椎名作品二次創作小説投稿広場


地上に降る最初の雪

ローマの休日


投稿者名:伊三郎
投稿日時:04/ 7/24

「それでは、最初は私からの宿題です。」
いたずらをする子供のような目で、氷室キヌは横島忠夫に問いかける。

「横島さん、雪はどうして、積もるか知ってます?」

「へ?」(なぞなぞ、じゃあないよな?)

「雪がどうして、積もるかです。」
「そりゃ〜、降るから積もるんじゃないの?」

「ぶー、零点です。」くすくす笑いながら答えるキヌ。
「ひっかけ? いや、ダジャレ?」(わからんぞ〜、おい)

「いいえ、違います。真面目な問題です。」彼女は視線をまっすぐに横島の目に合わせる。

「ヒントが欲しいな。」(どうやら真剣な話みたいだな。)

「ヒントですか?」「そう。」
「う〜ん、じゃあですね、ほんのちょっとだけ雪が降ったら?」
「融けてそれで終わりだろ?」
「それがヒントです。」

「判んないよ。」
「だから、宿題です。」
「宿題がいっぱい出たみないだな〜。」ため息をつく横島。(あのクソ悪魔の分も)
「とりあえず、締め切りはありません。」(一生かけて考えてくれてもいいんですよ。)

ここで、一息。
「横島さん、夏休みの宿題、8月30日から始めるするタイプでしょ?」
「いや、違う!」胸を張って、自信たっぷりで返す。
「8月の32日に、友達(特にピート)のを写す!!」本当は9月1日ていうぞ、普通の人は。

「あっ、始まるみたいですよ。」キヌは広場の方を指差す。
「すごい人の数だな〜。」半分、あきれたように集まった群衆を見下ろす。
「十万人くらい集まるそうです。毎週!」

この地に新しい神の教えを伝えようとして、結局、処刑された男の名から採った聖ペテロ広場。
結構寒い今日でも、自ら信じる神から祝福を受けようとする人々でうめ尽くされていた。

そして、人々の祈りが始まる。。。。

『祈り』 それは神族にも魔族にも無い習慣。ホモ・サピエンスと呼ばれる人間と、それに近しい仲間のボノボだけが行う儀式。

神の代理人を名乗る聖者の声が響き渡る。
「迷える子羊たちに、主のお恵みがありますように。。。。」

(あいつに、美神さんが「クソ坊主!!」って言ったから、あんなことになったんだよな〜)
元々は自分の欲望を満たすため、美神を追い回した横島。責任を他人に擦り付ける所は師匠にだんだん似てきている。ついでに言うと、世間一般の権威やら常識やらを無視ないし、非常に軽んずる点もまた同じ。ふつーの人は仮にも○ーマ法王を「あいつ」呼ばわりはしない(と思う)。



時間は少しさかのぼる。

快適な?牢屋での一泊を終えて、釈放された美神と横島。引き取りにきたキヌの顔を見て開口一番!
「「お腹すいた〜〜。」」
「あれっ、お食事付きじゃあなかったんですか? 普通、こうゆうとこじゃあ?」
「あのね、おキヌちゃん。。。」こめかみを押さえながら美神が言う。
「こ・こ・自体が・じゅ〜ぶん普通じゃないのよ。」
「そうゆうもんなんですか?」
「そうゆうこと。」これは横島。(それに、あの悪魔に遊ばれたし。)

それは、ともかく「「ごは〜ん(メシーッ)!!」」

その辺のレストランでとりあえず飢えを満たした二人と、普通に食べてた約一名。
食べ終わるや否や、
「さ〜て、せっかくローマまで来たんだから、買い物に行くわ!旅費だけは向こう持ちだったから、ブランド物の服を買いまくるわよっ!」

「50億も稼いだのに、せこいこと言わんでくださいよ〜。」と横島。
「あんたね〜、その50億の単位がなんか分かってんの?」ギロリと強欲大魔王の顔で睨む。
「リラよ、リラッ。円でたったの3億5千万よっ!私はてっきり米ドルかせめてユーロだと思ったのに!! 差し引き6996億5千万円の損よっ!」

