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WORLD〜ワールド〜

第四話 浮かぶ疑念


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 7/ 6

 妙神山。
 横島は、そこに作られた異空間、どこまでも続いているように見える荒野にたたずんでいた。
 その目線の先には斉天大聖老師がいる。この場所へは、修行の場として彼に連れてこられたのだ。

「な、なんだここ…?」

「かつて儂が作った異空間じゃ。ここで起こっていることは外界に洩れることはない。パレンツの目をごまかすために作ったものじゃ」

 横島の呟きに、律儀に老師が答える。
 そして横島の方を振り向くと、言った。

「さて、早速だが始めるぞ。まずは文珠で『剣』を作れ」

「あ、ああ…」

 言われて横島は文珠を出すと「剣」の文字を込める。
 横島の手に、かつてシミレーションルームで美神と戦ったときの物と同じ、光り輝く両刃の剣が現れる。
 しかし、老師は首を振った。

「違う。そうではない。それでは霊波刀の延長にすぎん。完全な物質としての剣を作るのじゃ」

「んな無茶ゆーな! 一体どうやってやれっちゅーんじゃ!」

 老師の言葉を聞いて横島は思わず叫んでしまう。

「そんなことは知らん。だが、できるはずなんじゃ。とりあえず、物質としての剣を強くイメージするのじゃ。それから文珠を発動しろ。儂にはそれくらいしか言えん」

「そんなアバウトな…。もっと、こう、具体的なアドバイスを…」

「できなければ、お前は死ぬ。じゃができたならば、お前の望みも叶う。全てはお前次第じゃ」

 老師の言葉に横島の顔が引き締まる。
 それからはぶつぶつと何か呟きながらイメージを固めるのに集中しだした。
 その様子を見て、老師は今の横島と同じようにこの場所で修行に励んでいたかつての自分に思いを馳せる。
 ふたたび、脳裏に『あの時』の情景が浮かび上がる。

「これでわかったろう? これからも『自分』として存在したくば、私のことは忘れ、高みを目指そうとするのもやめることだ。君たちが私を超える力を持つことなど、許されないのだよ」

 かつて、パレンツはそう言って自分の命を奪った。
 その顔には、大きな余裕をたたえた笑みを浮かべていたのを覚えている。
 そう言って、パレンツは自分を消滅させることもせず、記憶を抹消することもせずに去った。
 自分の絶対的力を誇示し、圧倒的優位を相手に見せ付ければ、相手はひれ伏し、自分に服従するものだと信じ込んでいる。

 老師がパレンツを子供だと評すのはこのためでもある。
 実際老師は服従どころかむしろ復讐を誓い、さらに己を磨き続けた。

「なあ、老師」

「…む? なんじゃ?」

 思案に沈みこんでいた老師は、横島の言葉に遅れて反応する。

「やっぱ、最初はなんか実物を見てやった方がイメージしやすいと思うんだ。だからなんか剣とか貸してくんないかな?」

 横島の言葉に老師は驚きを隠せなかった。確かに横島の言うとおりだったのもあるし、横島が自ら効果的な修行法を考え、提案してきたことに驚いたのである。

(初めて儂から修行を受けた時とは別人じゃな)

 老師はそう思いながら横島に言った。

「うむ。確かにその通りじゃな。しばし待て。なにか手ごろなものを持ってくるわい」

 横島をそこに残し、老師は通常空間へと復帰する。
 なにか手ごろな神剣はないかと老師が廊下を歩いていると、奥から小竜姫が走ってきた。

「老師! 雪之丞さんが見えています!」

 またあの小僧か。老師は軽くため息をついた。
 雪之丞はこれまでに何度も修行をせがみにここ、妙神山を訪れていたのである。
 何度断ってもしつこく食い下がる雪之丞に「霞岳」の存在を教えたのは、実は老師だったりする。

「また『修行をつけろ』か? あいにくそんなヒマはないわい。適当を言って追い返せばよい」

「それが…横島さんの命を狙う神族に会った、と申しているんですが……」

「なんじゃと!?」

 横島の命を狙う神族…パレンツに、違いあるまい。老師はそう考えた。

「すぐに雪之丞をここへ! 話を、聞かねばならぬ」

 老師の命を受けて小竜姫はすぐに駆け出す。
 すぐに雪之丞を伴って戻ってきた。

「よう。横島はいるか? あの野郎、家にも美神のダンナの事務所にもいなかったからな。ここにいるんじゃねえかと思ってよ」

「うむ、確かに横島はここにおる。それより、聞かせてもらうぞ。お前の前に現れたという神族のことを」

 立ち話もなんだ、ということで、二人は近くの部屋へと入る。小竜姫は、話の邪魔だ、と老師に追い出されてしまった。
 畳が敷かれた和室に二人は座り込む。
 老師が雪之丞に話を促した。
 雪之丞はパレンツが現れたときのことをつぶさに語る。
 老師は深く考え込んでしまった。

(あれほど世界への干渉を嫌っていたパレンツがなぜ雪之丞に接触する? 確かに、こやつを仲間に引き込めれば横島を殺すことは容易かっただろう。だが、ほかにやりようはいくらでもあったのではないか? パレンツ…何を考えておる。…何を、焦っているのじゃ?)

