『おや? 彼を見失ってしまったね。何処にいるんだろう?』
密室である浴室から、横島が消えた─。
まるで探偵小説のような謎にロキも首を捻るばかりだ。
『一体何処に行ったんだい、人工幽霊壱号?』
《そ、それが実は─。》
『え!? そんなところに!? 確かに事務所内だから反則じゃないけど……ほんとに手段を選ばないね。』
◆
真っ暗な闇のなか、どこからか取り出したペンライトに照らされて横島は笑っていた。
「ふっふっふ…! まさか誰も俺が、こんな逃走経路を使ってるとは思うまい。」
そう─。
なんと横島はあの後、浴室内の洗面台にある排水溝をつたい、ゴキブリよろしく配管の中を逃げていた。
確かに普通の人間なら考えつかんだろう…というか嫌だ。
汚れを霊波刀で焼き切りながら、横島は音を立てぬように慎重に移動する。
「しかし…雪之丞も憐れだったな。俺が逃げきった暁にはなんかおごってやろ…!?」
横島が独り言をこぼしていると、配管の中に妙な音色が聞こえてきた。
とても綺麗な音で、魂のすみずみにまでいきわたる…。
横島はまるで誘われるように、そちらへと向かって歩いていく─。
◆
『おっと? 横島くんの様子がおかしいぞっ!! …いやー、彼女も結構怖いねぇ。』
《普段は優しい方なのですが、時折…。》
ため息の気配のにじむ人工幽霊壱号の声に、わかってるとでもいうようにロキが頷く。
『本性(?)が覗くってやつかな? さあ、ゴキブリホイホイにかかったゴキブリの運命や如何に!?』
◆
やがて一つの明かりが見えてきて、音はそこから流れ込んできていた。
操られた横島の体は躊躇わずその明かりへと飛び込む。
その部屋には奇妙にねじれた笛をふく、巫女系美少女の姿があった─。
「お、おキヌちゃん…!? そ、それはネクロマンサーの笛…!!」
「ふふっ! …さぁ、何も怖がらなくていいんです。私のところへ…。」
だが言葉と裏腹に、笛を吹くおキヌの目はなにやらいつも異常にアブナイ光を宿している。
怖がるなと言われても、むちゃくちゃ怖い。
(あ、アカン!! このままでは…っ!!)
しかし、横島の心を裏切るように、体は前へ前へと進んでいく。
絶体絶命か!?
そう思われた横島に、救いかどうかは知らぬが助け舟が入る。
「そうはさせないのねー!!」
「きゃっ!!」
飛んできた鞄にぶつかられ、おキヌは笛を取り落としてしまう。
彼女にしては珍しい鋭い目つきで、声のほうを睨む。
「なにをなさるんですか、ヒャクメ様!!」
「妨害自由ということを忘れてもらっては困るのねー。」
Vサインをするヒャクメが、手元に戻ってきた鞄をキャッチする。
まるでブーメランのようだ。
二人の間に閃光が走り、火花が飛び散る。
「……負けません!」
「望むところなのねー!」
そして、二人は合わせたかのように横島へと向かって走り─。
「あれ?」
「横島さん?」
すでに、横島はその場から消えうせていた。
◆
『アッハッハッ!! やるねぇ。手に入れたチャンスは逃さないか。』
「それが横島さんの長所でもありますから。」
ロキの隣に、魔鈴めぐみが座って微笑む。
『おや、もういいのかい? リタイアはいなかったの?』
「ええ。皆さん、凄いやる気を出してましたから。─例外もなく。」
にっこり笑う魔鈴の表情は、不吉な意味でも極上であった。
◆
「あー…びっくりした。まさか、おキヌちゃんまであんなだとは…!」
煩悩が先走りすぎて忘れていたが、参加者全ての目が血走っていたことをいまさらながら思い出す横島。
彼らが全力で襲ってくることの意味を、ようやく理解し始めたらしい。
「…こーなったら、適当な奴に適当に捕まるのがいいかもしれん。」
そう思い始めていると、通路の向こうをパピリオが駆けていくのが見えた。
パピリオなら、そんな大変なことは頼まれないだろう。
そう思った横島は、パピリオを呼び止めた。
「おーい、パピリオー!」
「へっ? あっ、ヨコシマッ!!」
横島に気付いたパピリオは、嬉しそうな表情で立ち止まる。
「なあ、パピリオ? もう俺、疲れたから捕まえてくんねーか?」
「えぇッ!? わかったでちゅ!! だったら早くこっちに来るでちゅよー!」
「おー…!?」
横島はようやく一安心と駆け出そうとした瞬間、自分に悪寒が走るのを自覚した。
それは横島の人一倍敏感な、生存本能からくる危機回避警報だった。
このまま進んではいけない─…!! すぐに引き返せ!! と、うるさいほど鳴り響く。
ふと、自分の目の前を何かが舞ったのを感じた。
「何だ? ………粉?」
はっ!! として上を見上げる横島。
そこには、天井を埋め尽くさんほど巨大で、大量の蝶の群れが飛んでいた。
横島が気付いたと見るや、それらはいっせいに急降下してくる。
「な、何だァァァァッ!?」
とっさに後ろに飛びのいてやり過ごす横島。
ざあっ、と通り過ぎた蝶たちはパピリオの頭上へと戻っていく。
「チッ…! 失敗でちゅか…!!」
舌打ちするパピリオに、横島は全てを悟った。
罠─?
あの蝶たちは、蝶の化身たるパピリオの眷属だ。
その毒燐粉を浴びれば、魂の髄まで痺れさせられてしまう。
「さあ、ヨコシマ…いや、ポチ。こっちに来るでちゅ。怖くないでちゅから…。」
横島は無言で踵を返すと、韋駄天もかくやというスピードで逃げ出す。
「コラーッ!! 待つでちゅ─!!」
パピリオの追ってくる声を聞きながら、横島は呪詛の言葉を胸のうちで吐き出した。
何が蝶の化身だ。むしろ蜘蛛じゃないか。
糸を、罠を張り巡らして獲物を待つ蜘蛛たちの群れ─。
どんなに幼かろうと、女は蜘蛛だ─。
「始めたからには途中で終われんということかよ、ドチクショォォォ─ッ!!」
一つの真理を悟った男は、悔し涙を流して疾走する。
どうもある程度進んだところで、排気口やら何やらの中にまで逃げ込んだらしいです。
今回、パピリオがわざと横島を『ポチ』と呼んでますが、言うことを聞かせようとしてそうなったわけです。
横島君も大変ですね♪(当人、たまったもんじゃないでしょうが) (詠夢)
こういったドタバタ物は大好きですので、楽しく読ませていただきました。
ですが、連載の評価は完結してから、と思っていますので、今回はゆとりのあるB評価にさせていただきます。
>笛を吹くおキヌの目はなにやらいつも異常にアブナイ光を宿している。
誤変換だとは思うのですが、妙に納得してしまいました(笑) (まんちゃん)
パピリオも結構危ないし。タマモに捕らえられる辺りが良いのかなぁ〜 (紅蓮)
…本当だ!! 誤変換ですね。まったく気がつきませんでした。
なにせ、このシーンのイメージに、『以上』より『異常』のほうが違和感なかったので(笑)
以後、気をつけます!
いつもコメントありがとうございます、紅蓮様vv
普段は優しい女性でも、ちょっとしたきっかけで壊れてますね(汗)
この調子じゃ、タマモも不安…。 (詠夢)