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おれ、ルシオラ。

Chapter.V


投稿者名:ライス
投稿日時:03/12/27

「雨………、降ってきちゃいましたね。」


 おキヌは窓の景色を見ながらそう言う。
 窓に当たる雨がガラス越しに伝って、ゆっくり下へと流れていく。


「……そうね。」


 所長席に座る令子は書類に目を遣りつつ、素っ気無く答える。


「横島さん、大丈夫かなぁ……?濡れてなければいいんですけど……。」

「さぁ?ったく、あのバカも……!」


 自分で言っておいてなんだが、まさか本当に帰るとは思ってもいなかった。
 いつもなら、横島の方も笑って済ませる所だし、実際そうなったことだろう。
 けれど、今日は違っていた。
 海ほたるで朝日を見ていた時には立ち直っていたようだったけれど、実際そうではなかった。
 彼女の存在が彼にとってどの位重くのしかかっているか、それの認識を誤っていた。
 それはまぁ、キツく言い過ぎてしまったのは流石に反省する所だが。


 こんな事考える自分も、憂鬱だ。美神はそう思う。
 しかしこの問題ばっかりは、彼自身にしかどうする事も出来ない事だ。
 自分が口出すようなことではない。それだけはハッキリしている。
 彼自身が決着をつけない限り、自分はただ見守るだけ。
 割り込めるような存在でも無し。
 要は横島クン次第である事。


「しかしまぁ、女々しいったらありゃしないわね、横島クンも……。」

「……?美神さん、何か言いましたか?」

「え?そ、それはその……、なんでもないわよ!」


 いつの間にか、ボソッと呟いていたらしい。令子は慌てて否定する。
 それを見たおキヌはそんな彼女の仕草が可笑しかったらしく、クスリと微笑んで、


「……変な美神さん。」

「なによ?おキヌちゃんたら。」

「なんでもありませんよ、美神さん♪フフフ……。」


 外は雨。しかし、部屋の中は暖かく和やかな雰囲気であった。
 ―――その時が来るまでは。


『談笑中の所を失礼しますが……、』


 天井から声が聞こえた。
 声の主はこの生ける一軒家の本体、人造霊魂の渋鯖人工幽霊一号。
 その無機質な低い男の声が美神を呼びかける。


「どうしたの?人工幽霊一号。」

『先程から上空にこちらへ向かってくる物体が一つ確認できます。』

「で、それがなんなの?」

『それがどうも魔族のようなのですが……?』

「!?ホントなの?それ……。」

『ハイ、反応からして間違いありません。どうしますか?』

「……とりあえず、何もしないで置いて。」

『……分かりました。』


 令子も魔族と聞いて一体、誰であるか、察しが付いたのであろう。
 だからあえて、行動には出なかった。そして、静かにそれがやって来るのを待つ。
 外では雨音がサァサァと穏やかに鳴っているのが良く聞こえた。


『着いたみたいです。……本当にいいのですか?』

「構わないわ、通してあげて。」


 令子は二階の窓から外を見下す。
 すると、道路とここの間にある敷地の真ん中に彼女は舞い降りた。
 ドアの方に振り向くと、ゆっくりとその方向に向かってくる。

 そして、ドアをドンドンと叩くのが聞こえた。
 おキヌが美神の反応を伺っている。
 令子もまたおキヌの方を見て、黙って頷く。
 それを見て彼女も頷き返し、部屋を出るとそのノックのする扉の方へ。

 ドアノブに手を伸ばす。
 一瞬の躊躇―――おキヌは深呼吸を二、三度大きくすると、ゆっくりドアノブを回し、
 そして扉を開いた。

 目の前には、雨に濡れた少女が独り。
 その有り得ない存在に対して、驚きと畏怖の表情をおキヌは隠せないでいた。


「久しぶり……、おキヌちゃん。美神さんは居る?」 

「エ、エェ……。」


 彼女はずぶ濡れであった。無理もないだろう、この大雨を飛んでやってきたのだから。
 髪も服もびしょびしょ。彼女の立つ場所には、ポタリポタリと水が落ちている。
 しかし、そんな事に構わず、彼女はズカズカと屋内に入っていった。
 階段を上るけたたましい足音。かなりの急ぎ足。
 令子は待っていた。彼女が来るのを。そして扉が開かれるのを。


