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WORLD〜ワールド〜

第三話 誘い<いざない>


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 7/ 3

 神界に戻ったパレンツは、自らが創った擬似空間に潜伏していた。
 武神、斉天大聖老師から受けたダメージは思ったより大きく、全快まで時間がかかりそうだった。

「まさか彼があそこで現れるとはね……。予定が大きく狂ってしまった」

 パレンツが忌々しげに呟く。

(彼が今後も横島忠夫のそばにいる以上、もう私自ら赴くことはできない。…どうする?
 手駒が欲しい。私の存在を知る者をこれ以上増やすのは本意ではないが…そうも言っていられない
 横島忠夫は思っていたよりも大分危険だ。すぐにでも『創造力』に目覚めてしまう可能性もある。……急がねば、ならない)

 パレンツは一刻も早く行動するべきだと結論付けた。
 擬似空間を抜け出し、再び人間界へと向かう。

「さて…とりあえず『彼』をこちらに引き込もう。それができれば、もう横島忠夫は死んだも同然だ」

 パレンツの顔に酷薄な笑みが浮かんだ。









 妙神山の一角で、横島は目を覚ました。

「ここ……どこだ?」

 体を起こして周りを見渡すと、どこかの旅館の一室のように見える。
 ご丁寧に布団まで敷いてあり、横島はそこに寝かされていた。

「え〜…っと……。変な奴がいきなり襲ってきて…猿のじいさんが助けてくれて…どうなったんだっけ」

 とりあえず立ち上がり、部屋をでる。
 長く続く廊下を歩いていると、奥から人影が現れた。

「横島さん。目を覚まされたんですか?」

「小竜姫様? ってことはここ、妙神山?」

 妙神山管理人である小竜姫が現れたことで、横島はようやく自分がどこにいるのかを理解した。
 納得いった様子の横島に、小竜姫がさらに説明を加える。

「昨夜、老師が傷ついたあなた達をここに運んできたんです。皆さん傷ついていらっしゃいましたが、特にあなたは霊力、体力の損耗が激しくて…」

「あなた達? ってことはみんなもここに来てるんすか? みんなは無事なんすか?」

 小竜姫の言葉を遮って横島が矢継ぎ早に言う。
 小竜姫は苦笑を浮かべて答えた。

「ええ、皆さん無事です。今はもう目も覚まして老師に詰め寄っていらっしゃいますよ。
 案内しましょうか?」

 小竜姫の後ろに従って横島は歩き出す。
 すぐに部屋が見えてきて、中からギャースカと声が聞こえてきた。

「だから早く詳しく説明しなさいって言ってんじゃないの!! なんなのアイツは!!
 なんで横島クンが狙われてるわけ!?」

「じゃから小僧が起きたら説明すると言っとるじゃろうが!」

 かなり上位の神族である斉天大聖老師に向かってまったく敬語を使おうとしないのは間違いなく美神だ。
 おキヌはそんな美神をまあまあとなだめている。
 シロは老師のことを知っているのかカチコチに固まっており、タマモは目の前で起きているやりとりに飽きてあくびをしていた。

「おう、小僧、起きたか」

 部屋の前で苦笑していた横島に老師は声をかける。
 途端に4人の目が横島に集中した。

「横島クン、無事なの!?」

「もう平気なんですか!? 横島さん!!」

「先生ぇ〜〜! 目を覚まされたんでござるな!? よかったでござるぅ〜〜!!」

「ま、アンタが死ぬわけないってわかってたけどね」

 四者四様の言いようだ。美神が素直に横島を気遣っているのが少々異常ではあるが。
 老師がごほんと咳払いをし、皆の視線を集中させる。

「ならば小僧もそろったことだし、説明を始めよう」

 皆が聞き漏らすまいと集中する。
 小竜姫も、何も聞かされていないのか、老師の言葉に集中していた。
 そしてパレンツの目的、正体などが老師の口から語られた。








 霊峰「霞岳」(かすみだけ)。霊峰といっても妙神山のように神族の管理人がいる訳ではない。
 ただ、あまりに霊的に特殊な環境からそう呼ばれているのだ。
 この霊峰「霞岳」は霊力濃度(魔力濃度)が異様に低い。地球上の普通の所を1とすると、月が100、そしてこの「霞岳」は0,01ほどしかない。
 そんな霊能力者なら一秒だって居たくない所に、もう二ヶ月ほど篭って修行を繰り返す男がいた。
 名を伊達雪之丞という。
 彼はアシュタロスとの戦いで自分の無力さを痛感し、再び自分を鍛え上げようとしていたのだ。