「んで、あんまりふざけたこと言いやがるからぶっとばしてやったのさ」

「ええい、少し黙っとれ。……何?」

 得意げに鼻を鳴らす雪之丞。
 その最後の言葉が、老師には信じられなかった。

「ぶっとばした……じゃと?」

「おう、ぶっとばしてやった。そしたらあの野郎、尻尾まいて逃げやがったぜ」

 そう言って雪之丞は快活に笑う。
 だが、老師の表情は固まってしまっている。
 思考が大分混乱してしまっているようだ。

「逃げた…? あの男が? 奴の能力を知ったお前をそのままにして? …馬鹿な」

「んなこと言ったって実際逃げやがったんだ。馬鹿なもなんもねぇじゃねえか」

「…奴は何か去り際に何か言い残してはいかなかったか?」

「別になにも……あぁ、なんか『イレギュラー』がどうとか、ぼそっと言ってんのは聞こえたな。そしたらあいつが消えたんだ」

「『イレギュラー』…? 奴がそう言っていたのか?」

 確かに、おかしいとは思っていた。
 いくら自分との戦いで傷ついていたとしても、ただの人間である雪之丞に遅れをとるはずがないのだ。
 だとすれば…目の前にいるこの男、雪之丞までもが『イレギュラー』だとでも言うのか?

「小竜姫」

 老師が廊下に向かって声をかける。おそらく、盗み聞きでもしていたのだろう。 おもしろいほど気配が乱れ、ぎくっ、という擬音まで聞こえてきた。
 小竜姫が汗を流しながら襖を開ける。

「あはははは……な、なんでしょう? 老師」

「今から雪之丞と組み手を行え。いや、組み手ではないな。真剣を用いてもかまわん。手加減無用。真剣勝負じゃ」

 老師の言葉に小竜姫は驚きを。
 雪之丞は歓喜を顔に浮かばせていた。

「何を言うんです! 老師!!」

「命令じゃ」

「しかし…そんなもの、意味がありません!」

「俺はかまわねーぜ? ちょうど修行の成果を試してみたかったしな」

 雪之丞にまでそう言われてしまっては、最早小竜姫に拒む理由はない。

「決まりじゃな。では早速行うぞ」

 三人は修行場へと移動した。横島がいる場所とはまったく別の所である。
 ここは美神が霊気の総合出力を上げた所でもあるし、横島が文珠を、雪之丞が魔装術の極意を体得した場所でもある。

「それでは始めるが…小竜姫、超加速は禁止じゃ。あれでは一瞬で決着がついてしまうからの」

「わかっています。もとより使うつもりもありません」

「ちっ、余裕だな」

 小竜姫の言葉に雪之丞は苦笑を浮かべる。
 もっとも、小竜姫の言葉は自惚れなどではない。彼女は竜神族の中でも指折りの実力者なのだ。その誇りからくる言葉である。

「では、始め!!」

 老師の言葉と同時に雪之丞は魔装術を纏う。

「アンタ相手に小細工なんて意味ないからな。最初っから全力で行くぜ!!」

「そうしなさい。そうしなければ1分ももちませんよ。私も本気を出すんですから」

「言ってくれんじゃねえか! オオオオオオオッ!!!」

 雪之丞が気合の声を上げ、力を集中させる。
 雪之丞から強力な闘気が発せられ、大地を揺らした。
 そのあまりの力強さに小竜姫は驚きを隠せない。
 人間に発せられるものではない。小竜姫は困惑していた。

「だっ!!」

 雪之丞が地を蹴り、一瞬で小竜姫との距離を詰める。そしてそのまま勢いの乗った拳を小竜姫に叩きつける。
 闘いとなれば、相手が女だろうがなんだろうが、雪之丞には関係ない。
 小竜姫はまともに雪之丞の拳を顔面にくらってしまった。

「くっ!」

 しかし小竜姫はすぐに体勢をととのえ、雪之丞を宙へと蹴り上げる。
 的確にみぞを打ち抜くその一撃に、雪之丞はうめき声を漏らしながら宙を舞った。

「はぁっ!」

 小竜姫も飛び上がり、未だ体勢のととのわぬ雪之丞を右手に持った神剣で斬りつける。

(かわせねぇっ!!)

