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求めるものは

第三話 朝の終わり


投稿者名:湯
投稿日時:04/ 7/ 8

「――何怒ってるのよ」


 走りながら、タマモは言った。


「別に怒ってなんか……」


 シロは、チラッとタマモの方へ目を走らせて、「拙者はただ、先生のことが心配だったから――」


「嘘ね」


 と、タマモは足を止めた。「美神は本気で言ってるわけじゃないわ。――それくらい分かるでしょ?」


 美神たちと暮らし始めてから、もう長いことになる。家主である美神の思うところは、おのずと知れてきた。だから、先のシロの険悪さが、タマモには理解できない。

 少し間を置いて、シロは立ち止まった。俯いて、暫くじっとしていたが、それからゆっくりと歩き出した。すぐ隣に、タマモが並んだ。


「拙者は、誇り高き狼でござるよ」


 シロはタマモを見ようとしない。地面ばかりを目で追った。「――狼は仲間思いでござる。そんなこと、分かって当然でござろう」


「シロ……」


「タマモ、お主は――」 


 急に顔を上げて、シロはなにかを言いかけた。言いかけたままで、タマモを見やった。

 タマモは続きをおとなしく待った。シロを見つめ返した。が、突然、シロは当てつけるようにかぶりを振った。


「――まあ、狐ごときじゃ拙者の気持ちは分からぬでござろうよ」


 ため息をついてから、鼻で笑った。タマモの顔を正面から覗き込んで、


「それよりも、なんで拙者についてきたのでござるか」


 と、シロは口を尖らせた。「横島先生は拙者に任せるでござるよ。お前なんかがついてきたら、やかましくて先生もイヤでござろう」


「――やかましいのはアンタでしょ」


 タマモは大きく息を吐いてから、呆れたように言った。「アンタの方こそ帰りなさいよ」


「よく吼えるでござるな、狐の分際で」


 タマモはうんざりしたように顔を背けて、足を速めた。

 ぶちぶち文句を洩らしながら、シロはタマモの背中について歩いた。

 それはいつもの二人のやり取りだった。シロが怒って、タマモが無視をする。出会って以来、ずっと続けている、これからも続くだろう、上辺だけの諍い。

 しかしタマモは気付いてた。今のシロは無理をしている。いつものように振舞って、ごまかそうとしているが、そのよそよそしさは隠しきれない。器用な性格ではないのだ。――自分とは違って。

 タマモは、すぐ後ろを歩いている彼女を、そっと盗み見た。気落ちしたように、足元に目を落としているシロ。その足取りはどこか弱々しい。

 だが、それもごく一瞬のことだった。すぐにタマモの視線に気付いたようで、一転、シロは強気そうな態度を取って、睨み返してくる。


 その様子を見ていたら、なんとなく、タマモにはその悩みが分かったような気がした。


 もしかすると、シロは妬いているのだろうか。あの美神令子に。


 閃きのようなものが、タマモの頭に浮かび上がった。


 そして――ひょっとして、「仲間思い」のシロは、その気持ちを自分でも扱いかねていて、だからさっき言おうとしたのは、今後の取るべき、身の振り方だったりして……。


 考えられない話ではなかった。シロも、もう昔のシロではないのだ。


 タマモは、妙に納得できた。

 「妖怪」と「人間」。その差は、とても大きいようにタマモには感じられた。いくら横島が、そういう種族の壁を気にしないといっても、こちらからすれば、やはりどこか引け目を覚えてしまうものなのだろう。

 それに美神と横島は、自分たちの現れるずっと前から、一緒になって行動していたと聞く。そこには、運命のようなものさえあるらしい。


 そういう意味において、妖怪であり、なおかつ新参者であるという自分が、シロにとっては一番近い存在であることは、確かだった。シロが相談したくなるのも無理はない。


 だが、タマモはなんだか、もやもやと胸の辺りがむかついてくる自分を、当たり前のように受け止めているのだ。


「――何よ、分かってないのはシロの方じゃない」


 ボソッと、呟いた。

 今度はバレないように、シロを横目で見た。とぼとぼ歩くシロは、どこか小さくなってタマモの目に映った。やっぱり、うじうじ何か悩んでいると、ああいう風に見えるものなのだろうか。

 タマモはすぐに目を逸らした。後ろから響いてくる足音を聞いていた。――いったいなにが気に入らないんだろう……?