「大分慣れたけどやっぱここはキツイな。魔装術を形成すんのも一苦労だ」

 日課となっている魔装術の形成、解除を繰り返す。これだけで霊的なスタミナは大幅に増す。
 彼は最初ここに来たときには魔装術の形成すらできなかった。それが今では十数回形成と解除を繰り返し、それでもなお涼しい顔をしている。それだけでも彼がどれほど腕を上げたかが伺い知れるだろう。
 そして雪之丞が次の修行に取り掛かろうとした時、異変が生じた。
 先ほどまで何もいなかった空間に、気配を感じたのだ。

「誰だてめえは」

 気配を感じた方を振り向き、雪之丞は言った。
 そこにいたのは長い黒髪を持つ美しい顔立ちをした男。
 『創始者』、パレンツ。

「どうも。伊達雪之丞君。私の名はパレンツ。実は君に頼みがあってね」

 パレンツが口を開く。
 雪之丞はとりあえず次の言葉を待った。

「横島忠夫を殺してもらえないかな?」

「はあ?」

 何を言い出すんだこの馬鹿は。雪之丞はそう思った。
 そして思った通りのことを言う。

「馬鹿かてめえは。そんなもん受ける訳ねえだろが。消えろ。修行の邪魔だ」

 するとパレンツは右手を雪之丞のほうへと向けた。
 そして突然現れるかつてメドーサと勘九郎が使役していたゾンビーの群れ。

「なっ!?」

 突然現れ、自分に襲ってきたゾンビー達を慌てて撃退する雪之丞。といっても彼の力はあれから大きく向上している。
 間違っても不覚をとることはなかった。

「なんのつもりだ! てめえ!!」

 雪之丞はパレンツに叫ぶ。
 パレンツは笑みを浮かべて言った。

「なに、私の力を少し見せただけだ。わかってもらえたかな? 私は『無』より『有』を生むことができる。それは死者でさえもだ」

「だからどうした! ケンカ売ってんなら買ってやるぜ!!」

「雪之丞君…ママに会いたくはないかね?」


 雪之丞の動きが、止まった。








 妙神山では老師が説明をあらかた終えていた。
 皆声も出せずポカンとしている。
 横島は複雑な表情をしている。

「…信じられないわよ、そんなの」

 最初に立ち直り、口を開いたのは美神だった。

「事実じゃ。受け止めい」

 老師が言う。
 だが、それを素直に受け止められる者などいなかった。

「アイツが『造物主』で、しかも横島クンが同じ力をもってる!? だから、殺す!? そんな勝手な話、あるわけないでしょ!!」

 美神がヒステリックに叫ぶ。
 皆口に出さないだけで同じ思いだった。

「あの…最高指導者のお二方に、なんとかしてもらう訳にはいかないでしょうか?」

 小竜姫が少し考えて、言った。
 しかし老師はその意見をすぐに切って捨てた。

「無理じゃな。大体どうやって説明するつもりじゃ? パレンツは常に行動するときは特殊な結界を張っておる。己の存在を知られぬようにな。パレンツを指差して『あいつは造物主だ』とでも言ってみるか?
 まず信じてもらえぬよ。奴の能力を直に見たおぬし等でさえ半信半疑であろう?」

 老師の言葉は図星だった。美神、おキヌ、シロ、タマモの4人は未だに信じられずにいる。

「奴は自分がこの世界に干渉するのをひどく嫌う。自分は常に『観察者』という立場でありたいのじゃ。奴が『創始者』である証拠などどこにも残してはおるまい」

「でも…」

 横島が口を開く。

「それなら、俺のことなんてほっとけばいいじゃないか。なんでわざわざ俺を殺そうとするんだ?
 あいつが来なければ俺は自分が『創造力』を持ってることなんて気づくこともなかったのに…」

