どんよりと分厚く覆う灰色の曇り空。
その太陽に遮られた世界は、薄暗く広がっている。
しかし、人波は相変わらず、ただおのおのの思うがまま、流れ流されてゆく。
そんな街中に一滴の水が天から降ってくる。時が経つと同時にその雫は数を増やし、
最初、アスファルトの舗道を濡らしたかと思うと、その勢いはさらに増して、彼処に水溜りを作り、
人は濡れる。一つの水滴は雨となった。
人々は傘を開く。無い者は代わりに鞄なり、雨宿りするなり防衛策を打つ。
しかし、その喧騒は先程とは全く変わりはしない。
何の事は無い、彼らにとっては「ただ、雨が降り出した」だけに過ぎないのだから。
この雨は何処から降るのだろう。
誰が降らしているのだろう。
誰かが泣いているのだろうか?
天が?神が?それとも―――
雨は依然として降り続けている。
いや、先程よりも雨量は増していた。
もう誰も傘無しで街を歩こうとする者は無い。
さて、ここはとあるアパートの二階、とあるドアの前。
そこに寄りかかって眠っている人物がいた。
その階段に通ずる通路の上には屋根が覆いかぶさっている。
しかし建付けが悪いのか、所々、雨漏りしている。
この日も雨が降り出すと、暫くして雨粒が滴り通路に落ちていた。
その時もそんな感じだった。
そうして滴り落ちてきた雫は、『彼女』の鼻の先に落ちる。
「…………」
何か冷たい物が当たる。だが、彼女を気付かせるにはそれで充分だった。
彼女はゆっくりと目蓋を開くと、それを確認する。どうも液体のようである。
次に見開いた目で周りを見た。―――雨が降っている。それもザァザァと。
どうも、雨粒が落ちてきたようだ。彼女はそう思った。
「………また?」
悪い夢でも見ているのだろうか。目が覚めた彼女は思う。
これで何度目だろう?こうして目が覚めるのは。
自分はもう生きていないはずだ。それに間違いは無かったし、自覚があった。
『彼』に嘘をついてしまったのは心残りだったけど、アレで良かったのだと。
しかし、今の私はどうだろう?
死んだはずなのに肉体には血が通っていて、手に温かさを感じるし、動きもする。
要は生きている――何故?
理由など分かるはずも無い。だけど、自分が何故か現世に生きていることが不思議でならなかった。
一体、誰が私を生き返らせたのだろう―――
すると彼女は立ち上がり、今度は自分のいる場所を確かめる。
古ぼけたアパート。その二階だ。でも、見覚えの無い場所ではない。
ここが何処なのか―――、それに気付くのにさほど時間は掛からなかった。
「ここは……!」
そう、彼のアパートだ。前に来たことがあるから間違いない。
オマケに今、自分は部屋の前にいる。
……彼は居るんだろうか?
「ねぇ、居るの?居るんだったら返事してよ!?」
何度も何度もドアをノックした。しかし、先程から返事は返ってこない。
私の声を聞けば、飛び出してくるはずなのに。
居ない?
一抹の不安がよぎる。
「あの〜〜ぅ……、」
「?」
後ろから声が聞こえた。
彼女はすぐさま振り返ってみると、そこには隣の部屋の住人がドアから顔を出していた。
顔を出しているのはセーラー服を着た二つおさげの女の子。
恐る恐る『彼女』の方を見つめている。
「何?」
「……まだ、帰って来てないみたいですよ?よこ……、」
「そう。じゃあ、いつ頃帰ってくるか判るかしら?」
「さぁ……?それはちょっとよく……、ごめんなさい。」
おさげの少女はすまなそうに謝った。
一方、彼女の方もここに居ないのであれば仕方ないか、とそういう表情を見せる。
「……判ったわ、ゴメンね、騒がしちゃって。」
「い、いえ、そんな……!こちらこそお役に立てなくて……。」
「いいのよ。じゃあ、他を当たることにするわね?本当に有り難う。」
「あっ……、」
少女が引き止めようと声を漏らしたのも束の間、
彼女はそう言い残して階段を下りていく。
何か妙だった。
彼女の態度がよそよそしいというか、つっけんどんというか、
邪魔をしないでって言っている様にも。
「……あの人、一体誰だったのかしら?後で横島さんに聞いてみよっと。」
そうして、少女はドアを閉めた。
家には居なかった。となると、残るは一つ。
美神さんの所だ。
きっとそうに違いない。
彼女の頭の中はそれで一杯だった。
確か、ここから二駅先な筈。
だけど……、
「この雨じゃ……。」
階段を下り終えた先には雨が待ち構えていた。
もちろん持ち合わせている金なんかない。
そして傘も。
でも、逢いたい。
逢って、謝りたい――嘘をついたことを。
そして出来るなら、一緒に……。
「しょうがない、か……。」
苦笑いを浮かべる。
そして、彼女は宙に浮くと雨降る空に飛び昇った。
必然と冷たい雨に打たれる彼女。
しかし、そんな事は厭わなかった。
彼に逢えさえすれば、こんな事―――。
「……ヨコシマ。」
思わず口に出る彼の名前。
逢いたい、ただそれだけでいい。満たされたい。
行こう―――彼の居る場所へ。
続きを読ませていただきます。 (RT)