椎名作品二次創作小説投稿広場


WORLD〜ワールド〜

第五話 焦り


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 7/ 9

「事情を説明してくれないかな」

 そう言ったのはなにがなんだかわからないといった様子の西条だった。今、ここ妙神山には美神が老師に言われて集めた者が集結していた。
 ここで集まった者を明記しておこう。
 まず先ほど皆を代表して発言した西条。その上司であり、美神令子の母親でもある美神美智恵。その次女ひのめ。黒魔術に特化したGS小笠原エミ。天然爆弾娘六道冥子。精神感応という特殊能力を誇る大男タイガー。思わぬ暴力性を心に秘めし唐巣神父。その弟子である永遠の美男子、性格も文句なしヴァンパイア・ハーフのピート。失われし古代魔法の研究にいそしんでいた魔女、魔鈴。そして伝説の錬金術師、今ではただのボケ老人ドクター・カオス。その最高傑作、見た目はただの美少女にしか見えないアンドロイド、マリア。そして念には念を、ということで集められた一文字魔理、弓かおり。横島の父大樹、母百合子である。
 突然妙神山に連れてこられた皆は何も事情を聞いていない。
 皆、仕事があるし学校もある。当然、突然美神に「妙神山に連れていく」と言われた時は意味がわからず断った。しかし、あまりに必死な美神の様子に困惑して連れてこられたという者が大多数なのだ。
 まあ中には二つ返事でついてきたり(冥子、かおり)、無理やり拉致された者(エミ)もいるが。
 そしてそんな皆を代表して美神に西条が聞いたのが先ほどの発言である。

 美神はどうすべきか悩んでいた。全てを説明すれば皆にも余計な危険を背負わせてしまう。パレンツが自分の存在を知る者を生かしておくとは思えない。まだ確認はしていないが、パレンツが心を読んだりする能力を持っていたりしてもなんら不思議はない。

(…そう考えたらなんかむかつくわね。あの猿……何私たちに話してんのよ)

 美神は心の中で舌打ちした。自分から聞いたということは頭から抜けているらしい。どうせ老師が話さなくても横島に拷問したりして聞き出していたのであろうが。
 かといって取り繕うような嘘をついても皆が納得するとは思えない。大体、美智恵と百合子にはその嘘も見破られてしまう可能性の方が高い。
 そう考えた美神はある程度の真実は話すことにした。

「横島クンが命を狙われているわ。誰が狙っているのかは…言えない。その横島クンを狙っている者は、どうやら手段を選ばないつもりらしいわ。そこで、今ここに集まった者を利用して横島クンを殺す可能性が出てきた。それを防ぐためにみんなにここに集まってもらったの」

 皆にどよめきが走る。最初に質問したのはやはりというか、美智恵だった。その腕にはすやすやと眠るひのめを抱いている。

「どうゆうこと? 彼が狙われるなんて。彼は今、神、魔界両方の最高指導者の庇護を受けているはずよ? そんな彼を狙う者がいるなんてちょっと考えられないわ。そんな愚か者がいたら今頃すでに滅されているはずよ? それに、私たちを利用して、という点がわからないわ。その敵は一体どんな能力を――――」

「ストップ。それ以上は言わないで、ママ。ごめんなさい、詳しいことは言えないの。ただ、それはみんなのため。
 ―――お願い、みんな。少しの間だから……」

 美智恵の言葉を遮り、美神は頭を下げた。
 皆はそんな今までにない美神の態度に驚き、不承ながらも皆妙神山に留まることを了承した。エミなどは最後までしぶっていたが、冥子に「お友達でしょ〜? 一緒に残りましょうよ〜」と腕に組み付かれてしまい、NOとは言えず留まることとなった。

 皆は思い思いのところに散っていった。美神も、それは同様だった。
 何気なく歩き、そこら中に転がる岩から座りやすそうなものを選び、そこに腰掛ける。そこは妙神山でも端に位置するところで、人の気配はない。こんなところに来る者はよっぽどの暇人であろう。
 これからのことを考えると、思わずため息が漏れた。

「やれやれ、悩んじゃって」

 ふいに声が聞こえた。人はいない、と思っていたところから美智恵が突然現れたのだ。
 相変わらずその腕にはひのめを抱いている。

「ママ……」

「事情を話せないのはなにか理由があるんでしょう。あなたなりの気遣いというのもわかる。でも、私たちは家族よ? せめて私くらいは、巻き込んでもいいんじゃないかしら?」