 ――ガチャリッ――


「美神さん……!」

「―――久しぶりね、ルシオラ…………。」


 対峙する二人。
 濡れる彼女の全身を伝って、静かに落ちる雫。
 暫く向かい合ったまま、何も喋らない二人。
 言いたい事は沢山あるが、何から切り出していいのかわからない状況か。
 先に口を開いたの美神だった。


「……まさかまた会えるなんて思わなかったわ?」

「そうね。」

「人から聞いていたけど、勿論信じてなんかいなかったわ。
 でも、信じるしかないわね。こうして本人が遣って来た事だし。」

「そうね。」

「それにしてもどうやって、また……」

「判らないわ……、こっちが聞きたい位。」

「そう……。」


 味気ない会話が続く。
 ルシオラの答え方はなんだか生返事で感情が篭っていない。
 そして表情も何処となく思い詰めた様な感じでもあった。 


「私がどうして此処に居るかなんてどうだっていいわ……、それより!!」


 突然、感情を露わにして美神に近寄るルシオラ。
 依然として身体は濡れたままだ。しかし、彼女の瞳はそれを乾かすような熱気が篭っていた。


「美神さんなら知ってるはずだわ……!ねぇ、ヨコシマは何処に居るの?
 家には居なかった。居るとしたら、後は此処だけしか考えられないわ。
 教えて。私はヨコシマに逢いたいの……!!」


 鬼気迫る表情で美神に問う彼女。
 そんな彼女の真に迫る姿を見て、少々身が引けていた令子であったが、
 すぐに先程までの表情に戻る。


「会っていないの?横島クンなら雨が降ってくる前に出て行っちゃったわよ。
 家に居なかった?」


 首を振るルシオラ。


「アパートには帰っていなかったわ。だから此処に居るはずだと……、」

「生憎ね、一足も二足も遅かったわ。」

「……嘘、ついてないわよね?私に逢わせるのが嫌だからって。」

「なんで私がそんな事しなきゃいけないのよ!?
 第一、横島クンをアンタから隠す必要がどこにあるっていうの?
 馬鹿にしないでよね?私だってそこまで鬼じゃないわよ……!」

「……そうよね、ごめんなさい。」


 令子の発言を受けて、表情が一段と沈むルシオラ。
 すると、両肩に手を当て、びしょ濡れの身体を支え始める。
 全身が震えている、と言えば嘘になるが、彼女の仕草から寒さは伝わって来ていた。


「寒い……。」


 彼女が寒そうに言葉を漏らす。
 先程までの切迫した感じから打って変わり、肩を竦める。
 ここに来て、彼を探し出す手掛かりが無くなり、途方に暮れている―――
 そんな印象さえも受けた。
 兎に角、今、目の前にいる彼女はまるで小動物のような気弱さが垣間見えていた。


「そりゃそうでしょ。こんな大雨の中を飛んできたわけだし。寒くならない方がどうかしてるわ?
 ……シャワーでも浴びてきたら?貸してあげるわよ。おキヌちゃん!」

「ハァイ?」


 席を外していたおキヌが呼ばれる。彼女はスリッパをパタパタ鳴らせながら、すぐにやって来た。


「なんですか?」
 
「ルシオラにシャワー浴びさせるから、着せる服を持ってきてあげて。洗面所に置いておいて頂戴。」

「あ、分かりました。」

「シャワーの場所は分かるわよね?」

「エェ。勿論。」

「じゃあ、先に行って、その濡れた服を脱いでおいてくれる?服はおキヌちゃんが持ってくるから。」

「……ハイ。」


 軽く静かに頷き、部屋を出て行くルシオラ。
 彼女の立っていた場所にはシミが出来ている。
 令子は椅子に寄りかかって、一息をつく。
 とりあえず、彼女との対面と再会は終わった。そんな緊張の緩みかも知れない。
 しかし、事態はこれからであると言う事にまだ誰も気付いてはいなかった。
 そう、誰も……。


 ―――そして夜が近寄ってくる。


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