椎名作品二次創作小説投稿広場


黒き翼

発端1


投稿者名:K&K
投稿日時:03/12/24

 結城の部屋を出て2時間後、ワルキューレはあるワンルームマンションの一室にいた。

 カチッ。

 部屋の明かりのスイッチを入れ、小さなソファーに座り込む。

 『フゥ・・・。』

 緊張が解け思わず溜息をもらした。結城の部屋からここまで来る間、常に尾行の有無を気にして神経
が張り詰めていた。

 この部屋は、ワルキューレが緊急時のセイフハウスとして個人で借りているものだ。

 家具は必要最小限の物しかない。今座っているベット兼用のソファーと小さなテーブル、その上のノ
ート型パソコンと携帯用テレビ、電話に冷蔵庫に簡易クローゼット。一つだけ場違いに頑丈そうな金庫
。中には武器と現金がはいっている。彼女はここのほかにも都内に数箇所、この様な部屋を用意して、
必要な武器や現金などを保管して、万が一軍からはなれて孤立するような場合にそなえていた。

 この様なことはもちろん軍には報告していない。必要な費用は作戦行動の度に経費をいくらか水増し
して報告した分をあてている。上官は当然気付いているはずだが黙認してくれていた。

 彼女の属する世界では、常に最悪のケースを想定して行動していなければ命がいくつあっても足りは
しない。任務遂行中に政治的な理由で軍から切り捨てられる可能性だってありうるのだ。そのような時
、なにもかも軍に頼り切っていたのでは生き残れない。

 ワルキューレはソファーから立ち上がり、結城からもらった銃とマガジンをテーブルの上に置くと軍
装をといた。そのまま一糸纏わぬ姿になりシャワーを浴びる。10分後、タオルで頭を拭きながら出て
きたワルキューレはそのまま電話のそばまでいくと、足の指で点滅を繰返すメッセージ再生ボタンを押
した。無機的な合成音が2件のメッセージがあることを彼女に伝えた。相手は誰かわかっている。ここ
の番号を知っている者は一人しかいない。

(一件目)
 『もしもし、ジークです。姉さん今どこにいるんだ。もし無事でこのメッセージを聞いたらすぐに連
  絡してくれ。』

(二件目)
 『もしもし、ジークです。あれから何の連絡もないけど、姉さんのことだからきっとどこかに潜伏し
  てこのメッセージを聞いていると信じている。魔界の方はまずいことになってるよ。だれが言い出
  したのか、あの事件は姉さんが敵に情報を漏らしたのが原因だっていう噂が流れ出して、MP(軍
  警察)が動き始めた。僕のまわりにも監視がつきはじめたよ。今後、連絡がある場合は僕の携帯で
  はなく、この電話の留守電にいれておいてくれ。直接連絡をとりあうのは危険だから。じゃあ、ま
  た何か情報があったらいれておくよ。』

 一件目は事件のあった翌朝、二件目はその二日後にいれられたものだった。ジークもワルキューレと
同様に、現在は人界に派遣されている。所属は当然情報部だ。主に科学技術情報の収集にあたっている
らしい。

 この前久しぶりに会ったときには、詳しいことは言わなかったが、時にはかなり危ない橋もわったっ
ているようだった。そのせいか、今回は妙神山でダミアンたちと戦ったときと比べると大分落ち着いて
いる。

 弟の成長を感じられたのははうれしいが、情報の内容はあまりうれしいものではなかった。だが驚き
はない。軍の内部に敵の内通者がいる以上、遅かれ早かれこうなるだろうとは思っていた。

 ワルキューレはメッセージの内容を消去するとソファーのところに戻り、その上に身を投げ出した。
テーブルの上の銃を手に取ると、無意識にそれを玩びながら今後のことを考える。

 (魔界に帰るという選択肢はこれで消えた・・・)

 MPといえども人界であまりはでな行動はできないはずだ。となれば魔界に帰るより人界にいた方が
安全だといえる。GメンやGSを敵にまわす可能性はあるが、美神親子や唐巣神父といった主要メンバ
ーが出てこない限り、MPとやりあうのに比べれば物の数ではない。神族は魔界のゴタゴタにワザワザ
首を突っ込みはしないだろう。

 (あとはどこから攻めるかだな・・・)

 軍が敵にまわってしまった以上、ワルキューレが生き残るためには、真の敵の正体をあばきそれを滅
ぼす以外に道は無い。その突破口をさぐるため、彼女はこれまでのことを始めから思いだしていった。


 時は一月程さかのぼる。魔界第三軍指令本部。(第三軍は人界での戦闘を想定して新設された部隊)

