横島は力尽きていた。
「だ、ダメだ…! 動けば動くほど、やばくなっていく…!!」
もはや全身にべっとりと絡みついたとりもちが、完全に自由を奪っていた。
このまま俺は餓死するのだろうか…ゴキブリのように?
「嫌だ…嫌過ぎる…!! 誰か助けて…ッ!!」
そのとき、指一本動かせず涙する横島の視界に、なにかが見えた。
一瞬、天の助けかと思い、顔をほころばせる横島。
なんとか目だけを動かして捉えたそれは、黒っぽい光沢のある…。
「ゴッ…ゴキブリィッ!?」
一匹のゴキブリが、ゴキブリホイホイの中で横たわる横島を、じっと見つめている。
じっと。
じぃっと。
横島の背中に、嫌な汗が浮かぶ。
ごくりっ…と横島がのどを鳴らしたとき、ヤツが動いた。
大きく羽根を広げ、ホイホイの罠を飛び越えて、一直線に横島に向かって。
「ひっ…ひいぃぃぃッ!! く、来るなァァァッ!!」
刹那、閃光がほとばしる。
◆
窮地に陥ったときにこそ、その者の真価が問われるという。
そして今、魔族軍情報仕官ジークフリード少尉はまぎれもなく窮地に立たされていた。
「あ、姉上もパピリオも、と、とにかく冷静に…!」
「私は冷静だとも…さあ、それの身柄を渡せ。」
「心配しなくても、壊したりしないでちゅよ。だから…ね?」
その言葉のどこまでが真実だろうか。少なくとも冷静な判断力はなさそうだ。
ワルキューレもパピリオも、文字通りに目の色が違っている。
ジークはちらりと後ろを見た。
「こ、壊されるッ!! 捕まったらわしは絶対に壊されるぅッ!!」
自分の背に隠れながら、情けない声でリアルな未来を口走る土偶羅。
まがりなりにも備品…もとい部下のピンチだったため思わず庇ってしまったが、今更ながらに後悔していた。
情報仕官として、必死に知恵を巡らせて作戦をたてる。
この二人相手に勝てるか?
…否。ただでさえ自分は両名それぞれに戦闘能力で劣るのに、今むこうの出力は二割り増しくらいありそうだ。
では、逃走は可能か?
…それも否。この執念と二人の実力を鑑みて、動く前に捕まるのがオチだろう。
では、生存は可能か?
…………可である。
幸い二人は『壊さない』と言っている。ならば、土偶羅の生命は多少なりとも保証される。
もし万が一、土偶羅が壊れたとしても、少なくとも自分の生存は確実である。
…………………引き渡すか?
「? なに? 何でわしをじっと見る!?」
ジークの不穏な視線に、土偶羅は不安を感じてちょっと後ずさる。
もはや土偶羅の命運は尽きたかと思われたとき、助け舟は意外なところより現れた。
「やっと見つけたよ、パピリオ!」
「べスパちゃん!?」
ふわっとその場に舞い降りたべスパは、やれやれといった表情でパピリオの肩をつかむ。
「まったく、心配したとおりだったよ! やっぱりお目付け役が必要みたいだね?」
「な、なんでちゅか!? パピリオが何したでちゅーッ!?」
「何じゃないよ! アンタの眷属が、飛び回るだけならまだしも、他の参加者を攻撃しようとしてたんだよ?」
もちろん、べスパの眷属の蜂たちがそれを阻止したが。
「いくらなんでも、こんな小さい状態で蝶が攻撃してきたら危ないだろ!?」
「うッ! だって、このくらい皆やってるでちゅよ!? 一般人相手に精霊石銃ぶっ放すのと、どう違うでちゅか!?」
パピリオの反論に、ワルキューレの方が『なぜか』動揺していた。
ジークの視線が痛い。
「とにかく、これ以上アンタが無茶しないように、アタシが見張っとくからね!」
「え〜ッ!! そんなの嫌でちゅ!! 横暴でちゅ!!」
「何とでも言いな。」
パピリオが駄々っ子のように抗議するが、べスパは何処吹く風だ。
ギャーギャーとわめくパピリオとべスパの姿に、どうやら危機はひとまず去ったようだと、ジークは肩の力を抜いた。
ワルキューレも毒気を抜かれたかのように観戦モードに入る。
だが、災厄はいつだって、我々が油断したときに訪れるものなのだ。
「……べスパちゃん、オバチャン臭いでちゅ!」
「お…ッ?!」
パピリオの不用意な一言に、べスパのこめかみに青筋が浮かぶ。
だが、対するパピリオはまったく気にしたそぶりも見せず、さらに続ける。
「口うるさいのはオバチャンになった証でちゅ! パピリオのように未来がある若者を縛らないで欲しいでちゅね!!」
「………………。」
「べスパちゃんの年増。」
ブチッ。
荒縄を引きちぎるような音が聞こえ、べスパの体からどす黒い殺気がもれ始める。
それに怯えるのは、土偶羅とジークだ。
「ああああ…ッ!!」
「こりゃヤバイ! 今のうちに非難するぞッ!?」
「あ、ああ、そうだ……な!?」
土偶羅がジークの手をとって逃げ出そうとしたとき、彼らはそれが叶わないことを知った。
いつの間にか周りに妖蜂たちが集まっており、それがガチガチと歯をかみ合わせて威嚇している。
主の怒りに応えて集合したのだろうが…どいつもこいつも殺気立っている。
「あ、あ、姉上ェェーッ!?」
「う…ッ!」
目前の死に耐え切れなくなったジークは、この場でべスパを抑えることの出来るワルキューレに助けを請う。
