異様な霊気に空間が微妙に揺らめくのを感じたシロとタマモ。
突発的に身を反らし来るであろう攻撃に反応する。これに続いて、
美神、横島が行動に移る。見えない敵に対して最も優先されるべき行動は
『避ける』こと。先制攻撃がヒットでもしようなら完全に主導権を握られる恐れがあるのだ。そこから戻すのには一流のGSにも難しい。
「先生っ、美神殿っ!」
シロが彼等に叫び掛ける。
「そっちは・・・」
タマモが言い終わらない内に『それ』はやって来た。
――――――――ギュンッ!!――――――――
彼等の背後から鋭い霊波の線が通過する、美神の長い亜麻色の髪がゆっくりと宙に舞い床に落ちた。横島の方は肩をかすめ紅い鮮血が滲んでいる。
超感覚の無い人間にとって霊波を完全に捉えることは不可能に近い。
故に実力者であっても相手の霊もそれなりに力があるとすれば不意打ちはかなり効果があるのだ。
「くっ・・・!」
「横島くん、大丈夫!?やるわね、あいつ・・・おキヌちゃんの身体の秘密を知って単に襲って来た奴等とは格が違うわっ!!」
こちらは無傷なので横島を気遣う余裕があるらしく。しっかりと状況分析を始めている。右手には神通鞭を垂らし左手には霊視ゴーグルを携帯している。ゆっくりとベットの周りを旋回しながら・・・探る。
ヴヴ・・・
!! !!
「そっちでござるか!?」
霊波刀を寸分狂わず一点に向かって突き出す。
恐ろしい瞬発力で見えない相手との距離を詰める。
「逃がさないわよ」
狐火を一層大きく、妖しく燃えあがらせシロ同様のポイントに集中させるタマモ。二人なら的確に相手の位置を知ることができる。
――――――――ドゴオォォオォオオオンッ!!――――――――
白い壁に爆発音が木霊する。姿無き敵はそこに居たのかと美神と横島の視線は注目するが煙に隠れて全く分からない。
「やったの・・・?!」
驚きを隠せない美神。
「いや、まだですっ!」
横島が肩の傷口を抑えながら言葉を発する。
左肩から流れ出る血はあてがう右腕を伝い、さっきからポタポタと滴り落ちる。汗は冷ややかなものと変わり緊迫した事態は加速していく。
ヴヴヴヴ・・・
煙が徐々に晴れ、向こう側がはっきりと確認できる時。
一人の存在が危機にあることを知らないでいた。
白い壁に風穴が空き、東京の朝の情景が映った。
建物の上層に位置し一番端の部屋である場所から見える景色は絶景だった
「ついに掛かったかア・・・ヴヴヴ。」
待っていたのは宙ぶらりんになったシロ。
右足の根元を掴まれ頭は真下を向いている。
「先生っ!!」
姿を現した『それ』は見た目トカゲのような印象を受けた。
紫の身体の長い舌。鋭い爪にたいした体格。妖怪と呼ぶに相応しい容姿だ
「シロッ!!」
空に浮かぶ『それ』はシロを掴んでいる足を離したりしてもて遊んでいた
してやられたわね!
正直なところそうだ。シロの超感覚と能力から考えれば位置を察せられるのは百も承知。能力にしても接近戦専用で近づかなければならない。
条件が揃い過ぎてたとしか言えない。練られた作戦・・・。
「用件は簡単、そこに眠っている女の身体をよこせ」
そいつは静かに言った。
「もし、拒むと言うなら・・・」
風がゆっくりと頬を撫でた。
――――――――こいつを・・・落とす!――――――――
ネクロの子よ、目覚めよ。
「「「「えっ・・・!?」」」」
その場にいた全員が聴いた。耳にではなく心に。
「ヴヴッ・・・?!か、かか身体が・・・・動かっ・・な・・・い!?」
霊波の流れがそいつの周りを不規則に蠢く。暫し手が震えていたかと思うと突然・・・
ドクンッ!
