椎名作品二次創作小説投稿広場


黒き翼

発端2


投稿者名:K&K
投稿日時:04/ 3/21

 『チッ、ついてない。』

 第三軍本部の建物を出て兵舎の自分に与えられた部屋に戻ると、ワルキューレはベットの上に被っていたベ
レー帽を放り投げた。続いて身体を覆っている霊気を窮屈な制服から身軽な訓練用の戦闘服に変化させる。

 『これで休暇の予定もすべてパァだ。』

 ベットにドカッと腰を下ろすとそう呟いた。

 あの大戦より1年が過ぎたが、失われた拠点の再構築やアシュタロスの残党の掃討などの作業に追われ、休
むひまもなかった。ようやく魔界も落ち着きを取り戻してきたので、ここらで休暇でもとってゆっくりしよう
と思っていた矢先にこの命令だ。やっかいな話のようなのでできれば断りたっかたが、軍人である以上そんな
ことが許されるはずもない。

 『フゥ。』
 
 こうなった以上さっさとこの任務を片付けるしかない。ワルキューレはため息を一つつくと気持ちを切り替
えた。

 通常国主が入れ替わると、皇帝より祝賀の使節が膨大な量の祝いの品と共に送られる。もっとも、実際は皇
帝の権力と財力及びそれを支える魔力を見せ付け恫喝するのが本来の目的であるため、新国主が反抗的であれ
ばあるはど使節団は大掛かりなものとなってゆく。また、新国主の実力を見極めるのも使節団を派遣する重要
な目的であるため、彼らは3日から1週間ほどその地にとどまるのが通例である。

 今回はドルーズが小国であることから使者の滞在は3日程であろうとワルキューレは読んでいた。従って現
地に到着してから行動したのではなにもできない。また、使者を警護する武官として参加する以上あまり勝手
に動き回るのも不自然だ。

 『予め誰か潜り込ませておくか。』

 ワルキューレは通信鬼を手に取りある部下を呼び出した。

 『はい。アーガイラです。』

 しばらく呼び出し音が続いた後、ハスキーな女性の声か聞こえてきた。その声のバックにブツブツと文句を
いっているらしい男の声が聞こえる。どうやらお楽しみの最中だったらしい。

 アーガイラは彼女の率いる部隊のメンバーでインキュバス(淫魔)の母とオーガ(鬼)父から生まれたハー
フだ。母親からはセクシーな美貌とマインドコントロールの能力を、父親から怪力と類まれな格闘センスを受
け継いだ強力な魔族で、今回のように密かに敵地へ潜入するといった任務にはうってつけだった。

 『ワルキューレだ。お楽しみのところ邪魔してわるいが、すぐに私の部屋へ来てくれ。頼みたい仕事がある
  。』

 『(うるさいわね。とにかく今日はもうおしまい。さっさと帰って。)はい、わかりました。30分ほどで
  伺います。』

 『わかった。』

 ワルキューレは、アーガイラがベットから相手を追い出しているところを思い浮かべ、口元に苦笑を浮かべ
ながら通信機を切った。

 彼女は次に執務室に行き、デスクの上の計算鬼(コンピュータ)に向かうと起動ボタンを押した。ディスプ
レイが立ち上がるとすぐにチャネル管理局の親鬼(サーバー)にアクセスする。

 チャネルとは次元を超えて人界と魔界をつなぐ通路で、チャネル管理局とはいわば入国管理局のようなもの
だ。そこでは当然チャネルを通過した人物あるいは物の監視を行っており、その記録も保管されていて、軍関
係者なら誰でも自由に閲覧できるようになってる。

 ワルキューレはドルーズでのクーデター発生前3ヶ月と発生から今日までの1ヶ月、併せて4ヶ月分の履歴
を自分の計算鬼にダウンロードした。

 ファイルを開くと4ヶ月間にチャネルを通過した者のリストが表示された。人数はそれほど多くない。魔界
への出入りを併せて2000人ぐらいだ。

 『ん?・・・』

 なんとなく画面上のリストを眺めていたワルキューレは奇妙なことに気が付いた。通常魔界から人界へ出た
者のリスト上には一連番号(連続した番号)がふられている。ところが、今見ているリストは所々番号が飛ん
でいるのだ。

