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第三の試練!

〜男ハ女ヲ守リテ石碑ヲ紅ク染メル〜


投稿者名:ヨコシマン
投稿日時:04/ 2/12

 空は再び青さを取り戻していた。それは大蛇の結界が崩壊した事を示しているのだろう。
 うっそうと茂る森の中を、美神と横島は寄り添うように歩く。心なしか横島の表情が緩んでいるような気がしないでもないが。

「・・・変な考え起こしたら、解ってんでしょうね?」
「・・・なんぼなんでも、こんな時にしませんがな。」

 苦笑いを浮かべて横島は柔らかく反論する。横島は傷の手当てに文珠を使おうとしたのだが、美神はその申し出を断った。
 貴重な文珠をこれ以上無駄に使いたくない、戦闘が終わった以上通常のヒーリングで充分、と言うのがその理由だ。

「でも、あの大蛇あのまんまで良いんですかね?」

 彼らは大蛇の死体を放置したままにしていた。横島の疑問は至極当然のものだ。

「いーのよ、どの道アタシ達じゃどうにも出来ないもの。帰ってから依頼主に連絡するわ。」
「そういえば聞いてなかったっすけど、その依頼主って何者なんすか?」
「あれ?言って無かったっけ?・・・GS協会よ。」

 もともとは地域住民からGS協会に依頼された仕事だったが、先に差し向けたGSが三人とも殺されてしまった。そこで美神令子に白羽の矢が立った訳だ。
 ちなみに、実はこの時点では、まだ協会からオカルトGメンに情報は正式に伝わっていない。
 一見すると特に関係に問題の無いように見える両者ではあるが、やはりお互いに面子というものが有るようで、そう簡単にお互いの依頼の尻拭いをお願いするという訳にはいかないようである。
 もっとも最近では美神親子、西条、唐巣、小笠原、などといった超一流のGS達の間で親交が深まっていることもあり、それほどギスギスした関係と言うほどでも無いのだが。

「あんだけ破魔札使ったのも、GS協会が依頼主だからに決まってんじゃない。必要経費で請求できるし。
 それよりもどうやって成功報酬をつり上げるかを考えないと。どー考えても今回の金額じゃ割に合わないわ!」
「・・・頼んますから、協会を敵に回すのだけは止めてください。」

 寄り添いながらゆっくりと歩く二人の目の前に石碑が現れる。戦闘の最中に知らず知らず移動していたのだろう。
 美神の状態は命に別状は無いものの、出血量が多いためか良好とはとても言えるものではなかった。
 強がる美神を半ば強引に石碑に座らせ、横島は文珠を取り出すと彼女の太腿に押し付けた。

「コ、コラ!貴重な文珠を・・・!」

 美神の制止は横島には届かなかった。『治』の文字を浮かび上がらせる文珠が短く輝き、彼女の太腿の傷を癒していく。
 使ってしまったものはどうしようもない。美神はそれ以上何も言わずに、塞がっていく傷跡を眺めていた。
 完全に傷口が塞がったのを確認して、美神がやや神妙な面持ちで横島に話しかける。

「ねえ、横島クン。文珠でヒーリングしてくれるのは有り難いんだけど、この程度の傷に使うのはやめてもらいたいの。」
「い、いや・・・でも・・・。」

 何が気に入らないんだ?とでも言いたげな横島の返事を遮り、美神は言葉を続ける。

「いい?文珠は確かに便利なアイテムよ。でも、だからこそ『ここぞ』って時のために取っておくべきなの。分かるわね?
 さっきの大蛇との戦闘でもそうだったけど、勝負の行方を決めたのは文珠だったでしょう?」
「は、はい。」

 素直に頷く横島。美神は言葉を一旦切り、横島の表情を確かめると更に続けた。

「横島クンはこれからGSになるつもりなのよね?だったら尚更そういうことに気をつけなきゃ駄目。
 誰かを助ける時、自分を守る時、文珠でなければ間に合わない、そういう時に肝心の文珠が打ち止めでした、なんて洒落にならないのよ?
 逆に言えば、文珠を使わなくても大丈夫な時は絶対に文珠を使わない。そういう心構えを身に付けなさい。」
「す・・・すんません。・・・次から気をつけます。」

