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おれ、ルシオラ。

Chapter.U


投稿者名:ライス
投稿日時:03/12/27





 ―――それは、あの決戦から間もないある日の事だったと思う。




 オレはいつもの様に美神さん達のいる事務所に来ていた。
 あの決戦から数日。その影響のせいで、仕事の依頼はまだ一件も無し。
 でも、オレは殊勝にも事務所に来ていたんだ。
 まぁ、理由はタダ飯たかりに来てたんだけどな。

 ……話がそれたな。
 とにかくまぁ、その日もヒマだったわけだ。
 で、昼下がりが過ぎた頃だったかな?
 なんというか、まぁ、客と言えば客になりそうなヤツが事務所にやって来た。


「オ〜イ、マリアの充電させてくれんか?」


 ドクター・カオスだった。
 この時は流石に美神さんも久々の仕事の依頼が来たんだと思ってたのか、
 客がカオスだと分かった途端、凄くガッカリしてたなぁ……。
 それを見て、不思議に思ったのか、カオスの一言が痛快だった。


「ん、どうしたんじゃ?浮かない顔して。」


 よく言うぜ、カオスの奴も。
 そりゃ、アンタが来たからだろーが!
 と、突っ込み入れたい所だったけど、言うの止しておくことにした。後が怖いからな。
 美神さんは、最初渋い顔をしてたけど深々と溜息をついた後、それを許可した。
 するとカオスは早速、マリアからコードを引っ張り出すとそれを電源へと差し込む。


「ふぁ、これでOK……!いやぁ、スマンスマン。」
 
「ったく……!それ終わったら、サッサと帰ってよね?」

「分かっておる。それじゃ、ついでにと言っちゃなんだが、トイレも貸してくれんか?」

「……勝手にしたらッ!?」


 カオスとやり取りする美神さんの顔はとても嫌そうな顔をしていた。
 そりゃそうだろうなぁ……。
 しばらくして、カオスがトイレから戻ってくると、おキヌちゃんが茶を振舞う。
 ヤツはそれを一口二口飲み、一息つくと、あの話を聞いてきたんだ……。


「時に……、結局、例のボウズの彼女の霊体はどうなったんじゃ?」


 一瞬、ピンと張り詰めた空気が一気に広がるのが即座に分かった。
 重苦しい空気が周りを覆う。
 カオスの何気ないその一言は、オレ達の周りの空気感をがらりと変わらせる威力があった。


「エ………、い、いきなりナニ言い出すのよ!?」

「なんでじゃ?わしはただ気になったから聞いただけだが?イカンのか?」

「い、いや、そういう事じゃないんだけど……。」


 美神さんはオレに横目を逸らしてくる。
 あ、結構オレに気に掛けてくれてるんだなぁ、美神さんも。と思いつつ、
 その視線が何を言っているのか、オレはすぐに察して、


「別に言っちゃっても構いませんよ、美神さん?」

「そう……。なら、いいんだけど。」


 そう言うと、美神さんは再びカオスの方を振り返ると、これまでの一部始終を話し出した。
 ヤツにに話した事は、美神さんもおキヌちゃんにも周知の事実だ。
 もちろん、オレにもそれは分かりきっていて、覆すことの出来ない事実でもある。
 まぁ、オレが分かってなきゃ、どうするんだって話だけど。
 とにかく、その事実を美神さんがカオスに伝え終えると、
 アイツは、オレの顔を興味津々にまじまじと見つめてきた。


「な、なんだよ……?」


 カオスはオレが少し尻込みしているのも気に掛けず、
 今度は身体をあちこち触り始めてきた。
 ……止めてくれ、幾らなんでもそのケはねぇって。
 

「フム……。
 そうかそうか、今のボウズの霊体には其奴の霊体が混ざってるわけか……。」

「それがどうかしたの?」

「いや、なんでもない。(なるほど。コリャ、面白そうな研究材料じゃな……。)」

「? なんか言った?」

「いや、別に?……ちと、用事を思い出した。これにて失敬する。
 マリアが起動したら、先に帰ると、伝えておいてくれんか?」

「いいけど……、」

「それじゃ、よろしく頼む。邪魔したな!」

「あ、ちょ、ちょっとぉ!?」


 美神さんの呼び止めにも応じず、カオスは急ぎ足で部屋を出て行ていっちまった。
 その時、ヤツがドコと無く狂気を孕んだ不気味な笑みを浮かべながら、
 楽しげに帰っていく姿がオレの記憶の中に強く焼きついていた。



