柱の影で、横島は荒い息をつきながらへばっていた。
「ハァ…ハァ…これでピートと厄珍はリタイアか…。」
そういって腕時計を見ると、針は午後8時半をさしていた。
「あと3時間半もあんのかよ…きついなぁ…。」
おそらく、自分を襲ってくる奴らはまだまだ元気いっぱいだろう。
対する自分は、こうしている今も神経を張り詰めていて消耗が激しい。
「くそーッ! やっぱり俺が圧倒的に不利やないかーッ!! 俺はまた目先の欲望につられたんかーッ!?」
◆
『何を今更。って感じだよねぇ。』
画面の中で頭を抱えて苦悩する横島に、ロキは呆れたような顔をする。
隣の部屋からは、さきほどからピートのうなされる声が流れてきている。
『ピート君も随分と辛そうだねぇ。まあ、仕方ないけど。』
「ちょっと様子を見てきますね。」
そう言い残して、魔鈴が隣の部屋に入って数秒後─。
ゴッ! という鈍い音を最後に静かになる。
「はい、静かになりました♪」
『……何の音だい?』
帰ってきた魔鈴に、冷や汗を浮かべながらも笑顔のまま尋ねるロキ。
だが、対する魔鈴はにこやかに微笑むだけで答えず、その反応にさらに冷や汗が滝のように流れ出す。
人工幽霊壱号だけが、ぼそりと呟いた。
《……魔鈴さん…あなたはやはり魔女です…。》
◆
「? ……何だ?」
ふと横島は急に、自分の体に違和感を感じる。
途端、自分の体が勝手に動き出した。
「うわッ!?」
動き出した体は、どこかへ向かって真っ直ぐに進んでいく。
まるで見えない糸に操られているかの如く。
「何だッ!? 今度は一体、何なんだーッ!?」
突然の事態に混乱する横島。
だが、その混乱も、やがて導かれて入った部屋に待ち構えていた女性を見るまでだった。
「え、エミさんッ!? そーか、呪い…ッ!」
「フフフ…少しは頭が回るよーになってきたワケね。そのとーり♪」
ニヤリと邪悪な微笑を浮かべたエミが掲げたのは、横島にとっても馴染みある有名な呪術道具・わら人形。
ただし、このわら人形は横島の髪の毛入りだ。
「これがある限り、おたくに自由はないワケ。さー、行きましょーか!!」
エミの号令一つで、ピシッとした行進の構えで歩き出す横島。
当然ながら、向かう先は勝利台のある会場だ。
「くそーッ!! このまんま終わってたまるかーッ!!」
ぶっつん。
「…あれ? か、体が動く…ッ!?」
「な、何ですってェーッ!? …ハッ!!」
見れば、手にしていたわら人形が四肢を炸裂させてバラバラと散り始めていた。
「こ、これは呪詛返し!? …って私に呪詛返しなんてナメた真似ができんのは…ッ!」
言い終わらないうちにエミは、すかさずブーメランを握り締めるとドアに向けて投げつける。
それを払い落としたのは霊力のムチ。
「残念だったわね、エミ!」
「令子!! やっぱり、おたくなワケ!!」
誇らしげに高笑いしながら、ドアの影から歩み出る美神。
「この部屋には結界が張ってあったはず…どうやって…!?」
「フフン! 親切なアンタの助手が教えてくれたわよ。タイガー!!」
「合点!!」
美神の号令とともに物陰から飛び出したタイガーが、横島をかっさらう。
「タイガー!! おたく、裏切ったワケッ!?」
「…スマンですノー、エミさん。エミさんの呪いはワッシには破れませんケェ、こうでもせんと…。」
「ホーホホホッ!! 人望のない人は可哀想よねー!! さあ、タイガー! 横島くんを渡しなさい!!」
美神が勝ち誇ったようにタイガーに命令を飛ばすが、タイガーは動こうとしない。
じりじりと、間合いを計りつつ後ろへ下がっていく。
「た、タイガー?」
「…美神さんもスマンですノー…フンッ!!」
言うや否や、気合一発、人虎の姿に変身したタイガーの精神幻惑作用が、室内に広がっていく。
一瞬にしてジャングルに変わった部屋内に、タイガーの笑い声が木霊する。
「ガハハハッ!! 横島さんはワッシが連れて行きますケェ、安心して迷ってつかぁさい!!」
「アンタ、私を騙したわねー!!」
美神の怒りの声とともに神通鞭が暴れまわるが、こうなったらやすやすとタイガーには当たらない。
