椎名作品二次創作小説投稿広場


tragic selection

『tragic selection』


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 6/19

「う〜ん…やっぱり誰もいない。まあもうこんな時間だし……」

 私は横島さんを探して横島さんの学校まで来ていました。横島さんは今はバイトもしていないはずですし、横島さんが居そうな所は学校しか思い浮かばなかったのです。


「でも一応愛子さんに聞いてみよう」


 私は校庭を抜け、横島さんの教室に向かおうとしました。


「…あれ? ……蛍さん?」


 私は校庭をふらふらと歩く蛍さんを見つけました。

 ……そして、自分の目を疑いました。


 蛍さんの体は紫色の、そう、まるで獣のような姿へと変質していたのです。

 そして私の見ている前でその変化は劇的に進んでいきました。



「いやあああぁぁああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 蛍さんの絶叫。

 まるでそれが合図だったかのように獣の姿は蛍さんの体を覆い尽くし、一気に膨れ上がりました。


 そして校庭を照らすライトを背にしてそこに立っていたのは3mほどもある巨大な『何か』。

 例えるならば巨大な紫色のライオン。

 しかし決定的にライオンと違っていたのは頭から二本の漆黒の角が生えていることと、二本の足で立っていること。


『オオオオーーーーーーーーーーン!!!!!』


 上がる、『けもの』の雄叫び。

 その叫びは大地を揺らし、空気を駆け抜け、私の心臓を恐怖で握りつぶすには十分でした。


 でも……でも……その叫びの中に…………



『助けて……横島くん………』



 私は聞こえるはずのない声を聞きました。




 その『けもの』はひとしきり叫ぶと、落ち着いたのか叫ぶのをやめました。


『ふむ……ようやく完全に出れたか』


 喋った!?


『なかなか抵抗しよったわ……しかし、腹が減ったな。侵食に力を使いすぎたか』


 『けもの』は辺りを見回すと、クンクンと匂いを感じ取り始めました。

 逃げなきゃ…!

 そう思っても、恐怖にあてられた体は動いてはくれませんでした。


『ふ〜む……』


 シュバッ!


 私の視界から突然『けもの』は姿を消しました。

 そして………


『ほう、この霊気…巫女か。これはいい』


 次の瞬間には『けもの』は私の後ろに立っていました。

 今、私はネクロマンサーの笛を持っていません。横島さんの家に置いてきてしまいました。

 つまり今の私に戦う術は………


『少々顕在化に力を使いすぎた。小娘、ヌシを喰らわせてもらうぞ』 










『助けて………横島くん………』

「…!? 今のは…!」


 蛍の声が聞こえた。

 気のせいなんかじゃなく、はっきりと。


「………学校か!!」


 なぜだかはわからない。だが俺にははっきりと蛍のいる位置がわかった。

 あるいは蛍が俺を呼んでいるのかもしれない。

 俺はすぐに『転』『移』の文珠を発動させた。


「待ちたまえ横島クン! どこへ行くんだ!?」

「学校だ!! 蛍は間違いなくそこに居る!!」

「なにを根拠に…」


 バシュウッ!


 俺は西条の言葉に答える前に姿を消した。








「やれやれ………」

 一人その場に残された西条は独りごちた。

「なんの確証もないだろうに…」

 苦笑を浮かべながら表に止めておいた自分の愛車に乗り込み、すぐにエンジンをかけ発進する。


「まあ…それでこそ君だよ。横島クン」








 ズガオンッ!!


 襲い来る鋭い爪。

 私は恐怖に震える体を叱咤して、なんとかそれをかわしました。


『足掻くな小娘。せめてじっとしておれば楽に死なせてやろう』


 『けもの』は醜悪な笑みを浮かべてこちらを見ています。

 おそらく、遊んでいるのでしょう。

 この『けもの』が本気になれば、さっきの様に私にはその姿を知覚することはできません。


 グオンッ!!


