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悲しみの代価

日常の始まり


投稿者名:朱音
投稿日時:04/ 7/ 8

夕日が好きだと言った人が居た。
けれどもこの世界に落ちる日は、容赦なく人々を焼く。
焼け焦げた人々の骸は、喰われることなく大地となり。
やがで焼けた骸は大地を覆い。
黒い大地が広がった。

絶望しかなかった。




日が傾き、夕焼けで、あたりが赤く染まり始めると、キロウ、カノエ、ツバキの順で戻ってきた三人がそれぞれに報告を始める。

「屋敷は手ごろなものがありました。少々広いですが、物の怪付きだったので簡単に契約が出来ました。それと、面白いことに屋敷から約一キロのところに「美神GS事務所」がございます」
背広を着た老紳士になったキロウが、実に嬉しそうに言う。

「面倒なことを頼んですまん。しかし一キロとは近いな」

「現在、捕獲可能と見られる魔族は、下級が七、中級が三です。残念ながら上級は現在この町に居ません。捜索範囲を広げれば、見つかるでしょう」

「十か、五時間程度でよく其処まで調べてくれた。それで、マーキングは?」
横島の問いに、カノエは微笑むことで答えを返した。

「ご命令くだされば、五分以内につれて参りましょう」
マーキング以外にも、なにやら奥の手を使ったらしいキノエに「そうか」とだけ答えを返す。

「GS資格試験への受付申込は済ませておきました。これが受験票と資料です。受験日は二週間後になります」
渡されたA4サイズの茶封筒の中身を確認し、再びツバキに預ける。

「すまないな、急がせて。二週間か、それまでには霊力と肉体を合わせておきたいな。当分の間、俺は妙神山で修行を行うことになるか・・・それでは、まずキロウが手配した館へ行こう、どんな物の怪が付いているのか興味がある」

「「「はい」」」

今度はひざまづくことはしなかった。


キロウが言った通り、横島たちの眼前にある屋敷は大きかった。
遥か昔、自給255円だったころの横島のアパート部屋が、優に20は入るほどの広さなのだから。
見た目は昔ながらの平屋だ。

「キロウ・・・根本的なことを聞き忘れていた」
「何でございましょう」

「金はどこから出した?」
モノを買うにはお金が必要、スッパリと「金=モノ」という関連性が消えていたため、キロウには金品は一切持たせていなかったはずだ。

嫌な沈黙が続く。


「下僕たるもの、主人に与えられた命は、必ずやり遂げます。
ご命令とあれば、お教えいたしますが・・・・知りたいですか?」
ニヤリ。

「いや、止めておく」
下僕の新たな一面を垣間見た気がした。
ああ、そういえば、ツバキもGS資格試験の受付料金をどこから出したのか、少しばかり気になる。
気になるが、あまり心臓によくない気がするのは・・・なぜ?

横島とカノエの視線が、不意に重なると二人とも似たような、張り付いた笑顔だった。

改めて気分を入れなおし、屋敷へと足を踏み入れる。
確かに霊気らしきものは感じるが、全体的に漠然としている。

霊気の流れはあるのに、霊気の元である霊が見当たらない。

「大分薄れていますね」
正直な意見をツバキが述べる。

「樹木子(じゅぼっこ)だな、血の匂いが染み付いている」

「キロウ、屋敷は何年ほどここに建っている?不動産屋から聞いているだろう」
「はい、築五十年だそうです。しかし、戦火で焼け残った材木を継ぎ足して立てたらしいですな」
「ならば、木自体は、百年以上のもの、戦火の火の粉を自らで逃れたのだろうな。どこぞの社の木材として使われていたのが、戦争で結界が切れたのか・・・切ったのか」
おそらく、社の者が木を倒すことが出来ず、社の柱の一部として使用することで封印していたのだろう、世界大戦など起こるとも思わずに。

「今までの住民は、樹木子の放つ血の匂いに当てられたのだろう、大したことは無い。期待していただけに、興醒めだな。まぁ、このまま消え去るだろう、まだ家具も寝具も無いが、久しぶりの畳だ。明日は早い、もう休むか」
そのまま腰を下ろし、横になる。