こうゆう計算は実に素早い。でもあの、普通の人だったら損とは考えないんじゃ?
貨幣の単位を確かめておくのは、契約時の常識なのに。。。
それに、この話の連載時はまだ、ユーロって流通してなかったんですけど。。。。

ふた昔前なら、ここで「100リラは日本円で約7円です。」と大橋巨泉のナレーションが入るようなシーン。



「そうだ、おキヌちゃんも行かない? 気に入ったのがあったら一着だ・け・なら買ってあげるわよ。」
(その優しさをど〜して俺に向けんのや、この女は。。それでも一着だけかよ。)
誰の考えたことかは説明するまでもない。

「私です? えっと、お気持ちはうれしいですけど、私にはあんまりここのデザイン合わないと思いますし、それに...」
「「それに?」」
「あっ、いやっ、なんでもないです。」ちょっち顔が赤い。
(言えない、特に横島さんの前では。。。こっちの既製品のサイズだと、胸の所があまるなんて!)
以前、横島はそのことでキヌの逆鱗に触れたことがある。
めずらしく、激怒する彼女に謝り倒して、ようやく許してくれたが、あることを約束させられている。

「まっ、いいか〜。おキヌちゃん、今週の残りのスケジュールは?」
「今晩の23時のローマ発チャンギィ空港行きで移動です。あさってはシンガポールでA級の依頼が一件、その次の日がインドネシアのバタミンドで同じくA級が一件です。」
「了解! ホテルのロビーで21時半集合! じゃ、私は行くわね。」





残された、二人。。。。
「行っちゃいましたね。」
「うん。」


「・・・・・・」
「・・・・・・」何かお互い言いたそうにしている二人。

「「昨夜。。。」」声が重なる。 
「「やっぱり。。」」また、重なる。
「「ラプラスさん!(あのクソ悪魔!)来た?」」
重なったけど、同じ者を呼んでいるのに中身は正反対。

「ごめん!!」横島がキヌに頭を下げる。
「もう、過ぎたことですから。。それに、結構楽しかったですし。。」
「楽しかった?」(あのクソ野朗が?)
「いい人でしたよ。」人じゃなぃって、仮にも悪魔ですよ〜。

(あいつモシカシテ女の前ではええカッコしい?)それは、おまえのことだ横島。
「宿題もいっぱいくれましたし。」
「宿題?」
「そう、宿題です。お礼も兼ねてるって言ってました。」
「お礼?」オウムのように言葉を返すのがやっとの横島。



「後でゆっくりお話しますよ。」視界になにかが入ったようで、さりげなく話題を変えるキヌ。
(聞きたいような、聞きたくないような。。。う〜ん、どっちだ? でも、おキヌちゃん巻き込んじゃったからには、聞かん訳にはいかんな〜。)

「それより、横島さん。この間の約束憶えてますよね?」横島の背後に立つ人物と眼を合わせながら、喋る彼女。
「あう〜。。」ちょっぴり引く横島。先に彼女と交わした約束、、それは。


「お願い事の一つ目です。」そう、それは、よくある三つの願いを叶えること。
「はい。。。」
「今日一日、私の話し相手になって下さい。」
「へ、それでいいの?」
敬老の日にバーチャンが孫にするような願い事。

(なんてささやかな、いかにもおキヌちゃんらしい願い事じゃあ〜〜。これがあの守銭奴イケイケクソ女だったら)後半が口に出てるぞ横島。

「ブゲシッ!!」横島の脳天にピンヒールの踵落としが炸裂する。
「誰が、守銭奴イケイケクソ女だってえ〜〜〜〜!!!」そう、横島の後ろに居たのは、美神令子。
「みっ、が、み、さん、買い物にいったんじゃ〜?」ドクドクと頭から血を流しながら横島。
「ここの支払いをしに戻ってきたんだけど、あなたが払ってくれる〜よ・こ・し・ま・ク・ン?」
「い、いえ、ごちそうさまでした。」まだ、血がでてる。
「わかればよろしい!  ちょっとこっち来て、横島クン。」
店の隅に横島を引っ張ってゆく美神。