 再び襲い来る紫紺の腕。

 もともと運動神経に優れていない私は、今度はかわしきることができず右肩を深く抉りとられてしまいました。


「ぅあぁッ!!!」


 右肩を襲う激痛に、私は堪えきれずに声を漏らしました。

 痛い………


『うむ…美味い。もう遊ぶのも飽きた。一気に喰らわせてもらおう』


 私の血を一舐めし、『けもの』は私に迫ってきます。

 もうダメ…! 

 私はもう、あきらめかけていました。


 でも、その時。


(そんな簡単にあきらめるな!!)


 あの時、横島さんに言われた言葉が頭をよぎりました。霊団に追われ、あきらめかけた私を叱ってくれた言葉。

 そうだ。あきらめちゃいけない。どんなに絶望的な状況でも、あきらめなければきっと光が訪れる。

  …あきらめない!!


 三度、私に襲いかかる腕。

 それは私の目では捉えることもできないスピードであったにも関わらず、私に届くことはありませんでした。


 ………結界が、私を包んでいました。

 肩の傷もいつの間にか消えていました。


「おキヌちゃん、大丈夫か?」


 そして私の目の前に突然現れたのは………


「横島さん!!!」


 私の、大切なヒト。










 どうしておキヌちゃんがここにいるのか…それはわからない。だが、とりあえず……

『転』『移』

「横島さん!?」

「ごめん、おキヌちゃん…今は、離れててくれ」


 バシュウ!


 おキヌちゃんの姿が消える。今頃は安全な場所にいるはずだ。

 蛍の体を侵食したこの魔族……少なくともルーデラ以上の力があることは確実だ。

 だから正直、おキヌちゃんを守りながら…となると厳しかった。


『貴様…何者だ?』

「んなモン答える必要ねーよ」

『いや、待て…そうか、貴様が横島忠夫か』

「てめえ…なんで俺を知ってる」

『いやなに、あの娘の記憶を覗いただけよ。今や儂とあの娘は一心同体だからな』

「…!! 蛍の記憶を勝手に覗いてんじゃねぇ!!!」


 『爆』

 ドゴオォーーーン!!!!!


 頭に血が上った。

どうしようもなく腹が立った。


「蛍!! 聞こえるか!? 助けてやる!! 俺が助けてやるからな!!!」


 キキイィィ!!!

 連続する車のブレーキ音。校庭に十台ほどの自動車が入り込んできていた。


「横島クン! 無事か!?」

 現れたのは、西条と数十人のGメン隊員だった。


「外見的特徴が文献に記されたものと多数一致! 標的を『ベヒーモス』と認定します!」


 Gメン隊員がノートパソコンのようなものを開き、声を上げる。

 ベヒーモス……それがこいつの名か。

 『爆』文珠により上がった煙が晴れていく。

 
 …ベヒーモスの姿が消えていた。


「ッ!?」


 気配を感じ、背後に目を向けるとベヒーモスの爪が迫ってきていた。

 俺は咄嗟に『盾』文珠を発動させる。

 だがベヒーモスの爪は形成された盾をすり抜け、俺の左肩を大きく切り裂いた。


「な…んだと?」


 俺はすぐにベヒーモスから距離をとり、『治』文珠で傷を回復する。

 だが、左手はもう使い物になりそうになかった。


「おおぉッ!!」


 西条が霊剣ジャスティスを抜き、ベヒーモスに斬りかかる。

 霊力の込められたジャスティスの切れ味は抜群で、ベヒーモスの腹から胸にかけて大きな傷を残す。


『ぬう…! だが……覚えたぞ』


 ベヒーモスが不気味に笑う。

 覚えた…? どういうことだ? それになぜさっき『盾』が効かなかったんだ?

 ………まさか!?

 俺は栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)を発動させると刃の形に変形させ、ベヒーモスに向かって伸ばす。だがその刃はベヒーモスの体に触れるまえに消失してしまった。


「……ジャミング!!」

『気づいたか。その通りよ。これが儂の能力。一度攻撃を受ければ即座にその霊力へと対応してジャミングすることができる。もうヌシらの攻撃は効かんよ』


 なんてこった。もう俺の文珠は傷の回復くらいしか使い道がない。

 くそ……! あきらめるかよ!!

