椎名作品二次創作小説投稿広場


黒き翼

発端3


投稿者名:K&K
投稿日時:04/ 8/ 3

 ワルキューレの言葉をきいてアーガイラの顔に一瞬喜色が浮かび、すぐに消えた。ワルキューレはそれに気付
かなかったように言葉をつづける。

 『装備はお前が必要と思うものを必要なだけ持っていくがいい。管理部には私から話を通しておく。それから
  解っているとは思うがこれは特殊任務だ。こちらの正体をドルーズの連中に悟られないよう細心の注意を払
  ってくれ。私の話は以上だ。』

 その後、緊急時の連絡方法等必要な確認を2.3おこなった。

 『では失礼いたします。隊長。』

 『ああ。よろしく頼む。』

 アーガイラが敬礼のあと執務室を出て行くのをみとどけて、ワルキューレは本日2回目のため息をついた。

 実はワルキューレは彼女が苦手だった。部下としては優秀で実力もあるということは認めている。問題は彼女
の性癖だった。

 母親から受け継いだ血のせいなのか、アーガイラは非常に多情だった。気に入れば誰とでも寝た。しかも相手
は男女を問わない。

 もっとも、それだけならどうということはない。ワルキューレは任務に支障がないがぎり部下の行動には干渉
するつもりはなかった。

 だが自分がその対象になっているとしたら話は別だ。さすがに任務中にモーションをかけてくることはないが
一度任務をはなれるとまとわりついてきてかなりうるさい。

 原因はワルキューレがこのチームに配属になったときにとった行動にあった。彼女は着任早々チームの主だっ
た者を呼び出し順番に叩きのめしたのだ。

 魔界では力が全てだ。特に人界という魔族にとって過酷な環境での任務を主としている特殊部隊では部下は自
分より弱い上官など信頼しない。従って特殊部隊士官は常に自分の力を証明し続けなくてはならないのだ。

 おかげでワルキューレの実力はチーム内に浸透し、彼女はチームを完全に掌握することができたが、アーガイ
ラに関しては薬がききすぎたのか、強者への敬意を通り越して惚れられてしまったらしい。それ以降ことある毎
に抱いてくれとせまられている。

 ワルキューレには女を抱く趣味はないのでいつもこっぴどくはねつけているのだが、いっこうに懲りる様子は
ないようだ。

 そんな人物と一ヶ月も行動を共にするのかと思うと気が重くなったが、敵組織への潜入という任務に最もむい
ているのも確かなので彼女をはずすわけにはいかなかった。

 ワルキューレは頭を一振りして下らない思考を追い出した。ドルーズへの出発前にやらなければならないこと 
が山ほどあるのだ。



 それから3日後、ワルキューレは祝賀使節と共にドルーズ新国主の宮殿にいた。彼女に与えられた身分は警護
部隊の隊長の補佐というもので、比較的自由に行動できるものだった。

 使節団は護衛も含め総勢500人弱というかなり大掛かりなものだった。というのも、この国には人界でいう
ところの地脈が本数交差するポイントになっているため、大気中の魔力濃度が他国と比べて平均で1.5倍ほど
濃く、そのため国の規模からは考えられないほど繁栄していたのだ。

 ワルキューレは当初使節団の規模に驚いたが、出発前にドルーズについて調べた際に上記のようなことを知り
納得した。小国とはいえかなり豊かな国のトップが皇帝とは反対の立場の人物に変わったのだから、お偉方とし
てはほおってはおけなかったのだろう。

 宮殿の大広間では使節団、ドルーズ新国主双方の形式的な挨拶が終わり、歓迎の宴が開かれていた。テーブル
には数多くの料理や酒が並び、皇帝には及ばないもののこの国の豊かさを誇示している。ワルキューレはテーブ
ルの席にはつがず、部隊長とともに使節団長の警護のためにその背後の壁際に立っていた。

 彼女の正面には新国主アカブリストが座っている。彼は使節団に対して終始友好的にふるまっていた。話題
にも気を使い、対立が表沙汰になりそうなものは意識的に避けているのがわかる。国の実権を把握したばかりで
皇帝と表立って事を構えるのは避けたいという判断だろう。

 (バカではなさそうだな。)

 ワルキューレは新国主の顔を見ながらとりあえずはそう評価した。彼から感じられる魔力もそれなりに高い。 
だが、軍の資料によれば前国主は選帝候には及ばぬものの、かなりの実力者と評価されていた。目の前の男から
はそれを凌ぐようなものは感じられなかった。もっとも、ワルキューレ自身が前国主と面識があったわけではな
いので新国主の実力に対する判断は保留にする。

 新国主を観察しているうちにさらに気がついたことがあった。会話が途切れたときなどに新国主が時折視線を
送る人物がいるのだ。その人物はドルーズ側の端の席に座っており、特に会話に加わることもなく静かに料理を
口にはこんでいたが、ワルキューレの視線に気がついたのか、微かに目礼を返してきた。たしか『焔狼』という
名前の男だ。

 『君も彼のことが気になるようだね、大尉。』

 ワルキューレの隣に立っている警護部隊長が小声で話し掛けてきた。

 『大佐も気付かれましたか。』

 『ああ。彼は移住者だ。』

 移住者とは主に人界などから魔界に移住してきた妖魔や妖怪達をさす言葉だ。

 『この国は昔から移住者の受け入れには積極的だったが、政府中枢にまで入り込んでいるとは驚きだよ。』

 『新しい国主の信任も厚いようですね。ただそれにしては席次が妙ですが。』

 『今回のクーデターの実行にあたってよほどの功績があったのだろう。移住者をここまで登用したという話は
  聞いたことが無いからな。末席なのはたぶん他の閣僚の面子を慮ってのことだろう。』

 『なるほど。』

 部隊長はワルキューレの本当の任務や今回のクーデターに関する上層部の懸念についてはなにも知らされてい
ないため、単純に驚いているだけのようだった。

 その後も宴は友好的な雰囲気のまま続き、酒や料理が尽きたところでお開きとなった。宴の参加者は三々五々
引き揚げはじめた。使節団長と警護部隊長はまだ何事か新国主と話している。ふと焔狼が席を立ったのが目に入
った。一応身元の確認くらいはしておこうと思い彼に近づいた。

 『焔狼殿。』

 ワルキューレが声をかけると焔狼が振りむいた。

 『私、この度の使節団で警護部隊長補佐をやっておりますワルキューレと申します。』

 『お会いできて光栄です、ワルキューレ大尉。』

 焔狼はにこやかに握手を求めるように右腕をさしだした。ワルキューレより頭ふたつほど背が高いので自然と
かれの顔を見上げるようにしてその手を握る。

 『さすがは特殊部隊大尉、人界流の挨拶にも慣れておられる。』

 『私のことをご存知なのですか?』

 『ええ。御高名は常々聞き及んでおります。人界においてGS協会やオカルトGメン、妙神山等に太いパイプ
  を持つ魔族軍の人界における活動のキーマンであり、先の大戦でも最後の戦いに魔族軍としてただ独り参加
  されたとか。最近此方に移り住んだ者であなたのことを知らぬ者はいないでしょう。』

 『そのように言われると恐縮してしまいます。ところで、お名前と今のお話から察するに焔狼殿は人界の御生
  まれとお見受け致しましたが。』

 『そのとおりです。私は人狼族の出身ですがいろいろありまして、一年程前こちらに移ってまいりました。』

 一年前というと、大戦で失った戦力を補うために一時的に移住者の受入基準を緩和した時期だ。

 『人狼族の御出身ですか。奇遇ですね。私の人界での知り合いに犬塚シロという人狼族の少女がいるのですが、
  もしかしてご存知ありませんか。』

 『残念ですが知りません。私は大昔に先祖が隠れ里を出て以来人間社会で暮らしてきた一族の出でして、他の
  者とはほとんど交流がなかったのです。その犬塚シロという少女は里から出て暮らしているのですか。』