 ―――それから数日後。


 カオスはオレの家の前に現れた。


「ちと、話があるんじゃが……、いいかの?」


 その日の仕事が終わり、
 銭湯から帰ってきてこれから晩飯(カップラーメン)って矢先だった。
 ノックする音が聞こえてドアを開けると、
 そこにカオスがマリアと一緒にやって来ていた。
 外は既に日が暮れていて、辺りは真っ暗。


「あ、あぁ……。じゃ、ま、入ってくれ。汚いけど。」


 断る理由も無いのでオレは仕方なく部屋に入れた。
 オレは二人のためにその乱雑とした部屋の畳の上にあるゴミを掻き分け、
 座るスペースを作り出すと、襖の奥で埃が集っていた座布団二枚を取り出して、
 畳の上に敷く。


「おう、わざわざスマンな?」

「待っててくれ、今コーヒーでも入れるから……、」

「イヤイヤ、構わんでいいぞ?」


 とか、なんとか言っときながら、いざ出してやると、立て続けに3杯もお替りしやがった。
 ったくよぉ、少しはわきまえろっての……。全く節操のないジィさんだぜ、もう。


「フゥ……。もう一杯いいかの?」

「オイ……、オレになんか用があるんじゃなかったのか?
 それとも何か?コーヒー集りに来ただけか?エ、どっちなんだ!?」

「オォ、そうじゃった、そうじゃった。すっかり忘れておったわい。」

「ったく、言うんだったら、手短にしてくれよ?こっちは夕飯もまだなんだからな?」

「まぁ、そう怒るな。今日はボウズにとって有益な話を持って来たつもりじゃからの……」


 カオスは4杯目のコーヒーを飲み終えて、
 それが入っていたコップを静かに置くと、急に真顔になって喋り始めた。


「さて、本題に入るとするか。
 えぇと、なんと言うたかの、ホラ、お前さんの彼女だったのは……、」

「また、その話か……。いい加減、蒸し返すのは止してくれないか?
 いいか?俺はもう踏ん切りがついてるし、どんなに頑張ってもアイツは戻って来ない。
 でも、また逢えるかも知れない希望は残ってる……!
 それが一つの可能性に過ぎないとしても、だ。」


 オレはウンザリした口調でこう言ってやった。
 しかし、ヤツの口は止まる事を知らず、さらに話を続ける。


「ホゥ……、踏ん切りがついているとな?」

「あぁ、そうさ!何か文句あるか?」

「ククク……。」

「な、何だよ?急に不気味な笑い方しやがって……。」

「いや、これから言うことを聞いて、
 お前さんがそんな事言っていられるかちょっと想像してみただけじゃよ。」

「何だと?」

「踏ん切りがついておる、とか言っておったな?」

「あぁ。」

「……では、このワシが生き返らせる事が出来るとしたらどうする?」

「な……!?」


 オレは一瞬耳を疑った。生き返せる事が出来る?カオスのジィさんが?
 いや、ヨーロッパの魔王って呼ばれているのは分かるけど、
 今となっちゃ只のボケジジィだろ?いつも失敗ばっかりしてるわけだし。
 どうも信用が……。


「もちろんボウズ、お前さんの協力がひつ……、何じゃ、その顔は?
 ……分かったぞ、信じていないんじゃな?
 まぁ、いい。信じてくれんでも構わんが、肝に銘じておくんじゃな?
 自分の娘として生まれてくるのがいいのか、
 それとも元の彼女が生き返るのと、どちらがいいかを、な?」

「…………。」

「用件はそれだけじゃ。あとはお前さんの判断で決めてくれ。邪魔したな。」

「! まっ、待ってくれ!?」


 オレは咄嗟にカオスを呼び止めた。そして悩んでもいた。
 本当に任せて大丈夫だろうか?…………大丈夫な訳が無い。
 だけど、でも……!


