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WORLD〜ワールド〜

第七話 狂宴〜パーティー〜(2)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 8/ 1

「こ、これは一体どういうことなんだ…」

 ピートは呻くように呟いた。
 そしてその隣りにいる唐巣神父も同じような心境である。
 それもそのはず。
 今、彼らの目の前には確かに死んだはずの存在、鎌田勘九郎が現れていたのだから。

「あら、吸血鬼の坊やじゃない。久しぶりね」

「どういうことだ! なぜお前がここにいる!? いや、それ以前にどうやって復活したというんだ!!」

 ピートは思いつく限りの疑問をぶつける。
 勘九郎は呆れたようにため息をついた。

「そんないっぺんに質問されたって困るわよ。あたしは聖徳太子じゃないんだから」

「ふざけるな!!」

「落ち着きたまえピート君!!」

 興奮して今にも飛び掛ろうとするピートを唐巣がなだめる。
 未だ興奮冷めやらぬピートの代わりに、今度は唐巣が勘九郎に質問した。

「鎌田勘九郎くん、君は確かに死んだはずだ。コスモ・プロセッサ発動時に一時的に復活はしたみたいだが、プロセッサの破壊と同時に復活していた者は皆消滅したのは確認されている。一体どうやって再び復活したというのかね?」

「さあ? あたしにもわからないわよ。気がついたらここにいたって感じ。あたしからも質問するわよ。ここはどこ?」

 どうやら勘九郎はまったく隠す気はないらしい。
 隠してもプラスになることはないと判断したのだろう。
 それよりも現状を把握することにしたようだ。

「小竜姫様のことは君も知っているのだろう? ここはその小竜姫様が管理人をつとめる霊峰、妙神山だ」

「ふむ…なぜそんなところにあたしは居るのかしらね。でもまあ…せっかく蘇ったことだし、深く考えるのはやめにして楽しむことにしようかしら」

 勘九郎はそう言って笑う。
 唐巣は、ピートは考える。
 勘九郎は、すでに魔族となっている。それは彼の禍々しい姿からもわかることだ。
 ならばそんな彼の楽しみとはなにか?
 決まっている。
 破壊と、殺戮だ。

「人を殺してはならない…と言っても無理なのだろうね」

「うふふ…あたしはもう魔族だからね。悪いけど本能は抑えられないわ」

「ならばお前を生かしておくわけにはいかない!! 神の御名に誓って貴様を討つ!!」

 勘九郎の答えにピートが吼える。
 ピートはかつて直接戦ったこともあり、勘九郎に対して大きな敵愾心を持っている。
 そんなピートを横目に、唐巣は苦笑した。

(やれやれ…神は争いを好みはしないというのに……やはり私は聖職者にはむいていないのかもしれないな。……血が騒いで仕方ない)

 そしてピートは勘九郎に飛びかかり、唐巣は聖書を開き、呪文の詠唱を始めた。
 ピートが放ったダンピールフラッシュを勘九郎は右手でなぎ払うだけでかき消す。

「なにっ!?」

「なめんじゃないわよ!!」

 瞬時に勘九郎はピートとの距離を詰め、魔力を纏わせた拳を振るう。
 拳が当たると同時にピートは体を霧と化し、回避する。が、勘九郎は霧と化した吸血鬼にダメージを与えることが可能だ。
 そのため、それは有効な回避手段とはなりえなかった。