「それでも奴は自分を脅かす存在があるのを許してはおけなかったんじゃろう。
 自分が唯一絶対の存在でありたいのだよ、奴は」

「そんな…そんなの子供じゃないか!」

「そう、子供なんじゃ。儂等という積み木で遊ぶ、ただの子供なんじゃよ」

 しばし、部屋を重苦しい沈黙が支配した。
 その沈黙を破るように横島が言った。

「老師…アンタはあいつと面識があるのか?」

 ずっと気になっていたことだった。パレンツに老師は「久しぶり」と言った。
 パレンツもしきりに『あの時』と言っていた。

「ある」

 老師はあっさりと答えた。

「どうして?」

「お前と同じ理由じゃよ。『イレギュラー』として儂を消しにきた。そして儂はその時奴に殺されたんじゃ」

 老師の言葉に全員が驚いた。

「いや、だって、今生きてるじゃないか」

 横島がもっともなことを言う。
 だが、言ってから気がついた。

「簡単なことじゃ。神魔の霊力バランスを保つために同じ存在として復活したんじゃよ」

 そう、アシュタロスが苦しんでいたこと。
 魂の牢獄。
 これほどの力を持っていて囚われないはずがない。

「そして儂は再び修行を開始した。理由は奴への復讐じゃよ」

 老師の頭に『あの時』の光景が浮かぶ。
 無様に倒れ付す自分。見下ろすパレンツ。
 決して忘れることはできない、あの屈辱。

「修行はやつに悟られぬようにする必要があった。そこで儂は異空間をつくり、そこで修行を行った。あの魂の加速空間などはその副産物にすぎん」

 老師は話し終えると一息つき、小竜姫にお茶を持ってくるように言った。
 すぐに小竜姫がお茶を運んでくる。老師は軽く喉を潤すと、言った。

「これからの予定じゃが……横島、お前には修行を受けてもらう。無論、パレンツを倒すためじゃ」

「んなっ!?」

 横島は思わず飛び上がる。
 十代でありながら「美人の嫁さんと退廃的な生活をしたい」と願う横島だ。
 修行など、そんな横島が一番嫌う単語だった。

「なんでだよ! あんたがアイツをぶっ倒しちまえば済む話だろ!?」

「無理じゃな。今回のように向こうから攻めてくるのならなんとかなるが、もうそんなことはあるまい。奴のフィールドで戦っては、儂に勝ち目はない。今回は街中での戦いであったために奴が本気を出さなかっただけじゃ。『創始者』としての奴の力はあんなものではない。奴のフィールドで奴に勝てるのは、奴と同じ力を持つ横島……お前だけじゃ」

「んな馬鹿な……」

 あくまでやる気をみせない横島に老師は言った。

「そんなにお前にも損な話ではあるまい? 『創始者』としての力を手に入れて…やりたいことも、あるじゃろう?」

 老師の言葉に横島は真顔になる。
 そう…『創始者』としての力を手に入れることができれば……

「…やるよ。やってやる」

「ならば修行場へ案内しよう。ついてこい」

 横島は黙って老師のあとをついて部屋を出て行った。
 残された5人は思い思いのことをしゃべり始めた。

「横島さん、大丈夫でしょうか?」

「やっぱり先生はすごいお人でござった! それに拙者、この目で武神、斉天大聖様を見れて感動したでござる!!」

「横島を選んだ私の目に狂いはなかったということね」

「しかし…老師は一体どんな修行を行うのでしょう。危険なものでなければいいのだけれど…」

「横島クンが『創造力』に目覚めれば…ひょっとして、金塊とかも創りほうだい? …マジ?」

 この美神の一言には全員がひいた。先ほどの横島のために取り乱していた姿はどこへやら。
 まあ、あっちも美神。こっちも美神といったところか。










 霊峰「霞岳」。そこでは雪之丞とパレンツが先ほどと変わらず、向かい合ってたたずんでいた。

「ママが、いつも言っていた」

 ふいに、雪之丞が口を開く。

「友達は、よく選べ。そして、絶対に裏切るなってな!!」

 雪之丞は魔装術を纏い、突然パレンツへと襲い掛かる。

「そんなことしてママに会っても、会わす顔がねえんだよ!!」

「残念だ……ならば死ね」

 パレンツは真っ直ぐ自分に向かってくる雪之丞へ霊波砲を放つ。
 だが雪之丞は、避けることも、ガードすることもせずに突っ込んだ。

「オオオオオオオオッ!!!!!」

 そのまま霊波砲を突きぬけ、渾身の右拳をパレンツへ振り下ろす。

「なにぃ!?」

 驚愕するパレンツはその拳を避けきれず、大きく吹き飛ばされてしまった。
 雪之丞がなおも追撃に移る。

(馬鹿な…! いくら魔装術を纏っているとはいえ、人間に耐えられるものではない!!
 それに、このスピード…斉天大聖からもらったダメージが癒えていないとはいえ、私が人間に翻弄されるなど…有り得ない!!まさかこいつも………!!)

 再び迫る雪之丞の拳。
 その直撃を受けてパレンツは確信した。

(間違いない…! こいつも、『イレギュラー』!!!)

 ならば早々に離脱せねばならない。まだ脅威となるほどではないが、傷ついた体で『イレギュラー』の相手をするのは得策ではない。
 パレンツはそう判断し、すぐに姿を消した。

 パレンツの気配が完全に消えたことを確認し、雪之丞は魔装術を解く。

「それに…今の俺にはママと同じくらい大切なやつがいるんでね。てめえに手を貸したりしたら、そいつに叱られちまうぜ」

 その時雪之丞の頭に浮かんでいたのはおキヌの同級生でもある一人の女性。

「それしても……また横島がらみか。まったく…あいつといると退屈しねえなあ」

 そして雪之丞は霊峰「霞岳」を下山する。
 その顔に笑みをたたえて。


 そこに後悔は一片も存在していなかった。


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