奴の中の何かが壊れた。全身が砂のようになり天高く舞い上がったのだ。
さあ・・・もういいの。無理しないで・・・
「シロッ・・・!!」
事態の急変振りにも驚かされるが支えるものが無くなったシロの身体は真っ逆さまに地面向かって降下していく。横島が美神の掛け声と共に文珠にキーワードを込めながら壁に空いた穴から飛び込んでいく。
――――――――ぽふっ・・・――――――――
「うわわあああん、先生っ先生っ!」
泣きじゃくるシロ。
「もう大丈夫だって・・・な?」
それにしてもさっきの声はなんだったんだろう?
それにあいつの挙動も可笑しかった、関係があるのか?
『柔』の文珠に助けられた横島はそんなことを考えていた。
これから起こる事件の幕開けとも知らずに・・・。
いつもの朝は、こんな風ではなかった。少なからずここ最近では。
やけに時間の流れが遅い気がしてならないのだ。刻限はAM7時。
ベットを囲むように椅子に腰掛けているのは、横島、美神、シロ、タマモ。
皆が彼女の瞳が開かれるのをじっと待っているのだ。闇から解き放たれるその瞬間を見逃すまいと。各々が片手に持った缶は記憶によるとホットの筈だったが今はすっかり熱はない。クールに変わっていた・・・。
「未だなの?!」
時計の秒針がカチカチと静かに音を奏でる中、一人沈黙を破った女性。
――――美神 令子――――だった。だが、その質問に応える者は暫くの間いなかった。組んだ足を左右入れ替えながら上に乗せた足先を上下に揺らしている様子から煮え切らない思いがひしひしと伝わってきそうだ。実際、心配で心配で堪らないのだ、意識が戻った現場に立ち会っていない彼女、美神令子にとっては。
「慌ててもしょうがないわよ」
缶コーヒーを口元に当てゆっくりと飲む。金髪の髪を持ち、ミステリアスな印象を感じさせる少女。掴みきれない、読み取れないその性格は妖しげな魅力を秘めている、タマモはゆっくりと冷静に手短に発言すると疲れた目をそっと閉じた。
「・・・・くぅん。」
指を赤子のように咥えながら鳴く少女。将来は美神をも超えそうなボディがあり
スレンダーで。あどけなさがいっぱいの散歩大好きシロ。一人ジュースを飲み切っていてベットのシーツを触ってみたり捻ってみたりと落ち着かない。気持ちが直ぐに表にでる性格上嘘はつけない正直者で、この辺は師匠にそっくりそのまんまである。余計だがジュースはオレンジ。
「・・・・」
黙って考え込む少年。見た目こそ幼いが、GS屈指の実力者である。
短期間でここまで力を付けたことに将来が色んな意味で期待されている。
それを本人はさほど自覚がないので周りから見れば皮肉になるかもしれないが、
素でああなのだから仕方がない。それが良いところでもある、偉ぶらないところと言うべきか。今回の騒動も元はと言えば一重に彼の責任でもある。周知の事実でも責めるものは皆無。分かっているのだ・・・。
四人が待ち始めて30分が経過しようとしていた。さっきの戦いで空いた風穴は現在
白い壁になっている。文珠を使えばちょちょいのちょいなのだ。
そろそろ皆が気付き始めた頃だった。――――あの声を――――
突然の出来事であやふやになってはいたが冷静になってみると可笑しなことだ。
霊の動きが止まったのだから。いや、むしろ動けなくなったのほうが適切かもしれない。更に浄化のおまけ付きと来た。支配能力か操作能力。どちらにしたって出来る人間は一人しか居ないことは当然だった。
『ネクロマンサー』
とことん突き止めて行くとあの能力は、ああなる。そんな感じだった。
霊を操作をするのが基本になって、次に支配する・・・。
支配される側は絶対服従、例ならピートの親父がやってたあれだ。
まあ、少し違うのが程度の話。こちら側に、権利が存在すること。
ピート達の力は自分に対しての行動規制。しかし、今回の方は例外だ。
こっちの判断次第で『消滅』させることが可能なのだ。一言に言ってしまえば簡単に聞こえるが、さあこれが大変なのだ。高レベルの霊力と高等技術が要されるからだ。霊力中枢(チヤクラ)を的確に狙えるなら多少の実力差があっても通用するかもしれない。但し、高精度の眼力がないと不可能だろう。
『心眼』
前に一度ヒャクメから借りた経験があった筈だ。その時にある程度体得したかどうかは別にして、そこまで人間レベルでは高めることは出来ない。神族・魔族クラスの者ならともかく。色んな方面から思考したところで可能性はあっても現実には略ないだろうなことばかり。
「あ〜あっ、もう!全然、さっぱり分かんないわ!!」
髪をくしゃくしゃっと掻く美神。朝の匂いは心地よさと冷気をもう含んでいる。
風に乗ってゆっくりと運ばれて来た朝の吐息は皆を優しく撫でた。日光が射す僅かな温もりも白と青の天空も。五月蠅い街並みも・・・。全てが輝いてる。
タマモは飲み終えた缶をゴミ箱の中に右手でしゅっと放り投げた。
シロは椅子の上に胡座をかき、一向に寝顔を凝視している。
――――――――コンッ!――――――――
横島の頭にアルミ缶ヒット。当たって弾かれゴミ箱IN。
「ったく・・・。」
横島はそっぽを向いているタマモの方を向き言葉とは言えない相槌を打ちながら頭を擦る。隣の美神は、少し笑っていた。シロはシロでタマモに視線を移し恨めしそうに横目で睨んでいた。場が多少和んだ気がしたのは横島だけだったのか?
