椎名作品二次創作小説投稿広場


虹色の笛

帰還する魂


投稿者名:えび団子
投稿日時:04/ 6/ 9


【神魂の案内室】




霊的に安定した空間、強いていえば神社やお寺風の場所がここに当たる。
邪念が尽く排除された恐ろしいまでの聖域、重力という隔たりが消え上下左右が皆無だ。色にして『白』ともかく何も無く距離感が掴めない。嫌な雰囲気だ。




――――ここは・・・――――


虚ろな瞳で辺り、といっても真っ白で空虚な所だがパノラマ視界で見渡すおキヌ。
自分は立っているのか座っているのかすら感覚的に分からない、表現的には漂っていた。海の中に生ける藻の様に・・・。


『随分と長い間、身を潜めていらっしゃったのですね』


機械的な声で突然語りかけてくる者。姿ははっきりと見えないし位置すら分からない相手は更にこう早口でまくし立ててきた。


『貴方に仕えて早いことに数千年の時が経ちました』


感慨深い口調、ぼやけて見える影は一つの動きも見せず


『私がこれほどにまで存命を危惧したことはありませんでした』


言ってる意味がさっぱり分からない、言葉を出そうとするのだが意識とは反対に身体が反応しないおキヌ。


『転生、生まれ変わり先が人間だと知った時、私はそれは驚きました』


微妙に影が揺らめいた。


『神が人間という最も愚かで弱い種に転生するなど異例のことで』


もう一言続ける。


『しかも運が悪いのが、その人間が覚醒段階に入る前に死んでしまった事実です』


――――?!――――


言葉と同時に徐々に感覚が戻って来たおキヌ。無重力の世界が重みを捉え空間が実体化してきて上下左右が把握できるようになった。自らは横たわっていて地面は大理石のような物質。着色は一面『白』。天井は無く限りなく続いている、壁らしき側面には透明の窓が設置されており、そこから拝見できる景色は様々な色が折り重なった綺麗な模様だが奇妙に歪んでいた。


「私は・・・」


『お目覚めですか?』


屈み覗き込んで来る者。白を基調としたスーツに不釣合いな黒の帽子。
視界が晴れたせいか床である部分、通路が手前から奥にドミノが倒れる様に輝きを放ちながら現れた。するとまもなく、淵を埋め尽くすように霊魂が電球の如く灯り辺りをライトアップした。


「あの、貴方は・・・?!」


『向こうの扉の奥には神前の間に繋がっております、来るべきその日に備えて準備は完了しておりますので』


『謎のその人』は全くこちらの話を聞いていない様子だ。右手の人指し指を後方に向ける。しかし、その場所には何にも無い、唯何処までも続いている真っ白な通路。


『失礼しました、貴方様にはまだ御覧になれない筈だったのですね』


深くお辞儀を何度もする。おキヌは少し申し訳なくなった。


「あっ、いえ・・・。それで私は一体・・・」


『いずれ、また会うことと思います。その時までお達者で』


帽子を取り顔が一瞬見えた、どうやら男だ。年齢は20代前半、髪は緑色で少し長めだ。瞳に映るのは遥か彼方で心ここにあらずといった具合だ。


「あのっ、待ってください!私には何が何だかさっぱりで・・・!!」


立ち上がりながら叫ぶおキヌ、しかし。


――――――――パアアアァァアアアア――――――――


謎の男の背後から芸術的な羽が両方から現れる。光の雨粒がスローモーションで流れるように浮かび刹那に弾ける。静かなリズムを奏でながら自慢の羽を羽ばたかせ足元が床から離れていく。


『お別れの時間です、早くあちらの世界に戻らないといけませんよ』


おキヌの視線の方向にビックサイズのビジョンが出現する。そこには、横島や母親の幽霊と自分自身が見えた。


「あっ・・・!!」


『第一の音色・・・【帰還する魂】』


目が開けていられない程の光を辺りに撒き散らしながら空間自体が消滅していき、
再び異次元の世界に突入していくおキヌ。両腕で眩いばかりの光から目を背けながら遠ざかっていく。そして・・・








――――――――シュンッ・・・――――――――








魂が現実世界に戻ってくるおキヌ。眼前には成仏しかけているあの人。


『ありがとう、もういいのよ・・・』


光の柱に全体の8割は包まれている母親の幽霊、あちらの世界ではこちらの世界とでは時間差があり圧倒的に時の流れが遅い。故に幾らか向こう側に居たのに殆ど時間が経過されていないのが証拠だ。


――――待って、必ず・・・!!――――


過負荷から開放された感じだった。抑制された力が一時的に普段より多く出力されているのだ。この間に技なり術なりを習得しなければならない。そうすることによって皆が一つの大きな壁を乗り越えて来たのだ。