 ワルキューレは総司令官執務室の前にいた。訓練中に上官に呼び出され、ここに来るよう命令された
のだ。彼女は制服の乱れを正すとドアをノックした。

 『ワルキューレ大尉出頭いたしました。』

 『入りたまえ。』

 ワルキューレはドアを開けると部屋の中へ入り、総司令に対し敬礼した。部屋の中にはもう一人、彼
女が所属する第三師団の師団長もいる。

 総司令は軽く敬礼を返すと、

 『あまり堅くならず、そこのソファーに座ってリラックスしたまえ。』

といって、自分のデスクの前のソファーを示した。その前のテーブルの上にはレポートらしきものが一
部置かれている。

 『失礼いたします。』

 そういってワルキューレが席につくと、秘書が飲み物の入ったカップをレポートの脇においた。そこ
から湯気と共に、彼女が人界での任務のたびに買い込んでくる、お気に入りの珈琲の香りが漂ってくる


 『これは・・・。』

 まさか珈琲が出てくるとは想像もしなかったので、思わず総司令の顔をみる。

 『訓練中にいきなり呼び出してしまったからね。喉も渇いているだろう。それで潤したまえ。』

 そういうと、彼は自分のカップを口に運んだ。

 『お心遣い感謝いたします。』

 ワルキューレも自分のカップを口に運ぶ。芳香が口の中に広がった。いつも彼女が飲んでいるものよ
りずっと上質のものらしい。

 『一息ついたところで、そのレポートに目を通してくれ、内容について、人界での作戦経験が豊富な
  君の意見が聞きたい。』

 彼女がカップをソーサーに戻したところで師団長が口を開いた。促されるようにレポートを手に取る
。表紙には機密文書であることを示すマークが入っている。

 内容は最近魔界のドルーズという小国で発生したクーデターに関する調査報告書だった。それまでそ
の国を治めていた国主が暗殺され、代わってナンバー2だった魔族が王位についたという魔界では日常
的に発生しているもので、問題があるとすれば、その国の新しい支配者が現在の神界との均衡政策をあ
まり快く思っていないということぐらいだ。
 
 現在の魔界の体制は日本の江戸時代のそれに近い。魔界全土の1/4を皇帝が直轄し、1/4を選帝
候、俗に魔王と呼ばれる107人(本来は108人)の魔族が治めている。残りの2/4は千数百の小
国に分かれ、国主とよばれる魔族が支配している。領土を持たず国主に仕えている者は貴族といわれて
いた。上級魔族と言った場合は国主以上か皇帝に仕える貴族をさす。ちなみにワルキューレの一族は貴
族の家柄だ。

 今回のクーデターはそんな小国で起こったことで、ワルキューレにはこれがなぜ機密扱いになるのか
理解できなかった。

 『ワルキューレ大尉、君はこの件についてどう思うかね。』

 総司令が厳しい表情で口を開く。ワルキューレには彼が何を危惧しているのか良く解らなかった。

 『はっきりしたことは申し上げられませんが、このレポートを読む限りこれといって問題があるとは
  思えないのですが・・・。確かに新しい国主の政治的立場は微妙ですが大勢に影響があるとは思え
  ません。』

 暗殺を含め、自分の目的のために障害となる者を殺害しても魔界では何ら罪に問われることはない。
 そもそも罪や法といった概念は魔界には存在しない。あるのは支配者の意思だけだ。力が全ての魔界
では強者の意思のみが強制力を持つ。そして、最高実力者たる皇帝は、国主が皇帝の命に逆らわぬ限り
各国の国内問題には干渉しないという態度をとっている。

 『では次にこれを見たまえ。』

 総司令が師団長に目配せする。師団長は一丁の精霊石銃(魔界軍制式拳銃)をワルキューレに手渡し
た。

 『これは・・・!』

 『暗殺に使われた精霊石銃だ。クーデターのあと何者かが送ってきたものだ。非常に精巧に作られて
  はいるが、こちら(魔界)で作製されたものではない。』

 『この比重からすると、人界で作られた物のようです。』

 重苦しい沈黙が流れ、やがて総司令が口をひらいた。

 『ワルキューレ大尉、君も知っていると思うが、皇帝陛下は魔界が人界や神界の干渉を受けることを
  非常に嫌っておられる。今回の件についても人界の者がどのような形で関わったのか詳細に調査せ
  よとの仰せだ。』 

 総司令はいったん言葉を切ると表情を引き締めてワルキューレを見た。

 『明後日、陛下より新国主就任祝賀の使者がドルーズに向けて発つ。ワルキューレ大尉、君は護衛の
  武官として使者に同行してドルーズに赴き、密かにクーデターの全容を調査してくれたまえ。』

 『わかりました。』

 ワルキューレはそう答えて敬礼すると、総司令執務室を後にした。


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