(シロが、私に相談してくれないから?)


 そんなわけはない。確かに水臭いともいえるが、自分たちの関係は、そもそもそういうものではなかった筈だ。

 考えに耽っていると、不意に、


「――タマモ、どうかしたでござるか?」


 意外にもごく近いところから、シロの声が聞こえてきた。驚いたタマモは、


「えっ?」


 と、顔をのけぞらした。タマモの俯いた顔を、シロが下から見上げるようにして覗き込んでいた。


「急に止まったりして……」


 シロは、頭から爪先までをじろじろ眺め回した。「さてはもう疲れたでござるか? まったく狐は貧弱でござるなあ」


「そんなわけないでしょ」


「――だから言ったでござるよ。拙者がひとりで行くって」


 シロは、タマモの言葉に耳を貸さない。やれやれ、といった感じで、肩を竦めた。それを見たタマモは、流石にムッときて、


「違うって言ってるでしょ、このバカ狐っ!」


 びっくりしたように、シロは眼を見開いた。


「そうでござったか。やけに大人しかったから、拙者、てっきり眠いのかと勘違いしたでござるよ」


 と、軽く笑った。

 怒鳴られても、大して気にならなかったらしい。さっきまでの暗さはどこへ行ったのか、シロは威勢良く歩き出した。


 ――励ましているつもりなのだろうか。落ち込んでる癖して。


 大体、なんで自分が励まされなきゃいけないのか……。タマモは文句を言ってやろうとして、シロを強く睨んだ。が、喉を通った言葉は声にはならず、静かな吐息に溶け込んだ。

 シロは、タマモの前を歩いていった。彼女が歩くたびに、その小さな背中は細かく揺らめいていた。

 
(――私は、シロが羨ましかったんだ)


 何かうたれたように、思った。

 タマモは、頭のなかの霧のようなものが、さっと晴れていくのを感じた。シロが、自分の影と重なって見えた。……そうだったのだ。だから、自分は――。

 ほんの少しだけ、タマモの身体が軽くなった。

 軽くなったついでに、空を仰いでみた。

 空は、すっかり朝の日差しで明るんでいる。新鮮な空気を吸い込んで、身体中にそれを満たした。タマモはシロを追って歩き出した。


 ――きっと、最初から分かっていたのだ。


 ふと、そう思った。知っていたにも関わらず、こうやって自分はシロを追い詰めて、そうして暗い喜びに浸っていたのだ。シロが美神に当たるように。


(――嘘吐きは私だったのね)


