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tragic selection

牧之瀬 蛍


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 6/15

 おかしい。どう考えたっておかしい。

 なにがおかしいって蛍が全然学校にこない。俺が蛍を送っていったあの日からもう二日。蛍は学校を休み続けているのだ。


「なあピート。蛍のやつどうしたんだろうな?」

 俺は隣りに立つピートに意見を求めてみた。

「さあ……でも体調悪そうでしたからね。風邪でもこじらしちゃったんじゃないでしょうか」


 確かにあの時蛍はキツそうだった。ひょっとしてあの時の俺の風邪がうつっちまったのかもしれない。

 見舞い…行くか。ただの風邪だったら文珠で治してやれるしな。



 住所は以前担任にもらったメモがまだ手元にある。途中までの道はわかるし、迷うことはないだろう。


 そして俺は学校が終わるとすぐに蛍の家に向かった。






「え〜と…ここで蛍と別れたんだよな」

 俺は今、一昨日蛍と別れた場所まで来ていた。ここにくるとまた少し怒りがわいてくるがまあいい。俺はそんなにちっちゃな男ではない。

 担任に渡された住所のメモを確認する。それによると蛍の家はホントにここからすぐだった。

「え〜と…次の角を右で…ここが二丁目だから…もうこの辺のはずだよな……」

 俺はメモから顔を上げ、周りを見渡す。

「牧之瀬…牧之瀬……」

 そのうちに『牧之瀬』と書かれた表札が見つかった。

「お、ここだここだ………」






 『KEEP OUT』

 俺の目にとびこんできたのは「牧之瀬」の家に張りめぐらされた黄色のテープ。


「な…んだと…!?」


 心臓が激しく脈打つ。耳障りなほどに。


「そんな……嘘だろ…?」



 突然、玄関のドアが開く。そこから現れたのは見覚えのある顔だった。


「西条!?」

「横島クン!?」


 俺を見て驚きの声を上げる西条。

 俺は西条に詰め寄った。


「おい! どういうことだよ!! なんでお前が蛍の家に!? 一体何があったんだ!!」

「………」

「おい! なんとか言えよ!!」

「………君を巻き込んでしまったか」


 西条は確かにそう言った。


「おい…どういう意味だよ…?」

「ここじゃなんだ。場所を変えよう」


 西条は俺の返事も聞かず歩き出した。









 喫茶店「ダーニャ」。蛍がお気に入りだと言っていた店。そこのテーブルに俺たちは腰掛けていた。


「さあ…話せよ。なんでお前が蛍の家にいたんだ? 一体何があったんだよ?」

「最近起こり始めた猟奇殺人事件のことは知ってるかい? 死体に獣に喰い殺されたような傷痕がのこっているという」

「ああ、知ってる。…まさか!」

「そのまさかさ。再び犠牲者が出てしまったというわけだ」


 そんな…それじゃ、蛍は?


「嘘だろう……?」

「残念ながら、事実だ」

「……蛍………!」

「君が気にしているのは『牧之瀬蛍』クンのことかい? なら安心したまえ。彼女の死体は発見されていない。発見されたのは牧之瀬夫妻の死体だけだ」

「!?」


 蛍の死体がない!? じゃあ蛍は生きているのか!?


「じゃあ蛍は今どこにいるんだ!!?」

「生きているのは間違いない。だから少し落ち着きたまえ」


 西条が運ばれてきたコーヒーを俺に薦める。確かに感情的になりすぎていたようだ。

 コーヒーを一口飲むとだいぶ落ち着いてきた。と同時にいくつもの疑問が頭をよぎる。


「西条、お前なんか蛍のことを知ってる口ぶりだな。なんでだ?」

「そりゃ事件が起こった家の家族のことくらい調べるさ」

「でも人ごみができてないところを見ると多分事件が起きたのはおそらく今日…それもあまり時間が経ってないんだろう? ニュースでも言ってなかったしな。そんな短時間で調べれるものなのか?」

