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Sweeper's Insignia

The fifth chapter 『Demon Talk』


投稿者名:矢塚
投稿日時:04/ 1/ 6

 常識の全てを圧倒する速度と破壊力に満ちた戦場で、GSと悪魔の苛烈な戦いはいつ果てるともなく続いていた。
 世界トップクラスのシロとピートを相手に、一歩も引けをとることなくベリアルは白刃をかわし、霊波砲を受け流しながら反撃しつづけた。
 そして、飛び散る霊気と殺気が周囲の空気を変質させでもしたかのように、バックアップにまわりその戦いを見守る流汐の呼吸を苦しくさせたのだった。
 知らず、不規則になる呼吸を整えようと流汐は大きく息を吸い込みながら一人思う。
 俺は、全力を出したこの人たちに追いつけるのだろうか? と。

 『魔族の本質は闘争と殺戮だ』
 魔界の軍に所属している女性魔族が、かつてこう言った。
 その言葉を証明するように、今のベリアルは闘争と殺戮の権化であり、また、その興奮に酔いしれていた。
 百数十年ぶりに何の制約もなく、自分の力の全てを出し切りGSどもを殺す。
 殺す予定のGSどもは自分に激怒しあらん限りの憎悪を向けてくるのだが、それを嘲笑い感情を逆撫でするのがこの上なく心地よい。
 しかも、気を抜けばこちらが殺されるかもしれない強敵を相手にしている緊張感と、憎む悪魔に殺されるGSどもの無念を考えると、ベリアルの欲情にも似た快感は最高にまで達したのだった。
「キキキッ! 楽しいなぁ!! あんまりにも楽しすぎてイッちまいそうだぜぇ!!」
 ベリアルがシロの太刀をかわしざま、心底嬉しそうに笑ったのだった。 

≪何か、何かがおかしい気がする≫
 先ほどから自分の太刀を紙一重でかわされ、あるいは甲殻の一部を削ぐだけで致命傷を与える事が出来ないベリアルに対し、シロの中にひとつの疑問が浮かんでくる。
 自慢ではないが、まがりなりにも剣聖とまで呼ばれる自分の剣技をここまでかわされる筈がないという、絶対の自信からくる小さな疑問。
 彼女のその疑問を汲み取った西条が少しだけ考える。
 戦闘は膠着状態に近く、双方これといった決め手に欠けていた。
 もちろん、シロの勘からくる確証の無い疑問でしかないが、 どんな些細な事であれベリアル駆逐の突破口となる可能性は否定できない。
≪ふむ。試してみるか……≫
 西条の思考に全員が頷いた。
 簡単な探りを入れるプランが即座に精神感応で届けられ、西条の指揮のもと訓練を必要とせずに遂行出来るのが、この戦術の利点だった。
 GS達に言葉や合図らしきものは無いが、その気配や表情から何かしら別の攻撃らしきものを悟ったベリアルが先制した。
 自分の背後を取るピートに溜めの無い霊波砲を打ち込むと、それを影にして瞬時に間をつめる。
 次の攻撃に備えていたピートの反応が遅れ、かろうじて霧化するのだがベリアルの鋭利な爪が霧の一部を抉った。
「……ぐうっ」
 小さなうめきを残してピートは霧から実体に戻り、大きく間合いを取る。
 右わき腹からひざにかけて大きな爪痕が刻まれ、そこからぼとぼとと血が滴った。
「もらったキィ!」
 さらに追討ちをかけるべくベリアルが迫るのだが、それは嵐のような機銃の連射で遮られた。
 バックアップにまわったマリアが構えた重機関銃から、銀の銃弾が止む事無く撃ち込まれ続ける。
 さほどのダメージを与えるものではなかったが、無尽蔵とも思える嵐のような連射にベリアルの足が止まった。
 ピートは痛みを堪えて立ち上がると、霊波砲の雨を降らせる。
 流石のベリアルも身動きが取れず、ピートの霊波砲に体がぐらつくと同時に、流汐が最大の霊力を込めた神通棍で切り込んだ。
 今のベリアルがピートとマリアの攻撃を防御する為に霊力の多く割いているのは一目瞭然であり、自分の攻撃が全く効かないということは無いはずだ。
 流汐は先ほどの気後れを振り払うかのように、全力の一撃をベリアルの頭部に叩き込んだ。
 硬質の金属が裂けるような耳障りな音と共に、ベリアルの角と流汐の握る神通棍が砕け散り、さしものベリアルも体勢が完全に崩れた。
 そして、その機を逃さずにシロが左袈裟懸けに切りつけた。
 完全に回避不能の一撃に対し、ベリアルはその巨躯を一歩前に踏み出し、振り下ろされる太刀の根元にカウンターで自らの左腕を食い込ませたのだった。
 「なっ!?」
 予想外の防御を取られたシロから驚愕が漏れた。
 太刀が食い込んだベリアルの腕は半分ほども裂け、そこからどす黒い霊気が血のように流れ出すが切断するまでには至っていない。
「キキィッ!!」
 苦痛のうめきを上げながらも、ベリアルは太刀ごとシロを引っ張り込み、彼女の顔面に鋭い爪を突き立てようとする。
 すかさずシロは右手に霊波刀を生み出して爪を逸らし、短めに調整して霊力を圧縮した刃をベリアルの眼球に打ち込む。
 首を捻ってベリアルが霊波刀をかわし、シロの方はその一撃後に食い込んだ太刀を嫌な音と共に強引に引っこ抜いて間合いを取った。
 ちらりと刃こぼれの確認をしつつ、シロが呟く。
「やはりコイツ、剣術についての知識と戦闘経験がある……?」
 それが、シロの感じていた違和感の解答だった。
「キキキ! 『カタナ』とか言ったかなあ、その形の剣は? 先っぽの方の切れ味はとんでもないが、十分に威力をつける前の根元だとそれほどでもないんだよなぁ。昔、俺が契約期間中に出会った人狼の野郎が、同じようなものを使ってたのを思い出していて良かったぜ。だからって、お前が仕掛けるのを警戒して全霊力を集中してもこのざまだがなぁっ! それにしても、人間のクソどもに俺の角をへし折られるなんてのは、最低最悪の屈辱だキィ!!」
 憎々しげにベリアルが叫び、その言葉に流汐が内心で歯噛みした。
 では、自分がベリアルの角を砕けたのは、さほどの威力ではないと判断し、次に控えている先生の一撃に全力で防御した為の結果だったというのか?
 ベリアルの眼中には自分が全く入っていないことに、流汐は怒りを覚えた。
「……刀を使う人狼に出会ったことがある?……」
 流汐の事になど気の回らないように、シロの表情に困惑が浮かんだ。
 それを見て取ったベリアルが探るように言葉を続けた。
「キキ。何だ? 思い当たる野郎でもいるのか?」
「…………」
 シロは黙して睨みつけるだけであったが、ベリアルにとってはその表情だけで十分だった。
 敵対するGSの中で一番厄介な奴の動揺を誘え、形勢を一気に逆転できるチャンスかもしれない。
 流石にシロの一撃は強力であり、しばらくは左腕が使い物になりそうもなかった。
 そして、じらすようにベリアルは続けた。
「エミの前の、さらに前の契約者とヨーロッパの国を回ってるときだったっけなぁ。何でも大昔の神のことを調べていたようだが、ソイツは日本から来たと、言ってたぜぇ……まさか、お前の父親かぁ? キキキキ!!」
 その言葉に何かしら思い至ることがあり、シロの体が硬直する。
 かつてヨーロッパという、自分にも縁深い古き神々の地を訪れた人狼がいた?
 その人狼は何の為にヨーロッパを訪れ、そして、その地で何かを得たのだろうか?
 まさかとは思う因縁が、シロの中を駆け巡る。
 その人狼はもしかすれば、己の祖先であるフェンリル狼について調べていたのではないだろうか?
