真っ暗な世界。
自分以外に何もない世界で、横島はひとり佇んでいた。
「……久しぶり。ルシオラ。」
「ヨコシマ…。」
横島の声に応えて、ふぅっとその姿が浮き上がる。
ショートカットの黒髪に、バイザー。
そして穏やかな微笑み─。
まぎれもなく、ルシオラであった。
彼女は困ったように、だけど嬉しそうにくすっと笑う。
「また、会いに来たの? だけど、ここは─。」
「わかってるさ。ただの記憶。俺の願望が投影された、なんでもない夢だって。それでも…な。」
二人のそばにベンチが浮かび上がり、ふたりはそこに寄り添うようにして座る。
ふいにルシオラが、からかうような表情で横島を覗き込んできた。
「で? 今はゲームの真っ最中でしょ。頑張ってるみたいだし……ハーレムのために。」
「うっ! そんな目で見るなよ…。一刻も早く、お前に会うためにはだなぁ…。」
「─…ヨコシマ。」
横島が苦笑いを浮かべて弁明をしようとしたとき、ルシオラの表情が真剣なものにかわる。
ひたと見つめてくるその目は、あたかも「わかってるのよ」と言うように。
「そうやっておちゃらけてるフリを、いつまで続けるの?」
「…俺らしいだろ?」
「でも、ときどき塞ぎこんでる…誰もいないときは特に…。」
「……お見通しか。」
「ヨコシマのことならね。」
「お前の嘘は見抜けなかったのになぁ…。俺の嘘はバレバレか。」
横島はそういうと、頭上をあおいでひとりごちる。
ルシオラは、ただ静かに見つめてくれていた。
「……なぁ。俺は本当にお前に助けられるほどの価値があったのか?」
「そうね。少なくとも、私にとっては何よりも。…で、それをうやむやにするために?」
「まあ…それでバカやってる。もとからの性格もあるけどな。……はっきりさせるのが怖いんだよ。」
俺の価値がどれほどのものか。
それを見るのが、ただただ、ひたすらに怖い─。
「悲しみと…お前がいない現実と正面から向き合うのが怖いのもあるな。……怖い物だらけだ。」
臆病な…ああ、本当に臆病なヤツだ、俺は。
こんなにも…弱い─。
「もちろん、このままじゃダメなんだってわかってる。けど…!」
「今はまだ…って言いたいの?」
「…ああ。今はまだこうしてたいし、こうしてることしか出来ない。」
横島はふっとルシオラにすがりつくようにして抱きつく。
ルシオラはそれを受け止め、まるで子供をあやすようにその頭をゆったりと撫でてあげた。
「私はそれを否定しない。出来ない。でもね…。」
「わかってる。いつかは…。」
「そう…いつかは別れを告げなきゃいけないわ。過去は立ち上がるために必要なものだけど…。」
「すがりつくもんじゃないからな。」
でも、自分の中で悲しみだけがどんどん強くなっていく。
すがりつかなきゃ、壊れてしまいそうになるほどに。
向き合うときはきっと…壊れてしまう、まさにその時だろうと、横島は漠然と感じていた。
「ヨコシマならきっと大丈夫だから…。」
「……ルシオラ……それなら─。」
横島の瞳が、つとルシオラを見つめて……。
「せめて別れる前に、夢の中でたっぷり甘えさせてェ─ッ!!」
「って、今までシリアスで、最後はコレッ?! こ、こらッ! ちょっ…やめッ…んッ!!」
…………どこまで、欲望に忠実なのか…。
ルシオラも、そこで嬉しそうな顔をするから、横島がつけあがるのだが。
「あぅッ…ちょ、ちょっと待って、ヨコシマ! …ほら、いい加減にしとかないと、《ママ》が怒るわよ?」
「へッ─?」
◆
「…さん!! 横島さん、ちょっ、ちょっと…離してください!!」
おキヌは顔を真っ赤にしながら、必死に抱きついてきた横島を押しやる。
だが、横島はいっこうに目を覚まさず、また離れようともしない。
ズタボロの横島を発見して、ちょっと心配だったからヒーリングをかけていただけだったのだが…。
いきなり、横島に抱きつかれたおキヌは、軽いパニックになっていた。
そして、この場に居合わせた者がもうひとり─。
「この…ッ、変質小僧がッ!! いい加減に離れなさいッ!!」
それまで、横島の突然の奇襲(?)に茫然としていた美神だが、ようやく引き剥がしにかかる。
もし横島が起きていたのなら、すぐさま手を離すだろう怒りの形相だったが、あいにく横島は夢の中。
