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GS美神「ミッシングリンク」

第二章「訪問者」


投稿者名:遊
投稿日時:04/ 8/ 7


ー「人は自分のみたい現実しか見ようとしない」−ユリウス・カエサル


「じゃあ、先生、また明日でござる」
シロは満面の笑みで尻尾と手をぶんぶん振り回すと、クルリと振り返って駆け出す。

「ああ、気をつけて帰れよ」
横島は苦笑しながら手を振り、
自転車にチェーンをかけて顔を上げるとアパートの前の人影に気付く。

「お、おまえ・・・」


GS美神「ミッシングリンク」第二章


「それにしても、久しぶりだな。何か飲むか。水なら、すぐに出せるけど」
横島はベスパを部屋に招き入れると汚いせんべい布団を片付けながら話しかける。

「お前、私のことを覚えているのか?」
「あたり前だろ。俺がお前のことを忘れる訳ないじゃないか。
いつものコスプレじゃなくてスーツだから、最初は誰かわかんなかったけどな」
横島は笑いながらキッチンに行くと、ベスパを座布団に座らせ、
台所でなるべく綺麗そうなコップを探して水道の水を注ぎ、ベスパの前に出す。

「私は、ここ2〜3日のお前の様子を見ていた。蜂の姿でな。
お前は、美神のところにいる時も、一人でいる時も、元気そうだった」
「ああ、まあな。最近は、メシにも困ってないから」
「そういう意味じゃないよ」
ベスパは微苦笑を浮かべると、目の前でノンキな顔をして頭を掻いている男を見る。

「私は、アシュ様の事件の後のお前のことを言っているんだ。
最初、魔界からここに来て、お前を見た時、私は信じられなかった。
あれだけの事があったのに、元気そうなお前が。
だから、思ったんだ。お前は、文珠であたし達の事を忘れたんだろうって。
辛過ぎる想い出は捨てて、生きているんだと。
だから、もし、私が誰か判らなかったら、そのまま魔界に帰るつもりだったんだ」

「なるほど、それでスーツか。コスプレしていたら、
幾ら何でも普通じゃないのモロバレでおかしいと俺が怪しむもんな」

「あたしは、何かスースーするし、動き辛いからあまり好きじゃないんだが」
と自分のスカートからスラリと伸びる脚を見ながら言うと、真顔に戻り横島に詰め寄る。
「だけど、ポチ、お前は本当に大丈夫なのか?
それとも、ずっと無理を続けているのか?
お前がお前らしくないと、ルシオラが、がっかりする。
そう思っているのは知っている。
でも、ルシオラのために、無理をしているなら、もう止めておけ。
そんなことをしていたら、きっとお前はおかしくなる。壊れちまうよ」

ベスパに詰め寄られた横島は、キョトンとした顔をした後、
座り直し、困ったような顔をして頭を掻く。
「いや、あのな、心配してくれるのは有難いと思うんだ。
美神さん達も、今までと同じようにしようと、未だに気を使ってくれているみたいだし。だけどな、俺、大丈夫なんだよ。大丈夫になっちゃったんだ」*注1
横島はすまなそうな顔をして、ベスパの顔を覗き見る。

「最初は、さ、お前の言う通り、俺、ちょっと無理してたんだ。
究極の魔体との最終決戦の時とかな。
ルシオラの所為で落ちこんだりしたら、ルシオラが悲しむと思って。
それで、暫くはちょっとだけ無理して、昔みたいにギャグやって、セクハラやってさ。
美神さんなんかも、それに合わせていつも通りの突っ込みをしてくれて」
横島の口元に微かに笑みが浮んでいるのに気付き、ベスパは複雑な表情になる。

「だけどさ、お前が言うみたいに、俺、ダメにならなかったみたいなんだよ。
バカやって笑ってる内にさ、段々、本当に面白くなってきたんだ。
演技のつもりだったのが、いつの間にか本当に笑っていてさ。
段々、ルシオラ達のことを思い出すことが少なくなってきてさ。
忘れた訳じゃないんだぞ。
忘れられる訳なんてないんだ。
でも、生きている奴らとの出会いがドンドン俺の中に入ってきて。
ルシオラを知らない奴らが、何の屈託もなく、俺の廻りに現われて」
横島は声が擦れてきたので、コップに注いであったベスパの水を一息で飲み干す。

