椎名作品二次創作小説投稿広場


WORLD〜ワールド〜

第六話 狂宴〜パーティー〜(1)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 7/20

 妙神山端に位置する一角。
 美神は美智恵と別れたあと、付近を散策するおキヌを見かけ、声をかけていた。

「おキヌちゃん、なにしてるの?」

「あ、美神さん。いえ…別に…なんかすることがなくって……」

 そう言っておキヌは顔を伏せる。

「あはっ…することがないって……横島さんは今必死で頑張ってるってゆうのに、いい気なもんですね、私」

 どうやら何もできない自分にどうしようもない無力感と苛立ちを感じているようだ。
 そしてそれは美神も同じ。
 自分の身を案じて励ましてくれた母のように、自分もこの子になにか言ってあげなくてはならない。
 そう思っても、美智恵ほどに人生経験を積んでいない美神には、かける言葉が見つからない。
 それでも、美神は必死で言葉を紡ぐ。

「おキヌちゃん…それは私だって同じよ。することがない。いえ、なにもすることができない。…辛いわよね」

 おキヌは黙って頷く。
 美神は言葉を紡ぎ続ける。

「だからって、なにかすることを諦めてしまったら、本当になにもできない。だから、私はさがし続けることにしたわ。自分にできることを。それはただ現状を認めないで足掻いてるだけなのかもしれない。でも、諦めてしまうよりは百倍マシだと思うから。だから、私はさがし続ける。アイツのためにできることを」

 「それにこの私が役立たずなんてくやしいじゃない」と美神は言った。
 顔が真っ赤になっているところをみると単なる照れ隠しだろう。
 おキヌは驚いていた。はっきりと自分の気持ちを語る美神に。
 同時に微笑ましく思った。自分を偽るのをやめた美神を。

「そうですよね。あきらめちゃ、ホントに何もできないですよね。私、頑張ります! 横島さんのために!!」

 おキヌははっきりと横島の名を口にした。もしかするとそこには「譲る気はありませんよ」という意志も込められていたのかもしれない。
 美神は笑った。
 おキヌも、笑った。


 そして異変は突然起こった。


「っ!? なに…? この気配……」

「どうしたんですか? 美神さん」

 美神は自身をとりまく空間の異常に気付いた。
 一瞬遅れておキヌも周りの異常に気付く。
 空間が歪み、何者かがそこに現れていた。その者は徐々に徐々にその姿をはっきりとさせてゆく。
 大きな、大きなドブネズミのように見えた。その体長は美神たちを大きく超えている。
 ドブネズミの頭部から、見覚えのある男が生えていた。
 大きな丸い赤い鼻を持ち、目の周りに紅を塗りたくった道化師<ピエロ>。

「パイパー……」

 かつて消滅したはずの敵の名を美神は呟いた。








 同じ頃、妙神山修行の間でも異変が起きていた。
 雪之丞の目の前で、空間が突然歪み始める。
 ちなみに弓かおりはもうこの場にいない。あの語らいの後、皆の様子を見て来ると言って出て行った。
 歪みの中から徐々に徐々に何者かが出現する。

「マジ…かよ……」

 現れた『何者か』を確認し、雪之丞は思わず声を漏らす。
 そこに現れたのは――――

「…おや、久しぶりだねえ。雪之丞」

 愚かだったかつての頃の師。自分を魔道に引きずり込んだ者。
 メドーサが、そこにいた。

「なんで…てめえがまた……」

「さあねえ…なんでまた蘇ったかはしらないけど、蘇ったからにはアイツだけは殺さないとねえ…!」

 メドーサは目に憎しみをたぎらせる。
 二度も自分を殺した相手。
 横島忠夫。
 あの男だけは、絶対に殺す。
 メドーサが一歩進み出ようとすると、雪之丞が目の前に立ち塞がった。

「アイツってやっぱ横島か? じゃあ行かすわけにはいかねえな」

「どきな雪之丞。どかないのなら殺す」

 メドーサが恐ろしく鋭い、突き刺すような殺気を放つ。
 だが、雪之丞はそれを軽く受け流した。
 「こういうのは普通悪役のセリフなんだけどな」と呟いて、照れくさそうに笑いながら、言った。

