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GS横島 お気楽大作戦

リポート01 マスク!


投稿者名:take4
投稿日時:04/ 4/18

 悪霊退治──除霊は、今や最先端のビジネスである!
 最早この日本に幽霊を住まわせる土地はないのだ!
 経済活動を妨害する悪霊達を退治する──それがゴーストスイーパーである!
 この物語の主人公は美神所霊事務所の横島忠夫!
 悪霊退治のためなら命もかける、冒険野郎だ!(自己申告)




 ある日の午後、美神所霊事務所に一本の電話がかかってきた。
「令子ちゃん、助けて欲しいあるよ」
 電話は、馴染みのオカルトアイテムショップ厄珍堂の店主、厄珍よりのもの。
 美神令子は横島忠夫と氷室キヌをお供にして、厄珍堂に出かけた。
 そして、厄珍堂で間抜けなモノを見ることになった。


「……なによ、これ?」
 と、令子が指さした先、厄珍堂のカウンターの上には男が寝そべり、親指をくわえていた。
「ばぶ〜」
 などと口走っているところを見ると、赤ん坊──のつもりらしい。
 残念なことに男はとっくに成人──しているかどうかは年齢不詳なので不明だが、少なくとも赤子ではなかった。
「これって、雪之丞さんじゃないですか?」
 おキヌがちょっとびっくりしたように、その男の名前を呼ぶ。
 言われてみれば、確かに知り合いの伊達雪之丞と見えた。どうやら、何かのマスクをかぶっているようだ。マスクの色は蛍光黄緑色。顔から頭部にかけてすっぽりと覆うマスクは、余程ぴったりと顔に張り付いているのか、それでもどこか雪之丞の人相を伺わせていた。
「……一体、何があったの?」
 令子は、厄珍に冷たい視線を向けた。
 どうせ、ろくでもないオカルトアイテムの実験につきあわせたのだろう。
 疑惑、ではなく、きっぱりと確信している表情、声だった。
 令子が確信するのも無理はない。厄珍が店に訪れた客を使い、出所不明だったり効果不明だったりする怪しげなオカルトアイテムの実験をすることは、決して希な話ではない。以前には、横島も飲むだけでお手軽に超能力者になれる薬、カタストロフ−Aの実験台に使われ、ろくでもないことになっている。
「……あはははは」
 厄珍は誤魔化すように、乾いた笑みを浮かべる。
「いや、ちょっと、出所の怪しいアイテムが手に入ったあるから、坊主を呼んで試してみようかと思っていたところに、こいつが来たある。──で、つい」
「って、また俺を実験台にするつもりだったのか?」
 横島がさすがに怒りの声を上げる。
「ふざけたことを考えているんじゃないわよ!」
 ほぼ同時に、令子も叫んでいた。
「え?」
 横島は驚きの顔になる。
「美神さんが、俺のために怒ってくれている? つまり、これはもう愛? ──美神さは〜ん!」
「欲情するな! 服も脱ぐな!」
 目を血走らせて自分に飛び掛かってきた横島をげしんと、つっこみにしては強烈すぎる一撃で轟沈させると、令子はきっぱりとした口調で、厄珍に向けて言った。
「良いこと? 横島君は私の助手なのよ。つまりは、奴隷と同じ。──だから、今度から横島君を実験台に使う時には、私に使用料を払いなさい。無断使用は絶対に許さないからね」
「……奴隷ッスか?」
 だくだくと流れる血潮に顔面を染めた横島が、不満いっぱいの声で呟く。
 が、令子は当然のように無視する。
「──で、こいつの方だけど」
 難儀そうに、雪之丞を見る。
「一体、どんなアイテムを使ったのよ?」
「よくわからない仮面あるよ。持ち込んだ人間は、川で拾ったと言っていたある。一目でオカルトアイテムとわかる霊気を発散していたあるから、後で調べるつもりで引き取ったモノある」
 オカルトアイテムショップ厄珍堂。最大のお得意様は、令子を始めとする現役のゴーストスイーパー達である。しかし、顧客の中には、霊能は持ち合わせていなくとも、そうしたオカルトアイテムに興味を持った好事家なども存在する。骨董などと同じように収集して楽しむ、そう言う人間達だ。
 だから、実用的なアイテムであればゴーストスイーパーに、そうでなければ好事家に売りつけよう。そんな計画を立てていたのだろう。
「……そんなもんを、俺に試させようとしていたのかい」
 横島が、ジト目で厄珍をにらむ。
「いや、坊主ならば大丈夫だと思ったあるよ」
 さすがに顔中汗で濡らしながら、厄珍がもごもごと言い訳する。
「なんで、俺なら大丈夫なんだよ」