「自分でもさ、薄情だと思うんだ。
酷い奴だと思うんだ。
あれから、そんなに時間も経ってないのにさ。
本当に済まないと思うんだ。だけど・・・」
「お前は、強いんだな」
すまなそうな横島の声を、感心したような声のベスパが遮る。

「強い?俺が?酷いだけだろ?
ルシオラは、俺のために命もくれたんだぞ。なのに、俺は・・・」
ベスパのあまりに意外過ぎる言葉に、思わず横島は興奮してベスパに詰め寄ると、冷静なベスパの言葉が横島の興奮に水を差す。
「悲しんでいても、何もならないよ。そんなこと、ルシオラも望んでいない」

「・・・そ、それは、そうかもしれないけど」
「想い出にしがみついて、泣いていても、それは自分を慰めているだけだ。
誰も救われない。何にもならない。
だから、悲しみに縛られずに、早く立ち上がるべきなのさ。
まあ、それが判っていても出来ないのが、普通だがな。
魔族は、そんな風に考えるんだよ」
戸惑った表情の横島を見て、ベスパは笑って見せる。

「お前は、ルシオラの霊体を大量に取り込んでいるからな。
霊力や体には、もう影響を与えていないはずだが、
心には多少影響を与えたのかもしれないな。
だから、魔族のように・・・」
「いや、そんなことはないよ」
ベスパに責められるのを承知で告白したのに、
逆に誉められるようなことを言われて、
毒気を抜かれていたような横島だが、
ルシオラが冷たいと言われるのは我慢出来なかったのか、ベスパの言葉に口を挟む。

「あ、あいつは、ルシオラは、優しい奴だった。
そんなに、冷たい奴なんかじゃない。
冷たいのは、俺の方だ。俺は、昔から、頭の切り替えは早かったからな。
だから、美神さんと付き合ってこれたんだけど。
でも、おかげで進歩がないと言うか・・」
「まあ、どちらでも良いよ。私は、責めている訳じゃないんだから」
ベスパは必死でルシオラはかばっているつもりらしい横島に苦笑する。

「ところで、お前はあれからどうしてたんだ?」*注2
「どうしてたって?」
「あたしが見たように、毎日を変わらずに過ごしていただけなのか?」
「ああ、そういうことか。それなら、・・・そうではないな」
そう言うと横島はニヤリと笑う。

「ルシオラのことを忘れた訳じゃないと言ったろ。
この横島忠夫、事態をなりゆきにまかせるほど消極的ではないのだ」
雰囲気が変わり黒いオーラを背負ったような横島の様子にたじろぐベスパ。
「ルシオラが俺の子供に転生するかもしれないって話は聞いているか?」
「あ、ああ」
「一度は、俺もそれで納得しようと思ったよ。
あれ以上、駄々をこねても美神さん達を困らせるだけだしな」
だが、そう言うと燃える炎を背負い、血の涙を流して横島が立ち上がる。

「だが、それで、俺は本当に納得出来るのか?
せっかく出来た彼女が娘だぞ。
娘じゃ、さすがに俺でもやっちゃいけないんだぞ。
まだ、キスしかしとらんのに!
せっかく、やらしてくれるって言ってたのに!
俺の人生であんな美人と、どーにかなることが何回あると思う!
そんな勿体無いこと出来ん!俺には出来んのだ!」
つい興奮のあまり言ってはいけない本音を言ってしまったが、
ベスパの視線が呆れてきているのに気付き、横島は慌ててしゃがみこんで先を続ける。

「それに、ルシオラだって、娘より恋人の方が良いに決まってるじゃないか!
そうだ、これは俺のためだけじゃない!ルシオラのためなんだ!
決してやりたいだけじゃないんだ!」
「まあ、確かに、ルシオラにも、その方が良いかもしれないけど」
聞いてしまった横島の本音に冷たい目をしながらベスパは応える。