何か自分達らしさが戻った気がした。あまりにも沈んでいたからだ。
今までならともかく、閉じられ続けた瞳じゃない!昨夜は確かに開いた、光を見る瞳だ。可能性が出てきたんだから前向きに行こうぜ俺達!!
「本当、あんた達って・・・」
美神がそう言い終わらない内に奇妙な音が。
――――――――ピキピキピキピキッ・・・・!!!!――――――――
!! !! !! !!
扉の壁の周辺に亀裂が次々と入っていき、微少に粉末が飛び散る。
そして・・・。
――――――――ガッシャーーーーーーーーーーンッッ!!!!――――――――
「あ、あれ・・・?皆、いつのまに・・・」
美神が驚きの声を漏らすのも無理はない。今日お見舞いに来る予定だった皆が一気に押しかけて来たのだから、AM7時半に。呆気に取られた一向は暫し沈黙するがすぐに表情が緩んでくる。
貴方は本当に、本当に・・・愛されている。世界中より、ひっくるめて・・・
自然と込み上げてくる笑みと熱い何か。目元が潤んでくるのが分かった。
視界が、ほんのり水の中。しょっぱい味。堪えるのに辛抱が足らなかった。
ぽつん、ぽつんっ・・・
溢れ出すと『ぐっ』と堪えた。今回は大分もちそうだった。
「もう〜令子ちゃんったら〜泣いちゃ駄目よお〜〜?」
冥子の相変わらずののんびり声が入る。
「そうなワケ、あんたの湿気たツラを拝みに来たんじゃないんだからっ・・・」
腰に左手を当てエミさんがいつもの憎まれ口を叩く。
背を向けたままの美神だったが彼女だけが顔を伏せている訳ではなく。
事務所のメンバーは、多少なりとも皆を正視していなかった。
病室の明かりに照らされ頬を伝わる光があったのを事務所以外の人間は確認出来た。朝の小鳥のように鳴きたかった、声を大きくあげて。白が基調の部屋だけど色んな色でいっぱいになっていた。それぞれが身に付けている服で・・・。
「まあ、これだけ生きてると勘が働くもんでな、大丈夫だって踏んでおったわい。」
「YES・ドクター カオス」
治療に貢献したおっさん。
と、助手。
「神に祈りが通じた証だね、美神君。」
「ええ、そうですよ!」
神父に弟子。身だしなみは全く出来ておらず今まで働いていたかの様な風貌だ。
両者とも疲れは見えるが満面の笑顔がそれを勝っていた。ピートの手には花束が。
「あれ、激励してあげるんじゃないんですか?」
「いいの、あの子はとっくにされてるわよ♪」
壊れた扉の後ろの廊下で西条と美智恵さんが交わした会話。
あとの人は後日にでもいい。下手に知らせるとパニックになりそうだし。
おキヌを知るもの、友達とか。目を覚ましてからゆっくりと挨拶しに行けばいい。
今は。
「じゃあ、おキヌちゃんの歓迎会でもやるあるかっ!!」
厄珍もいた。
続く。