 助けるって、誓ったんだ!!!


「確かに…霊力は効かないかもしれないが……」

 西条が部下になんらかのサインを出す。途端にGメン隊員達はベヒーモスを囲み、銃口を向けた。

「物理的な攻撃ならなんの問題もないだろう? 銀の銃弾だ。もはや完全に包囲している。かわすことはできない」

『うむ、正論だな。だが…これならどうだ?』


 ベヒーモスの姿が変わっていく。

 蛍の姿へと。


「横島…くん?」

「蛍…? ……蛍!!」


 俺は蛍のもとへと駆け寄る。

 だが、西条が俺を押しとどめた。


「離せ西条!! …おい、なにしてんだ?」


 西条が右手を上げる。

 カチャリ…と銃の安全弁が外れる音がした。


「おい!! 西条ッ!!」

「……撃てッ!!!」


 蛍の体に無数の穴が開いていく。

 蛍の体はまるで奇妙なダンスを踊っているように跳ね回ると、そのままぐしゃりと崩れ落ちた。


「うぅああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!! 西条ォォォォッ!!!!!!」

 俺は西条に掴みかかる。だが西条は表情も変えず言った。

「落ち着きたまえ横島クン。冷静に考えろ。奴がせっかく手に入れた体をやすやすと蛍クンに返すと思うか?」

「うるせぇッ!! てめえは、てめえは!!!」

『ククク……フハハハハ』

「ッ!?」

 蛍の体が起き上がる。『ヒト』であるならば、生きているはずがない状態で。

『まさかなんのためらいも無しとはな……さすがはプロ、といったところか』

「てめえ……」

 言い様もない怒りが込み上げてきた。

 絶対に……絶対にこいつは殺す!!


 突然、蛍の体が『歪んだ』。

 そして一瞬でベヒーモスの姿へと戻る。

 当然、急激な筋肉の収縮、反発によりヤツの体に埋め込まれていた弾丸は……


 嵐となって俺たちを襲った。


「くっ!!」


 俺は迫り来る弾丸を霊波刀で弾き、なんとか回避する。

 弾丸の嵐が通り過ぎた後……

 立っていたのは俺と西条だけだった。


『クハハハ! 脆いな、人間は』

「野郎……!」

『ひとつ、ヌシらの勘違いを正してやろう。ヌシらは儂に取り込まれた小娘を救うつもりのようだが…儂が死ねば小娘も死ぬぞ』

「なんだと!?」

『言っただろう? 一心同体、と』

「な……」


 …どうしようもないってのか?

 ……また俺は救えないのか!?


「諦めて……諦めてたまるかよ!!」


 きっと何かあるはずだ! 何か…手が……!!





 ピュリリリリリッ!