「坊主は令子ちゃんのつっこみを食らってもぴんぴんしているあるからね。まあ、大抵のことは大丈夫あると……」
「……」
「そんなに怒ること無いある。ほんのお茶目あるよ。──そうそう、今度面白いアイテムが手に入ったら、優先的に坊主に回してやるあるから、機嫌を直すあるよ」
「いらんわい!」
 どうせ、効果が怪しかったり副作用があったりするアイテムに決まっている。だから、横島は間髪入れずに叫んだ。
「ちょっと、横島君は静かにしていて」
 横島の当然の抗議は、令子によって黙らせられた。
 令子は真剣な表情で、赤ん坊のようにばぶばぶ言っている雪之丞を慎重に伺う。
「う〜ん、着用者を赤ん坊にしてしまう仮面? ──いえ、これは……なるほど」
 どうやら思い当たるモノがあったらしい。令子が頷く。
「わかったあるか?」
 それを見た厄珍が、勢い込んで尋ねる。
「当然よ、私を誰だと思っているの?」
 豊満な胸を張って、令子が威張る。
 その胸にさりげなく手を伸ばした横島が、令子の一撃を食らって再び轟沈する。
「何をする気よ!」
「いや、胸を突き出すから、俺に触って欲しいのかと」
 即座に復活。悪びれずに横島が答える。
「誰が思うか!」
 吠えた令子が、もう一撃。横島は三度轟沈する。今度の一撃は余程綺麗に入ったのか、床に平たくなった横島はぴくりともせず、その体の下に、でっかくて赤い水たまりが広がっていくが、令子は全く気にしなかった。
「よ、横島さん!」
 これはさすがに尋常な出血ではないと見て、おキヌが慌ててヒーリングを始める。
 そちらを興味なさそうに一瞥する令子。放っておいても、こいつがこの程度でどうにかなるわけがないのに。そう言う顔だ。
 現実、たいていの場合、本当にどうにかなったりしないのが横島である。その生命力には、感心すると言うよりは呆れ返ってしまう。
「──で、令子ちゃん、この仮面はいったい何あるか?」
 脱線しかけた状況を、厄珍が元に戻す。こちらも、欠片も横島の心配をしていない。令子同様、横島の生命力をよく知っているのだ。だからこそ安心して、横島でいろいろ実験しようと試みるのだ。
「ん〜〜」
 令子は、もったいぶって厄珍を焦らす。
「早く教えて欲しいあるよ」
「私に、無料で仕事をさせようって言うの?」
 焦らした理由は、これらしい。
「しっかりしているあるね」
「当たり前でしょ!」
 無料奉仕なんて言葉は、令子の辞書にはないのだ。
「それじゃあ、これでどうあるか?」
 取り出した電卓をぴぽぱと叩いて、厄珍は令子に示す。
「安すぎるわね」
「そうは言っても、こちらも商売あるから」
「……こんな騒ぎになったのは、自業自得でしょ?」
「う、それはそうあるが……それじゃあ、これでどうあるか?」
「もう一声!」
「……それじゃあ、これで」
「オッケイ」
 どうやら、交渉の結果十分な額になったらしい。令子が、にこやかな表情で請け負う。
「……これでは、赤字あるよ」
「何言っているのよ。どうせその分、客にふっかけるんでしょ」
 嘆く厄珍に、冷たく言い捨てる。令子の言葉は嘘ではない。元々、値段なんてあってないような世界なのだ。今回の騒ぎの分の出費は、さりげなく値段に上乗せされることになるだろう。
「──それはともかく、一体、この仮面は何あるか?」
「この仮面は、ロキの仮面よ」
 令子はきっぱりと迷いのない口調で告げた。
「ロキ?」
 厄珍は僅かに首をかしげて繰り返す。それから、即座に思い当たるモノがあったのか、勢い込んで令子に尋ねる。
「ロキって、あの北欧神話のロキあるか?」
「そうよ」
「あの〜。二人で納得していないで、こちらにも説明お願いできますか?」
 そこへ、復活した横島が口を挟んでくる。おキヌのヒーリングの助けがあったとは言え、確かにたいした生命力である。
「全く……」
 令子は頭痛をこらえるみたいに額に手を当てた。
「あんたも一応はゴーストスイーパーの端くれなんだから、もう少し勉強しなさいよね」
 ゴーストスイーパーという仕事は、霊力の強さが重要な仕事である。だが、それだけでは務まらない。敵の正体を見抜く目や知識も重要である。敵の弱点を知っていれば、いらない苦労をしなくても済む。たとえば、もしピートと戦うことになった場合、正面からまともに戦えば苦労をすること確実だが、その正体を知っていれば、テーブルガーリック一瓶で容易に勝利を得ることが出来る。正面からの力押しばかりが能ではないのだ。
