――――想い―――― それは人が持つ唯一の宝物。
決して色褪せることのない、永遠をも想像させる産物。
故に消えること知らず彷徨い続けることがある。たとえ・・・叶わぬ願いだとしてもそれが――――想い――――であるならば思念となり漂うことになりうる。
お願いっ・・・まだ・・・逝かないで!!
ここは、多少は有名なチェーン店で階段などではとてもじゃないけど最上階まで行くことは無理な程、都市の一部となっていた。毎日、大抵どんな時間も他人がいて、絶えることなく物品の供給や消費が繰り広げられている場所。様々な人種もいるし思想を持った人達が共存している場でもある、だからこそだが問題が生じるなんて日常茶飯事。どちらに非がある云々はともかく、うやむやになって終わるってことも・・・
「えっ、けど赤ちゃん何て・・・」
横島がおキヌの発言に対し明らかに否定の言葉を返す。
「きっと、あの人・・・赤ちゃんに逢いたいんですよ・・・」
哀しげな、うっすらとだけど瞳が潤んでいたおキヌちゃん。
しかし、分かっているとは思うが『あの幽霊』の赤ちゃんは、おそらく・・・
もうこの世にはいない。それは彼女も分かっている筈だ、伊達にGS見習いをやっていないんだから。それでも、そう言うのか?
横島は自分で考えられる限りでは、この手の霊は話し合いどうのこうのでは解決出来ないことを今までの経験で知っている。幾つもの悪霊を美神さんたちと一緒になって見てきたし己の手で除霊もしてきた。だから辛いのだ。可愛い大切な存在を失ったことを受け入れることは思ったほど簡単でないことを彼は自らの身で体験済みだった。
俺は・・・
下すしかない決断を。確かに相手の霊はとんでもない美人である。
肉体がないことが非常に残念ではあるが、生きてる人に迷惑は掛けてはならない。
それはこちらの一方的な都合かもしれないけど、それでも。GSって時点で仕方が無いことだ。
「おキヌちゃん、悪いけど俺が『あの幽霊』を極楽に逝かせてやるよ。」
普通に聞けば残酷なのかもしれない。霊にだって権利はあるだろ?
未練があるから、成仏した方がずっと楽なのに現世に留まっているんだろ?
それを踏まえた上で強引に除霊するんだから後味はかなり悪い、そして、哀しい。
正直こればっかりは何度立ち会っても慣れないし、慣れてしまったら終わりだ。
「俺が、完全に葬ってやる。もう絶対現世に戻って来れないように・・・」
顔を伏せて影を作り、右手に力一杯霊力を込める。
「待ってくださいっ!それじゃあ『あの人』は満足して成仏できませんよ!!」
おキヌが横島の腕の服を引っ張って作業を止める。
「けど・・・無理だってことは分かるだろ?」
「・・・・」
何も言葉が出ない、おキヌは己の無力さを呪った。今、自分の目の前で苦しんでいる霊がいるのに・・・それなのに何の手助けも出来ない。成仏って簡単に口にするがそれほど簡単なものじゃない。満足出来ずに成仏してまったら、後悔の念に駆られる。永遠の時の中に取り残された感覚、それは決して耐え切れる代物ではない。
『いやああああああぁぁあああぁあああっ!!!!』
霊圧が倍加し身体が後ろに反り身になり数歩後退する。
『返してえええぇぇえええぇっっ!!!!!!!!』
眼前に迫り来る歪んだ空間。両手で庇うが重力に似たものに吹き飛ばされそうになるのを全身で感じる。既に電撃のような霊波が具現化され肉眼ではっきりとそれが認識出来る。ポルターガイストの力も徐々にだが威力を増してきて建物自体が振動し始めた。
――――――――ガタガタガタガタガタガタッ!!――――――――
「分かるだろっ!?これ以上はレッドゾーン何だっ!」
足元がふらつきバランスを一定に保つのが困難な状況で横島は再び右手に霊波刀を出現させる。左足を前に出し膝をクンと落として体勢を作る。
「私は、私は・・・」
「俺だって辛い、けど『あの人』が現世に留まって・・・戻ってこない人を待ってて、ずっと苦しんで。その結果少なくとも俺は幸せになれるとは思わないんだ。」
何も、方法がないの・・・?
横島の右足がじりじりと後ろに下がる。床と靴の摩擦で高い音が響いた。
「あの世に逝って楽しくやってくれ、もしも次に転生してきたら・・・」
本当に何も、方法がないの・・・?
