椎名作品二次創作小説投稿広場


tragic selection

そしてまた日常へ…


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 6/21

 シトシトシト……


 雨が俺の体を打つ。

 俺は傘をさすこともせず、ただ打たれるがままに任せていた。

 
 今、俺はある墓地にやってきている。

 平日で、しかも雨が降っていることもあって俺以外には誰もおらず、閑散としていた。


 もうどれくらいここにいるだろう。

 目の前にある『牧之瀬家の墓』と刻まれた墓石。

 その前に俺はずっと立たずんでいた。



 二日前に蛍の葬式が行われた。

 遺体のない告別式。

 クラスの女子はみんな泣いてたっけ…

 愛子も…泣いてた。

 ピートも…タイガーも。

 なのに不思議だな……俺は涙が出なかった。

 なんか…すごく心が冷たかった。

 葬式の間中、俺のそばにはずっとおキヌちゃんがいた。

 …ずっと、俺の手を握っていた。


「ごめんなさい蛍さん…私…助けてあげられなかった……」


 そう呟きながらずっと大粒の涙をこぼしていた。

 違うよ、おキヌちゃん。

 蛍を助けられなかったのは俺のせいなんだ。



 俺の………














 ザアアァァァァ……


 気づけば、雨は勢いを増していた。














 ふいに、体をうつ雨が止んだ。

 雨自体が止んだわけじゃない。

 傘を差したおキヌちゃんが、俺のすぐ後ろに立っていた。


「おキヌちゃん……悪いけど、今は一人にしてくれないかな……」


 今は、誰とも話す気分じゃない。

 そう思った俺はおキヌちゃんの方を振り向くこともせず言った。


 パサッ…

 
 傘の落ちる音がして…


 ぎゅっ…


 おキヌちゃんが後ろから俺を抱きしめてきた。

 雨が俺たちを濡らしていく。



「おキヌちゃん……?」

「いいんです…横島さん……いいんです………」













「泣いて…いいんです」













 俺の中で何かが弾けた。

 涙がとめどなく流れ落ちる。


「……ぅあああああぁぁぁぁぁあ!!!! 俺、俺、また守れなかった!! 守るって誓ったのに! 助けるって約束したのに…!」

「横島さん……!」


 俺を抱きしめるおキヌちゃんの手にさらに力がこもる。


「結局…俺にはなにも守れない!! 文珠なんて力があっても、アイツを救うこともできない!! ごめん…蛍…ごめん……!」

「違う! 横島さん! それは違います!!」

『そうよ、横島くん。それは違う』


 ……え?


「ほ…たる……?」


 俺は自分の目を疑った。

 蛍がいた。

 いつのまにか、墓石の上に座ってこちらを見ていた。

 それはいつもと変わらぬ笑顔。

 ただ違うのは、蛍の周りにふわふわと人魂が浮かんでいることだった。


『やっぱり様子見に来て正解だったよ』


 蛍は「はぁっ…」とため息をついた。


『何言ってるの横島くん? あたしは今、すごく満足してるのに』

「でも…俺は結局お前を助けることができなかった…」


 俺の言葉に今度は蛍は「はぁ〜〜〜」と盛大なため息をついた。


『わかってないなあ、横島くん』


 蛍はひょいっ、と墓石から飛び降りるとその場で一回転ターンした。



『ほら見て、横島くん。今のあたしに何か変なところある? いや、人魂は浮いちゃってるけどさ、まあそれは置いといて。見て…? あたしはあたし。牧之瀬蛍でしょ?』


 蛍の言いたいことがわからず、俺は曖昧に頷くだけだった。


『これは横島くんのおかげ。もしあたしがあのままアイツに取り込まれたままだったら、いずれあたしの魂もアイツの一部にされちゃってた。でも横島君があたしごとアイツを殺してくれたおかげであたしの魂は…ココロは、今ここにある。そうでしょ?』