 笛の音が聞こえた。

 優しい、癒しの音が。


「おキヌちゃん………!」


 ネクロマンサーの笛を手に、おキヌちゃんが戻ってきていた。 


「おキヌちゃん! どうして戻ってきたんだ!!」

「私、聞こえたんです」

「聞こえた…?」

「蛍さんの声が。『助けて』って声が。蛍さんはまだあの中にいるんです! 蛍さんも戦ってるんです! だから私も戦います。私にしかできないことだってあるから……」

「おキヌちゃん……」


 おキヌちゃんは再び笛を吹き鳴らす。

 『メッセージ』を込めて。


『ぬあ! なんだ!? この音は!?』


 おキヌちゃんの笛の音を聞いてから明らかにベヒーモスの様子が変わった。

 何かに耐えているように見える。


『ぬ、あああぁぁぁ!!!』


 ぼこんっ


 ベヒーモスの胸の辺りが盛り上がる。

 それは次第に形を変えていき……


「蛍……」


 蛍の顔が浮かび出た。


『おキヌちゃん…ありがとう……聞こえたよ。頑張って、って。おかげで少しだけ力が湧いてきた』

『小娘…! まさか儂の侵食から逃れ出るとは…!!』

「蛍!!」

『横島くん…お願いがあるの』

「なんだ? なんだって聞いてやる! すぐに、助けるからな!!」










『あたしを…………殺して』










「なに…言ってんだよ」

『あたしがベヒーモスのジャミングを妨害する。だから横島くんの霊力だけはベヒーモスに届くわ』

「なに言ってんだよ!!」

『お願い……』

『オオオオオォォォ!!!』


 ギュポンッ


 蛍は再びベヒーモスの体へと沈み込んだ。


『おのれ小娘……あくまで足掻くか…』

「蛍……」


 なに言ってんだよ……

 俺の手でお前を殺せだって?

 できるわけ…ねえじゃねえか……!!

 なんで…なんで『また』俺なんだ……!!

 ちくしょう…! ちくしょう……!! ちくしょおおぉぉ……!!!


「諦めちゃダメです横島さん!!」

「…! おキヌちゃん…」

「私に簡単に諦めるなって教えてくれたのは横島さんでしょ!? 負けちゃダメです!! 最後まで…頑張らなきゃ!!」


 …そうだ。迷ってるヒマはない。一瞬でも、一秒でも速くあいつを助ける。

 そう誓ったじゃねえか!!


「悪い、おキヌちゃん。俺どうかしてたわ。そうだよな、諦めちゃそこで終わりなんだ。諦めねえ…! きっと…きっと何か手がある!!」

「横島さん…!!」

「そうだ。まだ手はある」

「…西条!?」

「魔族にのみ存在する心臓…『核』。それのみを貫ければあるいはベヒーモスだけを殺すことができるかもしれない。……可能性は低いけどね」

「それでも…やるしかない!」

「なら君は文珠を使ってヤツの体から核を探せ。その間は…僕がなんとかする」


 言うと西条はすぐにベヒーモスに飛び掛っていった。


「馬鹿!! お前ジャミングされてんだろが!!」

「忘れたのかい横島クン! このジャスティスは霊も切れるが物体だってちゃんと切れるんだよ!!」

「くっ……無理すんなよ!!」


 俺は『視』の文珠を発動させた。








『ほとほと人間は無駄な足掻きが好きなようだな』

「聞こえてたのかい? 盗み聞きとは性格が悪いね」

『無駄だよ。例え核のみを貫いたとしても儂が死ねば小娘も死ぬ。それに、キサマ等に儂の核を貫くことなどできん』

「そんなもの……やってみなければわからない!!」

『わかるさ…』


 ゴオッ!!


 ベヒーモスが豪腕を西条の頭部めがけて振り下ろす。

 西条はジャスティスで受け止めようとしたがベヒーモスの爪がジャスティスに触れた瞬間、込めていた霊力を打ち消されてしまった。

 霊力の篭らぬ霊刀はひどく脆い。

 ジャスティスは砕け散り、爪は深く西条の肩に食い込んだ。


「西条!!」

「君は視ることに集中しろ!!!」


 加勢に入ろうとした俺を西条が怒鳴りつける。

 だが、このままでは西条が死ぬ。

 そう考えた俺が加勢に向かおうとした時……

 
 西条の体が霧となって消え、突如現れた巨体がベヒーモスに体当たりをくらわし、吹き飛ばした。

 そして霧は俺の側へと集まり、人の形をとる。


「すいません横島さん。遅くなりました」

「ピート!!」

「加勢にきましたケェ!」

「タイガー!! どうしてここに!?」

「愛子さんに連絡をもらいました。伝言を預かってます。…『負けないで』だそうです」

「そうか…わかった。悪いけど早速手伝ってくれ。アイツの足止めを頼む」


 俺の考えをタイガーが精神感応で読み取り、さらにそれをピートに伝える。


「わかりました。西条さんはしばらく休んでおいてください。行こう! タイガー!!」

「合点!!」


 二人はベヒーモスへと突撃した。


「ダンピールフラッシュ!!」


 ドウンッ!!








