椎名作品二次創作小説投稿広場


横島争奪チキチキバトル鬼ごっこ

見たくないもの!!


投稿者名:詠夢
投稿日時:04/ 6/23


その闘いは、熾烈を極めた。

互いの知力と気力を振り絞り、身が裂けるほどはりつめる。

一瞬ごとに己の全てを賭け、神経を研ぎ澄ます。

始まってからわずかな時間なれど、疲れ果て消耗しきっている二人。

だが、止まらない─。


「…くッ…ハァアッ!!」

「がァッ…!! ま、まだまだァッ!!」


攻撃をかわされながらも諦めず、手首の動きだけで神通鞭を操って追撃をかける美神。

その軌道は、いくら軌道を変えやすいムチであっても、無茶としか言いようのない不規則な変化。

だが、それゆえに横島はその追撃をかわしきれず、壁に叩きつけられる。

肺の奥から息を吐き出しながら、それでも立ち上がってきたあたり、さすがとしか言いようがない。


「ハァ…ハァ…! い、いい加減しぶといわね!」

「それだけが売りなもんで…! ハァ…ハァ…!!」


始まってからわずか10分足らず。

にも関わらず、この二人の消耗振りをみれば、それがどれほど苛烈な時間だったかがうかがえよう。

美神の右手には神通鞭。そして左手には呪縛ロープが握られている。

最初のうちこそロープで捕らえようとしていたが、次第に神通鞭で大人しくさせようという考えに変わったらしい。

そして、この場合はそれが正しい。

横島の運動能力ははっきり言って異常だ。

特に逃げ足や、回避行動にいたってはもはや人類の規格水準を遥かに上回る。

狩猟において、こういう手合いは手傷を負わせ、体力を消耗させてから捕らえるのが常識なのだ。

そして現在。

美神の作戦は功をなし、明らかに横島の動きは鈍っていた。

だが─。


「このッ…いい加減、観念して捕まったらどうなのよ!?」

「い、嫌です!!」


美神が投げたロープはことごとくかわされ、神通鞭で捕獲することもままならない。

美神自身とて、この10分間の攻防で消耗しきっているのだ。


「捕まれったら!!」

「嫌だって言っとるだろーが!!」


投げる、かわす。

投げる、かわす。

投げる、かわす。

……………。



          ◆



『……見えるようになったのはいいけど。』

「動きがなくてつまりませんねぇ。」


この10分間、ずっと攻防をモニターしていたロキと魔鈴は、そうぼやいた。


「お二人の闘い自体は楽しめるんですが…。」

『何か動きが欲しいよね。』

「いっそのこと皆さんを集めるとか。」

『おっ! それじゃ、呼び出してみるかい?』


勝手なことをぬかしはじめた二人に、人工幽霊壱号の呟きは届いたのだろうか。


《お二人とも…私たちは中立の立場なのでは…?》



          ◆



横島は逃げ続けていた。

それはもう、見事としか言いようのないほど。

次から次へと繰り出される美神の攻撃をかわしながら、次なる逃げ道を探していた。

文珠の効果もあとわずか─。

そうすれば、すぐにでもこの部屋から飛び出して逃げる!


「くぅッ…なんでよッ! なんで捕まんないの!? なんで…ッ!!」


ふいに美神の攻撃が止む。

これぞチャンス! とばかりに横島はその場を離れようとして………。

だが、見てしまった─。


「……捕まってよぉ…!」


つぅっと流れる、美神の頬を濡らすもの。

ひっくと、しゃくりあげるとともに、それが落ちて弾ける。


「…捕まってってばぁ…ッ! 私じゃッ、もぅッ…捕まえらんないのぉ…!?」

「み…美神さん…?」


心臓を止められた─。

横島はそんな錯覚を…いや、錯覚かどうか。

まったく予想の範疇になかったその光景に、横島は凍りついたように動かなくなる。

─…美神が泣いている…。


「そん…ッ、何でよぉ…ッ!」


まるで子供のように泣きじゃくる姿に、横島の心がざわつく。

表情も動きも全てが凍りついたまま、ただ心だけが。


「横島くん…が、強くなったから…? 強ッ、くなったから…離れるのぉ…ッ? そッ…やだ…やだよぉ…ッ!!」


ざわつきは、もはや張り裂けそうな衝動に変わる。

何かを言おうとするように、だが言葉は出てこず横島は口を動かすだけ。


「アンタに…いて欲し…ッ! 傍にッ、いてよぉ…ダメだよ…ッ! アンタじゃなきゃ、イヤぁ…ダメなのぉッ…!」


何だ? 俺は何を言われている? ……なぜ、こんなことに?