おまけに、ちょっとやそっとの力じゃ、横島はびくともしない。
「このォ〜…ッ!! 離れんかァ〜ッ、横島ァァ〜…ッ!!」
両手に霊力まで込めて、必死に引き離そうとする。
そのとき、横島がふたたび意外な行動に出た。
「うぅ〜ん…? …んっ!」
「へッ?! ちょ、ちょっとッ!?」
今までしがみついていたおキヌから手を離し、何と美神のほうに抱きついてきたのだ。
全身を使って引っ張っていた美神もろとも、そのまま後ろに倒れこむ。
…その体勢は、はたから見ていたおキヌにも、横島が美神を押し倒しているようにしか見えない。
さらに不幸というものは重なる。
「ん…んあ…? おキヌ…ちゃん?」
あれほど騒いでも起きなかった横島が、ようやく目を覚ましたのだ。
その目に、まず見えたのはおキヌの怒っているような顔。
横島の寝ぼけた頭では、その状況に思考が追いついていかない。
なんで、おキヌちゃんがいるのか?
…ああ、ゲームの最中で、倒れていた俺を見つけたのか。
怒っているように見えるのは何故?
…はて、何故でせう?
自分の体の下にある、この柔らかくていい匂いのものは何?
…見ればわかるか。
そこまで考えた横島がつと上を向くと…。
「!? み…美神さ…ッ!!」
「………〜〜!!」
顔を真っ赤にした美神が、自分を見下ろしている。
…見下ろすという事は、自分の頭が美神の頭より下にあるということで。
すなわち自分の頭があるのは、美神の…胸…。
「とっとと離れんか、この…うつけ者がァァッ!!」
「へブッ!?」
跳ね起きる勢いを利用した、美神のジェットパンチが横島の顔面に炸裂する。
それは横島の体を縦回転させながら遥か後方、窓ガラスを突き破って外へと吹き飛ばした。
「のわぁぁぁぁぁぁ…………」
「よッ、横島さん!? 美神さん、やりすぎですよ〜ッ!!」
尾を引きながら流れる横島の悲鳴に、おキヌの脳裏に真っ赤なトマトになる横島の姿が浮かんだ。
美神もはっとした表情で叫ぶ。
「しまった!! 吹き飛ばさずに、捕まえておけばァ〜ッ!!」
「………。」
…まあ、この人がこの程度で横島の安否を気遣うわけもなく。
◆
「ハァ…ハァ…し、死ぬかと思った…!」
横島は屋根裏部屋の窓の縁に腰掛けた。
地面に激突する直前、ハンズ・オブ・グローリーを伸ばして何とか助かったのである。
ちょっと伸ばしすぎて、ここまで来てしまったわけだが。
「…にしても、とっさに良く出来たなぁ。それに霊力ももう限界だと思っていたけど…?」
あのゴキブリとのバトルで、すっかり精も魂も尽き果てたように感じたが、今ではすっかりいつもどおりだ。
霊力が完全に回復しており、疲労もなくなっている。
どこかで煩悩を補給した覚えはないのだが…さっきのはともかく。
「…ま、いっか。細かいこと考えても仕方ないし、それに…。」
ふと、横島の口元に笑みが浮かぶ。
どこか陰のある、しかしそれを認めている実にいい笑顔が。
「…なんか、いい夢を見た気がするんだよな!」
横島はふたたび駆け出す。
目覚めの時はまだ遠く、されど夜明けのときは近い─。
このルシオラが、本当に横島の願望なのか、それとも横島の中に眠る彼女なのかは好きに解釈なさって結構です。
ルシオラが言う、『ママ』がどっちなのかも(笑)
実は、この後ロキがシリアスに語るシーンがあったのですが、削っちゃいました。
裏設定で、この話と私の別作品である『GS美神 アルカナ大作戦!!』は続いている話で、そのつながりの部分が、ロキの語りである……などというものがあったのです。
ただ、それをやると知らない人は混乱するだろうな〜とか考えちゃいまして、それで削らせてもらいました。
その名残がいくつかあったりするんですが…この作品はこの作品で、単独で楽しめるようにしてあります。
もし、希望される方がおられましたら、ロキの語りを次回に書くかもしれません。
では。長くなりましたがこの辺で。 (詠夢)
>「せめて別れる前に、夢の中でたっぷり甘えさせてェ─ッ!!」
>「って、今までシリアスで、最後はコレッ?! こ、こらッ! ちょっ…やめッ…んッ!!」
>…………どこまで、欲望に忠実なのか…。
>ルシオラも、そこで嬉しそうな顔をするから、横島がつけあがるのだが。
ここで大笑いさせてもらいました。それでいいのか、ルシオラ?
