――――――エッ?
そう。誰も最初に声を上げる言葉。
そして。
見た後に誰もが上げるその科白。
「アレは彼女だ―――。」
だと。
そして次に続く言葉は皆、口を揃えて、こうだ。
「何故生きているんだ?」
彼女であることは間違いない。
しかし、もう存在していない事は事情を知っている者には明白である。
だが、現にその姿は目撃されている。何故か。
答は唯、一つ。「生きている」としか。
矛盾した存在ではある。なのに、それを説明しようにも誰も出来る者はいなかった。
もう一度繰り返そう。答は唯一つ。
そう、生きているのだ……
おキヌがあの妙なデジャヴを道端で感じた日から数日。
あれから色々と目撃談が浮上してきた。
雪之丞が。
ピートが。
タイガーが。
あるいは、エミから。
または冥子から。
もしくは神父から。
そして西条が。
はたまた、美智恵までもが彼女を見た。と、美神除霊事務所の面々に教える。
そして、おキヌからの証言。
あの事件から幾ばくも月日は経っていない。
たった一人の、それもこの世にもういないはずの、存在が彼等の周りを揺らがせている。
のではあるが―――。
未だにその状況に入り込めていない者が二人。
美神令子と横島忠夫。
二人の様相は対照的であった。
それを初めて聞いた時の令子の反応。
「ハァ!?」
この一言に尽きる。彼女の性格から来れば当然だろう。
彼女にとって、それはヨタ話でしかなかった。
皆して、自分を騙しているのだろう、そう思ったに違いない。
最初は笑って済ませていたが、今は半信半疑といった所だろうか。
一方、横島。
彼は不思議な事に取り乱しはしなかった。
むしろ喜んでいた。
だが、日にちを重ねるごとに笑顔は薄れ、深刻な表情へと変貌していく。
彼にしてみれば、彼女は初めて恋人だったわけで、
逢いたいと言う気持ちもひとしおだろう。
ただ、そのせいか、逢えない不満も彼の中で募っていた。
「それにしても、不思議よねぇ……?」
「何が……ですか?」
午後のティータイム。
令子はおキヌが入れてくれた紅茶を飲みつつ、言葉を漏らした。
「何って、あんだけ目撃されているのに、声を掛けたヤツが誰もいないって事よ。」
「そういえば、そうですね……。私もすれ違いはしましたけど、声は……。
その時は確証が持てなかったんですよ、多分皆さんもそうだと思います。」
「あと、出現しているのが夕方に集中しているって事よね……。」
「それがどうかしたんですか?」
「おかしいじゃない、だって他の時間には全くっていいほど現れていないのよ?
ネェ、横島クン。アンタなら、何か知ってるんじゃ……ない――、」
令子は横島に脇目を振ると、彼は紅茶の入ったティーカップを静かに置き、
深く溜息を一つ、つくと頬杖を突き、何か考え込んでいた。
何かこう、彼らしくも無い表情に仕草である。
こちらの呼びかけに気付いている様子でもないので、令子はもう一度呼び直した。
「ネェ、横島クンったら、聞いてるの!?」
「エ……?あ、ハ、ハイ!!……………で、なんですか?」
深刻な表情から打って変わって、いつもの横島に。
それを見て拍子抜けしたのか、令子はおキヌと顔を見合わせると、
うんざりした表情で言い放った。
「……横島クン、今日のところはもういいから、帰ってもいいわよ?」
「エ………、」
「アンタにそんな辛気臭い顔されてちゃ、こっちが仕事にならないわよ。
さっさと家に帰って寝てたら?」
「…………そうですか。じゃあ、そうします。」
「あ、ちょッ、ちょっと!」
再び例の物憂げな表情に戻る横島。
素っ気無く、そして呆気無く、令子の命令に従い彼はすぐに部屋を出て行った。
道路に出ると、街の喧騒が良く聞こえる。それもイラつく程に。
横島はその胸の内にある種の感情を抱いていた。
それは苛立ちでもあり、
不満であり、怒りでもあり、何処と無くやりきれない感情だった。
――初めて自分を好きだといってくれた彼女。でも彼女はもういない。
何もしてやれなかった自分が憎い。
もし彼女が生きているのであれば―――アイツの為になら、なんだってしてやる。
彼はそう何度、思い返しただろうか?しかし、過去の事実は覆ろう筈も無く。
やり場の無い悲しみと怒り。それだけがただ残った。
――だが、彼に救いの手が届く。
そう、それは儚い可能性だった。それも限りなくゼロに近い。
彼は藁にも縋る気持ちで望みを託す。
そして、試みは成功したのだった。無論、彼は喜んだ。
何よりも彼女に逢える。
それが彼を大いに喜ばせる一因となった。
――しかし、現実は上手くいかなかった。
いくら待っても彼女に出逢えない。それが次第に苦痛になっていく。
最初の内は良かった。彼女は生き返ったのだと――それだけで喜びに震えていた。
が、今は違う。
逢いたいのに逢えない。
それが喜びを苦しみに変え、そして憤りに変貌してゆく。
そして彼は走り出す。
ごった返す人込み。
やたら滅多ら喧しい街中の騒音。
その中を無言のまま駆け抜けていく。
「キャアッ!?」
「気ぃつけろ、ボケッ!!」
町を行き交う人々と擦れ違う。
そして憎まれ口を叩かれる。
しかし、そんな声をものともせず、彼は走り去ってゆく。
彼は何故走っているのか?
ただ闇雲に走っているわけでもない。
全くそういう部分が無いわけでは無いが、彼には行き先があった。
その憤った感情を吐露できる場所へと向かって、彼は疾走する。
車輪の如く、前へと突き進む両足。
息が切れ、体が火照り始める。
熱い。全身が燃える様に熱くなり、胸や腹部、背中が汗ばむ。
汗は顔からも吹き出し、頬を辿って滴り落ちてゆく。
前に見えるは一本道。彼は直進する。
次は曲がり角。彼はスピードを落とさず、曲がりきる。
分かりきった道筋。
まぁ、何度も通ればよっぽどの方向音痴でもない限り、馬鹿にでも分かるだろう。
そして、行き着いた先。
横島はスピードも緩めずにその木造建築の入り口へと突入し、
階段を一気に駆け上り、二階へと到達してその通路を足音けたたましく走り、
急ブレーキをかけると、焦げ臭い匂いと煙を起こしながら、
あるドアの前に止まった。
――ここは幸福荘。
その201号室。表札は「ドクター・カオス」。
そして少年は間髪入れず、ドアノブに手を掛けると
勢い良く扉を開き、
「ドクター・カオス!!」
そして、もうすぐ日が暮れる……。
書き方がその時々のいろいろなことにあっていて惹かれます。
では次にいきます。 (RT)