美神さんが泣いている…俺のせいで?

俺ノセイデ…?

違う─。

いや、違わない─……。

どっちでもいいだろう、そんなことッ!!


「横島…くんにッ、傍にいて…欲しッ、からぁ…私は…ッ、だからぁッ…!」


大粒の涙をこぼし続ける美神に、ゆっくりと横島は歩み寄る。

ぎこちなく、引き寄せられるように。

ぎこちなく、何かを引きちぎるように。

頭は混乱したままだが、それでも一つだけ。

たった一つだけ、はっきりとわかっていること。

この時、自分が彼女に言わねばならないこと。

横島の手が、そっと美神の肩に触れる。


「─…泣かないで下さい。」

「ぇ…?」


顔をあげる美神。

その涙に濡れた表情に、横島の胸がまたざわつく。

何かを悩んでたんですか─?

何かに傷ついていたんですか─?

何かが不安だったんですか─?

それでも─。


「俺は…美神さんに泣いて欲しくないんです。…美神さんにだけは。」


見たくない…違う、流させたくない。

この人にだけは、涙を流させたくはないんだ。

だから、見ないように…見ることの無いようにする。

だから─。


「…泣かないでください。 俺は…いなくなったりしませんから…。」

「いなく…ならない…?」

「…はい。だから、泣かないでください…。」

「…………。」


そっと顔を伏せ、とさっと横島の胸に体を預ける美神。

横島は、染み渡るような暖かさを込めて抱きしめ─。

─シュル、ギュッ。

…………………………はい?


「は…えぇ!? 呪縛ロープ!? ─って美神さん!?」

「…捕まえた。」


ぐしっと、涙を拭きながら美神は宣言する。

………ハメラレタ?


「じゃ、ルール通りに勝利者台に行くわよ…。」

「ちょっ、待っ…ええぇぇ!?」


逃げなくては。

もう、何がなにやらわからない横島だったが、とにかく現状でやるべきはそれ。

だが、縄は関節に食い込んでおり、もがけどもがけど痛いだけだった。


「アンタがいくら頑張っても無駄だかんね? 対神魔用の特別製なんだから。」

「あ…あんまりやァーッ!! なんぼなんでもあんまりっスよ、美神さァーんッ!?」


こっちは本気で心配したというのに…。

思い直せば恥ずかしいことを言ってたというのに…。


「ありえねェェーッ!! こんな展開、ありえねェェーッ!!」



          ◆



モニタールーム。

魔鈴と人工幽霊壱号が、あまりの事態の展開に呆けている中、ロキだけが静かにほくそ笑んでいた。


「…横島くんも気付かないか。」


よくよく考えればわかることだ。

いくら捕まえるためとはいえ、『あの』美神令子が泣き落としなんて手を使うだろうか?

魔神に追い詰められ殺されそうになっても、その負けん気と意地だけは譲らなかった彼女が。

─そして、もうひとつ。

横島がいつもくらい冷静なら気付けたろう。

今でこそ上機嫌な美神の目の下が、本当に赤くなっていること。


「…完全な嘘もなく、完全な本音もなく、人生はそれらが絡み合う…ってね。」

「え? 何か言われました?」

『ふふっ…いーや、何も。』


笑うロキ。

その後方のモニターの中では、ついに─。

ついに、美神が勝利者台の上に立とうとしていた─。


今までの評価: コメント:

この作品はどうですか?(A〜Eの5段階評価で) A B C D E 評価不能 保留(コメントのみ)

この作品にコメントがありましたらどうぞ:
(投稿者によるコメント投稿はこちら

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp