椎名作品二次創作小説投稿広場


短編連作シリーズ 『ある人々の一日』

ある少年の一日


投稿者名:みはいろびっち
投稿日時:04/ 4/ 1

「えと…、好きです。僕とつきあってください。」


彼女と出会って五年、少年はついに思いのたけを口にした。

五年、一口に五年といってもこの年頃の五年といえばとても大きな意味を持つだろう。

彼に関して言えば実に人生の三分の一にも当たる期間である。

そしてその五年間を彼女ととてもいい関係ですごしてきたという自負のある彼にはそれなりの自信があった。

「え…」

彼女は突然のことに少し驚いているようだ。

普段はクールな彼女のこんな表情は珍しく新鮮だが、今の彼には残念ながらこの表情を楽しむ余裕はないようだ。

彼女は少しうつむいている。

『ここまでは予定道理だ。』

これまでに彼の頭の中で行われてきた四桁に及ぶシュミレーションの結果、実に87%の確率でこの反応だった。

『僕は落ち着いている。』

彼は冷静に分析をする。

この後の彼女の反応は74%が成功、13%が「お友達でいましょう」、11%が失敗、残り2%は何者かの乱入(?)だった。

お友達でいましょうと失敗との間にはどのような違いがあるのかはなはだ疑問ではあるものの彼の中ではその二つの間には大きな違いがあるらしい。

『大丈夫、決して分の悪い賭けではないはずだ。』

もし、万が一、仮に、何かが間違って失敗だったとしたら,そのときは男らしく無言で去ろうと心に言い聞かせて彼は返事を待つ。

「…ごめん」

!!!!

「なんで???どうして???」

…あまり冷静ではなかったらしい。



「僕がただの人間だから?それともまだ高校生だから?」

「え」

「僕の家族が問題なの?大丈夫だよ、みんな動物好きだし、いざとなったら二人で駆け落ちもあるし!」

「いや、あのね、おーい」

「それともやっぱり車なの?男の価値はやっぱり車で決まるって言うのか〜〜〜」





ボウッ





「あつっ、か、髪が…。燃える〜」

服をばたつかせ必死にどこからともなく現れた火を消そうとする少年の隣で少女はにこりと微笑んでいる。

「落ち着いた?」

「は、はひ…」

「あのねぇ、私は別に人間だからどうとか、車がどうとかは気にしてないわよ。大体あんたまだ高校生でしょうに…。」

「へ?じゃ、じゃあ、なんで…」

「それは、えーと、その、まぁ…」

言いよどむ少女を前にして少年の頭の中ではこれまでの四桁に及ぶシュミレーションの中でも一度としてなかった結果が導かれつつあった。

「いわゆる、その好きな人ってやつ、というかちょっとだけ気になるというか、まぁそんなようなのがいるような気がしないでもないのよ。」

耳の先まで真っ赤に染めた彼女はこの上なくあいまいでありながら、誰が聞いても一目でわかる返事をくれたのだった。


燃え尽きる前の炎の最後のきらめきか、少年は最大の疑問を口にしたのだった。

「…やっぱり、キツネ?」

「違うわよっ。ニ・ン・ゲ・ン!ついでに言うなら車も持ってないわよ。」

そして彼は燃え尽きたのだった…。






真友康則15歳の春のことであった。






まるで仕事に疲れた中年サラリーマンのような哀愁をその背に漂わせつつ、川沿いの道をひとり歩く少年がいた。

「…まさか。…何が足りなかったんだろう…。こんなはずでは…。…やはり油揚げをもっていかなかったのがまちがいだったんだろうか…。」

怪しげにぶつぶつとつぶやきながら歩く少年の横では、親子連れのほほえましい会話が交わされていた。

「ママ、あの人なにか言ってるよ。」

「こら、指をさすんじゃありません。」

少年はよりいっそうの哀愁を漂わせるのであった。





すでに不審人物と化していた少年に一人の青年が話しかけてきた。

「あれ、君は確かタマモの友達じゃなかったっけ?何回かあったことあるよな。」

「え?」

「たしか、名前は…、そう、マリモ君!だったっけ?」

「ま、真友です…。」

「…。ま、まぁよくある間違いだよな。」

あさっての方向を向きつつさわやかに話す青年とは確かに何度か顔をあわせたことが会ったらしい。

「えっと、横島さん、ですよね。GSの。」

「そそ、ちょうどさっき仕事が終わって帰ってるとこなんだけど…。」

そこまで話して横島は小首をかしげた。

「どうしました?」

「いや、君、なんかあったのか?顔に縦線が入ってるぞ。」

「え、いや、その…。」

言いよどむ少年の様子から横島はなにかを悟ったかのように大きくうなずく。

「あぁ、その年頃の青少年の悩みっていやぁきまってるよな。」

「えーと、まぁ、なんといいますか…。」

「いやいや、言わんでいい、言わんでいい、ここはこの人生の先輩に任せなさい。」

「へ?」

まるで相談を持ちかけられた教師のように優しい目をして肩をたたく横島に、そこはかとない不安を感じる少年であった。

「そうだなぁ。よし!飯でもおごってやるよ。オレの部屋に来ないか?そこで青春のすばらしさについて語り合おうじゃないか。」

「そんな、悪いですよ…。」

「若いもんが遠慮なんかするんじゃないよ。ちょうどオレ今日が給料日だったんだよ。心配すんなって。」

プロのGSといえば高給取りの代名詞といってもいい職種である、たしかに遠慮をする必要はないのだろうが、少年としては自分のふられ話などそれほど深い交友があったわけでもない相手にするような話でもなくなお躊躇っていた。

「ほんと遠慮すんなって、タマモなんかしょっちゅう人にたかるけどまったく気にしてないぞ。」

「え。」

「さ、いこいこ。」

まさに悩みのすべてを占める少女の名を聞き、少年が一瞬硬直したところを容赦なく連行していく横島だった。






二人がたどり着いた先は某福の神が住み着いているためかろうじてつぶれずにすんでいるという噂のあるなんとも歴史を感じさせるアパートの一室であった。

ちなみにこの噂、福の神本人がせっせと広めているらしい。

「えっと狭い…じゃなくて、小さくまとまっているというか、こじんまりとしたと言うか…。」

一人暮らしにしては片付いているもののお世辞にも広いとはいえない部屋に入り、小さく汗をかきつつコメントに詰まっている少年をみて、横島は笑ってフォローする。

「良いよ、気にしなくて。ぼろアパートだろ。でもまぁ長く住んでるからなぁ。なかなか引っ越す気になれないんだよ。オレが高校生のころから住んでるからね。」

「そうなんですか。高校生のころから一人暮らしを?」

「そ。一人暮らしはいいぞぉ。」

「親に反対されたりってしなかったんですか?」

少年の両親はかつて離婚寸前まで行ったという経験があるのだった。

少年を一人で遊園地において離婚調停を行おうとしていたところ、その遊園地に悪霊が出現し少年は行方不明になった。

両親は押しつぶされそうになる不安を互いに支えあい、少年が無事に姿を見せたときには二人の間にわだかまりは消えていた……らしい。

そのときは彼も大いに喜んだものだがそれ以来両親に溺愛され、門限は午後五時、無断でそれを過ぎると二人そろって玄関で泣いているという笑えない両親を持つ彼にとって一人暮らしはまさに夢のまた夢といえるかもしれない。

今日もすでに家に電話をかけているのだった。

「うちの親はそろって息子を捨てて地球の裏側に国外逃亡中だからなぁ。」

そう答えた横島は引きつる少年を見て、あわてて口を挟む。

「冗談だって。ただちょっと五年以上日本にほとんど帰ってこなくて、仕送りもほとんどないってだけだよ。テロとかあってちょくちょく住所が変わるらしいからこっちから連絡はできないけど向こうからはたまに連絡あるしな。」