「だけど、諦めないと言ってどうする気なんだ」
「ルシオラが復活する方法は俺じゃ判らないよ。
最初は自分で勉強しようと思ったけどな。
でも、よく考えたら、俺に判らないことを知っている奴なんて一杯いるんだ。
ドクター・カオスって知ってるか?
ルシオラ達の自滅機能を除去してくれたおっさんだ。
昔はヨーロッパの魔王と呼ばれた、今はボケじいさんだがな。
俺、今、あいつを雇ってさ。研究して貰ってるんだよ。ルシオラ復活の方法を」

「雇うってお前がか?」
「ああ、あいつも貧乏だから、家賃とか生活費とかを俺が払う代わりにな。
研究費のための必要経費も込みで。
あのじじい、今までで一番ショボイ、パトロンだなんて抜かしやがって。
そのおかげで、俺は貧乏生活に逆戻りだけどな。
だが、俺とゆー男将来のHのためには、多少の赤貧には目を瞑るのだ!」

バキ!

「結局やりたいだけか、あんたは!」

思わず突っ込みが入り、ひっくり返る横島。
「だけど、ルシオラが生き返れるなら、それにこしたことはないだろ」
頭から血をドクドク流しながら、起きあがり平然と話を続ける横島。

「・・・まあな。
でも、それなら、美神令子やオカルトGメンに支払いを頼めば良かったんじゃないか?
美神達も気をつかってくれていると言ってたし。
あいつらに話せば払ってくれるんじゃないか?」

「うーん、気を使ってくれてるって言ってもな。
あの美神さんだぞ。金を出してくれると思うか?
それに、オカルトGメンって言ってもなー。
西条の奴なら喜んで金を出してくれそうだけど。
あいつには借りを作りたくないし」

と、横島は頭を捻っていたが、何か思いついたように膝を叩く。
「あ、でも、隊長なら大丈夫かもしれないな。
隊長はさ、ルシオラを助けなかったことを随分謝ってきたから。
そうか、そうすりゃ、こんな貧乏生活おくらんでも、すんどったのか?
何で俺は、そんなことに気がつかなかったんや」
自分の汚い部屋を見渡し涙する横島。

「隊長と言うのは、美神の母親のことだな。
だが、ルシオラを助けなかったって、どういうことだ。
あの時、奴は、あたしの毒でロクに動くことも出来なかったはずだが」
「あ、いや、・・・隊長は・・・時間移動して、・・・もとの時代に戻っていたから、
・・・その・・・もう一人いたんだよ。・・・未来の結果を知っている隊長が」
横島は口を滑らせて余計なことを言ってしまったというバツの悪い表情をしながら応える。
「・・・そうか、それで助けなかったか」

「・・・うん。
とりあえず、ルシオラが娘として転生する可能性があるってことに気が付いて、
納得しようとしている時に言われたんだよ。
・・・私は、ルシオラさんを見殺しにしてしまったと」
当時の様子を思い浮かべながら、横島は語る。

最初に浮かんだ混乱。
考えもしなかった、しかし既に失われてしまった可能性。
美智恵がルシオラを救えたにも拘わらず見捨てたという事実。
沸き上がる怒りと悲しみ。

「・・だけどさ、・・・許してくれとは言わないんだよ。
・・・あのおっかない人が、ひどく小さくなって。
・・・今んなって思うと、隊長は、俺に責められたかったのかもしれない。
・・見捨てた・・・ルシオラへの・・・罪悪感から。
・・・・・・まあ、あの時の俺は、そこまで気が付いた訳じゃないけどね」
ルシオラに対する罪悪感。
それは、目の前にいる横島もベスパ自身も感じている気持ち。
ベスパの前には、美智恵の姿が、生き残って項垂れている自分に重なる。

「それで、お前はどうしたんだ?」
「正直、怒鳴りつけてやりたい気持ちもあったけど、どっか可哀想になっちゃってな。
・・・それに、・・・あの時は・・・、まだ、ひのめちゃんも、お腹にいる状況だったし。
ルシオラが・・・娘になるかもしれないと聞いた直後だったから。
・・・やっぱり赤ちゃんって他人事じゃなくて。
・・・・・お腹に・・・赤ん坊がいる時に怒鳴ったら、マズイ気がして。
・・・・・・結局何も言えなくて・・・」
何処か言い訳するような様子の横島。

