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おれ、ルシオラ。

Chapter.Y


投稿者名:ライス
投稿日時:03/12/27

「ん……。此処は……?」


 気絶していたようであった。
 横島は頭に手を当てながら、首を振り、身を起き上がらせる。 
 辺りは真っ暗闇。光も射していない、ただの闇。
 しかし、自分の身体がポウっと薄く暖かみのある光に包まれている。
 

「ん、なんだ……?」


 穏やかな光だった。
 それはまるで蛍の光のように。


「…………」


 胸がギュッとなる。そして、思い出した。
 オレはルシオラに逢いに来たんだと。
 しかし、その姿は何処にも無い。
 何処だ。彼は暗闇の中で身を捩じらせ、捻り、周りを見回す。


「クソ……、何処に居るんだ、なぁ、答えてくれ……。ルシオラ……!」

「……私は此処よ。」


 声が聞こえた横島は再び元の真正面に振り返った。
 すると、そこには彼女が穏やかな表情をして、立っていたのだった。




 既に時間は二時間は過ぎただろうか。
 時計はカチコチ言いながら、秒針を刻み続けている。
 夜は更け、夕食時は当の昔に過ぎていた。
 令子達は喋りもせずに、ただじっと待っていた。彼が再び眼を覚ますことを。


「あの……、コーヒーか何か入れてきましょうか?」


 おキヌは恐る恐る口を開いて、令子に聞いた。


「そうね……、じゃあ、お願いするわ。」

「えぇと、カオスさんも……?」

「ん?あぁ……、頼む。」

「分かりました。じゃあ、入れてきますね?」


 そう言って、彼女は部屋を出て行った。
 すると令子は、カオスを見て口を開いた。


「ねぇ。」

「なんじゃ?」

「今、おキヌちゃんがアンタに聞いた時、一瞬ハッとしてたわよね?
 なんか考えていたのかしら?」






「ルシオラ!!」


 横島は彼女の方に近付いていき、そして確かめる。
 確かに彼女だ。


「……本当にお前なんだな?」

「えぇ、そうよ……、私は正真正銘、ルシオラよ。」

「あぁ!!」

「キャッ……。」


 横島は彼女を強引に抱き寄せた。
 そして、強く強く抱きしめた。


「逢いたかった……、ルシオラ、逢いたかった……!」

「私もよ……。逢いたかったわ……。」


 熱い抱擁。
 それは何時までも続きそうで、そして儚く終わりそうでもある。
 暫くの間、二人は黙りきったまま、時を過ごした。
 ゆったりと、時を感じ、再会を分かち合う。
 それが永遠に続こうとも、刹那に終わろうとも、二人には関係はなかった。
 そして漸く沈黙が破られたのは、ルシオラの言葉からであった。


「……あの時はゴメンなさい。
 嘘でも元気な素振り見せないとヨコシマ、行きそうになかったから。」

「構わないさ……!オレは今、こうしてお前と入れるだけで幸せだ。」

「…………」


 しかし。横島の胸に寄りかかるルシオラは何か浮かない顔をしている。
 そして哀しげでもあった。
 すると、彼女は何か決意をしたような顔をして横島を見上げた。


「……どうした?」

「よく聞いて……、ヨコシマ。私達……、」






「なんですって?無くなるってどういう事よ!?」

「判らん奴だな。いいか、もう一度説明するぞ?
 考えてみたのじゃが、ボウズの霊体はワシが薬を多用してしまったおかげで崩壊寸前じゃ。
 今になって副作用の事をすっかり忘れておったわい。
 薬の作用で強引に霊体の変換を行うわけじゃから、その度に酷使しておるわけじゃ。
 そこに来て、文珠の使用じゃ。
 そろそろガタが来てもおかしくない。」

「じゃあ、横島クンが助かるにはどうしろと……?」

「ナニ、簡単なことじゃよ。
 要するに全ての霊体を元のボウズの霊体に変換して、固定する他、無い。」

「じゃあ……、ルシオラの霊体は……?」

「…………跡形も無く、消えるじゃろうな。」

「そんな……!」








「……嘘だろ?」


 横島は令子がカオスから聞いた説明を簡潔ながら、ルシオラの口から聞いていた。


「嘘なんだろ?なぁ!嘘だって言ってくれ!?」


 ルシオラの肩を持って、必死に揺り動かす横島。
 信じられない、そんな言葉が彼の顔に浮き出ていた。
 しかし、それ以上に辛い表情をルシオラは見せていた。


「これが嘘言っている顔に見える?」


 ルシオラは穏やかに、しかし、哀しそうな顔で見つめている。
 横島は耐え切れず、胸が苦しくなっていた。
 嫌だ――そう考えると胸が一杯になってくる。


「そんな馬鹿な……!」


 そう言うと、その場にしょげ込んで、落胆する横島。
 ルシオラはそっと彼の肩に寄り添うと、その口で彼に囁き始めた。





 拳骨が飛ぶ。着地点はカオスの頬。
 そして着地すると、彼は大きく床に叩きつけられた。


「イタタタ……、いきなり何するんじゃ!?」

「黙れ、このクソジジィ!」

「なんじゃと?」


 令子は惜しみなく、罵声を老博士に浴びせる。
 何故だろう、自分が他人の事を気にして、怒ってるなんて。
 彼女はそうも思ったが、深くは考えなかった。
 兎に角、今はカオスに言ってやりたい事がある。
 考えるのはそれからだ、そう考えていた。