 そう言って美智恵は笑みをうかべる。その顔は、母としての慈愛に満ちていた。
 このまま黙っていても問いただし続けるんだろうな。そう美神は考えた。
 娘の負担を少しでも分かち合おうとしてくれるその気持ちが嬉しかった。
 美神はぽつりぽつりと事の顛末を語った。
 全てを聞き終え、美智恵は空を見上げた。すでに日は落ち、きれいな星空が見える。

「『創始者』…か…。なんだかとんでもないことになってしまったのね」

 ため息と共に、呟く。
 しかし、その数瞬後には美神の顔を覗きこんで、笑った。

「…でも、そのパレンツって男の行動を考えると、私たちが抱いていた『造物主』ってイメージとは大分違うみたいね。
 令子、そんなに気負うことはないわ。相手の行動を考えると、十分につけいる隙はある。
 それに、斉天大聖様もいらっしゃるし、横島クンも同じ力を持っているんでしょう?
 事態はそんなに絶望的なわけじゃないわ」

 「だから、ね?」と美智恵は美神の肩を抱く。
 美神はそのまま母の肩に倒れこみ、しばらくその身を預けていた。

「……うん」

 そして、小さく呟いた。




 混乱したのは横島の両親である大樹、百合子である。
 さすがに二人には話したほうがよかろうと、小竜姫が事情を説明したのだ。
 ちなみに二人は横島が妙神山に連れてこられた時に寝かされていた部屋に通されていた。

「そんな馬鹿な! 『創造力』ですと? あの愚息にそんな力が備わっているわけがないでしょう!!」

 と、大樹は鼻で笑い、両手を大きく広げ天をあおぎ…

「………」

 百合子は深く考え込んでいた。

「ですが、事実です。誇り高き竜神族、小竜姫の名にかけて誓います」

 小竜姫は大樹のおどけた仕草にも、真剣な表情を崩さず、言った。
 その態度からにじみでる緊迫した雰囲気に、二人は事実であることを否応なしに認めなければならなかった。

「……しばらく、妻と二人きりにして下さい」

 しばらくの沈黙のあと、大樹は呟く。
 小竜姫は黙って頷き、部屋を出て行った。







「普通の、子だったよな」

 大樹は妻に囁く。
 妻である百合子はずっと俯いており、返事はない。

「そりゃ、ちょっと俺に似てスケベだったけど…普通の子だった」

 それでも大樹は言葉を紡ぐ。胸の内の混乱を、少しでも静めようと。

「それが……『創始者』だと!? ふざけるな! 忠夫は俺の息子だ! そんな理由で……殺されてたまるものか!!!!!」

 心からの叫びだった。
 百合子が顔を上げる。その顔にはある種の覚悟が現れていた。

「…あなた、叫んだって状況は変わらない。受け入れましょう。そして、私たちにできることを探すの。それはとても少ないかもしれないけど…決して、0じゃない」

 実に晴れ晴れとした顔だった。いや、もしかすると笑みさえうかべていたかもしれない。
 その様子を見て、大樹も幾分落ち着きを取り戻した。

「状況は変わらない…か。確かにな。しかし、俺たちにできることって…」

「まずは忠夫の足手まといにならないことよ。私たちのせいで忠夫が死ぬことになったりしたらシャレにならないわ。」

 そう言いながら百合子は立ち上がる。

「さて、忠夫がどこにいるのか聞きましょ。あと私たちにできること…それは支えてあげることぐらいよ。たまには優しい言葉の一つでもかけてあげましょ」

 大樹の方を向いて笑顔でそう言うと、そのまま両腕を大樹の右脇に通し、抱え上げるようにして大樹を立たせる。
 大樹もつられて笑顔になり、立ち上がった。

「…そうだな、その通りだ。行こうか。忠夫の所へ」

 二人並んで部屋をでる。
 ふと足をとめて大樹は言った。

「しかし…相変わらず強いな。お前は」

 まったく、「いざという時女は強い」とはよく言ったものだ。
 いや、それも「村枝の紅ユリ」として名を馳せた彼女ゆえなのか。

「あら、忠夫を信用しているだけよ。なんたって、私とあなたの息子なんですもの」

「百合子…」

 今までにないほど綺麗な笑顔を見せた妻を、大樹は思わず抱きしめていた。




 妙神山修行の間。
 そこには黙々と修行をしている男と、それを見つめる少女がいた。
 …いや、訂正しよう。
 正確には黙々と修行をしているふりをしている男と、それを睨む少女だ。