「・・・何故見殺しにしたのか、理由は聞かなかったのか?」
「・・・うん、・・・やっぱり、・・・・それからも・・・・、そのことを聞くのは、
・・・・・・なんとなく気まずくて。・・・・と言うか、話題にすること自体、辛くてさ。
・・・・俺も、・・・あんな隊長の姿、・・・・・見たくないし・・・」
その気持ちはベスパにも判った。
それは、自分を責める自分自身の姿でもあるのだから。

「・・・でも、結局、気になって理由は聞いたけどな。カオスのやつに。
あいつに言わせると、時間移動しても、変えられることしか変えられないらしいんだ」
*注3
「変えられることしか変えられない?」
「そう、時間移動は、万能の力なんかじゃないらしいんだ。
時間の復元力って奴が働くらしいからな」
時間の復元力、宇宙意思、最終的にアシュタロスの敵となった力だ。
ベスパもよく憶えている。

「で、もし、時間移動で、ルシオラを助けようとした場合、それが敵になる。
カオスに言わせると、ルシオラが死ぬ前ならともかく、死んだ歴史が決定されると、
宇宙意思は・・・ルシオラを殺す方向に働くらしいんだ。
・ ・・・時間の流れは河の流れみたいなもんで、一度通った跡が出来ると、
もう一度、水を流しなおそうとしても、前の流れの跡を通ろうとするらしい。
だから、おおまかな流れは変わらないから、
何をしても、ある意味、全然大丈夫らしいんだけど・・・」
「・・・・それならば、ルシオラを助けるために時間を戻って挑戦してみても・・・」
横島は手を上げて、ベスパの言葉を押し止める。

「・・・・うん、俺もそう考えた。
どうせ、ダメかもしれないけど、挑戦してみても良いんじゃないかって」
横島にはカオスを問い詰めた時の自分が思い浮かぶ。

あの時、カオスは唇を皮肉に歪めてこう言ったんだ。

ー小僧、それなら、美神令子を殺しにいくか?ー

その時の熱かった血が一気に凍り付くような冷たい感触を思いだし、
身震いした後、横島は話を続ける。

「だけど、そう簡単じゃないんだ。
と言うか、その辺が、隊長が謝った理由らしいんだが」
横島は頭を掻くと、先を続ける。

「時間を戻れば、困難はあるけど、ルシオラを助けられる可能性はあるらしい。
・・・けど、ルシオラが死んだという事実はあるからな。
代わりに誰かが犠牲になる危険が高いらしいんだ」
自分がルシオラと美神の命をその手に握っている姿が思い浮かび、横島は頭を振る。

「時間の復元力は代わりの犠牲を求める。
たとえルシオラを助けられても、誰かが犠牲になるんじゃな。
俺の理想は両手に花だってのに、そんな勿体ない事」
横島は無理に軽口を叩いて笑ってみせる。

「それに、あの時の状況で、代わりに犠牲になる可能性が高いのは、俺か美神さんだろ?
そうすると、隊長としては、
・ ・・というよりは母親としては、娘を犠牲にする危険は冒せないよな。
あの時は、お腹にひのめちゃんまでいたし。
・・・俺がルシオラを助けたい気持ちと、隊長が美神さんを助けたい気持ち。
それは、同じだろうって、・・・・少なくとも理屈では、そう判った訳さ」

ー小僧は、自分を身代わりにしたいんじゃろうが、そう簡単にはいかんぞー
カオスの妙に確信めいた言葉が何故か、横島の心に浮かぶ。

「それで、お前は本当に納得出来たのか?」
「・・・まあ・・・、何とかな。
俺が隊長と同じ立場にたったら、と思った時に、
・・・俺には・・・出来ないことに・・・気がついちまったから」
だから、カオスは美神さんを殺しに行くかと行ったんだ。
横島は心の中で呟く。