「老子の元へ、行かれたのですよね。では、修行をなさるので?」
畳の上に寝転んだ横島の頭を、ツバキは自分の膝の上に乗せる。
寝具がないので、せめて枕でもと思ったらしい。

「ああ、霊力があるのに、肉体まで望むのかと言われたよ」
「・・・それでも、望むのでございましょう?」
「ああ」
曖昧な笑みを浮かべ、横島は目を瞑る。
縁側から流れる風が、心地よく体をくすぐり、眠気を誘う。

「・・・芽が伸びる、やがてくる選別の時まで、何が起こるか解らん」
「忠夫の記憶の通りに進むのではないのか?」
横島の、視界の隅に入る程度の距離をとったカノエが、不意に口にだす。

「それは有り得んな。この『芽』が我々のいた『枝』とまったく同じに成長するわけではない、巨大な流れを要する事態が起こるなら、変わらんが、些細なことは予測が付かぬ。
カノエ間違えてはならない、私は決して全知全能ではない。
ただ一度だけ垣間見た『樹』の情報を持っているにすぎない。
何時何所で誰に会うか、戦いとなるか予測がつかん、ツバキ」

「はい」
「先に伝えておく、メデューサはお前に任せる」
淡々と紡ぐ横島に、ツバキは笑った。

「主人の命こそ、私の存在意義。主の御心のままにいたしましょう」
膝枕をしているために、頭を深く下げることができないのが、少々恨めしいが。
眼下に広がる、主の顔で良しとすることにした。


「横島殿。ならば、この世界の「横島忠夫」の存在はどうなっているのです?」

「『俺』のことか?キロウ、お前も勘違いをしている、『私』は別にこの世界の『私』を乗っ取ったわけでも、記憶を上書きしたわけでもない。
霊子構造、そのままを持ってきたお前達と違い。
『私』は『俺』の同意を得て、初めて存在している。
『私』はただ、『俺』の魄と『私』の魂の回線を繋いだ。それだけなのだ、今、横島忠夫は二重に存在しているのだ。
今までを生きた横島忠夫と、これからを生きた横島忠夫。まだ共有している部分が少ないが、肉体が霊力に追いつけば『私』と『俺』は完全に統合することになる」

そこで話を区切ると、横島は一度カノエとキロウの顔を確かめた。

「今日はここまでにしよう、何か聞きたいことがあれば『私』に聞くといい。
・・・・お休み、ツバキ、カノエ、キロウ」

「「「お休みなさいませ、我が主」」」
またかとも思ったが、なんと無しに心地良かったため、あえて何も言わず横島は眠りに付いた。




日が昇り初めてまだ間もない頃、とある公園の中で一人の青年がストレッチをしていた。
青いジャージを着た、黒髪の青年。
額にはすでに汗が出ている、何度か屈伸運動をして呼吸を整える。

「ふぅ。ここまで貧弱とは、まだ二十キロも走ってはいないというのに」
しかし、今日が日曜でよかった。

曜日感覚がすっかり抜けいてた彼らは、昨日が土曜日と知らずに行動していた。
よって今日、横島がジョギングついでに立ち寄ったコンビニで、新聞を見るまで今日が何日で何曜日かも分かっていなかった。

「走りこみは、ここまでにしておくか、これ以上は修行に影響がでる」

そう言うと、手のひらに意識を集中する。
手のひらに感触を感じるのを確かめ、必要な文字を思い描く。
「転」「移」
移動でも良かったのだが、何所まで使用可能かを試してみたくなった。
ただそれだけである。


「ほほ、来よったか」
「おはようございます。ハヌマン・・・昨日もいらっしゃいましたが、そちらの方は?」
なぜか、ハヌマンの隣には小竜姫がいる。

「おはようございます。小竜姫と申します」
「ご丁寧にどうも、横島忠夫です」
一体何なのかと、ハヌマンを横目で見ると、笑ったままだった。

「なに、齢十六の小僧に、精神面で劣るこの弟子にも、同じ修行をしてもらおうと思っての」
「老子様!」
何か不服があるらしい小竜姫を、笑って無視するハヌマンに横島は、ふと、感じたことを言う。

「俺。年、言いましたっけ?」
自己紹介はしたが、年齢までは言っていない。
年齢など関係ないと思っていたし、気にも留めないと思っていたのだが。

「なに、簡単じゃよ。木と同じで、生き物の体にも年輪に似たモノがある。
それは霊力に左右されん、肉体が母御の体内に宿った瞬間から、肉体に残る。
いわば肉体の歴史じゃ。ちと、特殊な『目』さえあれば誰でも見える。
神族の類は、見える者が多いのぉ」
どうじゃ、凄いじゃろ。
と、言いたげに笑うハヌマンに、横島も笑顔で答える。

「なるほど」
「まぁ、おぬしほど、肉体と霊力がかみ合わぬ者も、中々おらぬがな」
「お褒めの言葉として、受け取っておきますよ。時間が惜しいですね、始めましょう」



横島が修行を始めた頃、ツバキとカノエは家具と寝具などといった、生活用品を買いに出かけていた。

「布団四組と、箪笥。冷蔵庫に洗濯機、そうだ、物干し竿も買わねば」
「ガス、電気、水は、キロウが申請しておく、と言っていたな。テレビも必要だろ、それに電話。こんなにも必要なものが多いとは、思わなかったぞ」
大型のものは配達にしてもらったため、カノエの手元には、今日の昼食の材料が入った、スーパーの袋がぶら下がっている。

「ガスコンロは付いていた。あと掃除機とゴミ箱・・・」
「まだあるのか?」
ここまでの所要時間、実に三時間まだまだ先は長い。

しかし、金は何所から出したのか。
疑問は残りつつも、買い物は続く。

「ああ!鍋も薬缶も無かった」

先はまだまだ、見えないほどに長かった。



「っはあ!」
小竜姫の繰り出した蹴りを、押さえ足首の下に手を沿えそのまま上に持ち上げる。
一瞬バランスを崩したが、そのまま跳ねてもう片方の足で蹴りあげようとするが、上半身を軽く捻っただけで避けられる。

一回転して着地、そのまま足のバネを使い間合いを詰める。

「せい!」
「ふっ」
横島は突き出された右拳を、左の甲で流し、右を突き出すが、小竜姫は頭を反らし避ける。

「小僧、何時までそうやっているつもりじゃ」
正味一時間ほど、横島の防戦が続いている。

「俺は怖がりでねっと。せいっ!」
左手で軽く小竜姫を押し、間合いを開ける。
待っていたかのように離れた小竜姫は、握っていた拳を解き、指を揃える。

「はぁぁぁぁ!」
「げっ」
小竜姫は得手は剣だ、拳から手刀に変えて攻撃を開始する。

正直に突っ込んで来た小竜姫の懐に入り込み、腰を落とし鳩尾に肘で一発。
「ぐうっ」
「はい、おわり。ふぅ。正直すぎるね。相手も正直に待つすぐ対応しなきゃ、勝負にならない・・・もちろん悪い意味でだけど・・・はぁ、疲れた」
全身から流れる汗に妙な心地よさを感じ、クスっと笑う。

小竜姫が起き上がるまで待ってから、今日はここまでと横島は区切った。
何かに気付き、後ろを振り返る。
「ハヌマン、申し訳ないが、今夜は来れそうに無さそうだ」
「どうした?」
横島の視線を追うと、何時入り込んだのか、背広を着た初老の男がひざまづいていた。

「老子様、小竜姫様には、お初お目にかかる。わたくし、横島殿の下僕でキロウと申します。以後お見知りおきを」
「げっ下僕、ですか?」
予想していなかった言葉に、小竜姫は驚いたが。
横島は、かまうことなくキロウに告げるように促す。

「上級が掛かりました」
「そうか、分かった。ハヌマン、今日はこれで失礼します」
頭を下げたまま、横島たちの姿は消えた。

「しまった」
「何です。老子様」
横島たちが消えてから、何かを思い出したハヌマンに痴呆症かと、疑いの目を向ける小竜姫。
そんな弟子を無視して、
「文珠について聞かなんだ」
と、探究心丸出しの台詞を言ってくれた。


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