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短編連作シリーズ 『ある人々の一日』

ある女教師の一日


投稿者名:みはいろびっち
投稿日時:04/ 4/ 2

そこには二人の女性がいた。

一人がややうつむきがちにして暗い声でもう一方へと語りかける。

「ねぇ。最近人生の選択についてよく考えるのよね…。」

「え、なんですか?いきなり。」

なにやら深刻そうな話題をいきなり話しかけられた女性は驚いたように聞き返した。

「人生の選択よ。なぜあの時こんな道を選んだんだろうって……さ。」

女性はそういって儚げに微笑んだ。

「ハ、ハハ…」

話しかけられた女性には引きつった笑顔で答えるしかすべはなかったようだ。


彼女たちはなぜこのような会話を交わしているのか、その答えは二人の周囲にこだまする甲高い声にあるようだ。



「せんせえ〜、たけしくんが私のおにんぎょうとったぁ。」

「先生、のびたくんとすねおくんまたけんかしてます。」

「先生。」

「せんせえぇ〜。」



「「ハ、ハハハ…。」」

そしてその場には二人の笑い声がむなしく響くのであった。




「ねぇ、おキヌちゃん。」

「はい?」

二人はせわしない作業の合間を縫うように会話を続ける。

「最近さ、根性焼きとか懐かしくなるのよね…。」

遠い目をして語る彼女の不穏当な発言は聞かなかったことにするべきであろうか…。

「根性焼き……それっておいしいんですか?」

おキヌのいっぺんの曇りもない瞳に彼女はただがっくりとうなだれるしかなかった。





一文字魔理21歳の春のことであった。






お昼過ぎ、そこはそれまでの喧騒がうそであったかのような静けさに包まれていた。

その静けさの中にはあたかも魂が抜けたかのようにして壁にもたれて座る二人の女性がいた。

「ねぇ、おキヌちゃん。」

「なんですか?」

「この時間帯って……幸せだよねぇ。」

その説得力に満ち溢れた言葉におキヌは心からの同意を示す。

「至福の一時って言うのを実感しますね。」

そこに現れたのは二人もよく知る一人の女性であった。

「あらあら〜〜。みんなはおひるね中ですか〜〜。」

「あ、理事長!」

「みんなちょうどさっき眠ってくれたところです。」

突然現れた当六道女学院理事長に魔理は返事をしてからあわてて立ち上がり、おキヌがあたりに眠る園児たちを見回しながら状況を説明した。

「みんな良い子たちばかりでしょう〜〜。」

「「そうですねぇ〜〜。」」

理事長に答えた二人の言葉は心からのものであった。

魔理もおキヌも基本的には子供好きであるようだ、世の中には可愛さあまって憎さ百倍などという言葉もあるようではあるが…。

それにしても語尾が伸びるという六道一族独特の口癖はどうやら周りにも伝染するらしい。

「魔理ちゃんもおキヌちゃんも子供の世話がとってもうまくて、おばさんうれしいわ〜〜。」

「「ありがとうございます。」」

普段なかなか会話をすることのない理事長のお褒めの言葉には二人とも感動したようだ。

「それでね〜〜。隣の組の先生が〜〜午後から用事ができちゃったから〜〜。これからあなたたちにそっちの組の子達をお願いしたいのよ〜〜。」

「え…。」

「い、いますぐ……ですか?」

硬直するおキヌと引きつったように尋ねる魔理に対し、理事長はまるで無邪気な子供たちのようなつぶらな瞳で答える。

「もちろんよ〜〜。大丈夫よ〜〜。みんなとってもいい子達だから〜〜。」

「「は、はぁ…。」」

理事長の何の救いにもならない言葉に対し、二人はうなずき、ただ心の中で涙を流すしかなかった。

えてして至福の一時というものは短いものである。






「みんなの先生がちょっと用事ができちゃったから、今日は私たちがみんなの先生をしますね。」

隣で子供たちに話しかけるおキヌの横で微笑みつつも、魔理は子供たちに対していまだおキヌのような自然な笑顔ができないことを少し残念に思っていた。

