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悲しみの代価

必要な情報


投稿者名:朱音
投稿日時:04/ 7/22

彼は逃げていた。
彼にとっては、有り得ない事実が彼を追い詰めていく。

彼にとって、人とは。
搾取するモノであり、また娯楽の一環。
弱々しく、傲慢な種。

ただそれだけの存在のはずで、今日もただ退屈だった。
だから人間で遊ぼうと思ったのだ。

本当にそれだけだった。


「何なんだよ、何なんだよ一体!」
魔界に帰ろうとしても、なぜが道が開かない。
魔力も徐々に削られていく。
何が起きているかが、分からないのだ!

「人間の癖に、弱いくせに」

事の起こりは、二時間ほど前に戻らなくてはならない。



深夜の住宅街に彼はいた。
いつもの通りに人間で遊ぼうとしていた彼は、目の前で叩頭する青緑色の髪の女に声をかけられた。
見た目は中々良かった為に、話くらい聞いてやることにしたのだ。

「わたくしの主がお会いしたいそうなのです。一緒に来てはいただけないでしょうか」
深々と頭を下げている女は、用件だけを彼に伝える。

「はぁ?」
唐突な要求に、彼は間の抜けた声をだす。
彼にとってそれは当然の態度だった。

「お前、妖怪だろ。主ってことは、人間に使役されてるんだろ?」
人間とは違う霊波を感じた彼は、随分昔にも妖怪なのに人間と一緒にいるモノを見たことがあった。

「左様でございます。わたくしの主は人、人間でございます。それが何か?」
問題でもあるのかと言いたげな女に、大有りだと言い返す。

「馬鹿か?なんで人間ごときに、わざわざ会いに行ってやんなきゃいけないんだよ」
人間は搾取するモノ。
自分達にしてみれば地を這う蟻に等しいのだ、一々会ってやるつもりは無い。

「それでは、実力行使となりますが?」

淡々とした口調が彼の機嫌を低下させていく。
ただでさえ楽しい一時を邪魔されたのだから、その機嫌の落ち方は著しい。

「お前程度が、僕に?」
確かに妖怪にしては力が有る方だろう。
例え自分が漸く上級として扱われている程度とはいえ、魔力の数値はこっちが上なのだ。

「確かに。わたくし程度の力では貴殿を捕らえること叶いません。・・・ですが」
口元だけを吊り上げて笑う女は、徐に右手を胸の近くまで上げる。
その手に握られているのはビー球らしきもの。

月の光を浴びて青白く光るそれは、綺麗ではあるが特に力を感じない。

「少々卑怯な手を使わせていただきます」
自信満々の様子で、女は右手を突き出す。
もちろん手の平の上には、ビー球が乗っている。

突如として、それが輝いた。

輝き浮かぶ文字は
「固」

「なっ」
文字が浮かび上がると同時に、体が動かなくなる。
否、動かそうとしても体がまるで氷の様に「固まって」いるのだ。

「わたくしの役目は、貴殿を我が君の元へ連れて行くこと。それ以上でも以下でもございません」
輝き続ける「それ」と全く同じものが女の左手に二つ、カチリと軽い音をたてている。

残念なことに、彼は「それ」の名前を知らなかった。
「それ」の名は文珠。
存在すること自体が奇跡の物体、扱うものを選ばぬ言うなれば全能の能力に最も近い力。

「なんだよこれ!?」
無知は無力。

彼女が一体何であるのか知らない彼は、ただ自分の自由を奪っただけの存在と、
自分の自由を奪ったらしい道具を睨んだ。

「お静かに」

文珠を知らぬ彼は、勿論のことその万能性を知らず、思わず息を呑む。

彼に使用した用途とは全く別の意味を与えられた文珠は、意味そのままを実行する。
「転」「移」

自分が先ほどとは全く別の場所に移動した。
否、移動させられた。

それを理解するのにたいして時間は掛からなかった。
何しろ自分達を内包する空気が、先ほどとは違うのだ。

妙な感覚を与える空間、おそらくは結界内なのだろう。

充満している空気が気持ち悪いほどに、肌に纏わり付く。

「我が君お連れいたしました」

女・・・ツバキは自分の主である横島に頭をたれる。
ごく自然に、当たり前の行動として。

対して横島は深い溜息を吐いた。

「・・・やはり、実力行使になったか」

「申し訳ございません」
悪びれた様子はない。
横島から感じる空気が怒っていない、ただ呆れているのだろう。

元から魔族が高々人間に呼び出されて応じるとは、思ってもいなかった。
その為にツバキには文珠を持たせてあったのだ。

「構わん、予想範囲内だ。解除を」
「御意」

「固」と、今まで輝いていた文珠はツバキの手の中で跡形もなく消え去る。

その様子を伺っていたのか、やっと体の自由を取り戻すと早々に怒りを爆発させる。

「お前等っ僕にこんなことして、ただで済むと思っているのか?」


「思ってなどいない」
飄々と言ってのける。

「ムカつく態度だな、お前だな、こいつらの主っての」
さも自分より強いと言っているようで頭にくる。

「名を名乗っておこう。私は横島忠夫、しがない高校生だ」
「名乗ると思ってんのか?」
突っ込むべきはそこではない、「しがない高校生」が魔族を捕らえようとは思わないし思えない。