 『ええ。美神令子の事務所の居候ですよ。』

 『ほぅ、人狼族が里から出ること自体まれなのにGS事務所に居候ですか。一年の間に人界も随分と変わった様
  ですね。』

 『まったくです。周りも問題なく受け入れているようですが。ところで、こちらの暮らしはいかがですか。』

 『移ってきた当初はかなりきつかったのですが、慣れてきたせいか今は人界にいた頃より調子がいいですよ。
  疲れを感じることもほとんど有りません。』

 ワルキューレの知る限り、移住者の実力は一様にかなり高い。魔力が魔界よりはるかに薄い(100分の1以下)
状況で暮らしていたのが原因とおもわれる。いうなれば『鍛え方が違う』のだ。もっとも一定レベルの実力がなけ
れば、逆に強すぎる魔力に霊基構造を破壊され死亡してしまうのだが。

 『移住者の方が魔界の環境に慣れるまでの期間にはかなり個人差がありますが、焔狼殿のように一年で逆に調子
  がいいというレベルまで適応されたという話はこれまで聞いたことが有りません。よほど強いお力をお持ちな
  のですね。』

 『そんなことは有りません。私の周りにも結構いますよ。単に体質の問題だとおもいます。あまり買かぶらない
  で下さい。』

 『いいえ、決して買かぶりなどではありません。軍にも何人か人界出身の者がおりますから。ところで、焔狼殿
  が人界を離れられたきっかけはやはり人間とのトラブルですか?』
 
焔狼はクスリと笑いながら答えた。

 『持ち上げておいて尋問ですか?、美しいバラには棘があるという諺は此方でも真実のようですね。』

 どうやら警戒されたようだ。ワルキューレは心の中で舌打ちした。戦場でのそれは別として、このような駆け引
きじみたことはあまり得意ではない。

 『いきなり立ち入ったことをお伺いしてしまい申し訳ありません。人界から移住された方はみな優れた力をお持
  ちなので以前から関心をもっていたもので。お気に障ったのならお許しください。』

 とりあえず謝罪した。

 『そんなにお気になさらなくても結構です。理由はどうあれあなたのようなお美しい方の関心を引くのは悪い気
  分ではありませんから。こちらに移ってきた理由ですが、あちらにいるかぎりは正体を隠し続け人間の振りを
  し続けなければならないことに嫌気がさした、という所でしょうか。ところで、私の方からも御質問させてい
  ただいてよろしいですか。』

 『どうぞ。』

 『あなたが所属する第三軍は確か人界での作戦活動が任務の中心だったはずですが、なぜ今回の使節団にあなた
  が参加されているのですか。』

 予想どおりの質問だった。というより、自分のことを知っている者なら疑問に思わない方がおかしい。

 『実は私にも訳がわからないのです。本当なら休暇でも取ろうと考えていた所にいきなり呼び出されて、今回の
  使節団に参加するように命令されました。ただ、個人的にはやはり新国主閣下と皇帝陛下のお考えの微妙な
  違いや、移住者の方が比較的多いといったこの国の事情が関係しているのではと考えておりますが。』

 事前に想定していた質問なのであらかじめ用意しておいたセリフをこたえる。実は出発前に警備隊長にも同じ事
を聞かれ、今と同じように答えていたのだ。

 『なるほど。ということは、あなたの休暇が失われたことに対して私達にも半分ほど責任があるというわけです
  ね。これは申訳無いことをいたしました。この国の移住者を代表してお詫びいたします。』

 『上司の気まぐれに逆らえないのは宮仕えの宿命ですからお気になさらないでください。』

 微かにおどけたような表情で頭をさげる焔狼にあわせて軽く答えながら、ワルキューレは彼が自分の返答に納得
していないことをなんとなく感じていた。
 だが焔狼はそのことに関してそれ以上追求してこずに、かれが新国主に呼ばれたのを機に二人の会話は終了とな
った。