「アンタ、自分が何したか分かってんの?
 いいかしら。横島クンはルシオラが自分の娘に転生する事で納得して、
 形は違っても幸せにしてやれる可能性が残った、それで満足していたわ?
 でも、アンタが自分の研究欲を満たしたいが為に横島クンを誘惑したせいで、
 その可能性もゼロ。アンタがその芽を摘んだのよ?」

「しかし、自分の娘に生き返るよりはやはり本人の方が……。」

「……よくそんな事が言えるわね?
 じゃあ、アンタ、マリア姫と自分がそうなった時のことを考えてみたら?」


 そう言われて、老人は思い出す。
 あの懐かしいヨーロッパの景色。
 城下町、城内、研究室。
 若かった。才気と希望。どれも満ち溢れていた。
 思う存分、実験も出来た。
 それに……、


「カオス様!」

「姫!」


 甘く、淡い恋。
 しかしそれは儚く、願う事も無かった。
 彼女は足手まといになるまいと、自ずから身を引いて、
 そして亡くなった。
 そうして自分は悲しみに明け暮れ、
 その地を去った。


「マリア……。」

「イエス・ドクター・カオス。」


 目の前に居るのは自分の作ったアンドロイドが居るのみ。
 彼女にそっくりだ。
 無理も無い――そのように作ったのだから。


「そうか……、悪い事をしたな……。」


 老博士は窓から遠くを見つめて、そう呟く。


「……いつ頃からだろうな。人を恋しくなるという事を忘れたのは。
 研究に没頭するあまりにワシが耄碌していたという訳か……?のぅ、マリアよ。」

「イエス・ドクター・カオス。」


 カオスの言葉に反応して応答する彼女。
 その几帳面な反応に、今は亡き彼女を思い浮かべている。
 心はいつもアナタと共に――。
 しかし、もう二度と逢えないのだ。
 そして、老人の瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた――。












 
 



「でも、私、これで良いと思うの……。」


 耳元でルシオラがそう囁く。横島ははっきりと聞いた。
 しかし、耳を疑った。


「なんでだ?もしかしたら二度と逢えないかも知れないんだぞ?」

「アラ、そんな事無いわよ。こうして出逢えたのも、縁があるって証拠よ?
 きっとまた逢えるわ。」

「だけど……!」


 悲しそうな顔をする横島。まるでこの世の終わりが来たような表情だ。
 けれど、ルシオラは彼に微笑みかけて言う。


「そんな悲しい顔しないでよ、ね?
 ……実を言うとね、ヨコシマ。私、ヨコシマの重荷にはなりたくないの。」

「……どういう事だ?」

「その……、つまり、私がヨコシマの子に転生しても、重荷になるだけじゃないかなと思うのよ?」

「オレは別にそれで構わないけど……?」

「……でも、奥さんの方はどうかしら?」

「うっ…………。」

「旦那の昔の恋人が自分の子供に転生してくるなんて、誰だって良い顔はしないわよ?
 特に美神さんなんか……、あの人、嫉妬深そうだし。」

「…………」

「それにヨコシマには悪いけど、何時までも私の事を引きずって欲しくもないと思うの。
 そりゃあ、何時までも想っていてくれる事は嬉しいんだけど、
 それは心の底にそっと閉まっていて欲しいのよ。
 ヨコシマもこれから成長するし、きっと良さに気付いてくれる人が出てくるわよ!
 ね?だから、私の事は想い出として、大事にして欲しい。そう思うの。」

「……きっと、またいつか逢えるよな?」

「モチロン!たとえ、現在(いま)じゃなくても、これから何百、何千年と。未来は限りないのよ?
 必ず逢えるわ……!」

「そうだな……、必ず逢えるな。」


 そして二人は重なり合い、そして唇も重ね合う。
 永遠の再会を誓って。


「……もう行かなきゃ。」

「あぁ……。」


 ルシオラは彼の身体から離れると、徐々に身体が透けていく。


「愛してるわ、ヨコシマ……。」


 そして彼女から流れ落ちる涙。
 横島は溢れる感情を抑えながら彼女を見送る。


「オレもだよ、ルシオラ。」


 彼女はニッコリと満面の笑みを浮かべ、そして消えた。
 横島もそれを見送ると、自分の身体も徐々に消えていくのが分かった。
 彼もまたその場所から消え失せたのだった。


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