「…………」


 ――何もしてやれなかった。


「どうした?何か言いたいのか?」


 ――だけど生きていれば、生きてさえ居れば、オレは何だってしてやる。


 ――逢いたい。そして、抱き締めてやりたい。


「……頼む!アイツを、アイツを生き返らせてやってくれ……!」

「あぁ、勿論だとも………。」



 ……こうしてオレは悪魔の囁きに負け、魂を売り渡した。 


 
 





 それから数日後、『噂』が美神さん達の間に広がっていくのを尻目に、
 俺は内心、喜んでいた。
 が、それと同時にある疑問が浮上した。


 ――なんで会ったのがオレじゃなくて、おキヌちゃんなのか?


 まぁ、おキヌちゃん以外のヤツが会っても別にいいんだけど、
 なんでオレの前に姿を現さなかったんだろう?
 それにあれ以来、カオスから何の返事も無い。
 けど、どっちにしろこうして『目撃』されたんだから、
 逢えるだろう。――そんな甘い考えだったんだ。




 ……そうして日が経って行くと共に、不安が募っていく。
 未だにオレはアイツに逢えず、アイツは『目撃』と言う形でしか現れてこない。
 どういう事だ?成功したんじゃないのか?
 でも、それを聞こうにもカオスからは連絡も来ない。
 自分でも探しに行こうともした。
 けれど、気付くといつも自分のアパートの玄関前に居る。
 なんでだ!?オレのアイツに対する感情はそんなに薄かったんだろうか?
 それとももう、オレの中でアイツの事は――いや、そんな事は決して……!
 アイツに逢いたくとも逢えないこの状況。
 逢いたい、なのに逢えない。
 それがどんなに苦痛か――





 ……オレはもう我慢が出来ない――!!





「どういうことだ!?カオスッ!!」

「…………」


 カオスの部屋に入った横島。早速、不満をぶちまけている。
 しかし、少年の口から出てくる理不尽な苦言に対して、
 老博士は動じもせず、ただ椅子に座り、時代を感じさせる古めかしい書物に読み耽っていた。


「………オイ!」

「ン………。おぉ、なんだ、ボウズか。どうしたんじゃ?」

「どうしたんだ?、じゃねぇだろ!!それはこっちが聞きたいんだよ!」

「ん?何をじゃ?あぁ、お前さんの彼女の事か。
 まぁ、そういきり立たずに、ここへ座ったらどうじゃ?」


 カオスは自分の椅子のある場所の反対側にある、古いソファに座るよう、少年に勧める。
 すると彼はその老人の飄々とした態度に何か疑いを持ちながら、渋々と腰を下ろした。


「さて、何から説明すればいいかの……?」

「そんなの決まってるじゃねぇか。全部だよ、全部!洗いざらい話してくれ。」

「フム。ならば、一言で済むな。」

「ナニ?」

「………『成功』じゃよ。上手く行った。なにもかもが、な。」

「そんな事は分かってるんだよ!問題なのは、なんで逢えないんだって事だ!」

「そう、怒るな。床が抜ける。ここは安普請もいい所なんじゃ。
 現にこの前なんか、床が雨漏りで腐っている所がマリアの重さに耐えられなくての、
 そのまま、一階に抜け落ちてしまったんじゃよ。
 まぁ、一階の通路に誰も居なかったのは幸いじゃったがの……。」


 少年に神経を逆撫でするかのように、気軽く談笑するドクター・カオス。
 まぁ、この老人の場合、これが素なのか、意図的なのか判断がつかない所がなお一層悪いのだが。
 そんな老博士の態度に少年はやはり、堪忍袋の緒が切れたようで、


「もういい!!アンタに聞いたのが間違いだったよ!!じゃあな!!」

「ハテ………?この前も同じ事を言って出て行ったような………。」

「なんだと?いつの話だ?」


 ドアノブに手を掛けようとした矢先だった。
 その老博士から出た言葉に少年は聞き耳を立てる。無理も無い。
 ここ数日、いや、数週間、ここに来た覚えは全く無い筈であったからである。


「まぁまぁ、落ち着け。今、思い出してやるから。ここに座って、待ってくれ。
 ……そうじゃ、マリアに紅茶を持ってこさせよう。
 オォイ、マリア!紅茶を入れてくれんか?二人分じゃ!」