 特に横島の得意技、文珠は、力の発現する方向をコントロールすることが出来る。敵の正体、弱点を知っていれば、より効果的な運用ができる。火に弱い敵には火、寒さに弱い敵には冷気で、と言った具合に状況に応じて使い分けることが出来るのだ。
 その辺りを理解しているのか、いないか、未だに半人前な横島に苦言を呈してから、仕方がないと令子は説明を始める。
「シロと出会った事件の敵、フェンリルは覚えている?」
「あのときのシロは色っぽかったッスね。アレなら俺的に十分オッケーです」
「……フェンリルは、覚えている?」
 辛抱強く、しかし額に怒りの井桁マークを浮かべて、令子は繰り返す。
「も、勿論です。あのでっかい狼ッスよね」
 横島は不穏な令子の気配に気が付き、カクカクと頷きながら、今度はまじめに答える。
「そう、そのフェンリルの父神、それがロキよ」
「──って事は、これって非常にろくでもない状況なんですか?」
「まあ、非常にろくでもないことは確かね」
 ばぶ〜ばぶ〜とか言っている雪之丞に視線を向けて、令子はうんざりした表情になる。全く、非常にろくでもない状況だ。
「ロキって言う神様は、北欧神話の神々の中でも、最大のトリックスター、悪戯好きの神様なの。──悪戯って言うには、悪意がありすぎるけどね」
 盲目の神ヘグをたぶらかし、皆に愛されていたヘグの弟バルドゥルを殺させたりと、最早悪戯の範疇には収まらないような悪戯の数々。
 また、ロキは北欧神話の神々の敵となるモノ達の父親でもある。前述のフェンリルの他に、ヨルムンガンド、ヘルと言った怪物を、女巨人アングルボザとの間にもうけている。
 それをさておいても、連日悪戯ばかり。さすがに神々もロキを許容しかねて捕縛してしまう。
 しかし、ロキは世の終わり──いわゆる「神々の黄昏」の時に解放され、神々との盛大な戦いの末に、世界を滅ぼすのに一役を買うとされる。
「なんだか、むちゃくちゃ大物の神様じゃないんですか?」
 アシュタロスクラス?、そんな感想を抱いたらしく、どこか腰の引けた格好で横島が尋ねてくる。
「まあ、そうかも知れないけど」
 しかし、令子は平然と受け流した。
「でも、神と魔はデタントの流れで、神々の黄昏が起こるとしても、かなり先のことになるんじゃないの? だいたい、今の神界を仕切っているのはキリスト教系神族みたいだし、魔界もやっぱり同系のサタン。マイナー神話の世界の滅びなんて、きっと心配する必要ないわよ」
「……ずいぶんとやばい発言があったような」
 知り合いの魔族、ワルキューレ辺りの耳に入ったら、洒落にならないだろう。彼女も、北欧神話体系に属している存在だ。自分の属する神話体系をマイナーだと言われれば、それが事実如何に関わらず、普通は不機嫌になるモノだ。
 ──もっとも、令子の言葉通り、キリスト教系神族が支配している現在の神界では彼女らは異端。結果、魔族にされてしまっている。その辺りも、令子に問題なしと言わせる理由の一つだろう。
 そして何より、最大の理由は。
「大丈夫よ。何しろ、私は美神令子なのよ」
 世界が滅んでも、私だけは生き残る。そう豪語する令子である。
「……説得力があるんだか、無いんだか」
 横島は首をひねる。
「でも、そのロキの仮面と言うのは、一体どういうアイテムなんですか? 身につけた人間が、赤ん坊になってしまうんですか?」
 ここでおキヌが顎に指を当てて首をかしげ、尋ねてくる。
 話を聞いた限りでは、悪戯好きの神様の、しょうもない悪戯として納得できないこともない。
 だが、悪意ある悪戯が好きという。もっと何か、酷い効果があるのかも知れないという不安。
「この仮面はね、身につけた人間を赤ん坊にするわけじゃないの。身につけた人間が心の奥底に秘めいている欲望を、表に出してしまうの。たとえば、気の弱い、言いたいことも言えないへたれ男が、仮面を身につけた途端に、社交的で、派手で、積極的になってやくざの情婦を手に入れたりとか」
「……それって、悪意ある悪戯なんですか?」
 何故に、妙に具体的なんだろうか?、やくざの情婦って?、と首をかしげながらおキヌがさらに問う。
「その程度にもよるのよ。兎に角、秘めた欲望を派手に表に出すのよ。おまけに、善悪の判断が酷く曖昧になる。と言うよりも、欲望を優先するのかしらね。それで大騒ぎにならない方が希ね」
 令子は、ばぶ〜ばぶ〜言っている雪之丞を指差して、続ける。
「こいつの場合は赤ん坊への回帰願望?、みたいだけど、こんな間抜けで被害のない欲望を秘めているのならともかく、世界征服を願っているような人間が身につけたら? 腐っても、神の作ったアイテム。その効果は馬鹿みたいに高いのよ」