「横島クン、これ。」
美神が横島に手渡したのは、結構分厚いリラの紙幣の束。
「!!!!」まるで、天が落ちてきたかのように驚愕する横島。
「あんたたち、これからデートするんでしょ。」
「い、いえ、一日話をするだけですけど。。。」まだ、ショックから立ち直れない。
「そ〜ゆ〜のを、世間の常識では「デート」ってゆうのよ!」
美神の口からでた「世間の常識」という言葉が横島のショックに追い討ちをかける。

「馬鹿ね、これはあんたの為じゃないのよ。」
「・・・・・・????????」
「おキヌちゃんよっ!」
「へっ?」わけが分からん横島。
「あのコ、生き返ってからは、こうゆう所に来るの初めてでしょ。」
「あっ。」
(そうか、前にピートの島に行った時は幽霊だったし、空港で乗り継いだだけだったよな。 それに・・・南極の時は観光どころじゃ無かったよな。)



「いいこと、ちゃんとあの娘の相手をするのよ。昨夜は一人で心細かったでしょうし。それに、二人共高校生なんだから変なことするんじゃないわよっ!」
その、高校生を外国にまで引っ張ってきて、こき使ってるのは貴女なんですけど。

「やだな〜、おキヌちゃんにそんなことしたら俺は完全に悪者じゃ  ゲッ、グベシッ」横島の肝臓めがけて美神のパンチ一発。
「原作の台詞を安直に引用するんじゃないっ!!」
「ふぁい。。。」 すみません、以後注意します。
「で、あの約束ってなによ?」美神が横島をに睨む。
「あ、いや、そんな、たいしたことじゃ。。。」
「ま〜、あんたのことだから下んないことでおキヌちゃん怒らしたんでしょうけど。」
はい、図星です。
「じゃ、行って来るわ。集合時間に遅れるんじゃないわよ。」
「お気を付けて。。。。あ〜、これ、ありがとうございます。」
ようやく血も止まり、ショックから立ち直った横島。

キヌに手を振り、立ち去る美神。横島はキヌの待つテーブルに戻る。
「じゃ、ここから出ようか。」
「はい。」



席を立ち、店をでる二人。
「まず、何処へ参りましょうか? お嬢様。」
「昨日、いいカフェ見つけたんです。こっちです。」歩き始める。
並んで歩く二人。キヌは横島の左腕に自らの腕を絡ませる。

「えへっ、ちゃんとエスコートして下さいね♪」
東京では、恥ずかしくてそんなこと出来ない。しかし、ここは外国、周りは知らない人だけだからか、自然とできるのが不思議。横島もどうやらそのようである。

「それが二つ目のお願い?」と横島、お前はイーフリートか!
「い〜え、これは一つ目のお願いに入ってます。」

ほどなく、目的地に着く。そこは、聖ペテロ広場が見下ろせる、2階にあるオープンカフェ。
「へ〜、眺めはいいけど、寒くない?」
昨夜、自分達がぶち込まれていた法王庁には、目を逸らす横島。空は今にも泣き出しそうだ。
「平気です、これくらい。それに、もうちょっとしたら、いいものが見れますよ。」
「いいもの?」
「毎週、安息日の10時と14時に法王様のお説教があるんです。いっぱい来ますよ、人が。」
「聞いても分かんないよ。日本語じゃないから。」
「雰囲気が楽しめますよ。充分。」

ウエイトレスが注文を取りにきた。
「マイ オーダー イズ ア カップ オブ コフィ ウィズ シュガー アンド ミルク。 アンド フォー ハー 。」
「てい〜 、ぷりんす おぶ うえーるず わん ぽっと ぷりーず のー しゅがー。」
片言の英語でなんとか注文はできたようだ。でも普通海外では女性の注文が先だったりする。
広場に人々が集まり始まる。程なく、注文したコーヒーと紅茶が二人のテーブルに届けられる。