「でも…俺は……」

「蛍さんの言うとおりです横島さん! 横島さん、あなたは自分にできる精一杯のことをしました! 今自分を責めるのは間違ってます!」


 おキヌちゃんが俺の前に回り、目を真っ赤にしながら訴える。

 おキヌちゃんの想いが痛いくらいに伝わってきて、枯れた涙が再び溢れそうになる。


『ねえ横島くん……あたしね、怖かった。自分が自分で失くなっていくのも怖かったけど、それだけじゃなくて。アイツに乗っ取られた時の記憶はないけれど、お父さんとお母さんを殺してしまったのはきっとあたしなんだ。この街で叔父さんと叔母さん、それにほかの人たちを殺したのも……』


 蛍は気づいていたのか…

 自分が両親を、親戚を殺してしまったことに。


『あたしは、あたしのせいで周りのみんなが傷ついていくのが怖かった。<神寄せ>の能力を恨んだよ。こんな力、欲しくなかった。だから、今あたしは満たされてるの。<神寄せ>からの解放。それはずっと夢見ていたことだから。今度生まれ変わるときは絶対普通の人になるモンね』


 そう言うと蛍はいつもの、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 そこにいたのは、本当にいつも通りの蛍だった。


『で、横島くんにはあたしのわがままに付き合わせちゃって悪かったなって思って』

「それで俺の様子を見に来たのか?」

『うん、心配だったから』


 まったく…俺は全然成長しちゃいないな。

 またみんなに心配させちまった。

 蛍本人にまで心配させちまってんだから…ダメ男だなあ。

 そうなんだよな。どれだけ自分を責めたって、それはただの自己満足なんだ。

 責めることで罪の意識を薄めようとしているだけ。

 責めたって、結局なにも変わらない。

 だから悲しむのはやめようって、あの時も決めただろ?

 しっかりしろよ、俺!


「悪かったな、心配かけちまって…もう大丈夫だ。だから蛍…もう何も心配しなくていいぞ! だから……」

『う〜ん? …うん、もう大丈夫そうだね♪ じゃああたしそろそろ行くよ』



 蛍の体が空へと上がっていく。

 眩しいほどの光の中へ。



『そうだ、最後に…いつか横島くんあたしに話してくれたよね。ルシオラさんのこと。その時横島くんはルシオラさんを見捨ててしまったって言ってたけど、やっぱりそれは違うよ。きっと、ルシオラさんも今のあたしと同じような気分だったんだと思う。すごく、満たされてる…………それを見捨てたなんて言ったらルシオラさんに怒られちゃうよ?』


 思い出したように蛍は俺に語りかける。

 でもその言葉は、本当に…すごく、ありがたくて……


「蛍…お前まさかそれを言うために俺に……?」

『まさか! あたしそんな人格者じゃないよ。あたしが横島くんの手で…て願ったのは単なるあたしのわがまま。考えすぎ考えすぎ!』


 蛍はイヤイヤと手を振り、おキヌちゃんに向き直った。


『残念だなあ。勝負はあたしの途中欠場になっちゃったね。しょうがないからもうおキヌちゃんの勝ちでいいや♪』

「…? 勝負ってなんの?」

「あわわわ! な、なんでもないんです!!」


 おキヌちゃんは顔を真っ赤にしながら手をバタバタさせた。

 むぅ〜!ってな感じで赤い顔のまま蛍をにらみつけている。


『あははは! ごめんねおキヌちゃん! …じゃあ、そろそろ………』

「ああ、そうだな……」

「蛍さん…」














『また会いましょ』

「ああ」

「ええ、きっと……」
















『じゃね♪』















 蛍は空へと、極楽へと昇っていった。

 最後まで、あのいたずらっ子のような笑みを浮かべて。





 雨はいつの間にか止んでいた。











「おキヌちゃん。俺は蛍を救えたのかな」

「ええ……だって蛍さん、笑ってたじゃないですか」









 俺たちは、蛍が昇っていった空を……いつまでも見上げていた。




















「また、会おうな」


















 『tragic selection』        
                               The end


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