「つまり、美神さんみたいな性格の悪い人間が身につけたら最後、洒落にならないことになる、って事ッスね」
 げいんと四度、横島が平たくなる。
「──で、問題はどうやってこの仮面を外すか、って事あるよ。このままでは売り物にならないあるからね」
 ここで厄珍が口を挟む。
「う、売るんですか?」
 おキヌが驚きの声を上げる。
 美神の話を聞いた限り、ろくでもないアイテムだ。ここは封印するのが妥当だと考えている。売るなど論外だ。
「私も商売あるからね」
 厄珍は、自らの行動に欠片の疑問も抱いていない口調で答えた。
「で、令子ちゃん、早いところ、仮面を外して欲しいあるよ」
「了解。横島君、手伝ってくれる」
「どうすりゃ、いいんですか?」
 すでに復活してきている横島が、首をかしげて質問する。
「簡単よ。押さえつけて、顔から無理矢理引っ剥がせばいいの。霊力を使う必要も無し。力は、ちょっといるけどね」
「そ、それは無いあるよ」
 厄珍が悲鳴を上げる。
「だったら、わざわざ令子ちゃんにやってもらわなくても」
 オカルトアイテム。引き剥がすのに霊力やその他、何らかの専門的な技能が必要だと思ったから、令子に依頼したのだ。なのに、只の力任せで大丈夫。これではあんまりだと、厄珍が嘆く。
「もう、契約は成立しているんだから、お金は払ってもらうからね」
 令子は厄珍の嘆きなど気にしないと冷たく言い捨て、横島に命令する。
「じゃあ、横島君は雪之丞の体を押さえていてくれる?」
「わかりました」
 横島は雪之丞の体を起こすと、背後から羽交い締めにするようにして、押さえる。ばぶばぶ言っている雪之丞は無抵抗で、横島に捕まるに任せている。
 これは楽勝と令子は正面から雪之丞に近づき、仮面に手を伸ばそうとする。
「ママ!」
 そこで、不意に雪之丞が叫んだ。
「え?」
 戸惑う令子。
 その令子の豊満な胸に、いきなり雪之丞が飛び掛かった。
「ママ、ママ!」
「ちょ、ちょっと、何をするのよ!」
「てめえ、その胸は俺んだ! 勝手に触るな!」
「私の胸は、私のモノよ! って、こら、触るな!」
「ママ!」
「畜生、俺だって」
「ヨコシマ! あんたまで調子に乗るな!」
 この騒ぎに、厄珍は一人、高い金を払っただけのことはあったかも知れないと考え、僅かに溜飲を下げた。


「手間をかけさせて、済まなかったな」
 頭の上に帽子を乗せながら、雪之丞がクールな口調で告げた。
 しかし、誰も感銘を受けたりはしなかった。どれだけクールに装おうとも、先ほどの「ばぶ〜」である。感銘など受けようがなかった。
 雪之丞の前には、ぐったりした令子、横島、おキヌ、厄珍がいる。
 暴れまくりと言うよりは、赤子が母のおっぱいにしゃぶり付くように、美神にしがみついて離れなかった雪之丞である。雪之丞を令子から引き剥がし、さらにその顔からロキの仮面を外す。それは非常な苦労で、みんなすっかり憔悴していた。
「全く、くだらない苦労をかけさせてくれたわ」
「全くだ」
 令子、横島が疲れ切った口調で、投げやりに告げる。
「全くあるよ。良い迷惑だったある」
 厄珍まで、尻馬に乗る。
 さすがに、こればかりは許容できない。
「誰のせいだ、誰の!」
「……済まなかったある」
 雪之丞の殺意に満ちた迫力に圧され、厄珍が慌てて謝罪する。
「ええと、そうある! お詫びの印に、この薬をやるあるよ。なんと、飲むだけでお手軽に超能力者になれると言う、画期的な──」
「やめんか!」
 令子が大慌てで、厄珍が取り出した薬を横からひったくる。
「あんた、全然反省していないわね」
「軽い、冗談あるよ。令子ちゃん、そんなに怒っちゃダメある」
「……こいつは」
 令子は厄珍をジト目でにらんだ。
 こいつは、間違いなく、完璧に、欠片も反省していない。遠からず、再び同じような事件を引き起こすことは確実だ。
 確信する令子。
 次回は、なるべく関わらないようにしたい。もし、関わることになったら、今回以上にふっかけてやる。
 心に誓う令子である。
「しかし、ばぶ〜は良かったなあ」
 その横では横島がにししと笑いながら、気楽な調子で雪之丞をからかっている。
「何と言うか、秘めた欲望を表に出す、って聞いたけど、全然秘めていないじゃないか。もしかしてお前、底が浅いのか?」
「何だと?」
 底が浅いと評されては、黙っていられない。雪之丞が吠える。
「仮面を付けても付けなくても一緒じゃないか。ママ〜!、って」
「全然一緒じゃないだろうが!」