「今まで、どこでなにをなさっていたんですの?」

 少女が口を開く。しかし、男は反応しない。
 聞こえていないはずはない。
 その証拠に男がかいている汗は、決して運動からくるものだけではなかった。

「突然いなくなって、そのまま二ヶ月も何の連絡もなしで…」

 少女の責めるような口調がだんだん潤んだものへと変わっていく。

「私がどれだけ心配したと……」

 ついに少女は泣き出してしまった。
 少女に背を向けていた男は、その声を聞いて慌てて振り返る。

「おい、かおり…」
「やっぱり聞こえてるんじゃないの!!!!!」

 男…雪之丞が振り返った途端に鳴り響く少女…弓かおりの怒声。
 どうやら泣いてみせたのは演技だったようだ。

「さあ! きっちり説明してもらいますわよ! 二ヶ月も音信不通だった訳を!!」

「修行してたんだ修行! 別になにもやましいこたあしてねえ!!」

 怒涛の勢いで雪之丞に詰め寄るかおり。
 雪之丞は勢いに押されながらも弁解する。

「そんなことは予想がついてます! 私が聞きたいのは! なぜ!! そんなことをしなければならなかったのかです!!!」

 かおりの言葉にふいに真剣な表情になる雪之丞。
 あまりの変貌ぶりにかおりは二の句がつげなくなってしまった。

「なぜ…か……」

 そう言いながら地面に座り込み、「座れよ」とかおりに声をかける雪之丞。
 かおりは素直に従い、雪之丞の隣に腰を下ろした。

「…アシュタロスが起こした戦争のことは覚えてるよな」

 雪之丞の言葉にかおりはコクンと頷く。

「あの時俺は何もできなかった。俺は魔装術の極意を得て、少しは強くなったつもりだった。でも、結局なんの役にも立たなくて…」

 雪之丞は自分の拳に目を落とす。

「全てを、横島と美神のダンナに託すしかなかった。俺にできることといったらアシュタロスの野郎が作ったコスモ・プロセッサによって復活したやつらの露払いだけだったんだ。一緒に修行した横島は全ての中心にいたってのにな。笑っちまうぜ。その後現れた究極の魔体との戦いでも俺はクソの役に立ちゃしなかったんだからな」

 話している間、雪之丞はずっと己の拳を見つめた。
 時折、握ったり開いたりを繰り返している。

「俺は何もできなかった。俺は、自分の無力さを呪った」

「だから、力を求めた……?」

 かおりの問いに雪之丞は曖昧に頷く。

「俺も最初はそう思ってた。そして俺はここに通いつめて…『霞岳』って場所を教えてもらった。それからはずっと山篭りさ。二ヶ月の間ずっとな」

(そういうわけだったのね…)

半ば予想していたこととはいえ、かおりの口からはため息がもれた。
 さあどんなお仕置きをしてやろうかと思案していると、雪之丞が再び話し始めた。
 どうやら話は終わっていなかったらしい。

「でも、山篭りをして、自然と一人で考える時間が増えて、わかったことがあった。俺は、自分が最後の決戦で役立たずだったから無力感にさいなまれているんだと思ってた。だが、違った。俺が無力感にさいなまれていたのにはもっと別な理由があったんだ」

「別な理由?」

「パピリオが最初に俺たちを襲ってきた時、俺はお前を守ることができなかった。お前がやられるのをただ唖然と見ていて…無様だったよな。俺の無力感の最大の原因はそれだったんだ。だから力を欲した。お前を守れるだけの力を」

 雪之丞は真っ直ぐにかおりを見つめた。
 その瞳に嘘はなかった。

「なあ、聞いてくれよ。俺、小竜姫と互角にやりあったんだぜ! 修行の成果は確実に現れてるんだ!」

「…バカ。ずるいわよ……。そんなこと言われちゃ、怒れないじゃない……」

 子供のようにはしゃぐ雪之丞を見つめ、潤んだ瞳をさらに潤ませて、かおりが言う。
 二人の距離は、いつの間にか肩が触れ合うまでに近くなっていた。

 二つの影が、無言で重なった。









「でも、連絡するくらいはできたわよね?」

「………」

 それからしばらくの間、修行の間では雪之丞の謝罪の言葉が繰り返されていた。






 雪之丞達がいたところとはまた別の修行の場。正確にはそこは妙神山ではない。
 妙神山から完全に隔離された空間。かつて老師がパレンツの目を誤魔化すために作り上げた異空間。
 そこに横島忠夫はいた。
 その顔には疲労の色がありありと現れている。