「……やれやれ。君はいつの間にそんなに鋭くなったのかな?」

「いいから話せよ」


 俺はかなり本気で西条を睨みつけた。

 西条はやれやれ、と肩でジェスチャーをしてから話し始めた。


「正直に話すよ。僕は一週間ほど前に彼女を偶然見かけてね。興味をもったんだ。だってそうだろう? 彼女はあまりにも『彼女』に似すぎていた」

「………」


 俺は何も答えない。


「しかも調べてみると君のクラスメイトだった。僕はますます彼女のことを調べた。しかし調べていくうちに彼女と『彼女』の関連性は否定された。蛍クンはアシュタロスとの戦い以前にもきちんとした戸籍があったからね。アシュタロスとの戦いの時はシェルターにきちんと避難していた。その記録も残ってる」

「そんなことは知っていたさ。だから俺は皆に何も言わなかった。余計な混乱を招くだけだと思ったからな」

「それは正しい判断だろうね。だが調べていくうちに『別の疑問』が浮かび上がってきた」

「別の疑問?」


 西条は俺の言葉には答えなかった。


「さらに調査を進め、僕はひとつの『真実』に辿り着いた。そして蛍クンにコンタクトをとった。二日前のことだ」

「二日前…?」

「君たちが別れた後だよ。悪いとは思ったが尾行させてもらった」

「蛍になにをした!?」


 もしや蛍が学校に来なかったのはこいつに何かされたからなのか!?


「落ち着きたまえ。僕は別に何もしていない。僕の身分を明かした後、同行を願っただけだ。だが、彼女はその場から姿を消し…今も行方不明だ」

「行方不明!?」

「そして今日彼女の家で事件が起きた。今はオカルトGメンが全力で彼女の行方を追っている」

「オカルトGメンが…? あいつに一体何があるっていうんだ? 『真実』ってなんだ!?」


 西条は一瞬言い淀み…それでも口を開いた。


「横島クン…君に覚悟はあるかい? 今なら君は引き返せる。全てを僕たちに任せて日常に戻ることができる。知ってしまえばもう引き返すことはできない。君にとって良くないことが起こるかもしれない。それに……蛍クンが君に話していないところをみると君には知られたくないということなんだろう。それでも…聞くかい?」













「あたしを…助けてくれる?」














 ふいに、あの時の蛍の弱々しい笑みが頭に浮かんだ。

 俺は、知らなければならない。なぜかそんな気がした。



 俺は無言で頷いた。


「仕方がないか……」


 西条はゆっくりと話し始めた。









「僕はまず、なぜ彼女がこんな中途半端な時期に転校することになったのか疑問に思った。だがその答えはすぐにでたよ。彼女は両親を何者かに殺されていたんだ」

「なんだって!?」

「それでこっちに居る親戚の家に引き取られてきたんだ。それで僕は彼女の両親が殺された件についてまた色々調べてみた。そこでまた興味深いことを見つけたよ」

「それは?」

「彼女の家は代々GSの家系だった。それも、特殊なね。彼女の家は『神寄せ』と呼ばれる一族だった」

「『神寄せ』?」

「その能力の説明をする前に…横島くん、『ゲート』を知ってるかい?」

「いや、全然知らん」

「まったく…これだからな。戦闘面では一流でも知識面では本当に素人なんだな。そんなんじゃ立派なGSにはなれないよ」

「ほっとけ。で、『ゲート』ってなんなんだよ」

「言ってみれば人間界と魔界をつなぐ扉さ。魔族達はそこを通って人間界にでてくるのさ。不思議に思ったことはなかったかい? 人間界にいる魔族は人間でも十分退治できる者かメドーサのように人間にはまったく太刀打ちできないレベルの者と両極端だ。その中間はほとんど存在しない」

「どういうことだ?」

「つまり、自然発生する小さなゲートを通れる者か、自分の力でゲートを開くことができる者しかこの人間界には存在しないってことさ。話がそれたね。つまりゲートってのは魔族が人間界に顕在化するための通り道なのさ」