「しかし、しまったなあ。さっきのお前の様子をカメラで撮っとけば良かった。それを弓さんに見せれば……」
「なんで、そこであいつの名前が出てくるんだ?」
 顔を赤くしていては、きっぱりと見え見えである。
 横島はやっかみ半分にさらに突っ込む。
「そうすれば、弓さんも、こんな底の浅いマザコン男にはあきれ果てて……」
「貴様にだけは、底が浅いと言われたくはないぞ」
 絶対に認められない。雪之丞はさらに吠える。
「何を言っているんだ。俺の内面はこう、いろいろと複雑なんだ」
「はっ。どうだかな」
 雪之丞はせせら笑う。
「きっとお前が仮面を付けても、普段と変わらず、只セクハラを繰り返すだけだろうよ!」
「負け犬の遠吠えはむなしいなあ」
 横島も負けじとせせら笑う。
 舌戦は、雪之丞に不利だった。雪之丞の言葉はどれほど真実の近くにあろうとも、あくまで推測であり、横島が言っているのは、事実だったから。
「このっ」
 悔しそうに雪之丞は、横島を物騒な視線で睨み付けた。
「横島さん、もうその話は止めましょうよ」
 横島、雪之丞を等分に眺め、これ以上は危険だとはらはらしながら、おキヌが宥めにかかる。
「そうだな。結論、雪之丞の底は浅い、と言うことでこの話題は終わりにしよう」
「ああああ、横島さん、それじゃあ、喧嘩を売っているような……」
 モノじゃないですか、と必死でおキヌが咎めようとするが、その甲斐はなかった。
 ぶちんと、雪之丞のこめかみの辺りで、何かが切れる音が聞こえたような気がした。
「そこまで言うならば、証明して見せろ!」
「──ちょ、ちょっと、何を!」
 それまで、生ぬるい視線で二人のやりとりを見守っていた令子が、慌てて叫ぶ。
 雪之丞はよりにもよって、今し方ようやく引き剥がしたばかりのロキの仮面を掴みあげると、横島の顔に押しつけたのだ。
「うわ、何を!」
 横島は慌てて仮面を引き剥がそうとする。しかし、仮面はすでに、しっかりと横島の顔に張り付いていた。
 そして──


 横島の体が震え始める。最初は微妙に、細かく。しかし、即座にその揺れは大きく、激震になる。
 顔が震え、首が震え、体が震え。
 仮面から足の先まで震えが伝わると、今度は激しく回転を始めた。ぐるぐるぐると、洗濯機の中か、ミキサーの中に放り込まれたように、横島の体が回転する。まるで独楽のように。
 そして、あちこちにぶつかりながら、厄珍堂の店内を縦横に走り回る。
「きゃあ」
 慌てて令子、おキヌ、厄珍、雪之丞はカウンターの向こう側に飛び込んで、喧嘩ごまよろしくはじき飛ばされるのを避ける。
 横島独楽はあちこちにさんざんぶつかりまくった挙げ句、最後は盛大に煙を発して、その向こうに隠れた。
 そして、煙が晴れると──
 そこには、しっかりと仮面を顔に貼り付けた横島が立っていた。
「ハハハハハハハ。ハ〜イ。エブリバデ皆さん、こんにちは、デース」
 白い歯をきらきらさせながら、なんだか野太い声で陽気に挨拶をする。
 顔は、雪之丞の時と同じく蛍光黄緑色の仮面ですっかりと覆われている。そのくせ、横島であることがしっかりと判別できる。だいぶ、濃い顔になっているが。──兎に角、さすがは魔法の仮面と言うところだろう。
「あんた、どうするつもりよ!」
 カウンターの向こう側に身を隠しながら、令子が雪之丞に食ってかかる。
「す、すまん、つい」
 一時の激情はすでに去っている。そうなれば、自分がいかにとんでもないことをしでかしたか、冷静に考えることが出来る。雪之丞は慌て、謝る。
「すまんで済んだら、警察は要らないのよ!」
「美神さん、喧嘩をしている場合じゃないですよ。今は、横島さんを何とかしないと」
 雪之丞の首をぎりぎりと締め上げている令子に、おキヌが建設的な意見を述べる。
 しかし。
「私はいや」
 きっぱり、令子は答えた。
「ええっ?」
「ええっ?、って、おキヌちゃん、相手は横島君よ。どうせこれ幸いとばかりにセクハラをしまくるに決まっているでしょう。私は絶対に相手をするのはいやよ。だから──」
 ぎろりん、と令子は、解放された首をさすりながら、不足した空気を一生懸命に吸い込んでいる雪之丞を睨む。
「雪之丞、あんたが責任を取って、何とかしなさい」
「俺が?」
「何か、文句があるって言うの?」
 さらに物騒な視線で睨まれて、雪之丞はカクカクとした動きで頷いた。殺されたくなければ、ここは頷くしかない。そう言う物騒きわまりない視線。勿論、雪之丞は死にたくなかった。
「ハハハハハハハハハ」