「あれ、おキヌおねえちゃん?」

一人の少女が驚いたような声を上げた。

「ひのめちゃん。こんにちは。」

「こんにちは。」

にっこりと微笑んで挨拶をしてきたおキヌに対し礼儀正しく挨拶を返した後でやはり疑問が首を持ち上げてきたらしく小首を傾げて尋ねる。

「どうしておキヌおねえちゃんが幼ちえんにいるんですか?」

その愛らしいしぐさにおキヌにしては珍しくいたずらっぽい顔をして答えた。

「それはね。私はちょっと前からここで先生のお勉強をしてるのよ。」

「そうなんですか?ぜんぜんしらなかったです。」

驚いたように目を丸くして答えるひのめにおキヌは微笑んで答える。

「ひのめちゃんを驚かせようと思ってみんなには内緒にしておいてもらったのよ。おどろいた?」

「はい!とってもおどろきました。でも幼ちえんでもおキヌおねえちゃんとあえるのはうれしいです。」

「ありがとう。私もうれしいわ。一緒にお勉強しましょうね。」

「はい!」

仲の良い姉妹のような微笑ましい会話に他の子達の世話をしていた魔理が加わる。

「えっと、美神さんの妹さんだよね。こんにちは。」

「はい、こんにちは。えっと…。」

ひのめは元気よく答えてから相手の名前がわからないことに少し戸惑っているようだ。

見かねた魔理が笑いながら言う。

「あたしは魔理だよ。ひのめちゃんとはもう少し小さなころに会ったことがあるんだよ。」

「そうなんですか?…覚えてないです。ごめんなさい。」

相手のことを思い出せなかったためか、沈んだような声で答えたひのめに対し、魔理はあわててフォローをする。

「いいよいいよ。まだひのめちゃんがだいぶ小さなころだったからね。それにこれでちゃんと覚えてくれたでしょ?」

「はい!よろしくおねがいします。まりさん。」

「こちらこそ。ひのめちゃん。」

花がほころんだかのような笑顔で答えるひのめに対し、魔理も自然な笑顔で答えるのだった。







中天にあった太陽も西に落ち徐々にその色合いを変えてくるころになると、親が迎えに来た子供たちが一人また一人と去っていき、賑やかだった教室も少しずつその趣を変え始める。

今また一人帰途につく子供を見送っていた魔理の前には思いがけない人物が現れたのだった。

「こんにちは。ってあれ?おキヌちゃんに……魔理ちゃん?」

そこに現れた青年の微妙な言葉の間から魔理はなにかを感じ取ったらしい。

「ま、魔理ちゃんって…あんた、今あたしの上の名前思い出せなかっただろ。よ・こ・し・まさん?」

「は、はは……。」

ジト目で睨む魔理に対して明後日の方向を向いて逃れようとする横島も徐々に追い詰められているようだ。

「ひのめちゃんならともかく、あんたとはもう何度もあってると思うんだけどねぇ?」

「悪いのはオレじゃないんだ〜〜〜。タイガーが、あのやろうがいっつも魔理さん、魔理さんって言うからちょ〜っと上のほうが出てこなかっただけなんだよぉ〜〜〜。」

必死に責任転嫁を図ろうとする横島に対して、彼にとっては最も厳しい言葉が突き刺さる。

「お兄ちゃん、人の名まえはちゃんと覚えないとだめです。ちゃんとあやまりましょう。」

「は、はい。ごめんなさい…。」

腰に手を当ててたしなめるひのめと平謝りする横島の情けない姿にその場には自然と笑い声があふれるのだった。






「そうかぁ、二人とも今教育実習に来てるんだっけ。」

「はい。幼稚園の先生って思ったよりも大変なんですよ。」

おキヌが簡単にここ六道女学院幼等部に二人がいる過程を説明すると横島も前にそんな話を聞いていたことを思い出したようだ。

横島はひとしきり納得してからひとつの疑問を口にする。

「そういえば弓さんはいないの?」

いつも一緒にいる三人組の一人だけがいないことで気になったのだろうが、横島の口から親友とはいえ他の女性を気にかけるような言葉が出てきたことはおキヌには少し複雑であるようだ。