「ゲートがなんなのかってのはわかった。それで、それと神寄せってのがどう関係するんだ?」

「『神寄せ』の者は己の深層意識<イド>の奥底に特殊なゲートを開くことができるのさ」

「…? 言ってる意味がわからん」

「つまりは『神寄せ』の名前の通り、自分の体に魔族を憑依させてその力を振るうことができる能力を持つんだ」

「神=魔ね…最初からそう言えよ。それだったら俺にでもすぐわかるさ」


 しかしこれで大きな謎が解けた……。

 蛍の体から魔力が発せられていたのはこういうことだったのだ。


「しかし…危険な能力じゃないか? 自分の体に魔族を憑依させるなんて…」

「いや、原理はわからないが『神寄せ』の者は自分の体に宿した魔族を完全に制御できるらしい。だが…例外が現れた。それが、蛍クンだ」

「…! どういうことだ!?」

「彼女は『神寄せ』の能力と同時にあまりに強力な霊媒体質を備えていたのさ」

「それがどういう…」

「氷室早苗クンを覚えているかい? おキヌちゃんの姉だよ。彼女も強力な霊媒体質を持っていた」


 早苗ちゃん…方言がかわいかった女の子。あの子には色々ひどい目にあわされたっけ…

 そう、彼女は強力な霊媒体質を持っていた。そのおかげでおキヌちゃんは生き返ることが……

「!?」

 わかった。気づいてしまった。西条が言いたいことはつまり……!


「気づいたようだね。そう、早苗クンは『己の意思に関係なく』テレパシーを受信、または霊体に体を乗っ取られていた。あまりに強力な霊媒体質は己の意思とは無関係に他者が体を乗っ取ることを可能にしてしまう」











「もうわかっただろう? 蛍クンの体は魔族に侵食されている」














 ピンポーン♪


 ピンポーン♪


 私はまた横島さんにご飯をつくってあげようと横島さんの家を訪れていました。


 ピンポーン♪


 …あれ? まだ帰ってきてない? もうけっこう遅い時間なんだけどな……

 …学校に行ってみよう。

 私はとりあえず買って来た食材を玄関先に置いて学校へと向かいました。











「嘘だ! そんなの!」

 認めたくない! 蛍が魔族に乗っ取られている? 

 そんな…! そんな…!!

「事実だ。僕が確信を持ったのは彼女のあまりに人間離れした身体能力を見てからだ。君でさえ気づかなかった僕の尾行にも彼女は気づいていた。その後僕の前から姿を消した時も人には有り得ないスピードだった。……なんだそのザマは。だから僕は君に覚悟はあるかと聞いたんだ。君は知ることを選んだじゃないか」

「でも…そんな……」

「どうせなら全てを知りたまえ。殺された彼女の両親も何者かに喰い殺されたかのような痕があった。両親を殺したのも、こっちで起きた一連の事件も…やったのは間違いなく、彼女だよ」


 瞬間、頭の中でなにかが弾けた。

 蛍の言葉の意味。

 それを突然理解した。

 あいつは怖かったんだ。自分の体が自分でなくなっていくのが。

 それでもあいつは俺たちにそれを悟らせないよう無理して、笑って。

 恐怖を無理やりにごまかして。強がって。

 

 でも、最後にあいつが見せた本音。

 言わずにはいられなかった言葉。




『助けて』






 俺は喫茶店を飛び出した。あとから西条がすぐに飛び出してくる。


「待ちたまえ横島クン! どこへ行くんだ!」

「蛍を探す。全てを知って嘆いてる暇なんてない。一秒でも、一瞬でも速く。あいつを助ける!!」


 すっかり日は沈み、夜の闇が辺りを包んでいた。

 どこに…どこにいるんだ蛍!!














 校庭に、一つの人影があった。

 足取りはおぼつかなく、目は虚ろ。

 彼女はなぜここに来たのか。

 おそらく彼女自身もわかってはいない。

 ただ体を蝕む『何か』を恐れ、逃げ続けていたにすぎない。

 あるいは、あの男と出会ったこの場所に一筋の光を見たのか。

 彼女、牧之瀬蛍は無意識にここを訪れていた。


「やだ…やだよ…あたしが、あたしでなくなっちゃう…」


 虚ろに呟く口。その目は果たしてどこを見ているのか。

 すでにその両腕は紫色の獣と化したまま戻ることかなわず、体を占める獣の面積は確実に増していく。

 腕から、胸へ。足から、腰へ。

 それはまるで水を抑えていたダムが決壊したかのように激しく。

 『蛍』の部分を奪っていった。


「嫌ぁ…嫌ぁ……消える…あたしが……消えちゃう………」














「いやぁあぁあああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああああッ!!!!!」














『オオオォォォォーーーーーーーーーン!!!!!』


 上がる、獣の咆哮。




 そこに『牧之瀬 蛍』はいなかった。




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