 横島はうなだれてしまった。

 美神が横島に対しておぼろげに感じていた不安。それは文珠への依存度の高さだ。このGS見習いは、ちょっとしたピンチですぐに文珠を使う癖が有る。
 言い方を変えると、自分自身を信用していない、自分を過小評価する傾向があるとも言えるだろうか。
 第三者の目から見て、横島の戦闘能力は一流のGSと比べても遜色が無い。だが、自分に自信の無い横島は、戦闘中にその心の弱さを露呈する場面が多々有るのだ。
 早いうちにこの癖を直しておかないと、いつか取り返しのつかない事になるかもしれない。美神は常々そう思っていた。だからこそ敢えて横島に苦い言葉を浴びせているのだ。
 とはいえ、少々きつく言い過ぎたかもしれない。文珠を治療に使ったのも横島の思いやりなのだから。
 うなだれる横島を見つめて小さくため息をつき、表情を少し崩して美神が言った。

「ま、でも・・・ありがとね。怪我・・・治してくれて。」
「・・・!は、はい!」

 二人の間に、ようやくいつもの空気が流れる。




「・・・・・・?」

 背後に何かの気配を感じて、横島は何気なく振り返ると、ほの暗い木々の間に目をやった。
 特に気になるものはない。

「どうしたの?」
「いや・・・、何かの気配がしたような気が・・・。たぶん動物っすね。」

 自分の勘違いです、と軽く笑う横島。だが、美神は少し表情を硬くした。
 なぜならこういう時のこの男の霊感は、自分でさえ気が付かない微弱な違和感さえ捕える事が有るからだ。
 美神は軽く目を閉じ、全身の感覚を研ぎ澄ます。自分の体の周りからゆっくりと意識を広げるようなイメージを浮かべた。

「・・・やっぱり横島クンの勘違いみたいね。何も感じない。」

 一通り辺りを探ってみたものの、結局何も引っかからなかった。美神は安堵と多少の違和感を覚えつつ、横島の顔を見た。

「でしょ?だから勘違いって言ったじゃないすか。だいたい俺の感覚なんか当てにしちゃ駄目っすよ。」

 何にも考えてないような顔をして笑う横島。美神はそんな横島を見て思わず口を開いた。

「・・・あのねー、アンタいい加減・・・。」

 美神は次の言葉を言いかけて思いとどまった。
 もう少し自分の力に自信を持ちなさい、と続けるつもりだったのだが、へらへらと笑う助手の顔を見ているとどうにもむかっ腹が立つ。
 この男は一体何時までこうしてへらへらと笑っているつもりなのだろう。
 何時になったら・・・、安心して背中を預けられるパートナーになってくれるのだろう。
 何時になったら・・・私・・・



「あのー、なんか言いました?」

 その横島の一言は、自分の考えに没頭していた美神を驚かせるには充分のものであった。

「わあ!あ・・・な・・・なんでも無いわよ!バカ横島!」

 動揺を隠し切れずに少しうろたえながら、美神は顔を赤くして言い捨てる。
 突然、訳も分からずそんな事を言われた横島もまた、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして呟いた。

「お、俺が何をしたというんだ?!」
「うっさい!ほら、いいからもう帰るわよ!とっとと荷物持ちなさい!」

 横島の呟きを自分の声で打ち消して、美神は石碑から立ち上がり横島を叱咤する。
 言われるがままに横島は荷物を背負うと、石碑から立ち上がろうとする美神を手伝おうと手を伸ばした。

<ドクン>

 不意に、横島は全身が総毛立つような感覚に見舞われた。まるで辺りの気温が二、三度程下がったようだ。
 咄嗟に横島は美神の顔に目を向けた。
 その横島の表情に対して、美神はきょとんとした顔で応えた。