 ……どこだ?

 核は一体どこに……

 …見つけた!

 ベヒーモスの喉の下。人間で言えばちょうど鎖骨と鎖骨の間辺りにエネルギーの塊が見えた。

 おそらくあれが…核!


 『槍』


 文珠で槍を精製する。だが、まだだ。

 もっと細く…! もっと鋭く……!!


 キイイイィィィィン


 俺の意思に従い、槍はより細く、鋭く精錬されていく。


「よし、これで………」


 だが、ベヒーモスは一瞬ごとにその位置を変え、狙いをつけることができない。

 核だけを貫かなければダメなのだ。そのほかの部分を傷つけてしまっては…


「くそ…! くそ!!」












 ワッシに初めてできた親友、横島さん。

 今まで出会った者は皆ワッシの姿に怯え、ワッシの能力を知ると離れていった。

 そんな中で横島さんだけは違った。出会った当初はワッシの姿に怯えを示していたけれど、それも最初だけ。くくく、あの時の女性講義はおもしろかったノー。

 横島さんを見てると「セクハラの虎」と呼ばれて悩んでた自分が馬鹿らしくなった。あそこまで開き直ってセクハラを行う横島さんに比べたら、ワッシなんてちっぽけなもんジャー。

 今のワッシがあるのは横島さんのおかげといっても過言じゃない。

 だからワッシは横島さんが横島さんであるためならなんでもする。

 もう、あの時のような横島さんは見たくないけんノー。





 タイガーがベヒーモスにしがみつく。さすがに2mもある大男にしがみつかれては、ベヒーモスの動きも鈍った。








 横島さん。辛いでしょう。

 全ては自分にかかっている。あの時と同じように。それはどれほどのプレッシャーでしょう。それでもあなたは今、苦難に立ち向かおうとしている。

 強い人だ、あなたは。僕はあなたのそういうところに憧れているのかもしれない。

 口では嫌だ嫌だと言いながらも、今まで本当に逃げたことは一度もない。

 本当に、強い。

 それに、優しい。

 人と妖怪、魔族をまったく区別せずに接することができる人なんてあなたくらいですよ。僕のことも親友と呼んでくれましたね。嬉しかったんですよ、本当に。

 そんなあなただから。

 きっと、蛍さんを救える。

 そのための手助けならいくらでもします。

 命をかけて。






『ええい! 鬱陶しい!!』

 ベヒーモスがタイガーめがけて爪を振り下ろす。

 ピートは自らの体を盾としてタイガーをかばった。ピートの体を爪が深く貫く。

 ピートはそのままベヒーモスの腕に絡みついた。








 僕はここで何をしている?

 また、見てるだけなのか?

 あの時と同じ様に、すべてを横島クンに委ねて。

 すべてを彼に背負わせて。

 ……冗談じゃない!!

 彼はまだ未熟だ! たとえ人並みはずれた霊力を持っていてもまだ17歳なんだ!!

 そんな彼にすべてを背負わせることなどできるものか!

 そんなこと…僕のプライドが許すわけないだろう!

 横島クン……君一人で背負わせはしないよ。

 立ち上がろうとすると肩に激痛が走る。

 ………かまうものか!!






『おのれ! なんなのだキサマ等!!』

 ベヒーモスが残った腕でピートとタイガーに爪を突き立てる。

 だが何度突き立てられても二人は離そうとはしなかった。

『死ねえ!!』

 止めをささんと大きく腕を振り上げるベヒーモス。

 その腕を振り下ろす刹那、西条が飛び込み、折れたジャスティスの刀身を突き刺し、その腕を宙に縫い止めた。

 素手で刀身を握っているため、西条の手は大量に出血していた。












 蛍さん、私はあなたを許しません。

 あなたはルシオラさんのことを知っている。今彼女がどうしていないのか、ということまで。

 あなたが望んだことは横島さんの心を深く傷つけることです。

 横島さんは一度、自分の手で愛する人を失くしてしまった。私はそう思わないけれど、横島さんはそう思い込んでしまっている。

 あなたはその傷口をさらに深くえぐろうとしている。

 絶対に許しません。

 一杯、怒ります。


 だから……戻ってきて。


 あなたが戻ってこないと私、あなたを怒れません。

 あなたには言いたいことがたくさんあるんです。

 またお茶でもしながら、言いたいことが、たくさん………


 それに、私たちの決着はまだ着いていないでしょう?









