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おれ、ルシオラ。

Chapter.X


投稿者名:ライス
投稿日時:03/12/27





「……どうして自分が此処がいるのか、分かるかしら?」


 令子は極めて深刻な表情をして、ベッドに座る横島を問い詰めている。
 横島はなんでそんな事を聞かれるのか、それが分からず、不思議な表情をして、


「え……?美神さん達が運んできてくれたんじゃないんですか?……違うんですか?」


 そう言うと、彼は目の前に居る彼女達の顔を見ている。
 令子とおキヌは双方、顔を見合わせては悩ましげな表情を見せていた。
 何かこう、言い出してくても、言い出し辛い――そんな雰囲気だった。


「ど、どうしたんですか、二人とも……?なんか暗いですよ、表情が……、」

「……何も覚えてないんですか?」

「え、何を?」


 おキヌの発言に首を傾げる横島。
 再び、彼女達はお互いの顔を見合わせて、


「どうしますか……?」

「どうしますかって……、此処まで来たら話す他、ないでしょう?
 横島クンには悪いけど……。」

「一体、何なんスか?さっきから二人だけで喋って……。」

「横島クン……。驚かないで、よく聞いて頂戴。」


 すると、令子は真剣な表情で横島の方を向いた。


「ハ……イ。」


 何がなんだか分からない横島は彼女の自分を真っ直ぐに見つめる瞳に気圧されている。
 令子は辛い立場にいる。
 この事実を彼に伝えないければならない状況。
 これを聞いて――彼はどんな顔をするだろう。彼女はそう思った。
 悲しむ?それとも悪い冗談だと笑い飛ばす?
 それでも、伝えなければならない。
 自分には彼に事実を伝えなけらばならない義務があるのだから、と。
 

「――――私達がなんで驚いているのか、それが不思議でならないでしょう?」


 彼は首を小さく縦に振った。


「それはね……、横島クンが今、座っているベッドには別の人物が居たわけなの。
 私達は突然倒れた彼女を運んで、そしてこのベッドに寝かせておいたのよ。」

「……待って下さい。その彼女ってのはまさか……?」

「えぇ、ルシオラよ。」


 それを言った瞬間――――場は静まり返った。
 彼、横島の事を気遣い、二人とも一言も喋らずに居た。
 すると、彼の肩が小刻みに笑い出し、次第の彼の喉から笑い声が発した。
 その声は次第に音量を増して、部屋全体に響いた。


「ハハハ……!わ、悪い冗談は止してくださいよ?そんな馬鹿な……!!」


 彼はまた笑い出した。
 しかし、その顔には不安と疑念が入り混じり、何処となくぎこちない。


「……私が冗談、言ってるような顔に見える?」

「……!でも、いや……、そんな馬鹿な!?」


 信じられない、そう彼の顔が物語っていた。
 そして横島は美神の両腕を急に掴んで、彼女を揺さぶった。


「嘘だって言ってください……、美神さんっ!
 オレはオレです!オレがルシオラな訳ないじゃないですか!?」

「じゃあ………、その服は何?」


 そう言われて、自分の服装を見つめる。
 似合っていない服装。全体的に少しきつい感じがするのに、今さら気付いた。


「それ………、ルシオラがシャワーする時におキヌちゃんが持ってきた着替えよ?
 なんで、それを横島クンが着ているのかしら?」

「う………。違う!オレはルシオラなんかじゃない!そんな馬鹿な事とあってたまるか……!
 カオスと約束したんだ……!ルシオラを生き返らせてやるって!
 だから、きっと、きっと逢えるんだ……!
 ……オレはちゃんと聞いた。聞いたんだ……!?」

「カオス……?カオスですって!?アイツが関わってるの?」

「え、いや……、その……、ウワァッ!?」


 令子は横島の胸倉を掴むと、凄い表情で睨みつける。


「………バカッ!!自分が何をしたか分かってるの?」

「いや、だって……!」

「黙れ!!」


 耳に劈くような怒号を横島に浴びせ、彼の胸倉を振り払った令子。
 横島は振り払われると床に叩き付けられた様に尻餅をついた。
 怒られる事には慣れっこであった彼も、命令調で怒鳴られたことなど滅多になかった。
 それだからこそ、その時は令子を正直心の底から怖いと思ったし、
 表情も近寄りがたい位の怒りが露わになっていた。
 彼女は近くにあったゴミ箱を思い切り蹴ると、吐き捨てるように言った。


「あのクソジジィめ……!」

「ホゥ……、誰がクソジジィだと?」

「!……カオス!!」


 声が、聞こえた。
 それも後ろの方から、低く、重みある声だった。
 令子他、その場に居た三人はすぐさま視点をドアの方に集中させた。
 ドアが開いた前には、黒マントを羽織った老博士。そして、機械仕掛けの女性。

 夜の深い群青は空を完全に埋め尽くし、星々が瞬き始めている。
 そして遣って来た老人は不敵に笑みを浮かべ、
 嬉しそうに、そして不気味に、言い放った。


「さて……、何から話して欲しいかね、ン?」











「なっ…………!?」

「ホレ、どうした?このワシに聞きたい事があったんじゃないのか?
 エ、どうなんじゃ?」


 突然、現れたカオスは一同に問う。それも厭らしく、怪しく笑いながら。
 

「聞きたい事って……、それよりもアンタ、一体何処から入ってきたの?」

「これはまたおかしな事を聞くもんじゃな。普通に正面の入り口から堂々と入らせてもらったが?」


 厭な緊張感があった。
 それは彼が「ヨーロッパの魔王」とかつて呼ばれた所以か、
 威圧感が感じられる。


「まぁ、そんな事はどうでもいいわ……!それに聞きたい事は別にあるわ。それも沢山……!」

「フム。まぁ、聞かせてもらおうかの。」


 令子の方も、負けず劣らす、顔に凄みを利かせている。
 しかし、彼もいつもとは違い、たじろぎもせずに顎を掻きながら
 彼女をあしらっている。


「……聞いていたとは思うけど、さっきの横島クンの発言は本当の事かしら?」

「勿論。まぁ、誘ったのはワシじゃがな。」

「でも、なんでまたコイツなんかに……。」

「それはこのボウズが貴重な実験体だったからじゃよ?こやつの体内にはえぇと……、
 なんと言ったかの……?」

「……ルシオラよ。」

「そう、ルシオラの霊体だった物が大半を占めておる。今はボウズの霊体になっておるが、
 元は魔族の霊体じゃ。そこでワシの研究心が騒いだわけじゃな……。」


 そう言うと、カオスは笑い声を微かに漏らす。
 令子はその仕草が鼻持ちならなかったが黙って聞く事にした。


「実に興味深い研究材料じゃよ。なにしろ、二種類の霊体が混ざって存在しておるのだからな。
 そこでワシは考えた……。
 元より存在する霊体ではなく、
 後から介入してきた霊体を持っていた人物の存在転換は出来ないかと……な!」

「つまり、横島クンの中にあるルシオラの霊体を使って、
 彼女を生き返らせることは出来ないかと……。そういう事ね?」

「まぁ、そんな所だな。
 それにはまずボウズの承諾が必要なわけなんじゃが、快く承諾してくれたの。
 おかげで実験はそれはもう順調そのものじゃったよ……!」

「フザケンじゃねぇっっ…………!?」


 老人が楽しそうに笑いながら語る姿を見て、
 突如、横島はカオスの胸倉を掴んで、怒りを露わにした。


「さっきから、黙って聞いてりゃあ、人を実験の題材呼ばわりしやがって………!
 快く承諾だ?オレがどれだけ悩んだか、分かってるのか?
 オレはルシオラに逢いたいから…、だから、お前に頼んだろうがっ!?」

「……ヤレヤレ。これだから若造は困る。」

「ナニィ?」

「いいか?ワシは生き返らせてやると言ったまで。
 会えるなんて事は一言も喋っておらんぞ?
 オヌシが一方的に、勝手に早とちりしておるだけじゃ。
 違うか?」

「……!ルセェ………ッ!!」


 横島は拳を硬く握り締め、それをカオスの顔に勢いよく振り上げようとした。
 が、令子がそれを止める。横島は鬼の形相で令子を睨み返すと、
 彼女は首を横に振っている。彼も暫く彼女の方を睨んでいたが、
 仕方なく諦めて、腕を元に戻した。


「フゥ……、これだからガキはイカン。気に入らなかったり、思い通りにならないと、
 すぐに自分の事を棚上げして、怒り出すから困る。」

「なんだと……!?」

「止しなさい、横島クン。……でも、そんなに上手くいくのかしら?」

「フム。それも尤もな意見じゃな?ヨシ、百聞は一見に如かずじゃ。
 おぉい、渋鯖の!」

『ハイ。』


 天井を見上げ呼ぶと、声が返ってくる。
 渋鯖人工幽霊一号はいつもと変わらぬ落ち着いた声で、応答した。


「相変わらず、仏頂面じゃな……、いや、顔は無かったか。
 しかしまぁ、渋鯖のガキンチョももう少し何とかならんかったのかの?」

『……ほっといて下さい。で、何の用でしょうか?』

「さっき、ここの部屋で起こったことを見たいんじゃが見せてくれんか?」

『分かりました、では皆さん、居間へどうぞ。』


 そして五人は部屋を出て、テレビのある居間へと向かった。


『それでは映します。』

 
 テレビに映像が映し出される。令子以下三人はじっと画面に注目していた。
 先程居た部屋が映っていた。そして、ベッドの上にはルシオラが確かに横たわっている。
 横島はそれを愕然とした様子で見つめていた。令子達も画面をまじまじと見ている。
 すると、カオスは咳払いをしておもむろに説明し始める。


「まず……、ワシはどうやってルシオラの霊体を甦らせるかを考えた。
 そこでまず、彼女の霊体が残っているかどうか調べてみた所、
 ボウズの霊体の総数を100とすると、その数はわずか8。」