「なに変な顔してんの?とうとうおかしくなったのかしら?」

 ・・・この反応からすると、彼女は気付いていない。もしかすると、先程と同様に自分の勘違いか。
 そう思おうとした次の瞬間、背後から美神に向かって強烈な殺意が――あたかもレーザー光線のように――一直線に叩きつけられるイメージが横島の頭に浮かび上がった。

「・・・・・!!」

 考える前に体が動いた。美神に差し出した手をそのまま突き出し、彼女を突き飛ばす。
 彼女の体は殺意のラインからはずれて遠ざかり、代わりに自分の体がそのライン上に重なる。
 そして、鈍い音が体中に響いた。



「あいったー!ちょっと!何すんのよ!!」

 自分に差し伸べられた手が突然襲い掛かり、強烈に突き飛ばされたのだ。美神は勢い良く後方に押されて尻餅をついてしまった。
 怒りと痛みに顔をしかめながら、舐めた真似をする見習いGSに向かって悪態をつく。
 立ち上がり、いつものように横島をシバキ倒そうと視線を戻したその時、視界の端から凄まじい速度で飛び込んでくる白い塊が目に入った。

<ドンッ>

 大きくて、とても鈍い音が彼女の鼓膜に響く。人が車に撥ねられるとこんな音がするのだろうか、などと場違いな考えが脳裏に浮かんだ。
 さっきまで自分が座っていた場所に横島がいて、そこに白い塊が飛び込んだ。
 まるでバラエティー番組の衝撃映像のように、美神の目にはその光景がスローモーションに映った。
 なんと言えばいいのか、そう、現実味がまるで無いちゃちな映像トリックのように。
 白い塊に跳ね飛ばされた横島の体は、ダミー人形のように奇妙な動きで水平方向にスライドし、背後にあった石碑に恐ろしい勢いで叩きつけられた。
 石碑は丁度半分の所から見事にへし折れ、その上に折り重なるように横島の体が仰向けに崩れ落ちる。

「・・・!!横島クン!!」

 呆然と事の成り行きを見守っていた美神が、我に返って叫ぶ。しかし返事は帰っては来ない。
 美神の思考に最悪のケースが次々と浮かんでは消えていく。

(だ、大丈夫よ!いつもみたいに・・・「あー、死ぬかと思った。」って起きてくるわ!)

 精一杯プラス思考を働かせて己の混乱を押さえ込む作業に没頭する。そんな事に意味が無いと分かっていても。

 ゴボリ、と奇妙な音と共に横島の口から紅い体液が溢れ出す。大量に溢れ出すそれは、想像しうる最悪のケースを意味していた。

「あ・・・あ・・・!よ、横島・・・!」

 言葉が上手く出てこないもどかしさに焦れながら、とにかく近づこうと縺れる足を無理やり前に出す。
 それを遮るように、横島を跳ね飛ばした白い塊がゆっくりと動きだした。
 隻眼の大白蛇である。

『フン、女ヲ先ニ片付ケルツモリダッタガ・・・。我ノ穏形ニ気付クトハ、大シタモノヨ。』

 鎌首をもたげ、チロチロと舌を動かしながら、片目の大蛇は横島に賛辞の言葉を送った。

「馬鹿な・・・!そんな筈無いわ!アンタは私が倒した筈よ!」

 美神は大きく首を振り、まるで大蛇が存在してはならない者であるかのように叫んだ。

 大蛇は先の戦闘で二つの能力を隠していた。
 それは、『穏形』と『擬死』である。
 美神が確認した筈の大蛇の死体は、この能力によって仮死状態になった大蛇だったという事になる。
 そして戦闘終了後、仮死状態から蘇生した大蛇は穏形を用いて二人の後を尾行していたのだ。
 同時に、この二つの能力を使う事は大蛇のプライドを著しく傷つけた。何故なら、この二つの能力ははるか昔、まだ今のような無敵の強さを誇る大妖では無く、常に己より強い敵の脅威に晒されていた頃に自分の身を守るための手段だったから。
 獲物であるはずの人間にこの能力を使わされたという事実は、大蛇にとって屈辱意外の何物でもない。ゆえに隠していたのだ。