「だけど、ルシオラの代わりになるなら、あたしがいるだろ。
コントロールし切れるかどうかは判らない。
だけど、ルシオラの代わりにあたしが死ぬようにすれば・・・」
思いつめたような表情で呟くベスパ。
そうか、ベスパも罰を求めているんだ。横島は胸が痛むのを感じた。

「何言ってるんだよ。そんなことしたら、ルシオラが悲しむだろ」
横島は出来る限り、明るく応える。

「・・・妹を殺したりして、・・・アイツが後悔しない訳ないじゃないか。
・・・まあ、・・・その・・・あの時は、お互いに、・・・相手を殺そうとしていたから・・・だから・・・つまり・・・お互い様という奴で・・・お前が悪い訳じゃないんだぞ」
項垂れるベスパの頭に、横島は思わず子供を撫でるように優しく触れる。
ベスパが見上げると、横島の悲しげで、それでいて精一杯の優しい笑みが映り、
その表情は、彼とは全然似ていないはずの、彼女の愛する唯一の男を思い出させる。

と、横島は、自分を見上げるベスパの表情と、自分のしてしまった行動に驚き、
ドギマギして顔を赤くして慌てて座り直し、話を再開する。

「・・・まあ、ということでだ。そんなことなら、過去に戻ったりしないで、
今、ルシオラを復活させる方法を探した方が、ずっと良いじゃないかって考えた訳さ」
自分に正直であけすけなだけではなく、いつの間にか、前向きに未来を見つめ、
人の気持ちも判るようになっている横島。
成長というのは、本人が自覚していない所でするもののようである。

「・・・ただ・・・、美神さんの話だと、中世でカオスに会った時、
俺、一度、死んだらしいんだよな。
カオスの奴が、何度かそのことを言うんで、
何で俺は、生きていられるのかちょっと気になってきてるんだけど・・・」
と、頭にクスチョンマークを浮べて悩む横島。

「で、姉さんが復活出来る目処はついているのか?」
我に返ってベスパが尋ねる。
「うん、それがな、カオスの奴、変なとこで鋭い癖に、大分ボケてるからな。
一応、俺の髪からホムンクルスを作って、そこにルシオラを転生させる研究をしたり、
俺の体から、ルシオラの霊基構造を抽出する研究はしているんだけど、
そのたびに、怪獣が現われたり、三途の川を渡りかけたり大変だよ。
6文も持ってなかったから、川は渡らないで済んだけど・・・」

「そうか。では、目処はまだ、ついていないんだな」
それなら、とベスパは決心したように告げる。


「魔族になるつもりはないか?ヨコシマ」


もう、日常との別れの時は、目の前に迫っていた。

つづく

*注1:アシュ事件後の横島氏
 おそらく、歴史学会でも物議をかもし出すことになるであろう、この横島氏の発言は、状況から考えて、真意ではない可能性も十分にあると言えるであろう。何故なら、ベスパは姉であるルシオラを直接その手に掛けてしまった張本人であり、そのことで彼女自身が傷ついていることを横島氏自身が十分に理解していると思われるからである。従って、横島氏がベスパを思いやり、平気な芝居を続けている可能性も十分にあるのである。

 しかし、それが真実である可能性もまた否定できないであろう。これまで、我々、歴史学者は、彼の受けた傷の大きさを考え、その後の何もなかったように振舞う横島氏に違和感を感じ続けてきた。多くの学者が自分ならば耐えられないと考え、彼が文珠を使ってルシオラのことを忘れたのではないか主張したり、道化の仮面を被って、無理をしているのではないかと考え、彼の行動の中に傷を、ルシオラに対する想いを見つけようと、夕暮れを、蛍の舞う里を、一人だけの夜を探し続けてきた。しかし、未だ、決定的な現場は発見出来ていない。それにも関わらず、我々は主張し続けてきたのだ。「そんなはずはない」と(余談ながら、ルシオラ死亡から、第36巻リポート1「ドリアングレイの肖像!!」までにかかった期間は、美神美智恵の隊長復帰まで約二ヶ月、美神ひのめ誕生まで一ヶ月、第35巻リポート9「ファイヤースターター!!」で一ヶ月。合計4ヶ月の期間が既に経過している。もし、この期間の記録が発見されれば、おそらく傷心の横島氏の様子が発見出来ると言われているが、現在までのところ、その記録は発見されていない)。