 画面の中では、ベッドの周りが光りだしていた。その光の中には眠るルシオラ。


「思ったよりその数が少なかった。
 しかし、よくよく調べてみると、
 ボウズの霊体の中には彼女の霊体が変化している霊体が多数見られたのじゃ。
 大体、約半分かのう?」


 彼女の身体を覆う皮膚がひび割れ、中からは光が漏れてくる。
 皮膚はパキパキ、音を立てて剥がれ落ちてゆく。
 そして、残ったのは女性の形をした光の塊―――。


「そしてワシはまた考えた――、
 彼女の霊体がボウズの霊体となって、ボウズが存在しているのあれば……、
 また『逆も真なり』とな……!」


 そして、その光の塊は静かにその形を変える。
 女性らしい丸みを帯びた身体から、ごつごつとガッチリした男性の身体へと。


「そこからは簡単なものじゃった。
 この天才にかかれば、霊体を全変換させることなど造作も無いことじゃ。
 ワシは薬を作った。無味無臭、液状の霊薬をな。
 それを坊主に投与した。勿論、効果は覿面じゃ。
 ワシとマリアは彼女を色々な場所に移動させて、その動向を観察させてもらった。
 そして、効果が切れると元に戻った横島をアパートの前に立たせてやったのじゃ。
 もちろん、ワシ等は屋根に隠れての。
 ……滑稽な物じゃ、愛し合う二人がまさか一心同体だとは誰も思わんじゃて!」


 すると光体は、ベールが脱げるように頭の上から徐々に下へ縮小していった。
 そして、光が消え失せてなくなると、そこには眠る横島の姿があった。


「しかし、弱点が二つあった。
 一つは霊体変換に時間がかかりすぎる事。
 もう一つは、変換した存在がその存在で居られる時間が短いという事。
 原因はよく分からんのだが、何故か日没までの数時間しか保たないのじゃ。」


 映像は此処で終わった。
 見終えた三人――、特に横島は虚ろな生気の無い眼で、真っ暗になった画面を見つめている。
 カオスの説明が同時に終わると、彼は呟いた。


「夕焼けだ……。」

「横島さん……?」


 隣に居たおキヌが心配そうに横島の顔を覗き込もうとしたが、
 彼は突如として立ち上がった。
 その表情は狂気を孕み、どことなく切羽詰ったような物悲しい顔であった。


「あいつは言ってた……!
 昼と夜の一瞬の隙間だから、その短い間にしか見ることが出来ないから――
 だから夕焼けは余計に綺麗だって……!」


 横島は声を張り上げ、鬼気迫る勢いで想いをぶちまける。


「けど、この状況はなんだ?
 オレはルシオラで、ルシオラはオレってか?
 カオスの奴を信じまったばっかりに、こんな事になっちまって……。
 笑えねぇし、こんな奴の口車に乗っちまったオレが馬鹿だって事だな?」

「横島クン……。」

「だけどな?よく聞けよ、カオス!?
 オレはまだ諦めきれないんだよ、分かるか?
 この手で抱きしめたくても、それが出来ない気持ち……!
 それがどんなに苦痛なのか、テメェには分からねぇだろうがな!!」

「で?お前さんは何をしようというんだ……?」


 カオスが激情に駆られる少年に聞き返すと、
 少年は鼻で笑い、投げやりに言う。


「はっ、オレとアイツがどうやっても逢えないのはテメェが一番よく知ってるだろ!!
 だからこそ、さ。
 だからこそオレは最後の手段に出るしかないのさ……。
 ……こうやってな!!」


 彼は手の平から文珠を出し、目蓋を閉じ、願いを込める。
 浮き上がった文字は「逢」――。
 それを口に飲み込んだ。


「バカ、止めるんじゃ!?」

「横島クン、止めな――」


 すると、手で令子達を制する横島。


「手遅れですよ、美神さん。すみません、オレ、こうするしか――!?」


 そして変化は起きた。
 彼の動きは止まった。
 彼は光を帯びると抜け殻になったかのように、直立不動のまま、動こうとしない。


「よ、横島さん、横島さん!?」

「無駄じゃよ……、トランス状態に陥っておる。」

「?どういう事?」

「ボウズが言うとおり、ルシオラに会いに行ったんじゃよ。
 霊体を少なからず共存してるという事は、
 深層意識のさらに奥底で意識も共存しておる訳じゃ。
 馬鹿な事をしたもんじゃ……。」

「つまり、横島クンはそこから戻ってこない限り、このままってわけ?」

「そうなるな。」

「なんて事……!」


 立ち上がっていた令子は、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
 今、そこに立つ横島は何も喋らない。そして動きもしない。
 

「待つしかないのね……?」

「そうだな……、しかし文珠の効果にも限りはあるから、そうは長くないと思うが。」

「そうね。」


 待つしかない。
 それが何時までなのか、それも見当が付かない。
 だが、待つしかないのだ。
 彼は今、問題に直面している。自らをそこに追い込んだのだ。
 見守るしかない、それが私に出来る事だ。令子はそう思った。


「横島クン……。」


 


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