暫く、カップに注がれたコーヒーが波を打つの見ていた俺は信じ難い事実に直面した。さっき明かされた話から考えると全てが歪んでくる・・・。
――――――――えっ・・・?!何で・・・――――――――
「本当なんです・・・。」
おキヌちゃんは、話してくれた。運ばれて来たコーヒーには手も付けずに。
雰囲気の良い喫茶店なのに、全然そんな感じがしなかった。と言うより頭の中がこんがらがって何も分からなかった方が適切だった。
「えっ・・・じゃあ、俺は何故忘れていたんだ!?」
俺の記憶の空白が告げられてから気が付いた。言葉的には矛盾しているが、実際に起こったことなのだ。空白と言うより勘違い・・・。
広い透明な窓の向こうに映る映像は活気に溢れ道行く人々皆が忙しく慌ただしく流れている。国道には車が連なり渋滞に近いし、ビルの中には人が動くのが良く見える。
世界は唯、普遍的にいつも変わらず・・・。
「・・・・」
それだけ話すと黙って、俯くままの彼女。いきなりに簡潔に終わった答えは。
温かいコーヒーに湯気を立たせ、熱が逃げるのを防いだ。
不可思議と疑問だけが俺に残り、一気に飲み込もうとしたが止めたそれは、
カップ半分残ったままで。一緒についてきた小さなお皿に乗せたスプーンは曲がった顔をはね返していた。
「分からない・・・思い出したけど。良く・・・掴みきれない!」
椅子に座ったままの姿勢で膝に乗っけていた両手を力を振り絞って握った。
爪が身にほんの少し食い込んで痛かった。
笑い声と決まった台詞が他の客と店員の集団から聞こえ、カチャカチャと食器が擦りあう音が五月蠅いほど響いた。入り口のドアにはこちらから見て右上に鈴飾りが丁寧に設置されドアが揺れると鳴る仕組みだ。新たな客が現われればカランッカランッとリズム良く軽快に声を放つ。
「あの・・・」
彼女の不意の呼びかけに意識が頭の中から戻ってきた。
「何・・・?」
俺は知りたかった。
深く、記憶のない部分のことを・・・。
――――――――あの時、横島さんがっ・・・!!――――――――
遥か彼方に意識は飛んで行った。
ほんの少し前の、場所まで。
〜〜〜〜〜〜〜〜秋が深まって来たある日の車内〜〜〜〜〜〜〜〜
紅葉散る木々たちを横目に颯爽と森の奥へと進む一同。視界いっぱいの緑はその象徴であり殺伐とした都市内を忘れさせてくれる一時であった。
「あ〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜〜っ!いい気持ちでござるなあ!!」
後ろの後部座席から速く捲っていった本の絵のような景色を眺めながらシロが叫ぶ。半ば雄叫びに近いものがあった。隣にすっかり長旅にお疲れの様子のタマモ。元気はなく・・・。
「私・・・結構車酔いする方なのに。早く着かないのっ!?」
ご機嫌斜めである。正反対と言っては何だがシロは、
「ふん、女狐にはこの辺が精一杯でござるなあ〜(にやり)」
「ふふ・・・元気しか取り柄の無いあんたには言われたくないわよ」
何を〜っ!このこのっ・・・etc。ここらで二人の口論は切り上げて。
助手席に乗る、おキヌは楽しそうに、何処か懐かしむかの如く景色に魅入っている。
「綺麗なところですね〜、空気もおいしいし♪」
「ええ、そうね。しっかし、こんな辺境に私を呼び出すなんてもーーっ!絶対許さないんだから、誰だと思ってるのかしら?GS界ナンバーワンの美神令子よ!?これでお金がこちらの希望額じゃなかったら絶対呪ってやるう・・・。うふふふふふ・・・。」
今回の仕事は差出人不明だったのだ。一通の手紙と長細い筒の形状をした木箱が届いただけで事務所の面々は揃いぞろい顔をしかめたのだ。美神はこんなの無視よ無視とか言っていたが手紙の内容を見て一変し依頼を受けることにしたのだ。誰だか分からないクライアントの。
「あっ・・・そうでした。何て書いてあったんですか?その手紙に。」
「ああ、あれね。あれはね・・・」
☆この度、名前を伏せることを先にお詫び致します。
実は仕事の依頼を承って貰おうと願いまして・・・。
それは、ある『音琥炉村』に位置する神社なのですが、
何分物騒なモノが居まして私たちにはどうすることも出来ません。
色々、GSさんを当たってはみましたが全て断られてしまって・・・
とは言っても手紙ですが。姿をお見せすることができませんので。
御不都合があるかと存じますがお頼み申します。もし、引き受けてくださる
のであれば報酬は『虹色の笛』を貴方様に差し上げます。
追伸・ああ、そう言えば今日の運勢を占ってみては如何でしょうか?☆
上記の内容だった。
「で、占ってみたんだけど・・・。来る者拒まず、損得なしに受理せよ」
以前にもあった話だ。
「そう言うことだったんですか・・・でも、『虹色の笛』って一体何なんでしょうか・・・?」
「さあ・・・?」
車はどんどん奥へ奥へと姿を小さくし暗がりに消えていった。
トランクの中でチアノーゼに成りかかっている少年も一緒に・・・。
続く