 横島は一人、未だに笑い続けていた。相変わらずの野太い声。さらに言えば、イントネーションなど、どこかメリケン臭い笑いだった。
 雪之丞はカウンターを乗り越えて、横島の前に出る。
「横島、恨みは……無いが、覚悟しろ」
「その、間の三点リーダはなんですか?」
 おキヌがぼそりと突っ込む。
「何でもない! 兎に角、横島、覚悟!」
 雪之丞は何かを誤魔化すように叫び、霊気の鎧を纏う。雪之丞の得意技、魔装術。本気だった。
「ハハハハハハハハ。かかってきなさい、デース」
 対する横島は、余裕たっぷりに笑いながら応じる。
「へっ。その余裕がいつまで続くか、楽しみだな」
 こんな時でも、雪之丞は戦いに対する喜びを隠せない。元々、戦いは好きだ。その上、雪之丞にとって横島はライバルだ。正直、アシュタロスとの戦いの最終局面、横島に水をあけられたと感じていた。──しかし、雪之丞はいつまでもその状況に甘んじたりはしない。以後も、修行を繰り返してきた。自分は、確実に強くなっている。そして今、果たしてどちらが強いのか。それを確かめたい。そんな欲求があった。今は、その欲求を解消するに都合の良い状況だった。普段は何かと戦うのをいやがる横島と、合法的に戦うことが出来る。仮面は、横島を倒した後に引き剥がせばいいのだ。
「行くぜ!」
 雪之丞は一声叫ぶと、横島に躍りかかった。遠距離からの霊波砲の攻撃では、横島に通用するように思えない。また、外れた場合、厄珍堂を破壊することになる。そうなれば厄珍は平然とした顔で、壊したアイテムの代金を請求するだろう。それは、避けたい。
 雪之丞は右の拳を握りしめ、殴りかかる。狙いは、横島の腹。
 対する横島は、雪之丞の狙いを悟ったらしい。自らの腹に手を添えると、勢いよく、横へと引っ張った。
「な、何?」
 雪之丞は驚愕の声を上げる。
 横島の腹が、引っ張られるに任せて、冗談のように横にスライドしたのだ。大きく横に「く」の字になる横島の体。それこそ、ゴム仕掛けのようにぐにゃりと。人の骨格で出来る格好ではない。
 狙いの場所に何もなくなってしまったため、雪之丞の拳は空を切る。
「くそっ」
 舌打ちしつつ、足を跳ね上げる。体がスライドしても、そのままの場所にある頭をめがけて。
 横島は素早く、自分の頭を上から叩いた。
「──なっ!」
 すると、今度は頭が体にめり込んでしまう。
 右肩から左肩までフラットになってしまい、今度もまた、狙った場所が無くなってしまったため、やっぱり雪之丞の足は空を切る。
 唖然として、雪之丞は距離を撮る。
 普段から何かとでたらめな横島だが、今回のでたらめさはすこぶるつきだ。悪魔の実でも食べたのかと突っ込みたくなるような、悪い夢を見ているとしか思えないようなでたらめさ。
 兎に角様子を見ようと、用心深く横島の様子をうかがう。
 横島は頭が体にめり込んでしまったために、前が見えなくなったらしい。ふらふらと歩き、壁にぶつかって転ぶ。それから、両手を頭のあった場所に添えると、一気に持ち上げるような仕草をする。
 ぽんっと、炭酸飲料の栓を抜いたような音を立てて、顔が飛び出す。
「……なんて言う、でたらめ」
 カウンターの向こうに隠れ、様子を見ていた令子が呆れて呟く。
「くそ、まじめにやれ!」
 呆れてばかりはいられない、対峙中の雪之丞は焦れて叫ぶ。雪之丞がやりたいのは横島との真剣勝負であり、絶対にコメディではない。
「ハーイ、それでは、今度はこっちの番、デース」
「来るか?」
 僅かに腰を落として身構える雪之丞。どんな攻撃が来ても、即座に対応できるように。心身の緊張感を極限まで高める。
 横島は両手を背中側に回した後、前に突き出した。
 霊波攻撃か?
 いや、違った。
 何処にどのように収納していたのか、まるで手品のように、横島の両手にはいくつもの銃器が握られていた。マシンガンと見えるモノ、バズーカに見えるモノ、ライフルに見えるモノ。兎に角、いくつもの銃器を大量に束ねたように見える、物騒な、物騒きわまりない代物が。
「なんだ、それは!」
「ハハハハハハハハハハ」
 雪之丞の言葉に応えて、横島は笑う。そして、笑いを収めると言った。
「ダーイ(死ね)」
 泡を食って、横っ飛びに逃れる雪之丞。魔装術は霊力を使った攻撃だけではなく、物理的な攻撃にも、ある程度は有効な防御力を持つ。しかしあくまで、ある程度、だ。横島の構えた物騒な武器。アレの直撃を食らって無事で済むようには、とうてい思えない。
 横島は、あっさりと引き金を引いた。
 避けきれないか?