 けっこうイヤな奴ね。私って。

 タマモはそんな自分がおかしくて、クスクス笑った。だけど、シロの目の前で笑ったものだから、シロはやはり勘違いして、


「――タマモ。たかだか狐の分際で拙者に喧嘩を売るとは、良い度胸でござるなあ」


 頬をピクピク痙攣させて言った。よほど気に障ったらしい。シロなりの、折角の好意を無にされたのだ。当然かもしれない。


「別に、そんなつもりじゃないわ」


「じゃあ、どういうつもりでござるか」


「私も、アンタと同じってことよ」


 タマモは朗らかに言った。「――急ぎましょ」


 颯爽と歩き出したタマモの身体は、斜めに射られた朝日を浴びて、その明るさを増していった。シロはいまいちよく分からなかったが、そんな彼女を眩しそうに見てから、


「こらっ! 待つでござるよ!」


 と言って、慌てて追いかけた。「先生と最初に話すのは拙者でござるからな!」


「――そんなの誰が決めたの?」


 タマモは振り返って、不敵に言った。言うなり駆け出していた。景色が後ろに飛んでいった。

 シロの叫び声が背中を押した。怒っているらしい。その声には熱が篭もっている。しかし、これからは競争だ。そうでなくっちゃ、面白くない。


 タマモには負けない自信があった。それだけは確かであるように感じられた。


 地面を強く蹴った。やたらと胸が浮き立った。――今日、一番に横島の家へ着いてやろう。タマモはそう思っていた。





 ――経緯はどうあれ、一番乗りはタマモであった。 


「狐ごときに負けるとは……。この犬塚シロ、一生の不覚でござるっ!」


 ちょっと荒い息を吐きながら、シロは悔しげに身体を震わせている。

 タマモは、ここに来てようやく落ち着きを取り戻していた。冷静にシロを見やってから、


「先に行くわね」


 と、ひとりで階段を上っていった。

 
「あっ、ずるいでござるよっ!」


 シロは大声を上げて、一気に階段を駆け上がった。二段飛ばしでタマモを追い抜いて、横島の部屋の前へと辿り着くと、「拙者が一番でござるな」


 と、にこやかに言って、得意げに胸を反らした。
 
 まだ階段の途中であったタマモは、しかしそういうシロを相手取ったりすることもなく、これといった反応を示さない。


「勝手にしたら?」


 小さく言って、それから坦々と登った。

 タマモは、はしゃぎ過ぎたことを後悔していた。子供みたいに騒いだりする自分を、恥ずかしく思った。

 タマモにすれば、ここでシロに勝ちを譲ったとしても、どうということはない。もっと決定的な、最終的な勝敗を決するところで、自分が一番になっていれば、それで良かった。

 しかしシロは、ひどく嬉しそうな顔をして、インターホンを鳴らしていた。それを見ていると、どういうわけか、タマモはほっと和んでしまうのだ。


(ま、たまにはああいうのも、悪くないかもね)


 そう思えてくるから、不思議なものであった。

 タマモはゆっくりシロへと近づいていった。

 ――ここへ来るのも久しぶりだった。どうして横島が引っ越さないのか、不思議なくらい古びたアパートだったが、愛着というものがあるのだろう。タマモは懐かしそうに目を細めながら歩いた。

 ドアの前に立って、


「出ないの?」


 と、シロに声を掛けた。「――でも、中には居るみたいね。寝てるのかしら」

 
 横島らしい気配が、ドアの向こうから漂ってくる。


「どうする? 帰る?」


「横島先生〜!」


 が、シロには帰るつもりなどさらさらないらしい。タマモを押しのけると、ドンドンと、今度はドアを叩き始めた。


「シロでござるよ、起きてくだされ〜」

 
「ちょっ! シロ、アンタもうちょっと手加減しなさいよ!」


 シロのノックに耐え切れず、ドアはぎしぎしと軋んだ。しかも一発ごとに、シロは力を上げている風だった。


「本当に壊れるわよ!!」


 ひとまず出直すべきだった。

 シロがなにを考えているのか、タマモには分からなかった。とりあえず、そのノックを止めさせようと腕を伸ばして、しかし、ふと思いとどまった。よくよく考えてみれば、ここまでやって、それで出て来ないというのは、いったいどういうことか。


「先生〜」


 シロも不安そうであった。なにせ、あの魔族の死体を見たばかりである。彼女なりに、何か感じるところもあるのかもしれない。

 ともあれ、タマモは手を出しかね、はらはらと事の成り行きを見守った。

 暫くすると、予想通り、


 ――バキッ。


 という音が耳をつんざいて、ドアは部屋の中へと吹っ飛んでいった。そのすぐ後に、更にイヤな衝突音が響いた。部屋の惨状が脳裏に浮かんで、タマモの目がくらんだ。

 シロはタマモを見てから、部屋へと足を踏み入れた。タマモもすぐにその後を追った。


 ところが、部屋に入ったその瞬間――。


 ぞわっと、一斉に身体中の毛が逆立った。ついで、強烈な圧迫感が叩きつけられた。タマモは、まるでその正体を掴めず、混乱した。が、それでも危険が迫りつつあることだけは、ありありと感じられた。


 ――シロの身が心配だった。彼女は、自分よりも先に部屋に入ってしまったのだ。


 しかしタマモには、シロのことを案じるだけの、そのわずかな暇もない。自身の直感に促されるやいなや、すかさず後ろに飛び下がろうとした。――が、それでも遅すぎた。その時には、視界いっぱいに熱い光が広がっていた。