この行動全てが語っているのだ。
「自分には魔族に対抗する力がある」と。
だが残念なことに、彼のお頭はたいして良くはなかった。

上級といえどもピンからキリまで、彼は魔族の中では少々力の有る馬鹿だった。

「いいや。思っていないが、せめて話し合いで解決したい問題なのでね、必要なのは貴方自身では無い。
必要なのは貴方の頭の中身でね、話し合いならすぐに済むことなのだけれど・・・協力してはいただけないかな?」

名前など興味ないと、さらりと言う。
その態度と口調に彼はキレた。

「そのムカつく態度は、人にモノを頼む態度じゃないよ。まー、人間相手に話し合いなんて、する必要なんて感じてないし。僕は帰るよ」

横島に背を向けると、今まで気配を消していたらしい初老の男と黒色の男が立っていた。

「それは困りましたな」

「用が終わっていない」

ツバキと似たような霊気に彼は眉間に皺をよせる。
「・・・また妖怪かよっ?!」

なぜ自分がこんな面倒なことに巻き込まれているのか、苛立ちはさらに回転の悪い彼の頭を悪くする。


「ふむ、態度か。・・・この態度は長い間の積み重ねでね、この三人の前だと自然とこうなる」

少々間の抜けた言葉に振り返ると、目の前に横島の顔があった。

「・・・・・・・貴様らっ」
謀らずとも囲まれている自分。
そして、場の空気のせいか徐々に削がれている魔力。

なぜか・・・・一体なぜなのか、横島の目から己の目が離せない。

そして、それは襲い掛かった。
体が、ではない。

脳だ。

自分の情報が「覗き見」されている。

解ってしまう、自分も同じ事を人間にする。

人間に悪夢を見せて遊ぶ時、必然的に記憶を覗きそこから面白そうなものを集める。
過去体験した恐怖と、自分の与えるスパイス。それによって作られる悪夢。
その過程そのままを今まさに自分が受けている。

こいつはっ記憶と記憶を接触させて!
僕の情報を、記憶を覗き見していった!

「お前っお前!僕の記憶を覗き見したね!」
気持ち悪いっ!

自分以外の誰かが、僕の記憶を見るだなんて。
気持ち悪くて吐きそうだ!

「・・・だから話し合いでと言ったのだ」
呆れている。

自信満々な態度が、吐き気に拍車をかける。

「煩い、人間ごときにこんな屈辱を受けるだなんてっ殺してやるっ!」
人間のくせに、ただの人間のくせに!

「ナイトメアリー」
「!?」

「その状態で?一体何ができる?ナイトメアリー」

名を・・・・・呼ばれた。
自分の僕の名前。

支配される。
いやだっ人間なんかに!

「誰が従うか!」

とにかくこいつから離れたかった。
初老の男を突き飛ばして、一目散に逃げていく。

あいつの前にいてはいけない、いればこの膝を折って額づきたくなる。
なんて屈辱的な。



「逃げましたよ?」

「構わん、しばらく放っておこう。その内力尽きる。キロウ」
「はい」
「力尽きたら、これで忘れさせろ。覚えておく必要はないだろう」
「御心のままに」

投げる様に渡された文珠を手に、ナイトメアリーの後を追わせる。

「夜が明ける。戻るぞ」
「「御意」」





「で、昨夜は何をしておった?」
ハヌマンの何気ない一言は、数瞬だけ横島の手から力を抜かせた。

なぜかは知らないが、現在フリークライミング中である。

なんでもここは霊力を上げるのが目的の場所だから、地味にこなしていくしか無いそうだ。

だからと言っていきなりフリークライミングはどうかと・・・。

兎にも角にも、ハヌマンの一言で落ちそうななった横島は、お返しとばかりに
「・・・新作のゲームいらないんですね。そうですか、せっかく予約して特典まで付いているのに」
と呟く。

ガラガラ。


ハヌマンは見事に落下した。
そこまでショックを受けることだろうか?
予約特典が本気で欲しかったらしい。

謝罪の気持ちで落ちたのか、それとも新作のゲームがやれないことに驚愕したのか。

両手ともに塞がっているため、横島は黙祷だけささげた。

ちなみにまだハヌマンは死んではいない。

「・・・・私も降りるか」
今まで掴んでいた手を放し、転がり落ちるわけにも行かないので放すと同時に岩盤を蹴る。
放物線を描きながら落ちてき、最後は霊力を使い盾をバネのように重ねて衝撃を殺す。

足元には未だ立ち直っていないハヌマンが突っ伏していたが、軽く無視した。

そんなことよりも、今朝はやらなくてはならないことがある。

「さて、日常を始めよう」



余談ではあるが。
横島が去って十分後、再起動したハヌマンは地面にのの字を書きながら落涙していた。

「・・・・・予約特典」

今日もハヌマンは文珠について聴きそびれた。


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