぐかもしれない。


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