笑顔で語る横島を見て少年はますます顔を引きつらせるのだった。






「さあて、とりあえず飯にするか。」

そういって横島は押入れの中からなにかを出してくるのだった。

「?」

「さ、好きなのを選んでくれ。」

そういって横島が誇らしげに出してきたものは、さまざまな種類のカップ麺であった。

「…」

そうして少年はひとつの認識を新たにするのであった。

GSって一体…。






「さ、じゃあそろそろお楽しみと行きますか。」

「?」

狭い部屋で男二人でカップめんをすするという心温まる食事を終え、横島はそういっておもむろに立ち上がり再び押入れからなにかを出してくる。

「なんですか、それ?」

「君の悩みを解決してくれるものさ。いわばバイブルだね。」

それは一本のビデオテープであった。

タイトルは『罪と罰』。

「ドストエフスキー?」

「へ?」

とっさに少年がつぶやいた原作者をどうやら彼は知らなかったらしい。

が、なんとなく少年の勘違いを悟ったようだ。

「あのなぁ。我ら青少年のバイブルといえばひとつしかあるまい。」

「えっと、なんです?」

『あなたはいつまで青少年なんですか』という心の叫びを押し隠す少年であった。

変なやつだなぁという表情をしつつ横島はタイトルのシールをめくる。

「なっ。」

横島がめくったタイトルのしたから出てきた妖しげなタイトルを目にし少年は顔を染め言葉を詰まらせるのだった。

「親と一緒に住んでちゃじっくり観賞できないもんな。ここはひとつこころゆくまで堪能していってくれ。これで君の悩みも一発で解決さ。」

「…」

さわやかな顔で大いなる誤解を語る横島だった。







30分後。

そこにはやけにすっきりした顔の二人がいたが、その間に何があったかは少年の名誉のためにも伏せられるべきであろう。

「悩みなんかきれいさっぱりなくなっただろ。」

「はい!…じゃなくてですね。僕の悩みっていうのはこういうことではなくて…。」

「へ?」

「その…タマモさんのことなんですけど…。」

「タマモの?」

少年はどうやら自身の名誉の回復のために悩みを打ち明けることにしたらしい。

「タマモがどうかしたのか?」

「えっと、その、…」

いざとなると躊躇いも生じるのか、いったん深呼吸をして思い切って言う。

「タマモさんには好きな人とかいたりするんですか?」

「へ?タマモの好きな人?」

「はい。」

「シロくらいしか思いつかんぞ。」

「シロさんですか……って女の人じゃないですか!」

「へ?」

どうやら少年はタマモの同居者であるシロとも面識があるらしい。

「好きな男の人ってことです。」

「うーん…。どうだろ。」

横島は真剣に悩みはじめ、そしてしばらくしてなにかに思い立ったらしい。

「なるほど!」

「誰かいるんですか?」

勢い込んで尋ねる少年に横島はニヤリと笑って答える。

「要するにこういうことだな。タマモ似のビデオのほうがいいと。」

「…」

燃え尽きたように真っ白になる少年をよそに三度押入れをあさる横島だった。




「うーん…。オレはロリコンの趣味はないからなぁ。この辺でどうだ?」

「だ、だからですね…。」

今度は『カラマーゾフの兄弟』と書かれたビデオを取り出してきた横島に対し少年は気力を振り絞り再び説明をはじめようとした。






コンコン

「こんにちは。」






扉の外から聞こえてくる声に対し、横島は一瞬固まった後恐るべきスピードでビデオを片付け扉を開けた。

「や、やぁ。こんにちは、ひのめちゃん。」

そこにいたのは愛くるしい少女だった。

「幼ちえんがおわったのであそびにきたんですけどいいですか?」

「もちろん。さ、どうぞ。」

「ありがとうございます。」

「いえいえ、どういたしまして。」