 だが、傷痕が見えないという事実を見れば、もう一つの解釈は可能なはずである。横島氏の傷は回復しているのではないかと。横島氏のタフさに関しては氏をよく知るものにとっては言われるまでもないほど有名なことである。時給255円の給料と煩悩のためだけに、命をかけ、雪山に(第1巻リポート1「美神除霊事務所出動せよ!!」参照)、宇宙に(第1巻リポート5「極楽宇宙大作戦!!」参照)月に冒険し(第25巻「私を月までつれてって!!」参照)、老人にされても(第7巻リポート8「カモナ・マイ・ヘルハウス!!」参照)、盾代わりに蛙や豚に変身させられても(第17巻リポート2「ある日どこかで!!」参照)、生身で大気圏突入する羽目になっても、(前述「私を月まで連れてって!!」参照)、もちろん瀕死の重傷の目に遭わされても(参考文献が多すぎるため、列挙不可能)、必ず立ち上がり、何事もなかったように過ごしてきたのが横島氏なのである。

 確かに、ルシオラ事件は過去にないほど、横島氏の心に深い傷を与えたことは否定できないであろう。だが、彼の精神力を考慮に入れるならば、今後は、彼が本当に立ち直っている可能性も検討する必要があるではないだろうか。

*注2:横島氏と修行
 横島忠夫はエピキュリアン(快楽主義者)である。このことは、彼を知る多くの者に事実として認められている。そのことは、「3秒でやれることを精一杯やりましょう」(第7巻リポート4「プリンス・オブ・ドラゴン!!」参照)、「美人の嫁さん手に入れて、退廃的な生活したい」(第9巻リポート9「誰が為に鐘は鳴る!!」参照)等、証拠が数多く残っており、反対する人も少ないであろう。しかし、横島氏は、その残した高い能力故に、また道徳的必要性から、後世においては多くの伝説が生み出され、ストイック(禁欲的)な彼の虚像が一般には流布されている。

 なお、この場合のエピキュリアンとストイシアンは言葉本来の意味、社会への貢献より私的生活の充実を目指す生き方をエピキュリアン、私的生活よりも社会への貢献を目指す生き方をストイシアンと定義する。
例:
●連続殺人犯を逮捕するためにデートの約束をキャンセルして事務所に泊まり込んで働く西条はストイシアン。
●雨が降って気が乗らないから仕事をキャンセルする美神令子はエピキュリアン

 余談であるが、横島氏の同時代人として実際にストイックなのは唐巣神父及び西条輝彦氏が例として上げられるであろう。彼らは、自分の利益よりも社会への貢献を第一と考え日々の努力を重ねてきているが、天才モーツアルトに一足飛びに追い抜かれる凡人サリエリのような役割を横島氏の伝説では与えられてしまっている。なお、西条氏に関しては、美神令子を巡り横島氏とライバル関係にあったこと、前世の因縁、生き方(エピキュリアンとストイシアン)、両者の仲が険悪であった時代があったことなどから、横島氏に対抗する悪役というイメージが定着しており、偽善者、プライドばかり高い無能者等のイメージを一般に持たれているようである。しかし、彼の行動が偽善であるとの証明はなされておらず、彼が時には私財を使って、霊障に苦しむ人々を救ったという事実を、もっと正当に評価すべき必要があるであろう。

 このように、横島氏がストイックに変わったとの伝説が生まれた原因には前述のルシオラ事件がある。伝説では、大切な人を失った横島氏が今までのエピキュリアン的生活を後悔し、禁欲的に自分を磨く生活に変化したのであるとするのである。だが、前述のように表面上、横島氏の生活は事件以後も変化しておらず、一時は煩悩的発言も減少したが(何故、彼が煩悩を持つことに躊躇するようになったかは第四章参照)「忘れていたが、俺のパワーの源は煩悩!!」(第38巻リポート4「呪い好きサンダーロード!!」参照)という発言以後は、行動パターンは事件以前とほぼ同じに戻っている。