『グッグッグ、貴様如キニ我ガ倒セルトデモ思ッテイタノカ?思イアガルナ!人間風情ガ!!』

 美神の驚愕の表情を楽しむかのように、大蛇の地鳴りの如き笑い声があたりに響く。
 その笑い声は、普段の精神状態の美神に対してならば、その神経を充分に逆撫でしたことだろう。しかし、今の美神にはそんな事を考える余裕は無かった。
 美神は大蛇の声を無視して石碑の方向を見た。
 ゴボッという湿った音と共に、横島の口から更に大量の体液が噴出したのが美神の瞳に映る。と、同時に彼女の視界があたかも赤いフィルターを掛けたかのように曇った。
 その瞬間から、美神は正常な判断を下す事が出来なくなっていた。

「黙れ!黙れ!!黙れ!!!よくも・・・許さない!!」

 咄嗟に荷物から転がり出た予備の神通棍を握り締めると、大蛇目掛けて飛び掛かり、渾身の力で振り下ろす。
 世界最高のGS、美神令子の最大の欠点であり弱点、それは彼女の助手「横島忠夫」が生命の危機に面したときに如実に晒される。
 そして、今当にこの瞬間、その欠点が露呈した。
 なんら下準備も無く、勝算も無いまま唯闇雲に大蛇に飛び掛る。最早、自殺行為とも取れる愚行である。

『フン、怒リデ我ヲ見失ッタカ・・・。』

 大蛇はその片目にやや失望の色を浮かばせながら、おもむろに鎌首を突き出し、自ら美神の神通棍に当たりに行った。
 美神の渾身の一撃は見事に大蛇の頭部を捉えたが、大蛇は全く平然としていた。
 当然のことながら、集中力を欠いた神通棍の一撃では大蛇を倒すどころかダメージを与えることさえ困難である。
 さらに大蛇が神通棍に向かって頭を突き出した事によって、神通棍を押し戻された美神の体勢が空中で大きく崩れた。
 反射的に体勢を立て直して着地した瞬間、大蛇の尾が素早く美神の体を薙ぎ払う。美神は大蛇の一撃をまともに喰らって吹き飛んだ。

「くっ・・・あっ!ハッ・・・ハッ。」

 咄嗟に腕と肩を使ってガードはしたものの、あくまでも致命傷になるのを防いだだけだ。
 大蛇の尾から繰り出された攻撃は、美神をいとも簡単に弾き飛ばす。
 その痛みもさることながら、凄まじい衝撃のせいで呼吸が出来ない。
 目の前が暗くなっていくのを必死で耐えながら、両手を大地に突いて上半身を起こした。

『終ワリダ。』

 美神の背後から大蛇の声が静かに響く。
 大蛇は美神に振り向く事すら許さずに、その巨体を使って彼女の体に巻き付き、そして締め上げた。
 巨大な体ゆえに、美神の動きを封じるにはただ一巻きで充分だ。

「うぁうっ!かはっ!!」

 死に至る直前の絶妙な圧力が美神の全身に襲い掛かる。
 じわじわと増してくる締め付けに、美神は半ば意識を失いかけていた。
 霞む視界の中で、最後の抵抗を試みようと足掻いた彼女の目に血を吐き倒れる横島が映った。

(あ・・・ゴメンね・・・横島クン。私もすぐにそっちに行く事になりそうね・・・まぁ、アンタと一緒ってのも・・・悪くないか・・・。)

 ゆっくりと視線を大蛇に戻すと、その大きな顎が自分に向かって開かれていた。
 丸呑み・・・最悪ね。締め付けられて朦朧とする意識の中でそんなくだらない事を考えてみる。
 だが、白蛇の大顎は美神の予想とは異なる動きを見せた。
 美神の左肩にその牙を突きたてたのだ。想像していなかった痛みに声にならない声を上げる美神。
 そして牙を突き立てられた箇所から焼け付くような激痛がほとばしった。
 あまりの激痛に彼女の脳は全ての回線を遮断する事を選択する。
 意識を失う直前、瞳から溢れるもののせいだろうか、横島の体が淡く光って見えた気がした。

 全てが暗闇になった。


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