霊波の竜巻が巻き起こる、魂が浄化されているのだ。


――――出来るはずよっ・・・――――


霊気の流れが瞬間的に変わる、自己の高揚感と湧いてくる自信。


――――だって、私・・・――――


一度、笛から唇を離し大きく素早く深呼吸する。




――――ネクロマンサー・・・なんだからっ!!!!――――




メロディーがテンポが一変する。心地よく吹かれるそれは今までよりゆっくりとバラードを思わせるリズムで哀愁漂い。呑み込まれる、包み込まれる。




――――――――【帰還する魂】――――――――





おキヌを中心に測りきれない、爆発的な霊力が天に向かって立ち上がる。
それは満点の星空が一斉に輝きだす出すように煌びやかで魅力的だった。
霊気のカケラが周囲を覆い塵となり聖なる空気を帯びていた。
昇りあがった霊柱は出力を増していき天井を突き抜けていく。




「何が起こってんだよ、おキヌちゃんっ!!これって一体・・・」


戸惑う横島の問い掛け等、全く耳に入ってなかった。純粋に集中していて瞳が見据える先はこの世には存在しないところ、一吹きごとに『それ』は確実に近づいている。霊波を辿って冥界から、つまりは極楽から一度は消えてしまった魂を呼び戻すことは略不可能だ。しかし・・・。


――――もう少し頑張ってね、もう少しだから・・・!!――――


何に応援しているのか分からなかった、後押しするような言い方だ。

音は一層大きくなった。


――――頑張って!!――――


頭の中を駆け巡る音譜、自然と動く指先。リズムやテンポが身体に染み付いている。あたかも昔から知っていたように鮮明に軽快に流れる。音の高低、長短全てがはまり神秘的な音色を創りだす。

言葉とは古くから魔力を持つ。言霊として実用されることは現在に到ってもしばしばのことで、儀式や祀りごとには欠かせないものとなった。歌は、それらを意図的に組み合わせ。適切かつ意味を秘めた言葉の連合体として生を受けた。

時に・・・

可能性は無限大であり、人を生かすことも殺すことも出来る。

何気ない一言で深く傷つき、そっと一言で明日の希望が見出せる。




――――ネクロマンサー――――




現代常識を覆すその強大な力ゆえに全世界で扱える人間は数少ない希少な存在だ。
最も古典的な方法で霊を操作する。能力者にも左右されるが唯一『癒し』除霊が可能だ。霊に直接訴えかけられる術、非暴力が基本的に行える術。




――――バチバチバチバチバチッ!!――――




霊柱から火花にも似た光が溢れ出す。おキヌの頭上に突如出没する丸い丸い球体。
それの中心部にもう一つ球体があり、そこに明かりが灯る。暫し揺らいだ後、中にあるものが高速に回転し亀裂が入り霊波が飛び出す。最後まで見届けると一回り大きな魂となって現世に降臨した。それが形作るのに時間は大して要さなかった。




『ああ・・・』


母親が漏らした安堵の声。結局覚えている範囲はここまでで、
これから先の展開は横島が記憶したものであり確かなものかどうか定かではない。


『ママァア・・・』


生後どのくらいだろう俺にははっきりとは分からなかった。
喋った言葉は『ママ』だけ。赤ちゃんが亡くなった理由も分からず終い。
勿論、彼女『母親の幽霊』の訳も。けど、特に気にしなかった。
現に俺は見たから。この目に焼き付けたから。ある一組の幸せな親子の様を。
母親が赤ちゃんを大切に抱いて笑いかける表情を、笑い返す表情を。
素直に愛らしかった。絆はここで、この瞬間に結ばれたと思った。
願いが叶って、よかった・・・。残留思念が生み出した幻想かもしれない。
それでもさ・・・それでもさ。最後の最後で逢えたんだから、どんな形でも逢えることが出来たんだから!終わりよければ全て良し、ことわざ通りになっちゃたかもしれない。

涙の海に溺れそうだった俺は必死に堪えた。

ここで泣くのはそぐわないからっ・・・!!

楽しい刹那の時くらい湿っぽい雰囲気は無しにしよう。うん!
真っ直ぐ一秒も見逃さなかった、成仏していく二人を。一字一句正確にとは言えないけれど絶対おキヌちゃんにも伝えよう・・・

微かに残る残像、召される魂を見送りながら俺は切にそう・・・思ったんだ。







その後、ガランと大人しくなった店内を隅々までチェックして霊の気配が無いことを確認する横島。除霊のことを回想して熱いものが目頭に込み上げてくるのを我慢するが一線の雫が零れ落ちた。おキヌちゃんは疲れからかぐっすりと可愛い寝息を立てて眠っている。静寂の為に静かな呼吸音が耳を突いて変な気持ちだ。


――――マジで、やべえっ!!――――


ゆっくりと流れる時の砂は横島を狂わす。が!


――――アカン、アカン。俺のイメージがあ・・・――――


しっかりと自主規制をする。ここは彼が築き上げてきた記録を断ち切ることは出来ないのだろう。両手をぴしっと伸ばし姿勢を直すのであった。










                   






                  続く


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