「くそ! なんでできない!!」

 左手に持っていた神剣を地面に叩きつける。
 横島は今、その神剣とまったく同質の物を文珠から創り出す訓練を行っていた。
 だが、どうしても上手くいかない。
 すでに十数個もの文珠を使用しているため、もはや立っているのがやっと、という状態だった。
 次の文珠を出そうとしたところで限界が訪れたのだろう。遂に立っていることも出来ず、膝をついてしまった。

「くそ! くそ!!」

 立ち上がろうとはするが、体が言うことをきかない。
 横島は地面に己の拳を叩きつけた。

「俺にそんな力があるんだったら……早く目覚めろよ………」

 搾り出すような声で横島は呟く。
 老師はそんな横島をただ黙って見つめていた。





「そうすれば……『アイツ』に逢えるんだ…………!」

 その言葉を最後に、横島は気を失った。







 神界の一角に創られた何者の干渉を許さぬ異空間。
 そこにパレンツはいた。

「なぜ、私は逃げてしまったのだ……?」

 誰に聞いた訳でもない。それはただの自問。
 おそらく、雪之丞との接触の際のことを言っているのだろう。

「冷静に考えればわかることだ。あの男が人間を大きく超えた力を持っていても、消すのは容易いことだった。いくら斉天大聖からもらった傷が癒えていないとはいえ、私にはそれだけの力が十分にあった」

 ならばなぜ逃げてしまったのか?
 簡単なことだ。その時は冷静ではなかったのだ。
 雪之丞から一撃をもらった時、背筋になにか寒いものが走った。
 そして咄嗟に思ったのだ。
 「逃げねば」と。

「恐怖……だと? この私が? そんな……馬鹿な!!!」

 パレンツはこの世に存在してから今まで、斉天大聖からもらったような大きなダメージを受けたことがなかった。
 それはまるで初めて母親に平手打ちをくらった少年のように、パレンツの心の奥底に深いショックを与えていた。

「ふざけるな! 私は『創始者』だぞ!? 奴らは皆いわば私が産み落とした存在! そんなものに恐怖を感じるなど…!」

 パレンツは己の心に生まれた感情を否定する。
 だが、自分のほかには何もいない空間で、あげる必要もない叫び声をあげている時点でそれは上手くいっているとは思えなかった。

「そうだ…私は『創始者』だ……。私は、もっと悠然としてしかるべきだ。そうだ、何を焦っていたのだ私は……。いくら横島忠夫が『創造力』を有しているとはいえ…私を超える存在であるはずがないではないか。フフ……ならば、ただ殺すのもつまらない。私に逆らい、傷を与えた罰も含めて、せいぜい楽しませてもらおう。クククク……」

 一体何を考えているのかこの男は。自分の心に生まれた感情をごまかすために、無闇で無意味な示威行為にでる。そこには思慮の欠片もない。これでは斉天大聖老師が言うとおり、ただの子供ではないか。

 だが、それも仕方のないことなのかもしれない。

 精神というものは、他者との触れ合いの中で成熟する。
 しかし、この世に生まれ出でた時より「観察者」として異空間より世界をずっと眺めていたパレンツには他者との触れ合いなど全くなかった。
 世界の変容をもっと細かに見ようと思い立ち、神族としてこの世界に姿を現したのも(パレンツの感覚でいえば)ごく最近だ。また、そこでもほとんど他者と接触などしていない。
 つまり、パレンツには精神が成熟する過程がなかった。パレンツの精神は未熟なままなのである。
 なまじ生まれた時からあらゆる『知』を持っていたことが、彼をとても不安定な存在へと仕立て上げた。
 そんな彼の精神は一般的な見地から見れば確実に『壊れて』いた。


 そしてその未熟な精神は――――――――――



 ――――――――――――――暴走を始める。







「さあ、パーティーを始めようじゃないか」

 その夜、妙神山を薄い結界が覆った。


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