 そう判断した雪之丞は神剣が迫り来る場所、すなわち右腕に意識を集中した。そうすることで魔装術の強度を上げたのだ。
 キィン、と小気味よい金属音をたてて小竜姫の放った神剣は受け止められてしまう。

「なっ!?」

 驚愕から小竜姫の動きが止まる。
 雪之丞はその隙を逃さず霊波砲を放った。小竜姫のいる方向とは反対の方向に。
 霊波砲をロケット噴射のように利用して、そのまま小竜姫に体当たりを敢行する。
 そのまま二人はもつれあって地面に激突した。
 空中戦では空を飛べる相手が絶対に有利。そう考えての雪之丞の行動だった。
 小竜姫は雪之丞を押しのけ、一旦距離をとる。
 そして雪之丞がいた方向に目を向けた時には、雪之丞の姿は消えていた。

「もらったぁ!!」

 いつの間に回りこんだのか、雪之丞は小竜姫の背後から全霊を込めた霊波砲を放つ。
 だが、一瞬前にはそこにいたはずの小竜姫の姿が突然掻き消えた。
 背中に大きな衝撃が走る。

「どぅわあっ!!」

 一瞬にも満たぬ時間で雪之丞の後ろに回りこんだ小竜姫が一撃をくらわせたのだ。
 さすがにまったく意識していなかった方向からの攻撃に、雪之丞はたまらず吹っ飛ぶ。
 そして倒れた雪之丞の魔装術が解けた。
 ダメージは大きく、魔装術を保つこともできなくなったのだ。

「ちぃくしょ〜! いい感じのところまでいったんだけどなあ!!」

「いいえ、私の負けです。最後の一瞬、私は超加速を使ってしまいました」

 悔しそうに歯噛みする雪之丞に小竜姫が声をかけた。

「一体、どうやったらそこまで強くなれるんです? 人間の限界を遥かに超えてますよ」

「そうか……俺は、少しは強くなれたのか………」

 雪之丞は倒れたまま自分の拳を見つめる。
 その闘いを一部始終見届けた老師が小竜姫に声をかけた。

「うむ、決着じゃな。小竜姫、鍛練が足らんぞ。疲れておるところ悪いが、美神をここに連れてきてくれ」

 小竜姫は頷くと、修行場を出て行った。
 数分の後に、美神を伴って戻ってくる。

「なに? 一体なんの用?」

 突然連れてこられた美神は困惑しながらも老師に言った。

「頼みごとがある。パレンツが雪之丞に接触し、仲間に引き込もうとしおった。なぜわざわざ自分の存在を知るものを増やすような行動をとったのかはわからん。じゃが、奴がそういう行動を取ってきた以上、横島の知り合いで横島の命を奪いうる力を持つものはここに集めておいたほうがいいじゃろう。すまぬがそれに当たる者をここに連れてきてくれぬか? なるべく急いでな」

「…まあそれはいいけど……本当にパレンツは何考えてんの? 行動が矛盾しまくりじゃない」

 言いながら美神は行動に移る。
 修行場を出かけた美神を老師は呼び止めた。

「あぁ、それと……念のため、横島の家族もここに連れてきておけ。『この者らの命が惜しければ…』
 ……可能性は、0ではない」

「…そこまでやってまだ『創始者』を名乗ろうってんなら笑えるけどね。あまりにもショボすぎだわ」

 美神は今度こそ出て行った。
 老師は未だに倒れたまま、必死に呼吸を整えようとしている雪之丞に目を向ける。

(確かに、雪之丞の力は人間が持ちえるものではない。タガのはずれたあやつはこれからもどんどん力を増すじゃろう。……だが、現時点での力は小竜姫とそう大差ない。言わば『イレギュラー』ではなく『イレギュラーとなる可能性のある者』にすぎん。儂から受けたダメージが残っていたとはいえ、捻り潰すのは容易だったはず……なぜ慌てて引き下がったのじゃ……?)














「怯えておるのか? パレンツ」

 老師は空を見上げ、呟いた。







 一方その頃―――――

「……遅い。遅いぞ。一体何をやっとんのだあの猿は! 妙神山に戻ろうにも戻り方がわからんし、行けども行けども荒野がひたすら続くばかり!! ああああ、美神さ〜〜〜ん! お腹減ったよ〜〜〜!!!」

 老師にすっかり忘れ去られた横島は、ほんの少し半狂乱気味になっていた。


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