 動けなかった。何が起きたのかさえ、タマモには分からなかった。ただ、動いたら死ぬことだけはよく理解できた。

 荒々しい息が、タマモの耳を吹き散らすように打った。そこから見えない殺気が渦巻いて、ねっとりタマモに絡みついた。


「先生……」


 ふと、シロの呟きが聞こえた。そこで、ようやくタマモはシロが生きていることに気付いて、安堵した。正直、死んだと思っていたのだ。

 シロの存在は、タマモの心を奮い立てた。タマモは、少しだけ後ろに下がって、目の前を覆う光から逃れようとした。

 しかし、その行動をおこす前に、


「シロに、タマモ……?」


 と、唸るような声がして、すっと光は脇に逸れた。


「――っ」


 タマモは、あっと息を呑んだ。横島が、両手にそれぞれ霊波刀を垂らし、こちらを見つめている。


「さっきの、横島が…?」

 
 ――聞くまでもなかった。光の正体は、彼の霊波刀の、その異常なまでの輝きだったのだ。

 横島は、敵意を振り撒くのは止めていたが、いまだ緊張を漲らせ、眼を光らせている。力があり余っているようで、時折、弾むようにその全身は痙攣していた。


(とんでもないわね……)


 少し遅れて、タマモの身体に戦慄が走った。その興奮にも圧倒されてはいたが、彼の莫大な霊力にこそ、恐れをなした。彼から滲み出る、その凄まじい霊圧を浴びているだけで、ややもすると腰がくだけそうになる。

 およそ人間のそれとは言えなかった。――しかし、確かにこれならば、あの魔族を倒すことも、あるいは可能であるかもしれなかったが……。

 タマモは、横島の前から逃げたくなる自分を、強引にねじ伏せた。

 それから、彼に声をかけようとして――やめた。下手に刺激したら、どうなることか分かったものではない。

 じっと横島の挙動を窺った。その変貌の理由を探ろうとした。タマモは霊気の匂いを嗅いでいた。


(やっぱり変わってきてる……)

 
 どうやら先に嗅いだ「匂い」は、勘違いではなかったらしい。

 横島の霊気の「質」は、明らかに変化をきたしている。



 時間ばかりが、無駄に過ぎていった。かといって、タマモとシロはその場から離れることもできず、立ちっぱなしでいた。しかし、おそらく一番の功労者は、まさしくその時間であったのだろう。


 タマモたちが見守るなか、横島は、少しずつその緊張を解いていった。

 やがて放たれていた霊圧も収まって、タマモはほっと尻餅をついた。

 すっかり表情から不自然な力みが消えると、不思議と横島の霊力は衰えていき、ついには、それはタマモのよく知るものへと落ち着いた。人間にしては強いが、いたって平凡であるともいえる、元の横島の霊力である。