「絶対、口説くからさ。・・・可愛い子に生まれ変わってな。」
もしも、赤ちゃんを連れて来られたら・・・
左手に文珠が輝き出す。指の間から漏れる光は辺りを一瞬明るくし、
『速』という文字を刻みこむと光は手の中に静かに収まっていった。
――――?!――――
「さよなら・・・何て言わない。また、次にあんたと逢うんだからな!」
文珠の効果が発動し中級程度の霊なら見切ることすら、捉えることの出来ない速さで一直線に突っ込んでいく横島のその右手にはしっかりと鋭い刀が放射されてた。
『私のおおおぉぉおおおぉぉぉおおおおっっ!!!!』
両腕をばっと開けて突進する横島を迎え撃つ『あの人』白い清潔な服も見る影もなく薄汚れていて、手などもほっそりとし皮と骨。長い髪が宙に舞い乱れ、それでも瞳は子を想う優しい・・・優しい母親のものだった。
「待ってください、横島さんっ!!」
横島と母親の幽霊の間に立つおキヌ。彼の方に向き両腕を守るように広げた。
「・・・っ!!?おキヌちゃんっっ!!!!」
急の事で驚く横島。スピードが十分に乗っていて自力で止まるのは不可能と判断し瞬時に『止』の文珠を創り出す。
――――――――キイイイイィィィッ!!!!――――――――
火花を飛ばしながら寸前のところでストップする横島。
「どうしたんだよっ!!?この人をこれ以上苦しませない為にも、酷いようだけど方法はこれしかないんだっっ!!!!」
哀しみを押し殺した怒りの交じった声でおキヌに怒鳴る横島。
「方法はありますっ!!」
――――!!――――
横島は唖然とした表情でそれを聞いた。そして・・・
「きっと成仏してないと思うんです、その赤ちゃん・・・。」
動きが停止している母親。
「こんなにお母さんが赤ちゃんのこと想っているんです、きっと赤ちゃんも同じくらい想っている筈なんです。なら・・・・」
親子の絆って、容易に断ち切れるものじゃない。
「どんなに微かな残留思念でもいいんです、少しでも手掛かりがあれば・・・」
「あの世から、連れてくることが出来る・・・のか?」
信じ難いことだった。成仏していないのなら可能かもしれないが仮にも、この世には存在しないものを引きずり出すのは人間技では不可能な域だ。
「はい・・・。」
ネクロマンサーの笛を取り出すおキヌ。
「けど、残留思念何て何処にあるっていうんだ!?」
おキヌの視線は後ろを振り返り『あの幽霊』母親の足元に佇んでいる・・・
――――乳母車――――
「そうかっ、あれになら!!」
横島にも合点がいったようだ、おキヌもゆっくりと静かに頷く。
「貴方の赤ちゃん、絶対連れてきてみせますから!」
おキヌが母親の霊に話しかける、言葉が通じているとかはともかく。
気持ちは心は通い合っている筈である。
『私の赤ちゃん?』
か細い声で聞き返してくる。
「そうですよ、貴方の可愛い赤ちゃんを連れて来てあげますから。ほんの少し待っててくださいね?」
すると母親の霊は霊圧を下げポルターガイストも次第に力を弱めていった。
静寂が暗闇に訪れた。おキヌは、ネクロマンサーの笛を瞳を閉じて深呼吸し、静かに綺麗に唇に当てると優雅に一声を吹き鳴らした。音色は店内全フロアに響き渡り幸福を聴いている全てのものに与えた。
・・・・。
横島は完全に聴き入っていた。何だか身体が軽くなりやけに楽しい。
ヒーリング効果もあるんだろうか?揺らいでいる空気が心地よい。
・・・・。
音でも声でも音色でもなく、それは呼びかけに近い。魂の根底から揺さぶられる感じがする。不思議な、癒されるそれは誰の耳にも入ったと思う。母親の幽霊は感慨な面持ちで上を見上げて、かつてそこに眠っていた自分の分身を思い出す。小さい手、小さい足、小さい身体、小さい心。とてもとても愛しくて、壊れちゃいそうな脆さを含んでいて。大切な、ワタシの・・・
『ああ・・・』
邪念が消えていく、清々しい気持ち。・・・こんなの久しぶり。
――――シュウウウウ・・・――――
霊体が天に召される。ようやく長かったけど理解出来た。
ワタシの赤ちゃんはもういない。だから、だから・・・
「あっ、おキヌちゃん!!」
横島が母親の幽霊が成仏していくのに気付き驚く。
『ありがとう、貴方たちのお陰ね』
本来この人が持つ、優しい瞳だ。
「いやあ、俺は何も・・・」
照れるというか申し訳なさそうな横島に対して、
――――――――待って、もう少しなんです!!もう少しで・・・―――――――
心から訴えるおキヌに感づき、彼女は・・・。
『その気持ちで十分よ、ワタシ分かっちゃったから』
作る笑顔に微塵の不満などなかった。
『じゃあ、逝くね・・・』
透明になっていく霊体に霊魂。天からの使いが迎えに来たのか、周り一体が輝き始める。真っ暗だったそのフロアはみるみる内に明かりが灯った。
――――シュウウウウ・・・――――
丸い球体の光の渦が彼女(母親の霊)を呑み込んでいく。光が消えれば成仏だ。
――――――――お願いっ・・・まだ・・・逝かないで!!――――――――
笛の音色が哀しく遠くに響き渡る。悲痛な願いは届かないのか?
――――ポウッ・・・――――
おキヌを中心に笛から何色と識別できない煌々たる霊波を放ちながら。
異空間に迷い込んだ暫しの時間。何処からともなく聴こえて来る謎のメッセージ。
真っ白の宇宙とでも言えば適当か。上か下かも区別出来ないそこは重力という荷物を捨てた場所。人が踏み込んではいけない、決して辿り着けない・・・神聖なる場所。
『神魂の案内室』
【お待ちしておりました、氷室キヌ様。さあ、こちらへ】
七つの力の一つが・・・
――――目覚めた――――
続く
それだけに、赤ちゃんを連れてくる前に成仏しちゃったことは心残りでしょうね。
それでもお母さんは納得して逝ったんですから、おキヌちゃんも気にしないで欲しいですね。
最後の引きが気になりますね。 (林原悠)