 また、横島氏が自分の力不足で大事な人間を失ったと思ったのは、実はこれが始めてではない。いわゆる死津喪比女事件における氷室キヌの喪失である(第20巻リポート8「スリーピング・ビューティー!!」参照)。この事件では、横島氏の銃弾が間に合わなかった為に、氷室キヌは死津喪比女に特攻攻撃を行い、横島氏は氷室女史が消滅したものと考え後悔の涙を流している。実際には、結果として氷室キヌは記憶を失ったものの再生に成功し、ハッピーエンドと呼んでも良い結末に至っているが、横島氏の心には確実に傷が残されたであろう。そのため、氷室女氏と再会し彼女の生命が危険に脅かされた際、横島氏はいつもの余裕を失い「んな簡単に『もういい』とか言うな!!」と激昂、普段の彼では考えられないことであるが、自分の命の危険も忘れ、勝算を無視して悪霊の霊団に飛びこんでいる(第23巻リポート5「スタンド・バイ・ミー」参照)。なお、死津喪比女事件の後も、今回同様、横島氏は記憶を失った氷室女史との再会を目指して、氷室女史のナンパを試みており、修行をしている形跡は見当たらない。

 このように、横島氏は氷室女史の喪失に傷ついても、生き方自体を変えてはおらず、美神にいつも通りのセクハラを行い、美神令子に殴打される生活を行っている(第21巻リポート1「今、そこにある危機!!」参照)。その後、横島氏は目前に危機が迫るまで努力しないくせに、いざとなると掛けこみで修行をして、実力以上の力を出して勝利を収める「ワイルドカード」振りを発揮し続けている(前述「今、そこにある危機!!」「私を月まで連れてって」等参照)。また、反対にアシュタロスの存在が明確となり、危機が遠くないことが判明したとしても、横島氏は修行に類することはルシオラ達が登場し、危機が目前に迫り、ルシオラを助けたいと思うまでは行っていない(第31巻リポート3「ザ・ライト・スタッフ!!」参照)。なお、この際に美神令子は大事ではないから、ルシオラが現われるまで修行をしなかったという学説も存在するが、その場合、それ以前に横島氏が美神令子のために活躍した事実を説明出来なくなるため、妥当とは言えないであろう。

 加えて、横島氏はアシュ事件中、繰り返し「力」を否定する発言を繰り返している。「パワーにパワーで対抗しようなんて、俺たち皆バカだったよ」(第32巻リポート7「GSの一番長い日」参照)、「悪運じゃなくて策略だよ」(第34巻リポート9「ジャッジメント・デイ!!」参照)、「弱点さえわかればバカのお前なんかそこまでなんだよ」(第35巻リポート7「ジャッジメント・デイ!!」参照)等が上げられ、事件後、横島氏が否定していた力や強さを求めるようになった理由を説明しがたくなる。

 従って、記録にも残っていない以上、横島氏が隠れて過酷な修行を続けていたことを証明することは難しいと言わざるを得ないであろう。

*注3:時間の復元力
「時間移動能力は、もともと大した力ではないんです。過去も未来も変えられることしか変えられない。時間の復元力は人や神の力よりずっと強いのですよ」(第21巻リポート9「今、そこにある危機!!」参照)「時空は変更を加えようとすると、元に戻ろうとする力が働くの」(第34巻リポート10「ジャッジメント・デイ!!」参照)

 なお、余談ながら、人口幽霊壱号の残留思念を再生することによって、存在が確認された未来の横島忠夫と称する人物(我々の時空では、横島氏が病気の妻令子のために、過去に時間移動したという記録は存在しない。なお、記憶を消されたのは、美神令子、横島忠夫の両人だけで、人口幽霊壱号及び氷室キヌ他の関係者の記憶から、この人物の存在は消されていない。第28巻リポートリポート5「ストレンジャー・ザン・パラダイス」参照)が、妻令子の救命に成功したと思われるのは、彼女がまだ死んでいなかったためであると推測することが出来る。また、同氏が除霊活動の際に氷室キヌの同行を謝絶したのは、この時空の復元力によって、氷室女史の生命が奪われる可能性を回避するためだと思われる(実際に代わりに犠牲になる可能性があったのは横島氏本人)。


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