かわって魔理が答える。

「あいつはさぁ。あたしたちより先に大学はいるときには免許取ってたろ。だから教育課程は取ってないんだよ。」

魔理、おキヌより一年早く、高校三年のときにGS免許を取得した弓かおりは魔理たちと同じく六道女学院の大学部へは進学したものの教育課程は選択しなかったようだ。

「そういえばさ。二人は何で教育課程を取ったの?」

「「え?」」

「二人ともGSになるんでしょ?」

比較的時間をとられる教育課程のことを考えれば当然とも言える横島の疑問に二人は思いがけないことを聞かれたかのように戸惑い、しどろもどろになって答える。

「そりゃあ、まぁ、だってその……ねぇ。」

「えぇと…。」

「「?」」

要領を得ない二人に対し、横島とひのめは顔を見合わせそろって首をかしげた。

その様子をみて魔理がしぶしぶと答える。

「大学入った時はまだGS免許取れるかどうかもわかんなかったしさ。それに……一応資格もってた方がつぶしが効くしさ。」

なにやら妙に現実的な答えに横島は不況の波を感じ、そっと涙をぬぐうのであった。

わずかに訪れた沈黙に気まずさを感じたのか魔理がつぶやく。

「幼稚園の先生がこんなにきついって知ってたらかおりのやつも無理やり誘うんだったよ。あいつさ『あ〜ら、大変そうですわねぇ〜〜〜。ホホホホホ〜〜〜。』とかって笑いやがるんだぜ。」