あ・・・よく考えりゃ、復活メドーサの前でもいちゃいちゃしていたような・・・
究極のバカップル・・・? (純米酒)
ふと思ったのですが、横島君がウィナーになった場合、ロキに願って、その霊力でルシオラを復活させる、というのはナシでしょうか。
景品というものは、通常、主催者が用意するものだと思うのですが。 (s-cachi)
ようで、安心しました。すぐに崩れちゃいましたけどね(笑
横島が自覚なく、復活していますが、まさに『横島』らしい復活で
すねぇ。
『GS美神 アルカナ大作戦!!』も大好きな作品なので、同軸で
つながっているとの事で、嬉しい限りです。 (R/Y)
最初、めっちゃシリアスだったのに〜(泣) (紅蓮)
はじめまして、純米酒さま。
笑いのオーバーキルを目指しております詠夢と申します。
笑っていただけましたか、あの部分で。
書いてて「本当にそれでいいのか?(ルシオラへ)本当にやるのか?(自分へ)」と何度も悩みました(笑)
確かに、原作でも見事なバカップルぶりでしたから、なくもない…かも?
s−cachiさま<
初めまして!
切ない…ですよね。ちょっとだけ横島の傷を書いてみました。
あまり暗くならないようにしてありますが、実際はかなりキッツイものと思います。私の別作品『アルカナ〜』では、そのあたりを強く書いていこうと思っています。(宣伝?)
景品の話ですが…ぶっちゃけ、それは無理だと思います。
ロキの力では、蘇生は使えないという考えです。(神話上でもロキ…というより北欧に蘇生の観念がないため)
ルシオラの蘇生に関しては、私自身あまり考えていないというのもありまして、その展開はないと思われます。(一度は書いてみたいですが)
……あと、本音をいえば、それをやっちゃあ物語が面白くならないでしょう(笑)
R/Yさま<
安心させといてすぐ崩す。私の常套手段です(爆)
煩悩だけでなく、煩悩に限りなく近い愛情での復活こそ、『らしい』のかなと思い、こんな展開にしてみました。もっとシリアスな方向もあるだろうに…(汗)
『アルカナ』をご存知のようで、とても嬉しいです!
あれが、一応私の処女作なもので…(の割りに一番長くなりそう)
この作品はアルカナと原作の間くらいで、この話に出てきた横島の『価値』がアルカナでクローズアップされる予定です。
………ああ、ロキの語りを書きたい。(書こうかな?)
紅蓮さま<
シリアスから、ギャグへの垂直落下フリーフォール。
見事なオチをありがとう、横島&ルシオラ。
私の作品はシリアスのまま終わらない、ということです。(ニヤリ) (詠夢)
内容的にはいいと思うんですけど、前後とのつながりが少しだけ。
寝惚け横島クンが途中で美神さんに乗り換えないでそのままおキヌちゃんに突っ走ってたらどうなってたんでしょうね。 (林原悠)
この唐突さは、意識して出したものです。
横島の心理のように、表面のすぐ下では悲しみがこびりついているということを文の流れでも出してみようと思いまして。
その皮一枚の感じが、この唐突さにつながってるわけですね。
寝ぼけ横島がそのままおキヌちゃんに突っ走ってても、結局は美神さんに殴られると思います(笑) (詠夢)