 正気に返ったらしい横島は、ぱちぱちと眼を瞬いてから、慌てた様子で霊波刀を消した。それから、正面のタマモを見ながら、


「い、いや…。ええとこれはだな、不幸が重なった結果というか、俺の所為じゃないというか……」


 と、弱気な口調でまくし立てた。――あんな状態にありながらも、どうやら「彼」の意識は残っていたらしい。横島は、ひどくすまなそうな顔をしている。

 タマモが黙って答えないでいたら、つぎにシロの方へと目をやって、助けを求めるように、


「シロ、お前なら分かってくれるよな?」


 シロは呆然としていたが、無用な心配をかけたくなかったのだろう、言われて、


「――もちろん分かっているでござるよ」


 と、すぐにはきはきと返した。「先生は、疲れていたのでござろう?」


 それを聞いて、横島は繰り返し頷いた。「流石は俺の弟子だ」と、シロの頭を何度も撫でた。

 一通り撫で終えたら、


「――悪かったな、タマモ。びっくりしただろ?」


 と、言った。「ここんとこ気が抜けなかったからな。そこでいきなりドアが飛んでくるだろ? てっきり魔族が攻めてきたのかと…」


「いいわよもう。怪我もしてないしね」


 タマモは、ちょっと微笑んでみせて、それからすぐに表情を引き締めた。「横島、魔族と何かあったの?」


「ああ、それは事務所で話すから――」


 そこで急に、横島は眠そうに欠伸を噛み殺した。「今は寝ていいか?」


「私は構わないけど……。それより、ちょっと痩せたんじゃない?」


「そっか? あんまり変わってないと思うけど……」


「大丈夫なの?」


 横島の頬はうっすらとこけていた。眼も窪んでいるように見えた。しかし、横島は大して気のない様子で、


「別になんともないから、そんなに気にするなって」


 と、ちょっと笑った。


 ドアがぶつかり、乱雑に散らかってしまったゴミや雑誌を、横島は豪快に放り投げていった。そしてちょうど一人分の空いたスペースを作ると、「お休み」と言って、そのまますぐに寝てしまった。


「――どうする?」


 タマモはその素早さに唖然としながら、シロに聞いた。「私たちも帰る?」


「その前に、片付けをした方がよかろう」


 シロは物憂げに言った。「拙者が散らかしたことでござるし…」


「そうね……」

 
 タマモは、大きなため息をついた。


 それから、ゆっくりシロと顔を見合わせた。二人は目で頷き合って、そのまま倒れ込んだ。ゴミで服が汚れそうだったが、さして気にも留めなかった。


 なんであれ、タマモは疲れすぎていた。


 横島の寝息が部屋いっぱいに響いていた。シロはすでに眠ったようだった。タマモは夢うつつのなかで、シロの寝言を聞いていた。

 


 
 
「――ええ、見つけました。○×公園です」


 西条輝彦は、横たわった魔族の死骸を見下ろしながら、耳に押し当てた携帯を強く握り締めた。

 ひっきりなしに風が吹いて、彼の長い髪を弄んでいる。


『それで、どうなの?』


「え?――あ、はい。多分、先生の仰る通りかと……」


 西条は少し躊躇って言った。言葉尻が、もごもごとはっきりしない。


『そう、やっぱり彼なのね』


「しかし、まだ確証はありませんよ」


 腰を屈めて、魔族の切り傷を、もう一度確かめた。


『……あなたの気持ちも分かるけど、あまり感心はできないわね。何か起こってからでは遅いのよ』


「ですが――」


『二度は言いません。――すぐに応援を回すから、現場は任せたわよ』


 冷たい声であった。仕事のときの、その普段とはまるでかけ離れた美智恵の声は、西条の身体を芯から震わせる。


「――すみませんでした」


 西条は急いで詫びたが、もう電話は切れていた。

 近場のベンチに腰を下ろした。


 やれやれ……。


 内ポケットからタバコを取り出して、火を点けた。煙が風に乗って、空に昇った。朝早いためか、どこか空気が澄んでいるようだった。


(――まったく、面倒なことになったな)


 面倒なうえに、いまいち気分も乗らない。

 すぐまた立ち上がって、西条は少し歩いてから、魔族の傷をじっくりと観察した。


(霊波刀による切断、か)


 この魔族の出現は、Gメンの方でもきっちり捉えていた。こうして発見が遅れたのは、その魔力が強すぎたために、見鬼くんが反応過多をおこし、居場所を特定するまでには至らなかったからである。
 
 
(まさか真っ二つに切り裂くとはね……)


 西条は、ちらりと手元の「ジャスティス」に目をやった。この優れた剣をもってしても、こうまでうまくはいかないだろう。

 もはや庇いきれなかった。あの美智恵でさえ焦っているのだ。打つ手は何も残っていない。ましてや自分では……。


(――分かってるのかい、横島くん)


 きっと何も分かっていないに違いなかった。それが、西条にはすこぶる腹立たしい。悩んでいる自分が馬鹿みたいだった。



 車のエンジン音が聞こえてきた。大きく深呼吸をしてから、一歩ずつ、西条は踏みしめるように歩いていった。


 まったく、本当に面倒だった。


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