 日本では手に入れられない情報を得て帰国し、準備をしながら時を待っていたのではないのか?
 そして……。
 幾種類ものジクソーパズルを混ぜ合わせ、その中から適当に引いてきた全く合いそうもないピースが不思議と綺麗に繋がっていく。
 シロの中では生々しい傷跡から、すでに苦い追憶に昇華された思い出が蘇る。
 父が死に、敵を討ち、今の自分がこうして在る要因となった事件。
 終わってしまった事ではあるが、あの男が父親を殺してまでも狂気に走った理由の一端を少しでも知りたいという思いがシロを動けなくさせた。
「キキキ! もっと詳しく知りたいか? でも、間違いなく無理だろうなぁ。これから俺はお前を殺すんだからなぁ、キキキキキ!! でも、その物騒な『カタナ』を捨てたら気が向いて喋るかも知れないぜぇ! お前の父ちゃんの昔話をなぁ」 
 ベリアル自身は以前出会った人狼の男についてこれ以上の詳細など知りもしなかったし、目の前のシロとその男が親子であるかどうかなどどうでも良かった。
 ただ、あの男を『父親』と呼ぶたびに、シロが明らかに過剰な反応を見せていたからに過ぎない。
 要は、自分の挑発で冷静さを失いさえすれば良いのだ。
 挑発するベリアルを前に、シロは一度大きく頭を振って呟いた。
「…………」
「なんだってぇ。聞こえないぜぇ? まさか、降参して昔話を聞きたくなったかぁ」
「…………」
「キキキ! 聞こえねぇよ!」
「……『カタナ』ではござらん……」
「はあ?」
「……『カタナ』ではない。……せっしゃが佩いているのは『太刀』でござるっ!!」
 そして、裂帛の怒号と共にシロが切り込んだ。
「あのバカっ!! 完全に頭に血が上ってるっ!!!」
≪不用意に突っ込みすぎだ! 流汐!!≫
 シロを一番良く知るタマモが叫び、西条が流汐にフォローするように指示を出す。
 結果論でしかないが、西条はまたしても自分の判断が招いた好ましくない事態に唇をかんだ。
 やり場のない感情の全てをぶつけるように、シロが切りかかる。
 これまでの戦いが嘘のような速度をもった一刀だったが、間合いが完全に狂ってしまっていた。
 いくら速くとも目で追えないほどではなく、ましてやあまりにも単調な攻撃はベリアルに最大の反撃を与えた。
 迫りくる太刀の横腹を右の拳で殴りつけ太刀筋を逸らし、尾の一撃をシロの腹部に叩き込んだ。
「ぐうっ……」
 意識が朦朧とし、胃液をもどしそうになりながらもシロはその場で踏みとどまったのだが、明らかに次の攻撃に反応出来そうもない。
「あばよ」
 ベリアルが満足そうに嘲笑した。
「先生――!」
 ベリアルの爪はしかし、シロの左腕と、彼女をフォローするために飛び込んだ流汐のシャツを引き裂いただけだった。
「先生!」
 ベリアルへの警戒をも忘れて流汐が叫ぶ。
「くそう、『みすった』でござる……」
 シロは抉られた左腕を抑えた。神経までもっていかれたわけではないようだが、太刀を振るう事は出来そうもない。
「キィッ! くそっ! 最高の瞬間を台無しにしやがって!!」
 ベリアルは悔しそうに罵ると、シロを庇う流汐を眺め、それにしても目障りでイラつく人間だと思った。
 実力はこの中では下のほうにもかかわらず、仕方ない状況だったとはいえ自分の角をへし折り、止めの邪魔に入りなおかつ怪我一つ負っていない。
 人狼の女やバンパイアハーフにやられたのなら、まだしも納得できる。
 しかし、自慢の角を二本とも折ったのが人間だという事実がベリアルの怒りと屈辱感を抑えきれないものにしていた。
 この憤怒は目の前の男を生かしておいたまま、他のやつらをズタズタに引き裂いて喰らってやっても収まらないだろう。
 それでも、この戦いが終わるまではなんとか怒りを静めようとするベリアルが、ふと気がついたように流汐に言った。
「……おい、お前。そうだ、さっきからちょこまかと目障りな人間のお前だキィ。……もしかしてお前の名前は『ミカミルシオ』って言うんじゃねえか?」
 その言葉に流汐は答えないが、ベリアルは構わずに続けた。
「バチカンで俺の角をへし折ってくれたクソGSの女が『ミカミ』と名乗ってたキィ。……よくよく思い出してみれば、お前、あの女GSと霊波の波長も面構えも良く似ているもんなあ……それに肩のでかい古傷! お前は、間違いなくバチカンの牢でラプラスの野郎から聞いた『ミカミルシオ』だよなぁ。……なるほど。ラプラスの言っていた『ミカミルシオに気をつけろ』ってのはこの事だったのか? キキキキキキ!!!」
 無くなった角の部分を抑え、ベリアルは何故か愉快そうに笑った。
 流汐は意識もせずに破れたシャツからの覗く古傷に手を当て、まるで自分の全てを知っているようなベリアルの口ぶりに困惑した。
 その反応に、ベリアルは大いに満足する。
 ただ単になぶって殺す前に、美神流汐を弄んで憂さ晴らしをするのも悪くは無い。
 美神流汐をいたぶり、その後全ての人間を殺す。
 それはきっと、この憤懣を多少は和らげてくれるに違いない。
 幸い、GSどもの方は手詰まりなうえ、主力の二人が大きなダメージを負っている。しばらくは態勢を整える時間が必要だろう。
 ここで2、3分時間を潰しても、さほど問題はない。
 すでに勝利の確信を持つベリアルは、流汐の顔をもう一度じっくりと見つめて笑った。
 それはまるで、悪魔の使う玩具を手に入れた、無邪気な子供のような笑い声だった。
 
                                                                 〜To be continued〜


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