「ぐうっ!!」

 ダメージを受け、ピートはヴァンパイア・ミストが解けてしまう。

「もらった!!……っ!?」

 追撃を加え、終わらそうとした勘九郎だったが、嫌な予感が体を駆け巡る。
 見ると、黒髪の神父が呪文の詠唱を終えようとしていた。

「―――世界を構成せし無数の友よ。我に邪を砕く力を分け与えたまえ!」

「この力…やばい!!」

「汝の呪われた魂に救いあれ! アーメン!!」

 唐巣から眩い光が溢れ、辺りをつつむ。その光は辺りに存在するあらゆる「負」を浄化していった。

「く、ああ!!」

 勘九郎は必死でその光に抵抗<レジスト>する。
 なんとかその場は耐え切ったがダメージは小さくなかった。

「これは…遊んでる場合じゃないわね」

 神父の方は今まで交戦したことがなかったのでわからなかったが、かなり強い力を持っているようだ。
 なめればやられる。
 勘九郎は気を引き締めた。

「強がりを……っ!?」

 言うな、とピートは続けたかったのだろう。
 だが、言い終わるよりも早く勘九郎がピートの目の前に肉薄していた。

「くぅっ!」

 繰り出される拳を間一髪、避ける。
 唐巣は再び呪文の詠唱に入った。

「させないわよ!!」

 勘九郎が地面に自分の拳を叩きつける。
 その衝撃で大地は割れ、岩盤がめくりあがった。
 足場を破壊され、唐巣は体勢を崩してしまう。
 当然、呪文の詠唱は止めざるを得なかった。

「はあっ!!」

 勘九郎がピートをほうって唐巣に迫る。どうやらピートよりも唐巣のほうが脅威であると判断したようだ。
 繰り出される大量の魔力を纏った拳。
 足場を崩され、宙に投げ出される格好になっていた唐巣に避けることができない、はずだった。
 が、唐巣は迫ってきた勘九郎自身の体を蹴ることで反動を得、直撃を避けた。
 しかしそれでも唐巣は風圧と衝撃で吹き飛ばされてしまう。

「くはっ!」

「先生!!」

 かなりしたたかに背中を打ちつけ、唐巣の息が一瞬止まる。
 勘九郎はその一瞬を逃さなかった。

「勝機!! 死ねええぇぇぇえ!!!」

 勘九郎の右手に魔力が集中する。
 そして、放たれた。
 唐巣を光の帯が包む。

(終わりか…なんともあっけない幕切れだな)

 唐巣はわりと冷静にそれを見つめていた。
 自分は十分に生きた。それなりに刺激もあって、楽しめた。神を愛し、愛されることもできた。
 悔いはない。

(強いて言えば…令子くんが素直になれるかどうか……見届けたくはあったがね)

 そして唐巣は目を瞑った。笑みを浮かべて。
 しかし、唐巣は死ななかった。それどころか、何のダメージもなかった。
 怪訝に思い、唐巣は目を開く。
 ピートが、立っていた。
 服はぼろぼろにちぎれとび、体は黒ずんでいる。あまりのエネルギー量に火傷に近いダメージを受けたようだ。
 勘九郎がエネルギーを溜めた一瞬。その一瞬にピートはヴァンパイア・ミストで唐巣の前に立ったのだ。
 唐巣の方を振り返り、ピートはニコリと笑う。

「ご無事ですか…? 先生……」

「ピート君………」

 どうっとピートは倒れこむ。

「ピート君! なんて馬鹿なことを!! 私などをかばうなど…私のような老人よりも生き残るべきは君等のような若い世代だろう!!」

「若いって……僕は先生の十倍以上生きてますよ」

「私から見れば…君はまだまだ子供だよ……」

「大丈夫ですよ先生…僕は死にません……」

 ピートは目を閉じた。死んでしまったのかどうか、確かめる暇はない。
 勘九郎は、敵は、まだいるのだから。
 唐巣は懐にしまっておいた聖書をピートにそっと握らせた。

(神よ…どうかこの汚れなき魂を持ったヴァンパイアハーフをお救いください。…そしてお許しください。ひと時ではありますが、あなたへの愛を忘れる私を……)

 唐巣は再び懐に手を入れる。
 その手には神通棍が握られていた。それはかつて、美智恵が使っていたもの。
 吾妻公彦の一件が決着した後、お礼と言って渡されたもの。
 勘九郎を相手に聖書での呪文は通じない。詠唱のヒマなど与えてはくれないだろう。
 ならば今自分に必要なのは神への愛ではない。
 必要なのは「戦える力」。
 かつて神の愛に疑問を抱いていたあの頃の力。美智恵と出会うさらに前。自分自身の力に固執し、ただ力を求めていたあの頃。
 そこに戻らねば、勘九郎とは戦えない。
 唐巣のテンションは徐々に「あの頃」に戻っていった。