ワルキューレとて、それは同感だ。
いかに自分でも、この体でこの数の妖蜂を相手にしては、ただじゃ済まない。
いまだ肩を震わせてうつむいているべスパに、なんとか説得をこころみようと声をかける。
「おいッ、落ち着けべス…!!」
「何が年増だよッ!! アタシとアンタじゃ、数時間しか生まれた時間が違わないじゃないかッ!!」
こころみる前に、説得失敗。ワルキューレの持ち上げた手が宙を泳ぐ。
そんなに悔しかったのか、べスパは涙目だった。
「私たちの生きてきた時間なら、数時間でも立派な年増でちゅ!!」
「だったらルシオラ姉さんはどうなるんだよッ!!」
「ルシオラちゃんも年増でちゅ!!」
おいおい。
どうやら興奮しすぎて、自分たちでも何を言っているのかわからなくなっているようだ。
草葉の陰でルシオラが、すごい勢いで怒ってるよ。
二人の口論はさらにヒートアップ。
周囲にはパピリオの眷属も集まりだして、戦闘体勢は万全だ。
「アタシはまだ一歳くらいだよ!? それで年増ッ!?」
「年増でちゅよ!! このオバチャン!!」
「だ…だったら…ッ! だったらワルキューレはどうなんだよッ!?」
「んなッ!?」
もうほとんど半ベソ状態のべスパが、とんでもない爆弾を投下。
まさか矛先が自分に向くとは思っていなかったワルキューレは口をぱくぱくさせるだけだ。
ジークと土偶羅も、さらなる恐怖に口をぱくぱくさせる。
「一歳のアタシで年増なら、ワルキューレは古代生物や原生動物かッ!?」
「………。」
「別にどっちでもいいでちゅ!! どーせ、パピリオから見たらどっちも年増のオバンなんでちゅから!!」
ドブチィッ!!
登山用ザイルが切れたような音をたて、ワルキューレの体から凄まじい鬼気が噴きあがる。
「……辞世の句は、なにがいいかなー…。」
「嫌だ…死にたくない…! 恋人のひとりも出来ないで死ぬのは嫌だ…!」
諦めきった表情で空を仰ぐ土偶羅は、もう覚悟を決めたらしい。
かわって涙を流すジークの目は「最後まで生き抜いてやる」と強く輝き始めていた。
やがて、彼らの覚悟する時が…訪れた。
「やっちまいなァ、お前たちィィーッ!!」
「いっ…けェェェェーッ!!
「絶対に……許さんッ!!」
三者の号令とともに、その場はまさに戦場と化した。
そして、戦場を惑う影がふたつ─。
「生きる…ッ、何が何でも生き延びてやるぅぅッ!!」
◆
もうもうと煙がたちこめる中、横島はズタボロになりながらも立っていた。
倒れているのは、今の横島の身長と同じくらいのゴキブリ。
とっさに文珠で『爆』を発動させ、なんとか危機を乗り越えたのだ。
爆心地があまりにも近すぎたため自分もボロボロだが、おかげでホイホイのとりもちはキレイに取れている。
「お…俺は生きてる…ッ、生きてるぞぉ〜…ッ!!」
ふらふらと歩き出す横島。
瞳だけは、ぎらぎらと輝いていた。
「まだ死ねん…ッ! 俺の野望の…ため…に…ッ!!」
あ…倒れた。
ルシオラファン、べスパファン、ワルキューレファンの皆様に、この三者を年増呼ばわりしたことを、深くお詫びいたします。
ていうか、パピリオの言い分では、GS女性キャラはほぼ全員が年増になってしまう…(汗)
この三人、ほんとに好きなんですがねぇ…。
何故私は好きなキャラほどいじめたがるのか…。
今回の私的萌えポイント。
半べそのべスパ。想像するだに、も〜可愛くて可愛くてvv (詠夢)
>半べそのべスパ。想像するだに、も〜可愛くて可愛くてvv
マジで半べそべスパは最高ですねぇ〜vvvこれに萌えずして、何に萌えろというのか〜
>「……辞世の句は、なにがいいかなー…。」
覚悟を決めた土偶羅。カッコイイ〜 (紅蓮)
は芽生えなかったか(笑)
獲物(横島)をよそに暴走しまくる魔族3人が微笑ましい(違っ)
横島が倒れましたが、復活への道は、煩悩タンクへのエネルギー補給しか
ないかと。さぁ、ピンチを乗り切り復活するのだー (R/Y)
言っちゃあ駄目だよパピリオ・・・ (ノーフェイス)
現在、私も悩んでおります(爆)
非戦闘キャラでいくか、それとも意表をついて最凶のあの人か…
どちらにしろ、意識のない横島に選択肢も救いもありません(断言)
紅蓮さま:
わかってくれましたか!! 有難うございます!!
も〜可愛くてどーしよーもないんですよーvv 最高n(強制終了)
土偶羅も伊達に歳食ってないと。年月の渋み(?)ですね。
そのわりに情けないとこばかりですが(笑)
R/Yさま:
思い浮かべて下さい。自分の身長並のゴキブリが飛んでくる……。
横島でも無理でした(笑)
煩悩タンクへのエネルギー供給…ならば!
GSお馴染み恒例の『アレ』ですか!!
ノーフェイスさま:
怖いもの知らずです。最強のお子様。
作者も怖がる発言は控えて欲しいものです(笑) (詠夢)
しかし……周りの女性が女性だけに、無理でしょうなあ(遠い目)
倒れている横島クンと無関係に展開される修羅場の行方は?
でもっておキヌちゃんは横島クンを見つけることができるのか!?(おい) (林原悠)