 ワルキューレの勘になにかがひっかかった。

 『確かめておくか。』

 ワルキューレは再び通信鬼を手にとり、リストの作成と管理を行っている中央データ管理局をコールした。

 『データ管理局です。氏名とID、および、所属階級をどうぞ。』

 受付係の事務的な声がかえってくる。

 『私は第三軍特殊部隊所属、ワルキューレ大尉だ。IDはDB256315。』

 『承知いたしました。ただいま身元確認をいたしますので、暫くお待ちください。』

 30秒程待つと再び受付係の声がかえってきた。

 『身元の確認ができました。通話をおつなぎいたします。相手の所属と氏名をお聞かせください。』

 『第2セクション所属のセリーヌ少佐に繋いでくれ。』

 ワルキューレは知合いの名前をつたえた。彼女は軍から中央データ管理局に出向中の軍人で軍と中央データ
管理局のパイプ役のような仕事をしている。

 『承知いたしました。そのままお待ちください。』

 暫く呼び出し音が続き、やがて聞き覚えのある女性の声にかわった。 

 『お久しぶりね、ワルキューレ。今こちら(魔界)にいるの?』

 『ええ、2週間ほど前に帰ってきたの。』

 『だったら連絡ぐらいくれてもいいじゃない。あなたは特殊部隊の隊員で此方からは連絡できないんだから。
  これでも結構心配しているのよ。』

 声に少し咎めるような調子がまじっている。

 『ごめんなさい。悪かったわ。』

 相手が友達ということもあり、ワルキューレの口調も男言葉ではなく普通にもどっていた。自分より階級が
上の相手と対等に話ているのは、特殊部隊の階級は一般のそれより1階級上とみなされているからだ。

 今までのことを差し障りのない範囲で説明する。
 
 『まあいいわ。なにかと理由があるんでしょう。で、今回はなんの用?あまり厄介なことはお断りよ。』

 相手の口調に苦笑の響きがまじっている。

 『今4ヶ月前のチャネルリストを見てるんだけど、何人か出力されていないみたいの。もし原因に心当たり
  があれば教えてもらおうと思って。』

 少し考えているような沈黙のあと返事がかえってきた。

 『それはおかしいわね。リストは毎回チェックさせてるけどそんな報告はきていないわ。』

 『誰かをリストの出力対象からはずすような臨時処理とかはやってないの?』

 『そもそもそんな必要のある人物は最初からそのリストには現れないし、特別処理をする場合はデータを
  削除しておしまいなんていいかげんなやり方はしないわよ。データを全部書き換えるから、後からリス
  トを見ても誰が削除されたかなんて判らないわ。それにここ半年ほどそんな依頼はどのセクションから
  もきていないわね。』

 『でも実際にリストからは消された者がいるわ。』

 『ちょっと考えにくいけど、何者かが勝手にデータを削除したと考えるのが一番自然かしらね。もしそうだ
  とすれば、やり方が乱暴なのも納得がいくわ。データの書換なんて簡単にはできないし、そのリスト自体
  そんなに熱心に確認してる者なんていないからデータを削除するだけで十分でしょ。』

 『リストから消された者を調べられないかしら?』

 『誰がこんなことをやったのか調査する必要があるから、ついでに調べることはできると思うけど、あまり
  期待はしないで。4ヶ月間だれも気付かなかったということは、リスト用ファイル以外の関連するファイ
  ルからも削除されている可能性が強いわ。』

 『解ったわ。それと、できればまだこの件は表沙汰にしないでほしいんだけどいいかしら。』

 『いいわよ。まだ部外者のしわざと決まったわけじゃないし。』

 『ありがとう。お礼は次の休みがとれたときに必ずさせてもらうわ。』

 『期待しないで待っているわよ。』

 通信鬼が切れるのとほとんど同時に部屋のドアをノックする音がきこえた。

 『アーガイラです。』

 『入ってくれ。』

 ワルキューレが応えるとドアが開いて戦闘服に身を包んだ美しい女性の魔族が入ってきた。

 モデルを思わせるような長身に均整のとれたプロポーション。豊かに波打つ金髪。見る者を誘っているかの
ような瞳。そして額の右側、髪の生え際から鋭くのびる1本の角がその美貌を妖しくいろどっている。

 『急に呼び出して申訳ないが、これから直ちにドルーズへ行ってくれ。』

 『ドルーズ・・・ですか?、先月クーデターのあった。』

 『そうだ。今回のクーデターの際、魔界以外の勢力特に人界からの干渉の有無を密かに調査することがお前
  の任務だ。』

 『調査期間は。』

 『1ヶ月ほどだとおもってくれ。私は明後日出発する今回の祝賀使節に護衛武官として参加することになっ
  ている。ここに戻ってくるのは一週間後だ。その後すぐに引き返して私も調査に加わるつもりだ。』


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