「悪いけど別れを惜しむ時間は与えないわよ。悲しまなくてもすぐに会えるわ。涅槃でね」

「だまれ。さっさとこい」

 キィン!と音を立てて神通棍から霊波が伸びる。美神のように出力に負けて変形することはなかったが、その形はとても洗練されていた。

「あら、なんか変わったわね。弟子をやられて頭にきたのかしら?」

 言い終えると同時に勘九郎の頬をなにかがかすめた。頬から紫の血が流れる。

「こい、と言っただろう」

 神通棍を振り切った体勢のまま、唐巣は吐き捨てた。
 頭に血が上ったのだろう。勘九郎は喉から搾り出すような声をあげ、唐巣に襲い掛かった。
 唸りをあげて勘九郎の右手が迫る。
 唐巣は軽く横に体をずらし、回避する。
 だが勘九郎は冷静さまでは失っていなかった。右腕はフェイントにすぎない。
 そのまま唐巣に頭突きを見舞う。

「ちぃッ!」

 当たる直前に唐巣は後ろへ大きく跳んで回避した。まったく予想していなかったため大きく距離をとることでしかかわせなかった。
 ふくらはぎ、太ももの筋肉がミシミシと音をたてる。

(老い…か……)

 思っていた以上に衰えていた自分の体に唐巣は舌打ちする。
 若かったころと比べると反応速度などが著しく落ちていることが嫌でもわかる。
 それでも唐巣はできうる限り神経を研ぎ澄ました。

「なかなかやるじゃない! びっくりだわ!! でもまだまだよ!!」

 右腕、左腕、右足、左足。勘九郎のソレが嵐のように唐巣を襲う。
 唐巣はかろうじてそれらを捌いていた。

(長くはもたない…ならば!!)

 今度は唐巣が前にでる。不意をつかれた勘九郎は一時的にバランスを崩す。
 だがすぐにもち返す。
 もともとの基礎体力が違うのだ。
 唐巣は人間、それもすでに壮年期を過ぎようとしている。
 対して勘九郎は魔族。それも攻撃力の面から見ればメドーサにも匹敵するほどだ。
 比べるのも馬鹿らしい。

「ふふふ…頑張ったわね。でももう終わりよ。バイバイ…けっこう楽しかったわ」

「………!!」

 遂にかろうじて保たれていた均衡は崩れた。勘九郎の一撃を神通棍で受け止めた時、勢いを殺しきれず唐巣の体が大きく泳いでしまったのだ。
 勘九郎が手刀を繰り出す。それは正確に唐巣の心臓にむかっていた。

 響く爆裂音。同時に勘九郎を襲った衝撃。

 勘九郎も、唐巣も、何が起こったのかわからなかった。
 勘九郎は自分を襲った衝撃の正体を知ろうと、衝撃の来た方向。すなわち、背後を振り向いた。


――――ピートが、立っていた。


「この死にぞこないがあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 そう叫んだ勘九郎の頭は、体を離れ、宙を飛んでいた。
 勘九郎は何が起こったのかわからず、倒れていく自分の体と、神通棍をしまう唐巣の姿をただ、見つめていた。







「命を奪ってしまったか……神よ…この愚か者をお許しください」

 唐巣は心底後悔したように呟く。もう、そこにいたのはいつもの唐巣だった。

「神の愛は無限ですよ、先生」

 ピートは片足を引きずりながら唐巣の側へと歩み寄った。その手にはしっかりと聖書を抱えている。
 唐巣はその場に崩れ落ちる。さすがに体をいじめ過ぎたのだ。もう立っていることもままならなかった。

「大丈夫ですか!? 先生!!」

「いや…大丈夫だよ。しかし君は本当に頑丈だなあ…」

「これも、神の御加護ですよ」

 ピートは笑って唐巣に肩を貸した。二人はよろよろと立ち上がる。ピートとて、満身創痍なのだ。
 だが、それでも二人は歩き出す。

「急ごう。他のみんなが気になる」

「ええ」


 この師弟は本当に―――――――――強かった。


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