椎名作品二次創作小説投稿広場


おれ、ルシオラ。

Prologue


投稿者名:ライス
投稿日時:03/12/27







 ――――――エッ?





 『それ』に見覚えのある者なら、誰もが出さずにいられないその一声。
 そして、誰もがデジャヴを感じずにはいられないだろう。



 それは歩いていた。
 それは動いていた。
 それは生きていた。



 そう、生きているのである。

 いや、この世の生き物は全て死んでいるわけがないわけで。
 誰も死にながら生きてるものなど、この世には存在しないだろう。
 ………言い方に多少、語弊があるかもしれない。

 だが、しかし。
 それほどに不可解で摩訶不思議な現象が夕焼けに暮れる街中で起こっていた事は明記しておこう。


 さて、話の本題に入るとしよう。
 


 それは買い物客で満ち溢れる夕暮れ時の街の商店街の出来事。
 氷室キヌは学校帰りの途中だった。
 一文字たちと別れたすぐ後、彼女は家路に着く間の道の途中で晩御飯の買い物をしようと、
 行きつけの商店街へと向かうことにする。

 商店街は夕飯時ということもあって、流石に賑わいを見せている。
 おキヌはその人々が大勢歩く商店街を今日の夕飯をどうしようか、
 立ち並ぶ店を色々と物色していた。


「今日の夕飯は何にしようかなぁ……」


 今、おキヌの頭の中ではその事が廻り廻っている。
 肉料理にしようか、魚料理にしようか、和食それとも洋食にしようか、
 野菜は何を買おうか、他にも、他にも………。
 正直な所、今日の夕飯はまだ決まっていないのであるが、
 彼女はそれを考えながら買い物するのが、毎日の日課であると共に彼女の楽しみの一つでもあった。


「ヨッ、おキヌちゃん!今日は秋刀魚が安いよ〜?」


 いきつけの魚屋のオッちゃんが店の前を通ったおキヌを呼び掛ける。
 店先の秋刀魚が入った発泡スチロールの箱の上には、「大特価!」の文字。
 今年は秋刀魚が豊漁ということもあって、とっても安いということは知っていたけど、
 確かに安い。時期的にも脂が乗っていて、美味しい時期だ。今日はこれにしよう。


「そうねぇ……、じゃあ、二尾下さい。」

「あいよっ!!」


 オッちゃんはゴム手袋を付けた手で秋刀魚を箱から取り出し、
 白いビニール袋に入れて、手渡してくれた。
 おキヌは代金を払うと、今度は大根を買いに八百屋の方に向かう。


「ハイ!大根と椎茸、それと長ネギにきゅうり。」

「あ、ありがとうございます!じゃあ、これで……。」

「ハイ、ちょうどね?毎度〜!でも、おキヌちゃんも毎日毎日、大変ねぇ?」

「い、いえ!そんなこと無いですよ?こういうの、好きですし。」

「そうかい?それじゃ、美神さんにもよろしく言っておいてね?」

「はい。それじゃ。」

「毎度あり〜!!」


 太陽は大分沈み、空の色も群青色の空が広がりつつある。
 夕暮れが終わろうとしていた時。
 彼女は駅から自宅へと向かう人々を尻目にその道を逆行してゆき、
 夕飯を待ち遠しくしているあの人がいる家に帰ろうとしていた。


 ――― 一瞬。


 ほんの一瞬。そう、髪の毛の薄さほどの短い時間。
 普段なら、気付きはしないだろう。
 気付くはずも無かっただろう。
 だが、その刹那でも気付くほどの強烈なインパクトがあった。


 逆方向に行き交う人々。
 おキヌはいろいろな人とすれ違っていく。
 中年男性、老人、学生に、若いサラリーマン……。
 老若男女全てがこの道に存在して、歩いている。
 彼女も見知らぬ彼らとすれ違うことに関しては何の問題も見出さなかったし、
 いちいち気に掛ける事でも無い。


 その一瞬もそんな感じであった。



「エッ?」



 おキヌはすぐさま後ろを振り返った。
 通り過ぎ去っていくのは一人の女性。
 もう後姿しか見えないが、彼女の姿が横目に見えた時、
 一瞬、自分の目を疑った。


 ――黒髪のショートカット。
   服装はワンピースにブレザー。
   細身の体で、女性にしては背が高い。


   そして、なによりも――、


   あの頭に突き出ている、触角が二つ。

 
 
 間違いなくあれは―――、いや、そんなまさか!


 おキヌが困惑しているその間に、
 横を通り過ぎていった、その彼女は人込みの中へ消えていってしまった。


「あの人は一体……、」


 見覚えがある。と、言うのも陳腐だ。
 言うまでも無く、はっきり記憶に焼きついている。
 だから、見間違うはずも無く確証を持って言える。
 
 あれは彼女だ。  

 でも、何故生きているのだろう?
 それが疑問に残る。


 逢魔が時―――夕焼け。

 昼と夜の境目はいつもの様に幕を閉じようとしていた。
 一つの謎を落として。

 彼女は夢か幻か。
 それとも残像か、実像なのか。
 その実体は捉えようも無く、今となっては実証も出来ない。

 しかし、彼女は駅から向こうの方向へと通り過ぎていった。それは事実だ。

 
「まさか、ね……?きっと人違いよね。」


 この時、おキヌはそれほど気には掛けてはなかった。
 いや、それを深く気に掛ける意識さえも無かっただろう。
 彼女は妙な既視感をわずかに感じたまま、程なくして家路に着くと、夕飯の支度をするのだった。


 そして、空はとっぷりと暮れ、月が密やかに照らす静かな夜は更けて行く……。


 
 


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