椎名作品二次創作小説投稿広場


おれ、ルシオラ。

Chapter.T


投稿者名:ライス
投稿日時:03/12/27





 ――――――エッ?






 そう。誰も最初に声を上げる言葉。
 そして。
 見た後に誰もが上げるその科白。


「アレは彼女だ―――。」


 だと。
 そして次に続く言葉は皆、口を揃えて、こうだ。


「何故生きているんだ?」


 彼女であることは間違いない。
 しかし、もう存在していない事は事情を知っている者には明白である。
 だが、現にその姿は目撃されている。何故か。
 答は唯、一つ。「生きている」としか。
 矛盾した存在ではある。なのに、それを説明しようにも誰も出来る者はいなかった。


 もう一度繰り返そう。答は唯一つ。
 そう、生きているのだ…… 




 おキヌがあの妙なデジャヴを道端で感じた日から数日。
 あれから色々と目撃談が浮上してきた。


 雪之丞が。
 ピートが。
 タイガーが。
 あるいは、エミから。
 または冥子から。
 もしくは神父から。
 そして西条が。
 はたまた、美智恵までもが彼女を見た。と、美神除霊事務所の面々に教える。


 そして、おキヌからの証言。


 あの事件から幾ばくも月日は経っていない。
 たった一人の、それもこの世にもういないはずの、存在が彼等の周りを揺らがせている。


 のではあるが―――。


 未だにその状況に入り込めていない者が二人。
 美神令子と横島忠夫。
 二人の様相は対照的であった。


 それを初めて聞いた時の令子の反応。


「ハァ!?」
 
 
 この一言に尽きる。彼女の性格から来れば当然だろう。
 彼女にとって、それはヨタ話でしかなかった。
 皆して、自分を騙しているのだろう、そう思ったに違いない。
 最初は笑って済ませていたが、今は半信半疑といった所だろうか。
 

 一方、横島。


 彼は不思議な事に取り乱しはしなかった。
 むしろ喜んでいた。
 だが、日にちを重ねるごとに笑顔は薄れ、深刻な表情へと変貌していく。
 彼にしてみれば、彼女は初めて恋人だったわけで、
 逢いたいと言う気持ちもひとしおだろう。
 ただ、そのせいか、逢えない不満も彼の中で募っていた。


「それにしても、不思議よねぇ……?」

「何が……ですか?」


 午後のティータイム。
 令子はおキヌが入れてくれた紅茶を飲みつつ、言葉を漏らした。


「何って、あんだけ目撃されているのに、声を掛けたヤツが誰もいないって事よ。」

「そういえば、そうですね……。私もすれ違いはしましたけど、声は……。
 その時は確証が持てなかったんですよ、多分皆さんもそうだと思います。」

「あと、出現しているのが夕方に集中しているって事よね……。」 

「それがどうかしたんですか?」

「おかしいじゃない、だって他の時間には全くっていいほど現れていないのよ?
 ネェ、横島クン。アンタなら、何か知ってるんじゃ……ない――、」


 令子は横島に脇目を振ると、彼は紅茶の入ったティーカップを静かに置き、
 深く溜息を一つ、つくと頬杖を突き、何か考え込んでいた。
 何かこう、彼らしくも無い表情に仕草である。
 こちらの呼びかけに気付いている様子でもないので、令子はもう一度呼び直した。


「ネェ、横島クンったら、聞いてるの!?」

「エ……?あ、ハ、ハイ!!……………で、なんですか?」


 深刻な表情から打って変わって、いつもの横島に。
 それを見て拍子抜けしたのか、令子はおキヌと顔を見合わせると、
 うんざりした表情で言い放った。


「……横島クン、今日のところはもういいから、帰ってもいいわよ?」

「エ………、」

「アンタにそんな辛気臭い顔されてちゃ、こっちが仕事にならないわよ。
 さっさと家に帰って寝てたら?」

「…………そうですか。じゃあ、そうします。」

「あ、ちょッ、ちょっと!」


 再び例の物憂げな表情に戻る横島。 
 素っ気無く、そして呆気無く、令子の命令に従い彼はすぐに部屋を出て行った。
 道路に出ると、街の喧騒が良く聞こえる。それもイラつく程に。
 横島はその胸の内にある種の感情を抱いていた。
 それは苛立ちでもあり、
 不満であり、怒りでもあり、何処と無くやりきれない感情だった。


 ――初めて自分を好きだといってくれた彼女。でも彼女はもういない。


 何もしてやれなかった自分が憎い。
 もし彼女が生きているのであれば―――アイツの為になら、なんだってしてやる。
 彼はそう何度、思い返しただろうか?しかし、過去の事実は覆ろう筈も無く。
 やり場の無い悲しみと怒り。それだけがただ残った。


 ――だが、彼に救いの手が届く。


 そう、それは儚い可能性だった。それも限りなくゼロに近い。
 彼は藁にも縋る気持ちで望みを託す。
 そして、試みは成功したのだった。無論、彼は喜んだ。
 何よりも彼女に逢える。
 それが彼を大いに喜ばせる一因となった。


 ――しかし、現実は上手くいかなかった。


 いくら待っても彼女に出逢えない。それが次第に苦痛になっていく。
 最初の内は良かった。彼女は生き返ったのだと――それだけで喜びに震えていた。
 が、今は違う。
 逢いたいのに逢えない。
 それが喜びを苦しみに変え、そして憤りに変貌してゆく。


 そして彼は走り出す。


 ごった返す人込み。
 やたら滅多ら喧しい街中の騒音。
 その中を無言のまま駆け抜けていく。

 
「キャアッ!?」

「気ぃつけろ、ボケッ!!」


 町を行き交う人々と擦れ違う。
 そして憎まれ口を叩かれる。
 しかし、そんな声をものともせず、彼は走り去ってゆく。


 彼は何故走っているのか?


 ただ闇雲に走っているわけでもない。
 全くそういう部分が無いわけでは無いが、彼には行き先があった。
 その憤った感情を吐露できる場所へと向かって、彼は疾走する。


 車輪の如く、前へと突き進む両足。
 息が切れ、体が火照り始める。
 熱い。全身が燃える様に熱くなり、胸や腹部、背中が汗ばむ。
 汗は顔からも吹き出し、頬を辿って滴り落ちてゆく。

 前に見えるは一本道。彼は直進する。
 次は曲がり角。彼はスピードを落とさず、曲がりきる。
 分かりきった道筋。
 まぁ、何度も通ればよっぽどの方向音痴でもない限り、馬鹿にでも分かるだろう。


 そして、行き着いた先。


 横島はスピードも緩めずにその木造建築の入り口へと突入し、
 階段を一気に駆け上り、二階へと到達してその通路を足音けたたましく走り、
 急ブレーキをかけると、焦げ臭い匂いと煙を起こしながら、
 あるドアの前に止まった。




 ――ここは幸福荘。
 
   その201号室。表札は「ドクター・カオス」。




 そして少年は間髪入れず、ドアノブに手を掛けると
 勢い良く扉を開き、


「ドクター・カオス!!」

 
 そして、もうすぐ日が暮れる……。


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