礼儀正しい少女に、横島は愛娘を見る親のようなまなざしで微笑む。

すっかり忘れ去られた少年が口を開く。

「えっと…。」

「あ、お客さま、ですか?」

「あぁこちらはタマモの友達の真友君。」

「えっとそちらは横島さんの……お子さんですか?」

少し考えた後に尋ねた少年に、いったんずっこけてからあきれたように言う。

「あのなぁ、オレがこんな大きな娘がいるように見えるか?これでもオレまだ22だぞ。」

「えーと、そういわれてみるとそうですね。」

引きつった笑いを浮かべつつ答えたところで少年はふと視線を感じ隣に眼をやると少しむっとしたような表情を浮かべているひのめを目にしあわてて取り繕う。

「えっと、はじめまして。」

「はじめまして。美神ひのめです。」

「美神っていうと…」

「そ。オレやタマモの上司の美神さんの年の離れた妹だよ。」

「へぇ。礼儀正しい子ですね。」

「ありがとうございます。」

ひのめは少年に対し無邪気な笑顔で答える。

一方で横島はおもむろに少年の手を硬く握り締め、涙ながらに語る。

「わかってくれるか、真友君!」

「え、は、はぁ。」

何のことかわからない少年に横島が小さな声で説明をしたところによると、どうやら長女のあまりにゆがんだ性格に心を痛めた母親と横島、おキヌら同僚、そしてひのめの前に来るとまるで縁側で孫を抱くおじいちゃんのようになってしまう唐巣神父らによる献身的教育により、次女ひのめの人格と道徳観念は形成されていったらしい。






「さ、ひのめちゃん。今日は何して遊ぼうか?」

「お絵かきしたいです。」

「お絵かきか、何を描きたいんだい?」

「お兄ちゃんをかきたいです。」

「オレをかい。いいよ。じゃあモデルをやろうか。」

「ありがとうございます。まともさんもいいですか?」

「えっ?」

まるで仲のよい兄妹のような二人の会話に完全に取り残され、むなしくたたみの目の数を数えていた少年はあわてて答える。

「僕もかい。もちろん良いよ。」

「ありがとうございます。」

目を潤ませて答えるところを見ると相当さびしかったらしい。






一時間ほど三人で話をしながらひのめの絵のモデルをやった頃にははじめは少しぎこちなかった少年もすっかり打ち解けていた。

彼女の完成した絵に一通り感想を述べた頃にはそろそろ日が暮れ始めていた。

「日も暮れ始めたみたいなんで僕はこの辺で。」

「あぁ、そうだね。今日はひのめと一緒に遊んでくれてどうもありがとう。」

「いえ、僕も楽しかったですよ。」

「まともさん、きょうは絵のもでるをやってくれてありがとうございました。」

「いえいえ、どういたしまして。僕のほうこそ格好よく描いてくれてありがとう。」

笑顔で手をふる二人を後にして満ち足りた気分で横島宅を後にする少年であった。






5分後

「そういえば僕…何しにいったんだろう…。」







「そういえば、きょうはまともさんは何をしにきてたんですか?」

「ん?」

ふと思いついてたずねるひのめに横島は頭をひねるのだった。

「そういえば、何しに来たんだっけ。何か言ってたような気もするんだが…。まぁいいか。」

「?」



「そういえばお兄ちゃんはきょうはもうごはんは食べましたか?」

「ん?どうしたの?」

「お母さんとおねえちゃんが、きょうお兄ちゃんのところによるんだったらよんでらっしゃいって言ってました。おキヌおねえちゃんがお兄ちゃんの分もごはんを作ってくれてるそうです。」

「そ、そうなの。う、うれしいなぁ。」

「はい!」

カップめんでふくれたおなかを気にしつつもひのめの笑顔には逆らえない横島であった。

「じゃあ、行こうか。」

「はい。」



−おしまい−


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