《……大丈夫ですか、ロキ様?》
気遣わしげな人工幽霊壱号の言葉にも、見事なコケを披露してひくつくロキは答えることが出来ない。
そこに魔鈴が入ってきて、その様子に目を丸くする。
「…どうしたんですか?」
『いや…ちょっとシリアスとギャグの見事なギャップにやられてね…。』
机を支えに起き上がりながら、ようようロキが答える。
さきほどの映像を見ていない魔鈴は、意味がわからず首を傾げる。
『そういえば、ヒャクメ君はどうしてる?』
「今は落ち着いてますけど、回復にはもう少しかかりますね。」
《現在は、となりの寝室で横になっておられます。》
回復を早くするためにも、今はそれが一番いいだろう。
『ま、あと2時間はあるんだし、勝負はこれからってところかな?』
◆
「─勝負はこれからだ。」
横島は、壁を背にしながら慎重に移動していた。
その表情は今まで以上に引き締まっており、おそらくアシュタロス戦役時くらいのテンションになっているだろう。
その目は油断なく周囲をうかがい、そして腕時計を確認する。
「残り2時間…普通なら、『もうすぐ終わる』と緊張が緩み始めるときだ。」
だが、今回は相手も普通ではないのだ。
おそらく、残り時間は死に物狂いで仕掛けてくるだろう。
「そう…こっからが正念場だ…!」
度重なる襲撃に疲労を感じ始めた神経を、横島はさらに鋭く研ぎ澄ませる。
もはや、彼に一切の油断はない。
鋭い表情のまま、通路を駆けていき─。
「─ッ!!」
彼が何かに気付いて身をかわしたのと、その場所を何かが掠めすぎたのは、コンマ数秒の差だった。
通り過ぎた物体は、輝きをともなって床に突き立つ。
「チッ…! 避けられましたか…!!」
「馬鹿者。完全に殺気を消しきれとらんかったからじゃ。それでは、野生の動物ならすぐに気付いてしまうぞ。」
斬撃をかわされた小竜姫は悔しそうに舌打ちし、床に突き刺さった神剣を構えなおした。
その後ろから、お目付け役の斉天大聖が、弟子の未熟をたしなめた。
誰が野生動物じゃい!
横島はそう思ったが、突然の凶行に驚いてしまって言葉がうまく出てこず、あうあうとしか言えない。
「では、気を取り直して…覚悟はいいですか、横島さん?」
「いいわけあるかァァ─ッ!!」
小竜姫の縁起でもない言葉に、驚きから立ち直った横島の、渾身の突っ込みが入る。
「何すんですか!! もうちょっとで死ぬとこじゃないスか!!」
「横島さんなら大丈夫でしょう?」
「大丈夫じゃねェェ─ッ!!」
根拠も何もない小竜姫の無責任な言葉に、ふたたび絶叫する横島。
だが、根拠もないが否定も出来ない気がするのは何故だろうか?
それに構わず、斉天大聖が小竜姫にとんでもないことを言い放つ。
「気にするな、小竜姫。思いっきり行け。」
「こらーっ、猿ーッ!! テメーはお目付けだろうが!! 何を煽っとんのじゃーッ!!」
横島の暴言に、「誰が猿じゃい!」と杖が飛んで横島の顔面に直撃する。
「わしは小竜姫が他の参加者にやり過ぎぬためのお目付けじゃ。お主の場合は、含まれておらん。」
「……そーかよ。」
横島は鼻血を押さえながら納得した。
確かに小竜姫がこんな状態で、おキヌちゃんなどと出くわしたら……えらい事だ。
「さてと。小僧も納得したところで……これも修行じゃ、諦めい。」
「参りますッ!!」
気合一閃。
横薙ぎに払われた斬撃を、横島はほとんど勘で避けていた。
超加速ほどではないにしろ、それに迫る速度の一撃だったと、横島の背中に冷たいものが走る。
「ちょ…ッ、小竜姫様!? 俺を殺す気ですかッ!?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと峰打ちにしますから…。」
いや、その神剣…両刃ですよね?
「このくらいしないと、横島さんは捕まらないでしょう?」
「か、過大評価しすぎじゃないッスか?」
「誰にも渡さない…横島さんは私が捕まえて…そして…。」
ダメだ…なんか目つきが普通じゃない。
ああ、神様までこんな風になるなんて……というか、俺は何をさせられるんだろう?
「小竜姫は昔から近視的な性格でのう…。そうなったら、おいそれとは止まらんぞ?」
「しみじみ語っとらんと、助けんかァ─ッ!!」
少し離れたところで観戦している斉天大聖に、横島は涙ながらに訴える。
それを隙とみたか、小竜姫が大きく神剣を振りかぶって飛び掛った。
「破ァァッ!!」
「ヒィィィィ─ッ!!」
脳裏に走馬灯がよぎり、横島は覚悟を決めた。
あ…アシュタロスの幻が手を振ってる…。
「させるかァァァァッ!!」
「キャッ!!?」
気の早い横島の魂が彼岸に旅立とうとしたとき、雄叫びとともに黒い塊が突っ込んできて小竜姫を吹き飛ばす。
危ういところで戻ってきた横島が見たのは、視界いっぱいの黒い羽。
「わ、ワルキューレ!!」
ふたたび命を救ってくれた堕天使が、横島には女神に見えた。
だが、次の瞬間─。
「横島さん、離れてッ!!」
「へ…って、うわぁあァァッ!?」
後から飛び込んできた声にかぶさるように、ワルキューレに向かって精霊石弾の嵐が飛来する。
一斉射が止み、とびのいた横島とワルキューレの間に、ジークがすかさず割りこむ。
「ジーク!? いきなり何…!?」
「横島さん、逃げて下さい!! 今の姉上は危険で…すッ!?」
セリフの途中、着弾の煙のむこうから放たれた拳に、ジークは吹っ飛ばされる。
横島は慌ててジークに駆け寄った。
「じ、ジークッ、大丈夫か!?」
「う…うう…早く、逃げてください…ッ!! あ、姉上が…来ます…!」
横島が振り返ると、目を妖しく光らせたワルキューレが、拳を突き出した形で立っていた。
「横島は渡さん! 障害は全て排除する…!」
「あ、姉上ッ! 正気に戻ってください!」
「黙れ!! 目標の奪取が最優先任務! 任務達成こそ私の喜び、私の存在意義だ─ッ!!」
弟の哀願をあっさりと切り捨て、高らかに宣言するワルキューレ。
もはや聞く耳持たずといった感じだ。
「…どうやら、あちらも小竜姫に負けず劣らず、近視的な性格だったらしいのう。」
「ああああ…!!」
しょせんは悪魔かぁぁ!!