その様子に、タイガーの小脇に抱えられながら、横島は青ざめていた。
「……お前、美神さんにこんな真似して、後で知らんぞ…。」
「…そんなことは百も承知ジャー。だが、ワッシにはやらざるを得ない理由が…!」
「理由?」
横島が聞き返したとき、戸口のところにふたたび人影が現れる。
「よくやったよ、タイガー!」
「おおっ、真理しゃん!! 見ててくれましたかいノー!!」
その会話を聞きつけた美神とエミが吼える。
「真理…って、真理ちゃん!? さては、タイガーは…!!」
「アハハッ! ゴメンよ、美神さん!!」
「うちのメンバーをかどわかすとは、いい度胸してるワケ!!」
「別にかどわかしたわけじゃないですよ、エミさん。」
「ワッシは、自分の意思で真理しゃんに協力すると決めたんジャー!!」
だからと言って、この二人を敵に回すような真似を…? と、横島は心底呆れていた。
ある意味、偉大ではある。
「さーて、それじゃ…逃げるよ、タイガー!!」
「合点承知!!」
二人は頷きあうと、美神とエミの怒声を尻目に駆け出した。
「ガハハッ!! ワッシもやる時にはやりますケェ!!」
「カッコよかったよ、タイガー♪」
「そ、そうですかいノー?」
真理に褒められ照れまくるタイガーを、横島は鋭い目つきで睨む。
「タイガー…! 理由ってのは真理さんにいいとこ見せたかっただけのことかいッ!!」
「その通りッ!!」
「いばんなーッ!!」
横島は心底どつきたかったが、がっちりと抱えられているため、動くことさえままならない。
そんな横島に、すまなそうにしながらも嬉しそうな顔で真理が話しかける。
「まー、横島さんもそんな興奮しないで。アタシたちのために犠牲になってよ。」
「やかましい!! 人の恋路のために身を捧げるような、自己犠牲精神は俺にはないぞー!!」
横島の恋路という台詞に、二人とも真っ赤になる。
あかん。このままでは惚気話一直線や。
そう悟った横島は、危機脱出のためのプラン発動を決意した。
「……タイガー、離してくれないか?」
「いくらなんでも、それは聞けんですノー。」
何を当たり前な。 とタイガーは思ったが、横島の不気味な笑みに眉をしかめる。
「そうか…なら、あの事を真理さんにぶちまけるぞ。」
「な…!?」
「なんだい、あの事って?」
明らかに狼狽するタイガーと、興味を引かれた真理。
横島の笑みがさらに深くなる。
「いやー、実はこの前タイガーにビデオのダビングを頼まれまして。」
「ビデオ? どんなの?」
「それが…─。」
「わッわッ!! 横島さんッ…!!」
横島がダビングしたビデオは、いわゆるいかがわしいビデオ。
話を聞くにつれ、真理の表情が険しくなっていく。
「…ってわけなんスよー。」
「ほほぅ…。どういう事だい、タイガー?」
声こそ穏やかだが、視線に込められた怒りだけは隠せない。
「い、いや、それはその…ッ!!」
「このッ…ボケなすーッ!!」
必死にいいわけを試みるタイガーだったが、結局は鉄拳制裁をくらうはめに。
容赦なくぶん殴られて血と涙を流すタイガーに、横島はドサクサ紛れにその場を去りながら静かに合掌した。
「…愚かな奴。おとなしく、俺を離しとけばよかったものを…。」
友を裏切って、言う事はそれだけか。
今回、冒頭のほうで魔鈴さんがすっごい事やってますが、私の中の彼女のイメージはあんな感じです。
にこやかに、えらい事やらかしてくれそうな…そんな人。
魔鈴さんファンの方、どうも申し訳ありません。
原作でめったに台詞が回ってこなかったタイガーに、今回は活躍してもらいましたが、いかがだったでしょうか? (詠夢)
しかし、人間の醜さが「これでもか!」ってくらいに伝わってきますねぇw
横島も目先の欲に流されまくりですね。
それが横島らしいっちゃ横島らしいんですがw
次回を楽しみにしています(^^) (ATO)
やはりというか予想以上に、お二人ともタイガーに同情していただけて、きっとタイガーも草葉の陰で喜んでいるでしょう。(死んでません)
まあ、彼も横島に負けず頑丈ですので、復活する…かも?
次回では、もっと可哀想な人が出る予定です。涙してあげてください(笑) (詠夢)