「ここを通りたけりゃ、俺を倒すんだな」

「…いいだろう。よくよく考えたらアンタも裏切り者だったねえ。少々遅くなったけれど、罰を与えるとしようか」

 メドーサはまず雪之丞を殺すことに決定したようだ。
 メドーサの叩きつけられるような殺気を浴びながら、雪之丞はなおも薄く笑っていた。








 ふと斉天大聖老師は横島のいる修行場へと向かおうとしていた足を止める。

「…? …何が起こっている」

 辺りを見渡し、呟く。
 妙神山の中で急速に増え続ける気配を感じ取ったのだ。

「パレンツか……? やつめ、今度は何を……」

 そこで老師は言葉を止める。
 廊下の向こう、先ほど自分が歩いてきた方向から気配が近づいてきていた。
 小さな影ほどにしか視認できなかったそれは、近づいてくるにつれてその姿をはっきりさせる。
 そこに現れた男は一言で言うならば「武士」。
 今時珍しい袴姿に、左腰には帯刀している。
 その男は老師の五メートルほど前で立ち止まった。

「ほう…これはこれは……かの武神、斉天大聖殿とお目見えできるとは…」

「儂のことを知っておるのならばやめておけ。その刃を抜けば、殺すぞ」

 老師は男から殺気が立ち上ったのを感じ、言葉で牽制する。
 しかし男はなにも躊躇することなく刀を抜き放った。

「すでに一度死んでいる身。なぜかは知らぬが新たに得た命、武神、斉天大聖に挑んで散るならば本望」

 いい終わると同時に男は狼のような姿へと変貌を遂げる。
 同時に凄まじい妖気が男から発生した。

「…! 人狼か!!」

「今宵も『八房』は血に飢えておる! いざ!!」

 男、人狼犬飼ポチが手に持つ刀を振り下ろす。
 そこから発生した八つの刃が老師へと襲いかかった。







「ククク…久しぶりだな美神令子」

 パイパーは笑みを浮かべて美神に言う。

「なぜ…お前がここにいるの?」

「おいらがそれをお前に教える必要があるのかい?」

 美神の問いにパイパーは鼻で笑って返す。
 美神は考えていた。

(…といってもパレンツの仕業なのは間違いないわね。『無』から『有』を創れるんなら死者を蘇らせるなんて簡単だろうし…)

 だが美神の思考はやかましいラッパの音により中断された。

『ちゅらちゅらちゅら ちゅらちゅらちゅららー!!』

 人を小馬鹿にしたような軽快なリズムが流れる。

「…まずい!!」

「ヘイ!!!」

 パイパーが人を子供にするという奇想天外な魔力を音に乗せて美神とおキヌに叩きつける。
 だが、一瞬、一瞬だけ美神の行動が速かった。
 身に着けていた3個の精霊石と、予備に持ってきていたものを全て用い、合計7個の精霊石でシールドの様に前方に結界を展開させる。
 さすがにコストが十億以上かかる結界である。その結界により魔力を遮り、子供になることをギリギリ避けることができた。

(…でも、まずい。 次にきたらかわせない)

 美神は焦った。精霊石は、もうない。ほかに結界を張れるような霊具は持ってきていない。
 だがそんな美神の焦りなどおかまいなしにパイパーは再びラッパを吹き鳴らす。

(何か、何かないか!? 今、自分たちが持っている武器は神通棍くらいしか…―――!!)