 体の前で腕をクロスさせてガード、思わず目を閉じて衝撃に備えた雪之丞だが、向けられた銃口から飛び出したのは、銃弾や砲弾ではなかった。
 クラッカーを破裂させたような音。煙は盛大だったが、飛び出したのは花だった。他に、まさしくクラッカーのように、紙吹雪や紙テープもひらひらと舞う。ごつくて派手だが、悪戯のオモチャだったらしい。
「ハハハハハハハハ。びっくりしましたか?、びっくりしましたね?、デース」
 言って、構えていた武器を背後に放り捨てる。
「何なんだよ、それは!」
 いい加減、頭に来て雪之丞は叫ぶ。
 こちらは真剣なのに、あちらはふさけきっている。こちらが真剣な分だけ、頭にも来ようと言うモノである。
「……でも、これって、横島さんの秘められた欲望なんですか?」
「お笑い系なのは、いつもと変わっていないじゃない」
 カウンターの向こうでは、様子をうかがっていたおキヌ、令子が囁きあう。
 その声が聞こえたのか、横島の視線がそちらに動いた。
 いち早くそれに気が付き、令子は口元を引きつらせた。
 秘められた欲望をあらわにする。きっぱり、常日頃から秘められていないのだが、横島の欲望と言えば一つしか思い浮かばない。つまり、ピンチ。
 案の定、横島は雪之丞をほっぽって、令子達の方に注意を移していた。
 二人を捕らえた横島の目が、まるでアメリカン・コメディ・アニメのごとく、大きく皿のようになって飛び出す。光彩の部分が、わかりやすく真っ赤なハートマークになっている。口元は大きく開き、犬のようにだらりと舌をぶら下げて、興奮して息を荒げている。
 令子の想像通りのことを考えていることが、ありありとわかった。
 慌てて逃げようとする令子。
 しかし、横島の動きは素早かった。
 通常時でさえ、欲望を満たすためならば常軌を逸した能力を発揮することの多々ある横島である。小竜姫の超加速にシャドウを追いつかせたり、超人的な霊力を発揮したりといった具合に。
 そして今、あの仮面のおかげで、さらに能力をアップさせている様だ。
 逃げ切れない?
「く、来るなら来なさい!」
 逃げられないならば、戦うしかない。きん、と澄んだ音を立てて、令子の手中の神通棍が伸びる。
 こうなったら、半殺しにしてでも横島を止め、仮面を引っ剥がす。そう、決意する。
 ──が。
「ハハハハハハ」
 横島は、必殺の決意を固めた令子を無視していた。
「おキヌちゃん、二人で明日の夜明けのコーヒーを飲まないかい?、デース」
 超絶ダッシュで移動した横島は、おキヌの手を取り、口説き始めていた。
「え?」
 戸惑うおキヌ。
「アイ、ラビュ〜、デース」
 ぐいっと、おキヌを抱き寄せて、愛を囁く横島。
「え? ええ〜?」
 ますます驚くおキヌ。
 これが普段の横島であれば、おキヌも顔を赤らめるくらいはしたかも知れない。しかし、今の横島の顔はマスクに覆われ、蛍光黄緑色の非常に濃い顔になっている。きっぱり、気持ちが悪かった。
「さあ、おキヌちゃん、二人で愛の世界に旅立つ、デース」
 きらりと、蛍光黄緑の肌に、白い歯がやけに目立つ。
「え、ええええ?」
 おキヌは焦りまくっていた。
「……何と言うか、意外な展開か?」
 もう、戦うことはすっかりあきらめてしまった雪之丞が、げっそりと疲れた声で呟く。
「坊主は、実はおキヌちゃんを好きだったあるか?」
「多分、普段のセクハラ一直線とは違った、小洒落た口説き方をしてみたい。そんな欲望があったみたいだな」
 どこか方向が間違っているのは、相変わらずの様だが。
「それでは、誓いのチッスを、デース」
 そして、根っこは変わらないらしい。何がどう展開して、「それでは」となったのか不明だが、横島の中ではそう言う事になったようだ。
「ええ〜!?」
 おキヌが悲鳴に近い声を出す。
 しかし横島は構わず、唇を尖らせて突き出した。見事なまでのタコ口である。いくら好意を寄せているとしても、こんな口で迫られるのは願い下げ。そう言う口だ。
「ちょ、ちょっと、横島さん、止めてください──きゃっ、何処に触っているんですか!」
 どうやら、お尻辺りを撫でたらしい。
「気にしない、気にしない、ドンウォリィ、デース」
「気にします! ちょっと、止めてください!」
 必死でキスされまいと、おキヌは横島の顔を押さえ、自分の顔から引き離そうとする。それは成功し、少しずつだが横島の顔が離れていく。しかし、代わりに横島の口がさらに伸びて、おキヌの唇に近づいていく。冗談か何かのように、長く伸びて。
「……いや、確かに普段の坊主とは違うあるよ」
「そうだな。そう言えば、あいつ、前に言っていたぞ。美神の大将はともかく、おキヌにセクハラは出来ないって。そんなことをしたら、まるっきり悪役になるから、ってよ」
 もうすっかりやる気ナッシング。魔装術を解いた雪之丞が、厄珍の呟きに応じる。
「なるほど、口で何と言っても、本心では、やっぱりセクハラをしたかったあるか」