妙に似ているモノマネに横島とおキヌは笑いをこらえ切れず、つられて魔理も笑い出すのだった。

ひのめは一人何のことかわからず首をかしげているようだった。

「?」







幼稚園での作業も終え、四人はそろって帰途に着いた。

そのときにふと最初の疑問を思い出した魔理は尋ねる。

「そういえばあんたは何で幼稚園に来たわけ?」

「オレ?あぁ今日はちょっと近くに用事があったからね。ひのめちゃんが帰るころだろうと思って迎えに着たんだよ。」

「へぇ。そうなんだ。」

自然に答えた横島を見て、こいつ子煩悩なオヤジになりそうだなぁ……などと考える魔理であった。

そんな横島を微笑みながら幸せそうに見つめている親友を応援しつつも、そのときに彼の隣にいるのは誰なのか、修羅場の予感に魔理はニヤリと顔をほころばせる。

その視線を感じたのかおキヌはきょとんとした顔で横島、ひのめと顔を見合わせるのだった。





分かれ道にさしかかり魔理は三人に声をかけた。

「あんたらはこのまま美神さんの事務所に行くの?」

「えぇ。……横島さんもきますよね?」

おキヌはいったん答えてから横島のことを気にしてか、そちらに振った。

「そうだなぁ〜。おキヌちゃん…。」

「は、はい?」

急に真剣な顔をした横島に見つめられ頬を赤く染めるおキヌの様子を魔理はわくわくしながら眺める。

「…。」

「…。」

しばしの沈黙の後ついに横島は口を開く。

「今月もう苦しいんだよ。晩飯食べさせてくれる?」

「……はい。」

横島のいつもどおりの言葉におキヌはがっかりしたように肩を落として答え、魔理は「あいつだとどうせそんなとこだよなぁ。」などといいつつ苦笑いを浮かべる。

そんな三人の様子にひのめは、やはりきょとんとして三人の顔を見比べるのだった。




「じゃあ、あたしはこっちだから。」

「はい。さようなら。一文字さん。」

道を指し示す魔理におキヌは笑顔で挨拶をし、魔理も三人に挨拶を返す。

「バイバイ。おキヌちゃん、ひのめちゃん。ついでに横島さん。」

「ついでってなぁ……。まぁいいか。」

「さようなら。まりさん。」

横島は苦笑いをしつつ答え、ひのめは笑顔で挨拶を返した。

それからふと思いついたのかおキヌがひのめに声をかける。

「ひのめちゃん、手をつないでいきましょうか?」

「はい!お兄ちゃんもつなぎましょう。」

「ん?いいよ。じゃあ手をつないで帰ろうか。」

「はい!」

ひのめを間に挟んで手をつなぐ三人の微笑ましい後ろ姿に再びいたづら心がわきあがったのか魔理がニヤリと笑って声をかける。

「あんたたちそうしてるとどう見ても親子だよ。」

「え。そう。うれしいなぁ。」

何も考えてないように朗らかに答える横島の傍らでは、うれしそうに顔を赤く染めるおキヌと少し複雑そうな笑顔を浮かべるひのめがいるのだった。






三人と別れ、一人帰途に着く魔理は夕暮れの空を見上げながらつぶやく。

「あ〜ぁ、それにしてもおキヌちゃんは変な趣味してるよねぇ。……ま、悪いやつじゃないんだろうけどさ。」

ひのめを見つめる横島の父親のような姿を思い浮かべつつそうつぶやいた後に付け加える。

「さ〜て、あたしは早く帰ってタイガーにでも電話するかな。」

……どうやら自分も十分変わった趣味をしているという自覚はないらしい。






「ひのめちゃん、今日は幼稚園では何をしたの?」

つないだ手を前後に振りながら尋ねる横島に対し、ひのめは少し考えてから元気に答える。

「お昼からはおキヌおねえちゃんとまりさんといっしょにかくれんぼをしました。」

「へぇ。楽しかった?」

「はい!」

うれしそうに答えた後にふとなにかを思いついたのか、二人のことを微笑ましげに見ていたおキヌのほうをみてから尋ねる。

「おキヌおねえちゃんは先生になるためのおべんきょうをしているんですよね?」

「そうよ。」

「では、幼ちえんではおキヌ先生ってよんだほうがいいですか?」

ひのめの言葉を聞きおキヌは遠い目をしてつぶやく。

「おキヌ先生…。…………いいかも…。」

なにやら教職に対する憧れは持っているらしい。


違う世界に行ってしまったおキヌを不思議そうに眺めてから横島は再び尋ねる。

「お昼までは何をしてたんだい?」

「お昼まではみんなでお絵かきをしてました。」

「へぇ。」

「もってかえってきてますから家についたらお兄ちゃんにも見せてあげますね。」

「それは楽しみだなぁ。この間の絵もとっても上手だったもんね。」

いずこかから帰ってきたのかおキヌも会話に加わる。

「この間の絵って?」

「あぁ。このあいだオレの家でひのめちゃんにオレ達の絵を描いてもらったんだよ。オレとあとタマモの友達のえっと……。」

どうやら人の名前を覚えるのが苦手らしい横島をおキヌがフォローする。

「タマモちゃんの友達って言うと……真友くんでしたっけ?」

「そう。それ。どうも覚えにくい名前なんだよなぁ。」

真友というのが覚えにくいかどうかは別として名前が出てきたことでひとしきり満足してからおキヌがひのめに尋ねる。

「今日は何の絵を描いたの?」

「きょうは家ぞくのみんなであそんでる絵をかきました」

「へぇ。オレも入ってる?」

自分を指差しつつ尋ねる横島にひのめは元気に答える。

「はい。お母さんとおねえちゃんとおにいちゃん、おキヌおねえちゃんにタマモさんにシロさん、それからスズメちゃんといちごうくん!」

「い、いちごうくんも入ってんの??」

「はい!」

「へ、へぇ。そ、それは楽しみだねぇ。おキヌちゃん。」

「そ、そうですねぇ、横島さん。」

二人は野原でみんなといっしょに駆け回って遊ぶ家の形をした人工幽霊一号の姿を想像し、引きつりながら答えた。

いったいどのような絵が出来上がるのか、彼らの疑問は美神の事務所につくまで解決されることはないのだった。


−おしまい−


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