「おキヌちゃん!! ネクロマンサーの笛を!! 霊波をアイツの音にぶつけて相殺するの!!!」

「えっ!? あ、はい!!!!」

 美神に言われ、おキヌはすぐに笛を取り出し、己の霊波を込めて吹き鳴らす。

『ちゅらちゅらちゅら ちゅらちゅらちゅららー!!』
『ピュリリリリリリリリリリリッ!!!』

 美神とおキヌが立つところと、パイパーが立つところのちょうど中間地点あたりで音に乗せた霊波と魔力が衝突し、衝撃波が走った。

「なにっ!?」

 パイパーは驚きで目を大きく見開く。

「アンタの能力の本質が『音』である以上、同じ『音』を媒介とするネクロマンサーの笛なら応用して十分に相殺可能…思ったとおりだったわね」

「すごいです美神さん! あんな一瞬でよく…」

「おキヌちゃんこそあの一瞬でよくやってくれたわ。これでヤツの能力は無効化できる」

 興奮した面持ちで賛辞の言葉を述べるおキヌに、美神は逆に賛辞の言葉を述べるとパイパーの方へ向きなおった。

「さあ、もうアンタに勝ち目はないわ。還ってきたばかりのところ悪いけど…また極楽に逝かせてあげる」

 勝ち誇ったように言う美神。しかし、パイパーは余裕の表情だった。
 その余裕に美神はなにか不気味なものを感じた。

「ククク…どうやらおいらの能力を忘れているようだね」

 パイパーの足元から十数匹の子ネズミが現れる。
 パイパーがなにかしらの魔力を与えるとそれぞれのネズミは小さなパイパーへと変化した。

「金の針がない以上これが限界か…けど、とりあえずは十分だね。さあ、たった一人でこいつら全ての音を相殺できるとでも言うのかい!?」

 今度はパイパーが勝ち誇る番だった。
 余裕の表情を浮かべながら合図をするとミニパイパー達が一斉にラッパを構えた。

『ちゅらちゅらちゅら』

 パイパーズのラッパが音楽を奏で始める。
 音楽が最後まで流れたら終わりだ。
 十数匹のミニパイパーとパイパー本人が奏でるラッパの音を、おキヌ一人で相殺できるはずがない。
 美神は考えた。最後まであきらめないのが美神家の女だ。そう自分に言い聞かせて。
 かつてパイパーと戦ったときも似たような状況だったはずだ。
 あの時はどうやってこの状況を切り抜けたか………

「――――っ!! おキヌちゃん! ギャグよ!! 何かギャグを言って!!!」

 そう、そうだった。ミニパイパー達は低レベルなギャグでも大笑いし、ラッパを吹くこともままならなくなったのだ。
 とはいえ、急に振られたおキヌは大きく困惑している。

「え、え!? そ、そんな、急に言われても!!?」

「ダジャレでもなんでもいいの! そうすればヤツ等の動きは止まる! その隙に私がケリをつけるから!!」

「でも、でも、そんな急に言われたってー!」

 おキヌはふえーんと涙を流しながら困ってしまっている。
 だが、ラッパの音は容赦なく演奏を続ける。
 そして演奏は終わりを迎えようとしていた。

「おキヌちゃん!!!!」

「ふえ、ふえ〜ん!!!!」


『ちゅらちゅららー!』

 演奏が終わり、パイパーの魔力が今まさに放たれんとした時―――――






「うーんと、うーんと、『となりの家に囲いができたんだってね』、『へー、かっこいー』。……なんちゃって」






―――――時が、止まった。






 『大人しく、子供になりなさい』
 かつてミニパイパー達を笑いの渦に叩き落し、行動不能にした美神の言葉だ。
 ミニパイパー達はこの程度で爆笑してしまうほど、笑いのレベルは低い。
 だが、そんなミニパイパー達も固まってしまっていた。

――――余りにも、ベタすぎる。

「『アルミ缶の上にあるみかん!』なんて言ってみちゃったりなんかして」

 なおもおキヌの口撃は続く。なんだか乗ってきたようだ。
 ミニパイパー達は動けない。
 ラッパを取り落とす者まで出てきたようだ。
 絶好のチャンスである。
 だが、美神はせっかくおキヌが生んだチャンスを生かすことが出来ずにいた。
 それはなぜか?
 答えは簡単だ。美神も固まっていたのである。
 心なしか美神は赤面までしていた。