 その後、ワルキューレは宮殿に宿泊する使節団長や護衛隊長らとわかれて、宮殿の上空に停泊している護衛艦に
もどった。

 自分に与えられた部屋に戻るとすぐにデスクに向かい携帯用計算鬼を立ち上げる。メールが2通きていた。セリ
ーヌとアーガイラからだった。

 まずはアーガイラのメールに目をとおす。内容はこの国のナンバー2の魔族の屋敷に潜り込むつもりであること、
前国主の子息が生き残り、何処かに潜伏して反攻の機会をうかがっているという噂があるので確認するつもりだと
いう事の報告だった。

 つづいてセリーヌからのメールを開く。

 (ご要望のリストを送ります。見返り期待してるわよ。調べるの結構大変だったんだから。)

 短い本文に続いて添付ファイルがあり、それを開くと100人程の名前とチャネルを通過した日時が並んでいた。

 それらを一件づつ確認していく。想像したとおり見覚えのある名前が数件みつかった。以前ある過激派組織を内
偵していた時に、その組織のパトロンである可能性が高い人物としてその名前があがったのだ。もっともその時は
確証を掴むことができなかったため逮捕することはできなかった。

 その人物の名前はブルタスク。表向きは魔界でも有数の商人である。人界との密輸でその財を成したという噂が
ほぼ公然の事実として語られている。

 もちろんリスト上の名前は偽名である。ただワルキューレは彼が使用する名前をいくつか把握していた。

 リストからは彼がクーデターの2ヶ月前から半月前までの期間、複数の名前を使い頻繁に人界と魔界を往復して
いたことがうかがえた。彼が今回のクーデターに何らかの関わりがあるのはほぼ間違いないだろう。

 その後かれの名前は一週間ほど前に人界に向かったという記録を最後にリストから消えていた。

 ワルキューレは返礼のメールをセリーヌに送信すると、椅子の背もたれに身体をあずけた。

 (ドルーズと人界、どちらから手をつける。)

 どちらにしても自分達の動いた痕跡を残さぬよう細心の注意を払わねばならず、面倒なことは代わりはない。

 ドルーズで活動する場合ネックになるのはこの国の移住者達だ。先程の焔狼の言葉によればこの国の移住者の
ほとんどが自分のことを知っていることになる。調査対象に面がわれている自分がこの国で動くのは不可能、その
場合アーガイラのほかにも2,3人部下を投入して活動させることになる。だが、本来自分は自ら動きながらチー
ムを率いていくタイプだ。離れたところで部下の報告を聞き指示を出すというやり方はあまり得意ではない。

 一方、人界での活動は、魔力濃度が魔界の100分の1以下という非常に過酷な状況下のもとに行うため肉体的
に非常に辛い。また大戦の影響で魔族に対する監視の目も以前とは比べ物にならぬほど厳しくなっている。

 (だが人界なら私も動ける。それにブルタスクがまだ人界いるとすれば、奴を捕らえて直接尋問した方が早いし、
  最悪Gメンあたりに活動がばれても、この件は魔界内部のゴタゴタだからさほど重大な問題にはなるまい。)

 そうと決まれば、アーガイラをあまり深入りさせず、いつでも引き上げられるようにしなければならない。

 ワルキューレは先程の魔族の屋敷に入り込む必要はないこと、使節団の帰国と同時にドルーズから引き上げられ
るよう準備しておくこと、ただし、情報収集は可能な範囲で行うことなどを指示したメールをアーガイラに送ると
計算鬼のスイッチを切った。

 『やり方は決まった。あとは結果を出すだけだ。』

 ワルキューレは軽い充実感と共にそう呟いた。当然のことながら、この時下した決断を後に後悔することになる
とは夢にも思っていなかった。


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