 うんうん、と厄珍が頷く。確かに、秘められた欲望を表に出しているようだと、納得した様子だ。
「あんたらねえ。気楽に論評しているんじゃないわよ!」
 その二人を、すっかり無視された格好になった令子が怒鳴りつける。
「横島! あんたもいい加減にしなさいよ!」
「よいではないか、よいではないか、デース」
 しかし、横島はちっとも聞いていなかった。
「こいつ……」
 令子は、神通棍を力一杯握りしめた。
「いい加減にしろ!」
 叫びと共に、横島の顔面に強烈な一撃を食らわせる。
 手加減無用。半殺しどころか、全殺しにしたって一向にかまわないとばかりの一撃だった。
 それは、見事に命中し、横島の顔の中心が縦にまっすぐ陥没する。
「え?」
 さすがに陥没するとは思わなかった令子が戸惑う。
 とにかく、その間におキヌは横島から逃げ出していた。真っ赤になってお尻を押さえているところを見ると、撫でられたのはやはりそこらしい。
 横島の方は、顔の中心が陥没したせいか、また周りが見えなくなったらしい。しばらくうろうろしていたが、何かを思いついたように耳を押さえた。そして、いつの間にか元に戻っていた口から、大きく息を吸い込んだ。
 空気の流れ込む音が聞こえるほどの吸引。それに連れて、横島の顔が、まるで風船のように膨らんでいく。
 令子らは、冗談のような光景に呆れ、ぽかんと口を開けて見守る。
 視線の先で、横島の顔はどんどん膨れあがっていく。頭身がどんどん下がり、四頭身に、三頭身に──ついにはドラ●もん張りの二頭身に。それに併せて、陥没部分もぽこんと軽い音を立てて元に戻っていた。それでも、横島は息を吸い込み続ける。一体、何処まで顔が大きく膨れあがるのか。そんな疑問を持って見上げていると、ついに張力限界を迎えたらしい。パンと、風船が割れた様な音を立てて、横島の顔が破裂する。
「え?」
 戸惑う令子ら。
 まさか破裂するとは、思いもしなかった。
 しかも、破裂したというのに、横島の顔はしっかりと元のサイズに戻って首の上に付いていた。
「びっくりしました。サープライズ、デース」
「何処まででたらめなのよ、あんたは! いい加減にしなさい!」
 令子がやってられるか〜!、と吠える。ここにちゃぶ台があったらひっくり返しそうな勢いだ。
「あなたには、言われたくないデース」
 その令子に、横島が反論した。
「何ですって?」
「もう、あなたにはうんざりしている、デース。口を開けばお金お金お金お金お金。がめついのも、いい加減にした方が良いと思う、デース。はっきり言って、見ている方も悲しくなる、デース。それに、その格好も、いい加減時代遅れだと思う、デース。一昔前ならばともかく、今となってはボディコンなんてお水の人でも着ないくらいに時代遅れ、デース。それに──」
 横島はべらべらべらと、令子に文句──あるいは注文を付け始める。そのがめつさから始まり、格好、普段の生活態度、自分の給料のあまりの安さに至るまで、細々と。
「おお、確かに坊主の本心あるね」
「なるほど、今ひとつ信用できないモノもあったが、これで納得だ。確かに、仮面をかぶった者の秘められた欲望が、表に出るらしいな」
 厄珍、雪之丞が感心したように頷きあう。
 横島が口にしたこと。
 それは、普段から思っていても、怖くてとても口に出せないようなこと。しかし、言いたくて仕方なかったことだ。
 間違いなく、秘められたモノが表に出ている。両者は寸分の疑いもなく、心から納得していた。
「……あんたらねえ」
 令子は、小さな声で呟いた。
 しかし、周囲のモノを全て凍り付かせるに足る迫力を持っていた。
 ごごごごごごご、と、背後に不穏な書き文字が浮かび上がりそうな迫力。令子は横島を睨み付けた。きっぱりと、怒っていた。完璧に、怒っていた。今の令子を見たら、あのアシュタロスだって、「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください」と詫びを入れ、必死で命乞いを始めること間違い無しの迫力。
 正面から、令子の迫力のありすぎる視線に晒された横島の体が、震えた。
 そして、次の瞬間、横島の顔から仮面が独りでに外れ、床に転がった。
 逃げた。
 厄珍、雪之丞は令子の迫力に怯え、抱き合いながら確信した。
「おお、とれた」
 横島がぺたぺたと自分の顔に触れて確かめながら、周りの雰囲気に全く気が付かない、酷く鈍感な態度で喜びの声を上げる。
「美神さん、ありがとうございます。おかげで、助かりましたよ」
「そう」
 応じた令子の声は、平坦だった。
「良かったわね」
 言って、令子は神通棍を握りしめた。


 厄珍堂の床に、横島、雪之丞、そして厄珍が、ぼこぼこになって転がった。
 さすがの横島も、五度は立ち上がらなかった……


 めでたし、めでたし。


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