「イエス・ドクター・カオス。」

「うぅむ、えぇと、いつじゃったかのぅ?アレは………、」

「早くしやがれ!ったく、イライラするなぁ……。」


 そう吐き捨てると頬杖を付き、そっぽ向く横島。
 お前のボケ具合にはホトホト愛想が尽きてるんだよっ!彼のうんざりした表情はそう言いたげだ。
 しばらくすると、マリア嬢がティーポットとカップを運んできた。
 彼女は陶製のティーポットの中に入ってるティーバックを静かに抜き取ると、
 再び蓋を閉じて、カップにそれを注ぐ。
 そしてチャポチャポと入っていく紅茶の音とカチコチ鳴り響く時計の音が部屋を埋め尽くす。
 入れ終わるとマリアは老博士と少年の間にあるテーブルに砂糖壷を置き、二人にカップを手渡した。
 しかし、当の二人は一言も喋らずにいる。
 ティーカップからは湯気がユラユラと浮き上がったままであった。


「ウゥム……。」


 未だに唸り声を上げて、必死に思い出そうとしているカオス。
 それを脇で見ている横島はおもむろに紅茶の入ったティーカップを手に取り、口につける。
 外はもう日が暮れ始めて、夕焼けが見れる時間であったが、生憎、この日の天気は曇り。
 そのどんよりとした雲が空を覆っている。


「……まだかよ?」

「い、いや、もう……、ちょっとなんじゃが……。」

「早くしてくれ。オレもいつまでも待っちゃいられねぇからな?」

「………………!!そうじゃ、思い出したぞ!?」


 カオスは手の平をポンと叩くと、明るい表情を見せて、少年の方を向いた。


「あれは、そうじゃ。三日前のことじゃな。
 今日みたく、ドアを蹴破って入って来よったのを良く覚えておる。」

「いや、待ってくれ。三日前だと?そんな最近にここに来た覚えはないぞ?」

「そん時もお前さん怒っていたのぅ。で、ワシはお前さんをなだめて、紅茶を勧めたんじゃ。」


 その老博士の思い出した事実を聞き入れつつ、
 カップの紅茶を飲み干した横島は酷い眩暈に襲われて始めていた。
 それが眠気によるものなのか、疲れによるものなのか、皆目見当が付かないが、
 とにかく彼の視点はそのせいか、ユラユラと蠢きつつあった。


「ア、アレ……、なんか眩暈が……。」

「まぁ、それでじゃ。ティーカップの紅茶を飲み干したお前さんは酷い眩暈を感じた。
 そして身体が震え始め、動悸が激しくなり、そして―――、」


 カオスの紡ぐ言葉に導かれるように、横島の身体もまた異変が起きていた。
 確かに身体が訳も無く震え始め、心臓がバクバク動いている。
 立っているのも辛い――、訳が分からない。一体、カオスは――。
 そう彼が思った瞬間だった。
 

「か、身体、震えが……、ウッ――!」


 ――ドサッ――


「床に倒れ込んだ。」


 少年が異常をきたし、倒れ込む光景に驚く素振りも見せず、
 只淡々と言葉を続けるヨーロッパの魔王。
 彼はゆっくりと席を立つと先程からピクリとも動かない少年の前に立ち尽くし、彼を見下ろす。


「ククク……、聞こえてはおらんだろうが、お前さんは何度も来ておるのだ、此処に。
 そう、何度も、だ。だから、最初に言ったじゃろう?『協力が必要』だとな……。」


 すると、部屋の壁に掛けてある時計からボーン、ボーンと時刻を告げる音が鳴り始めた。
 カオスはその音に気付くと、
 今度は懐中時計を入れていたポケットから取り出して、もう一度確認する。


「おぉ、もうこんな時間か……。早速準備に取り掛からなければならんな。マリア!」

「イエス。」

「すぐに支度じゃ!出かけるぞ!!」

「イエス・ドクター・カオス。」


 そして、彼はマリアになにやら支度をさせるとお馴染みの黒いコートを身に纏い、ドアを開いた。
 マリアは何故か横島の体ごと肩に担ぎ、ドアの外へと出て行く。
 彼女が出たのを確認するとカオスはドアを閉め、鍵穴に鍵を差込み、それを捻った。



 そして誰も居なくなった部屋にはドアに鍵が掛けられる音が静かに残るのみ……。

 


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