そして、    はじめの     雪のおはなし。。。。。。




人々の『祈り』は続く、祝福の声も響く、でもそれは、まるで心地よいバックミュージックのように、二人には届く。

人間は『祈る』ことができる。自分のことを、家族のことを、友人のことを、世界のことを。
人間は『祈る』ことができる。自分の信じている神に向かって。
そして、また『祈り』は繰り替えされ、ひとつの『想い』を産む。その『想い』が積み重なれば。。。



その景色に見とれていた、二人。
キヌは我に返り、横島の横顔を見つめる。彼も『祈り』の情景に見とれているようだ。

(今こそ、伝えよう。でも、どうやって切り出そう。。。)
そこへ、雪が落ちてくる。まだ、まばらではある。
(この雪は、、、私に前へ進めとの神様のお告げかも。。。。でも私は何の神様を信じているんだろう?)

「横島さん。」
「ん?」
「そのままでいいから、私の話を聞いてもらえますか?」
「いいよ。」
顔を同じ方向に向け二人は話を続ける。

「この景色のある、この世界って悪くないと思いません?」
「うん、確かに悪くないよ。嫌いじゃない。こうゆうのも。」
「美しいと思いませんか?」
雪は、うっすらと全てを多い尽くそうとしている。でも、まだほんの少しだ。
『祈り』を続ける人々にも、少しづつ、そう、ほんの少しづつ積もり始める。
その時、雲の切れ目から、太陽が少しだけ顔を出し、聖堂を照らした。
(雨に太陽なら「キツネの嫁入り」だけど、雪に光とは。。。)

「美しいかな。。。。。」
「こんな、こんな世界が続けばいいと思いませんか?」(今なら、まだ引き返せる。。。。。)
「そうだね。。。。。」

「この世界は、この美しいと思える世界は、、、、、、、横島さん。」
「・・・・・・・」彼はあえて顔を彼女には向けない。

雪が少し強くなってきた。

「この世界は、横島さん、あなたが、、、、『あの時』『選んでくれた世界』ですよ。」
(もう、後戻りはできない。)
『あの時』 それは、まさにあの時、あの場所にいた三人だけが分かる言葉。
『選んだ世界』それも、まさにあの時、あの場所にいた三人だけが分かる言葉。

「そう、俺が選んだんだよな。。。。。。。」
「横島さんが選ばなければ、この景色も、この人たちも、みんな無くなっていたかもしれません。」

「そう、かもしれない。。。。」
「だから、だから、お願いです。 横島さん、自分と、この世界を、、、この世界を憎まないで下さい!!」
彼女は横島の方に顔を向けはっきりと言った。

「世界と自分を憎まないで下さい。それが、私の二番目のお願いです。」




今度は横島がキヌの方に向き直り返事をする。
「悪いけど、そのお願いはだめだ。」
「えっ。」
「二番目のお願いをきくことはできない。」
「どうして。。。。だめなんですか。。。。」

そこで、横島はニヤッと笑いながら彼女に告げる。
「俺は同じ事を二重の依頼者から受けることはできない。」
まるで、ゴルゴ13のようなセリフを吐く。

「同じ、願い事って、、私は二番目なんですか?」
「そう。」
「最初にお願いした人って、誰ですか?」
横島はまた笑いを浮かべながら答える。

「俺! 俺自身だよ。」
「横島さん。。。。。」

「ごめんね、おキヌちゃん。」
「そんな、横島さんが謝るようなことじゃ。。。」
「いや、さっきのお願いするぐらいだから、俺が落ち込んでるように見えたんだね。」
「。。。。。はい。。。」

「正直に言うと、憎んでいた時もあった。自分と世界と運命を。」
「・・・・・・」
「このことは、初めて人に言うんだけど。。。」
「はい。」
「あいつ、、、ルシオラは、、、あの時、俺にこう言ったんだよ。
 『私はおまえのことが好きよ。だから・・・、おまえの住む世界、守りたいの』って。」



「そんなことが。。。。」(そんなことが、あったんですか。。。。)



「だから、俺は決めたんだ! ルシオラとまた会えて、話ができたら、俺はこう言ってやりたいんだ。
『お前が命を捨てて救ってくれた世界はこんなにすばらしい世界になったぞ!』って。」


(この人は、横島さんは、私が思っていたより遥かに強い。。。。)

「この世界を少しでも、髪の毛一本ほどでもいいから、あいつが往ってしまった時よりいい世界を見せようって。たとえそれが神様や、、、たとえ宇宙意思に喧嘩を売ることになっても。」

『この世界を守りし事は、あたかも天に喧嘩を売ることに等し。』
昨夜のラプラスの詩の一行がキヌの頭に蘇える。
(このことは、この横島さんの決意の予知?)