横島は胸のうちで力いっぱい嘆いた。
「─さあ、横島! 私と来い!」
「いや、あの〜…!」
「返事はイエスかノーのみだッ!!」
「じゃあ……ノー。」
おそるおそる、ぽつりと呟く横島。
この状態のワルキューレに連れて行かれるのも危ないと、横島の直感が告げている。
だが、ワルキューレが冷たい笑みを浮かべるのを見て、横島はちょっと…いや、かなり後悔した。
「そうか……ならば、実力行使で強制連行だ!!」
「やっぱり、そう来るのかァァァーッ!!」
ふたたび走馬灯が走り、横島のまぶたの裏に、心なしか冷や汗を浮かべたアシュタロスが浮かぶ。
だが、またも最悪の結末は回避された。
「させません!!」
「クッ! 邪魔をするな、小竜姫ッ!!」
瞬時に抜き払われた軍刀と小竜姫の神剣をはさんで、二人は壮絶な睨み合いを始める。
ぐぬぬぬっ、と互いの力は完全に拮抗していた。
激突時から、パチパチッと空気が爆ぜる音が続いており、それらは次第に強くなっていく。
二人の周囲で放電現象が発生し、独特のイオン臭が流れ出す。
「…こ、この隙に…!」
『逃げるな!!』
せめぎ合いながらも、横島の逃走にしっかりと釘を刺すふたり。
当の横島は、逃げることも手を出すことも出来ず、ただ勝負の行く末を見つめるばかり。
この二人の実力なら、勝負がつけばすぐに、否応なしに横島は連行されてしまうだろう。
ついに横島、万事休すか─!?
「─って、えっ? これ引きネタ!? 続くのかよ!?」
続きます!!
老師はめちゃくちゃ言ってますね〜
ジークは無事だろうか〜 (紅蓮)
この場を借りて皆様にお礼を述べさせていただきます。
ありがとうございます!!
おかげさまで、この『チキチキ〜』のこれまで全話、A評価達成です!!
読んでくださった方、またさらに評価・コメントを下さった方々に感謝です!!
嬉しさのあまり、こんなことを書いてしまう作者ですがこれからも頑張りますので応援よろしくお願いします!!
今回の話の内容ですか?
え〜…小竜姫とワルキューレの登場ですね…って。
すみません!! 暴走してますよ、この二人!!
まあ、今までが大人しかった反動かもしれませんが…。
二人は原作でも似ているようにも思えます。
かたや神族としての規律を重んじ、かたや魔族仕官としての誇りをもち…。
やっぱり近視的な考え方になっているんじゃないかと思ったりしたわけです。
……だからって、やっぱりコレはやり過ぎですよねぇ(哀)
二人のファンの皆様、ごめんなさい!!(しかも続くんですよ…コレ) (詠夢)
横島くん・・・君は邪神を見事に倒したんだ。胸を晴れ!? (ノーフェイス)
テンポの良さは秀逸だと思います。一人一人のキャラクターもしっかりとたっていて、違和感無くここまで読むことが出来ました。読みやすさは文句のつけようもございません。
これ以上特に言う事も無く普通に面白かったので続きも頑張って下さい。
また完結した時にお祝いのコメントをさせて頂きます。
しんばるでした。 (cymbal)
紅蓮さま:
まあ、横島が絡めばあの二人もこうなるってことですか(笑)
老師は基本的に傍観者です。ようは他人事(爆)
ジークは……おそらく、たぶん、きっと無事?(疑問形)
ひろふみさま:
老師は参加者ではなく、作中でも書いたようにお目付け役です。
ちゃんとそばで見てますのでご心配なく。(または見てるだけ)
横島は死にません。瀕死にはなりますが(笑)
ノーフェイスさま:
横島くんの煩悩は神話級ですから(原作参照)
さあ、横島くん!! 胸を……はっていいものでしょうか?(苦笑)
cymbalさま:
有難うございます。読みやすさには気を使っているので、こう言ってもらえますと嬉しいです!
キャラクターたちは私が考えているというより、勝手に動き回ってる感じで…なかなか手を焼かせてくれます(笑)
お祝いのコメントをいただけるんですか?
なら尚のこと、これからもキャラクターに振り回されながらも、さらに面白くしていかなければなりませんね。
R/Yさま:
供物…今の横島にぴったりな単語ですね(笑)
窮地に立たされた横島!!
果たして差し伸べられるは救いか、破滅か!!
次回! 『ズルイ女!!』 乞うご期待!! (詠夢)
ハ●ーン様ですか!?
小竜姫さまもワルキューレもすっかりアブナイ方ですね。
ああ、どうなるんだろう? (林原悠)