「ギャアアァァァァ!!!!!」

 突然パイパーがあげた叫びでようやく美神は我にかえる。
 パイパーの方に目を向けるとパイパーの背後にいつの間にか弓かおりがおり、水晶観音を発動させてパイパーの本体、ドブネズミの方の胸のあたりを貫いていた。

「美神おねーさま! 氷室さん! 大丈夫ですか!?」

「弓さん!」

「よくやったわ! そのままそいつを抑えてて!!」

 美神は神通棍に己の霊力を込め、鞭状の霊波を発現させるとパイパーに飛び掛った。
 同時にかおりは水晶観音の腕を引き抜き、その場から飛び去る。

「さあ、最後よパイパー!!」

「おのれ! おのれ美神令子ぉ!!」

「極楽に…逝かせてあげるわ!!!!」

 鞭は縦横無尽に奔り回り、ミニパイパーを蹴散らし、パイパーを締め上げた。
 そして強く、強くその圧力を増してゆく。

「グギャアアアァァァァ!!!!!」

 ボムッ!と音をたて、パイパーは消え去った。
 その跡には小さなネズミが残っていた。
 美神はそのネズミをひょいとつまみあげた。

「ま、金の針がない以上完全に滅ぼすことはできないのよね。まあこれで力を再び取り戻すのにまた数百年かかるでしょ」

 そして美神はネズミを睨みつけて続ける。
 その迫力は地獄の鬼も裸足で逃げ出すほどだったと後におキヌは語る。

「言っとくけど力を取り戻したからってまた暴れたりしたら…私の子孫が黙っちゃいないわよ?」

 美神につまみあげられたネズミは青い顔をするとコクコクと何度も頷いた。

「それじゃ…それ!!!」

 美神は大きく振りかぶるとそのままネズミを遥か空の彼方へと放り投げた。
 ネズミは夜空に吸い込まれるように消え、やがて星となった。

「さて…助かったわ。確か…弓さんだったわよね?」

「み、美神おねーさまに名前を覚えてもらえたなんて感激ですぅ!!」

「そ…そう?」

 美神はかおりの過剰な反応に少々引き気味だったが今はそんな場合ではないと気を引き締めた。

「敵の狙いは横島クンよ。私たちを襲う魔物たちはただの露払いにすぎないわ。…急いで彼のところへ向かうわよ」

 そう言って美神はおキヌ、かおりが頷いたのを確認するとすぐに駆け出した。
 走り出した後、美神は思い出したように左隣を走るおキヌに声をかける。

「おキヌちゃん」

「はい?」

「私たちにできること、一つ見つかったわ。それは『死なないこと』よ。横島クンは独りで多くのことを抱え込むことになってしまった。横島クンにかける負担を、これ以上増やしてはダメ」

「……はい」

 美神の言葉におキヌは力強く頷く。
 美神もまた、微笑みながら頷いた。
 かおりはそんな二人の様子を怪訝な表情で見つめていた。




(それにしても………)

 美神は考える。

(なぜ、パイパーなの? 私たちを足止め、もしくは殺すつもりだったとしても、私たちが知らないまったく未知の魔物を創りだして襲わせたほうがはるかにいい。なぜ『私たちが知っている』魔物を使ったのか。弱点も対処法もわかっているのに…)

 いくら考えても答えはでない。
 否、たった一つの答えしか導き出されない。
 けれども、その考えはあまりに馬鹿げていた。
 だから認めることができないでいたのである。

(『証明』だとでもいうの? 『無』から『有』を創り出す能力の…。 そのために、私たちが知っている死者を使う必要があった?)

 つまりは「俺にはこういうことができるんだぞ」という、単なる力の誇示。
 ふいに、美神の脳裏に老師の言葉がよみがえった。




『そう、子供なんじゃよ。儂等という積み木で遊ぶ、ただの子供なんじゃ』




(冗談じゃないわよ! それじゃホントにただのガキじゃない!!)

 だが、力を持った子供ほどタチの悪い者はいない。
 それを知っている美神は、胸のざわめきを抑えることができなかった。


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