雪が本降りになって来た。
でも、二人は身じろぎもせず見つめ合う。

「でもね、めげる時も多いよ。」横島は脇に抱えていた新聞を彼女に見せる。
一面の写真を見るだけで内容は彼女にも分かった。キヌの顔が曇る。。。

「また、、、自爆テロですか。。。」
「そう、それと報復攻撃。。。。。」
横島は顔を、その写真の撮られた国の方角に向けて呟く。
「今、あそこは将に『憎しみの大地』だ。」
ローマから、遥か東。かってオリエントと呼ばれた、最古の文明のいくつかが栄えた地域。

「憎しみは憎しみしか生まない、いや生めない。」
弱久しい表情で横島は呟く。
「くじけそうになることの方が多い。。。歴史は同じことの繰り返しでしかないのかもしれない。。」


「でも、でも、横島さん。聞いて下さい!」
キヌはまるで何かに取り付かれたかのように言葉を紡ぐ。
「ここも、このヨーロッパと呼ばれたここも、かつては『憎しみの大地』でした。信じる神が違うと言って殺し合い、同じ神を信じているのにその考えが違うから争いが起きていました。ほんの50年前まで大きな戦争が起きていた土地です。でも、今は」

彼女は、横島がチップ用にとテーブルに置いていた紙幣を手に取る。雪が薄っすらと積もっている。
「このお金がもうすぐ使えなくなることはご存知ですよね。」
横島は頷く。

「ほんの50年前まで殺し合っていた人々が、今は一つに纏まろうとしています。まず最初にお金を一つにしようとしています。それは、それは、みんなの『祈り』や『想い』が集まって、一つの『意思』になり、それが実現することは、まさに『意思の勝利』だと思いませんか? 一見、歴史は同じことを繰り返しているように見えても、その繰り返しが前のより、ほんのすこしでも良くなっていれば、人はやはり進歩して、世界が良くなっていると思いませんか? そして、そして世界が、世界のみんながすこしずつでも良くなれば、いつか、きっと、人は神に成れるんじゃあないかと思います。そう、人は今、神への永き道の途中にいて、前に向かって、進化していると思いませんか?」
彼女の息が切れる。

「そうだね。」
「ごめんなさい。生意気なことばかり言って。。。。」
「そんなことないよ。少しだけど元気が出てきた。」
「少し、、、ですか?」
「いや、たくさん出たよっ♪」

雪はさらに強くなる。二人はまた広場の方を見る。
降り積もる雪と一筋の光の差し込む聖なる広場と人の群れ。

キヌは想う。私はこの光景を一生忘れないだろう。横島さんもそうだったらいいな。

不意に、横島は自分の視界がぼやけたのに気づいた。
降る雪のひとつひとつが、ひかりながら力尽きて落ちてゆくホタルに見えた。
彼は呟く。
「ごめん。。。ちょっと泣いていいかな。。。。」

雪はまたさらに強くなる。
キヌはなにも言わず、テーブルの上に置かれた彼の右手の上にそっと自分の両手を重ねる。

雪がその重ねられた手にも降る。降る。融ける。降る。融ける。降る。降る。積もる。降る。積もる。積もる。。。。。。。


キヌは、涙を流しながらも、広場の人々を見ている横島の横顔を見つめる。


横島は涙の止まった自分に気付く。
ふと、彼女の出した雪の宿題の答えを思いついた。
『雪は、なぜ積もるのか』
彼はそれを彼女に告げる。



「正解です。」キヌは少しだけ微笑みながら答える。


雪はまだ、降り続いている。地上(ここ)だけでなく、二人の心の内にも。
きっと、雪は積もるだろう。


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