 ピュリリリリリッ!

 笛の音が響く。おキヌちゃんのありったけの思いを込めて。





 ピート、タイガー、西条の三人にしがみつかれていたことと、おキヌちゃんの笛の音により再び蛍の抵抗力が増し………


 ベヒーモスは動きを止めた。






「いっけえええええぇぇぇぇぇえええーーーー!!!!!」


 俺は全ての力を込めてベヒーモスに突っ込み、核へとめがけて槍を突き出した。


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおッ!!!!!」

『ぬおおおおぉぉ!!!!』


 ……ちくしょう!! 突き通らない!!

 ベヒーモスは全ての力を防御にまわしていた。

 それにより俺の槍は皮膚を貫くことが出来ず、止まってしまっていた。

 くそ…せめて左手が使えれば……!


 …まだだっ!! あきらめんな!!!

 俺があきらめたら、蛍が消えるんだよ!!

 もう二度と………失くしてたまるか!

 助けるんだ……今度こそ!!!


 だから!!



「あきらめっかああぁぁあーーーーーー!!!!!!!」



 ボウ……


 気づけば…俺の体からは魔力が放たれていた。

 ベヒーモスなど比較にならない、強力な、洗練された魔力。


 それは俺の思いが生んだ勝手な幻想…幻だったかもしれない。

 けれど、俺は確かに、俺のとなりで微笑むルシオラを見た。


「力を貸してくれるのか……?」


 ルシオラが微笑みを浮かべながら槍へと手を添える。


「……ありがとう」


 ドスッ!

 そして槍はベヒーモスの核を貫いた。



『ぐおあぁぁあぁああああぁぁぁぁ!!! なぜ、なぜ儂が人間などにいいぃぃぃぃいいいいぃ!!!!』

「蛍は返してもらうぞ!!! ベヒーモス!!!!」

『おぉおのれえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!』


 ボシュウ!!


 ベヒーモスの体が消滅する。

 そして、そのあとには……


 
 

 蛍が立っていた。














「蛍!!」


 蛍は全裸だった。

 俺はすぐに駆け寄り、Gジャンをかけてやる。

 すると蛍が俺のほうに倒れこんでいた。


「おわっ! ……蛍?」


 蛍の体は薄く光を放っていた。


「おい…ほた…!」


 蛍の手が、足が、光の粒子となって虚空へと溶けていく。


「蛍!! 嘘だろ!? なんでだ! 消えんなよ!! 蛍ッ!!!!」

「やはり…一体化が進みすぎていたか」


 西条が苦い表情で呟く。

 そんな……そんな………!!!


『治』『蘇』『癒』『快』


 全てが意味を為さない。蛍が消えていくのを止めることができない。

 今もなお、蛍は光の粒子となって夜の闇へと溶けていく。


『ヨコシマクン………』

「嫌だ…ほたる…頼むよ…消えんなよぉ……!」










『アリガトウ』










 パアァァ………

 
 最後にひときわ大きな光を放ち、蛍は消えた。

 もう俺の腕の中に蛍はいない。

 ただ、くしゃくしゃになったGジャンのみが残っているだけ。



 『蛍』……そして、『ルシオラ』。

 二人の『ホタル』。


 その光を消してしまったのは共に……俺。











「うあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁあああああああああああぁああぁああ!!!!!!!!!」 







 俺は……


 俺は………!









 


今までの評価: コメント:

この作品はどうですか?(A〜Eの5段階評価で) A B C D E 評価不能 保留(コメントのみ)

この作品にコメントがありましたらどうぞ:
(投稿者によるコメント投稿はこちら

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp