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不思議の国の横島

第12話  『2人の縁』


投稿者名:KAZ23
投稿日時:03/12/22

話も終わり、飯も食い終わり、横島とエミはファミレスを出て駅の前まで戻ってきた。
横島の隣を歩くエミは終始無言のままうつむいている。
その顔は傍目にも明らかに分かる程真っ赤に染まっていたのだが、夜だったと言う事とエミがうつむいていた事で、横島はその事実に気づかなかった。
何故エミは故顔を赤くしてるのか?
その理由など、完全に思惑の外であろう。

―― あ〜何故に何も話さんかな〜?俺、なんか変な事したか〜? ――

横島の考える事なんて、精々この程度だ。
エミが何も話さないのは自分が変な事したからじゃないか?
という方向に思考が向かう。

―― 『良い娘』だなんて子供扱いしたのがいかんかったか?! ――

とか

―― 同情とか言っちまったのはやっぱりまずかっただろか? ――

なんて、見当違いのことを歩きながらずっと考えていた。
一方、エミのほうはエミのほうで…色々と考え事をしながら横島の隣を歩いている。

エミは……

初対面の時から、横島についてそこそこ好感の持てる人物だと思っていた。
一見平凡な男だが、実は信じられないほどの実力を持っていて、だがそれを鼻にかけることが無い。
鼻にかけないどころか、むしろ自分で自分の力がどれだけ凄いのかを分かっていないようにも見える。

―― ふふ、変な男♪ ――

そのとぼけた所が多分、嫌味と紙一重で心地よい。絶妙な雰囲気を持った男だと感じていた。
今日もそう。
横島はエミをきちんとエミとして見てくれた。呪い屋でも、子供扱いでも無く、唯1人の人間として見てくれた。

―― それが、こんなに嬉しい ――

エミは、急速に横島に惹かれている自分を自覚する。
こんなあっさり……コロっと転んでしまって、自分はここまで惚れっぽい女だったのか?
今までずっと、そんな機会なんか無かったから……耐性が無かったのかもしれない。

エミは……

ある決意をして、さっきから硬く閉じて開かなくなっていた自分の口を開こうとする。

「………ね、ねえ!」
「お?ど、どうかしたか?」

もうこれから後は別れて帰るだけだ。
そう思っていた横島は、さっきまで全く話そうとしなかったエミが突然語りかけてきた事に少し驚く。
今までずっとうつむいていたので分からなかったが、エミの顔が上気して赤く染まっている事と、なにやら思いつめたように真剣な表情……むしろ怖いくらいの表情に横島も気が付いた。

「あ〜……えと………」

エミは語りかけ、それでも次の言葉がなかなか出てこない。目まぐるしく、そして複雑に変化するエミの表情。
しかし、エミは思いの丈を込め………言いたかった言葉を口にする。

「その………ありがと、横島さん…」
「え?…………」

それは何に対しての礼だったのだろう?
保護者として後見人になってくれた事?
自分をきちんと自分と言う人間として見てくれた事?
それとも……?

「ありがとうって……ああ、後見人の話?良いよ良いよ、特にたいしたことじゃ無いって!」

とりあえず、横島はそう受け取ったようだ。
エミの顔が真っ赤な意味なんて、ろくに考えもせずに。

「ううん。アタシ……本当に嬉しかったんだ。その……色々とさ…だから……」

エミはもう1度その言葉を口にする。

「……ありがと…」
「ん……ああ、分かった。」

流石に横島にも、エミが真剣だということ位は分かった。この言葉がエミにとって大事な言葉だという事も。
だから、とりあえず素直にエミの言葉を受け取ることにする。

「………それでさ、良かったらこれから…」
「…っと?ヤバ!もうこんな時間っ?!」

現在の時刻、PM9:26…
横島は時計塔を見上げてそれを目にすると、急にあわてだした。

「ご、ごめん!俺、これから仕事あるんだよっ!!」
「えっ?!」

なので、エミの最後の台詞には気が付かない。

「今日は、この辺で!また、何かあったらいつでも連絡くれな?」
「ちょ、ちょっと待っ…」

横島は右手を上げてそう言うと、そのままクルッと反転して駆け出す。

「…っと、そうだ!」

駆け出したが、直ぐに急ブレーキ。もう一度エミの方を振り返った。

「GS試験、頑張れよ!いらんお世話かもしれんが、応援してる!」

最後にそう言い残して、今度こそ横島は走り去る。
後に残されたエミは、ポカンとした表情でしばし動きを止め、横島の消えていった方向を眺めていた。
少しの間だけそうしていて、それからエミは無意識に前方へ上げていた右手を下ろすと一言漏らす。

「………………ちぇっ、残念…」

それでも、その表情はそれ程ガッカリって程でも無さそうだった。

「ま…………次の機会で良いワケ♪」

そして、今度ははっきりと嬉しそうに呟く。
エミはニコニコと緩む頬もそのままに、ゆっくりと歩き出した。

…………………………










―― ザザッ ――

「Aポイント異常ありません。」
「Bポイント異常ありません。」
「Cポイント異常ありません。」

―― ザザッ ――

レシーバーの向こうから帰ってくるのは、どれも同じ返事。

「指令。今の所何処にも異常はありません。」

部下の返事を聞き、男は報告をする。
優男然とした長髪の男だ。男の名は西条輝彦と言う。

「そう……それじゃあ西条君はここからこちら側をカバーして。」

西条の報告に答えたのは女性。亜麻色の髪をアップにしてまとめた、一見上品な美女である。
しかし、双眸の鋭さが彼女をただの美女と言う形容詞には留めないでいた。
今その眼で見ているのは見取り図。大きな屋敷とその庭を含めた大きな図である。
図のポイントをスッスッと指差して、西条に指示を出すとおもむろに椅子から立ち上がった。

「私は反対側を見に行くわ。」
「了解しました。」

女性の名は美神美智恵と言う。ICPO超常犯罪課日本支部の司令官という肩書きを持つ人物である。

「予告された時間まで、警戒を怠らないように。職員全員に徹底させなさい。」
「ハッ!」

そう言い残して、美智恵は即席で作られた司令部を後にする。

「聞いたとおりだ。各員、一層の警戒を!僕も出る!」
「はっ!」
「はっ!」

そして、西条も司令部を出た。その表情は美智恵以上に険しい。
何故なら、もう4回。
今回の相手に、西条はもう4回も出し抜かれていたからである。
同じ相手に4回も逃げられては、流石に評価に関わるのだ。それ以上に面子丸潰れって事もある。
誰よりプライドの高い西条にとって、自分の失態を上司で師匠である美智恵に尻拭いさせるなど、胃に穴の開く程の屈辱だった。

「せめて……僕の手で捕まえる…」

―― ギチギチ ――

固く結んだ口からは、歯の擦り合う音が漏れてくる。
今晩相手にするのは泥棒だった。だが、ただの泥棒ではない。

「予告状だなんて、こんな全時代的なセンスの怪盗気取り………くそっ!」

それはいわゆる『怪盗』と呼ばれる部類の泥棒。
わざわざ盗みを予告し、相手に対策を練らせ、しかしそれでも盗みきる。
フィクションの中でしかお目にかかれないような相手だ。
西条はこれまでにその怪盗と4回対決して、4回とも敗北を喫している。しかもその全てが完敗だ。
今まで、ただの一度も、その姿すら捉えきることが出来ていない。

「……屈辱だ!」

西条は熱くなっていた。
今日こそは!
さっきから何度そう思っている事か?
特に今日は美智恵が見ている。師匠の前で無様な姿を晒す事だけは出来ない。

「今日こそ捕まえて見せる!」

無意識に拳を握り締める西条。
見上げる空はどこまでも………光差さぬ闇夜だった。

…………………………










―― ズビュッ! ――

「次っ!吸引っ!!って、こっちもっ?!でええいっ!?鬱陶しいっ!!」

ここは古いビルが立ち並ぶ一角。暗くじめじめとしたその場所には廃ビルも目立つ。
夜のそこは、人気の殆ど無い闇の世界。

「このっ!このっ!!はぁ、はぁ…こっ……」

本来は月明かり程度しか届かない暗所が、今は強烈な閃光を放ち激しい音を立てていた。
その原因は1人の少女、亜麻色の綺麗なロングヘアを闇夜に躍らせ、複数の霊…既に悪霊と化したモノを次々と祓っていく。

「こんなに居るなんて聞いてなかったわよーーーーーーぉぉっ!!?」

どれくらいの悪霊と戦ってきたのか、彼女の息遣いはかなり荒くなっており、比例して動きのほうも霊力満タン時に比べて荒く鈍くなってきているようだ。
それでも彼女は戦う事を止める訳にはいかない。
言わずもがな、そのときは彼女の最後の時になるのだから。

「しくったーーーぁっ!これで500万は安すぎるっ!!お札とか、下手すると赤字っ?!いやーーーーぁぁっ!!?赤字はいやーーーーぁあっ!!!」」

―― ザシュッ ――

傍でこの台詞を聞いてたら、意外とまだ余裕ありそうにも見えるけど…
とりあえず、彼女はボチボチ限界に近づいていた。

「この、いい加減に…はぁ、さ、さっさと成仏っ……」

―― ドゴーーーン! ――

この少女の名前は令子。
ゴーストスイーパー研修生、美神令子という。

「こいつで………上がりっ!」
「ギュルルルアアアアァァッ!!?」

令子は残った力を振り絞り、霊力を集中する。そして、その一撃を目の前の悪霊に向け放った。
振り下ろされた神通棍に切り裂かれ、廃ビルの悪霊は断末魔の叫び声を上げる。
断末魔は尻切れに小さくなっていき、悪霊はその声とともに消滅した。
令子はそれに一瞥をくれて呟く。

「はぁ、はぁ、はぁ……もう、居ないわよね?」

―― シーーーン ――

息を整えながら注意深く辺りを見回す。

「………………よし、はぁ…はぁ、い、一丁上がりっ…」

周囲から悪霊の気配が消えたことで、令子はホッと息を吐きそのまま地面にへたり込んだ。

「だーーーーーーぁぁああっっ!!!ほんと、信じらんないっ!!自縛霊1匹って話だったんじゃ無いのっ!?20匹以上はいたわよっ!!この程度の悪霊だって、何十匹もいたらそらキツイわーーーーーぁぁっ!!!」

安心した事で一気に不満が噴出してくる。それらの思いがストレートに口をついて出てきていた。

「気ぃ抜くな馬鹿っ!まだいるぞっ!!!」
「?!!!」

―― ぶるっ! ――

どこからか聞こえてきた突然の怒声!だが、その声について考えるよりも先に激しい悪寒が令子を襲う。

「イヤダ…死死死、死ンデナイ……マダ死ンデナインダ…死ニタクナイ………死、死死死、死ニタク…死死死、死ネ死ネ、死ネーーーーーーーェェッ!!」
「うぞっ!?ヤバ…」

霊団は全て倒したと思っていたのだが、一体の悪霊が突然令子の頭上に現れた。
悪霊はそのまま体当たりでもするような勢いで令子目掛けて落下、突進してくる。
危険を察知し、それをかわそうとする令子だったが…

「駄目、間に合わ…」

体力も霊力も共に空っぽに近い状態。なおかつ弛緩して緩みきった体勢では、この一撃はかわせない!

―― やられるっ! ――

令子は無意識に両目を閉じて身を硬くする。
この攻撃はかわせない。防御も間に合わない。無防備のまま喰らってしまう。
やばい!大怪我?!いや…

―― 死? ――

刹那に浮かび消えていく思考の数々。
そして次の瞬間…

―― ズシャーーーァッ ――

「!!」

―― ガシャン!! ――

「?!!!」

―― シーン ――

「………………」

―― シーン ――

「…………あれ?」

強烈な衝撃を想像した令子だったが、一向にそれはやって来ない。
訝しく思い、そろりと目を開けてみると……

「悪霊してるんだし、まぁ…色々と事情はあったんだろうけど……」

頭上から襲ってきたはずの悪霊は、令子から7〜8m程はなれた場所に漂っていた。
いや、そうではない。悪霊は、霊波の塊…刀のような細長いそれに胴体を貫かれて動けなくなっている。
そして……

―― 誰?! ――

悪霊と令子の間には何者かがいた。
暗闇である事と、後姿だった事もあり顔や年齢などはいまいち分かりづらいが、そのシルエットからおそらくは男だと思われる。
髪は短めで、服装はジージャンにジーンズだろうか?

「生きてる奴に迷惑掛けちゃ駄目だって。それに……もう、言っても分からんと思うが、さっさと成仏したほうがお前の為なんだぜ?」
「ぎゅるるる…俺は、俺は……ぎゃあぁ…」

霊波の塊は男の右手から伸びているようだ。
男は、もう殆ど自我も残っていなさそうな悪霊を相手になにやら語りかけている。

「だから……さ?ちょっと痛いけど…………悪いな、優しい除霊ってのはいまいち苦手なんだ…我慢してくれよ?我慢してちょっとだけ……」

男はゆっくりと右手を、そこから伸びる霊波の刃を……

「……極楽に逝って来い。」

―― ブゥンッ ――

横に凪いだ。

「ぎゅるあああぁぁぁっっ!!!!」

一文字に煌く霊波の輝きの中、悪霊は大きく一声啼いて霧散する。
その様子を眺めてから、男はゆっくりと令子の方を振り向いた。

―― 若い! ――

だいたい20歳前後だろうか?
暗闇ではあったが、それくらいは何とか分かる。
令子は自分よりもほんの少しだけ年上であろう男が先ほど見せた力の大きさに、驚きの色を隠せない。
確かに相手はただの悪霊だった。霊力、体力が整っていれば自分にだって楽に倒せる相手であろう。
だが、それでも目の前の男が発っしていた霊力が自分とは桁違いだという事ぐらい分かる。

―― 下手をすると、ママよりも強い? ――

未だに自分の母以上のGSを知らない令子は、その想像に戦慄し唾を飲み込む。

「おい、大丈夫かそっちのひ………と?」

未だにへたり込んでいる令子に向かって、男は声を掛けてきたのだが……

―― なに? ――

男は言葉を詰まらせる。令子の顔を見てなにやら驚いているようだった。

「あ、ありがとう。助かったわ。まさかあと1匹いたなんて……油断しちゃったわね。それより、貴方って何者?あ、私の名前は美神令子。良かったら貴方の名前を教えてもらえるかしら?」
「み………美神さん…」

だが、男は驚きのほうが先に立ち令子の言葉には反応できずにいる。

「……どうかしたの?」

令子はいぶかしむ。小首をかしげて問いかけた。
男は再度掛けられた声にハッとして、どうやら我に返ったようである。
ゴホンと1つ咳払いをして口を開いた。

「あ〜……美神さん、美神さんね?これはどうもご丁寧に。え〜と…俺は横島、横島忠夫…」
「よこしまただお………ね?」

最小限の必要な事項だけをなんとか言う横島。
遂に彼は、令子と出会う。
横島と令子は月明かりの元で、お互いがお互いの顔を見つめ見つめられていた。

…………………………










―― 時間は少し前後する ――










「おかしいと思ったらこう言う事だったか。」

俺は、錆びてボロボロに壊れたフェンス越しに、ここから少し離れた場所で戦うモノ達を眺めていた。

「どうやら女か?髪長いし……さすがにこの暗さじゃあ輪郭しか分からんな。」

今日の除霊は廃ビルの悪霊集団を退治すること。
依頼書によると、おおよそ20から30体程度の悪霊がビルの中に住み込んでしまったらしい。
たいした数でも無いみたいだし、ようやく俺の望む『そこそこの仕事』が回って来たと思ったんだが……
結局現場には霊なんて全然いなかったし。
一応、痕跡だけは残っていたんでそれを追跡してきたら……

「こんな所で他のヤツとやり合ってたって訳ね。」

どうやらあそこにいる……多分GSだろう人物の霊力を嗅ぎ付けてフラフラやって来たんだろうな。
俺としては楽ちんで嬉しいけど、どうなるんだろね?
これで報酬貰っても良いもんだろか?
美神さんなら『棚ボタラッキー♪』って喜ぶんだろうけど、俺は流石にそこまでは……

―― なら、加勢するか? ――

いや、そんな必要も無さそうだ。
さっきこれを見つけたときは直ぐに加勢しようとも思ったんだが、あそこで戦っている奴はなかなか強い。
見る限りでは、加勢しなくても問題ないだろう。

「結構良いGSじゃねえか?」

ピート……って免許取得前の奴と比べたら失礼か…ピートよりも多分腕が立つ。
時々風に乗って声が流れてくるけど、えらい気合入ってんな。何て言ってるかまでは聞こえないけど。

「ん、後1匹………ちょっとだけ霊格が上かな?ここらのボスって所か?」

若干だが動きが鈍ってきたように見えたので、ボチボチ加勢が必要かと思ってたが、どうやらこのまま最後の1匹まで倒してしまいそうだ。

「……って、え?!」

俺の目の前で信じられない事が起こる。まだ悪霊が残っているのに、目の前のGSは戦闘態勢を崩して脱力したのだ。
ちょっと待て!?なんでそこでへたり込む?どっかやられたか?いや、そうじゃ無い!あれは…もしかして最後の1匹に気づいて無い?!
悪霊は上空から急降下して迫って来ているのに、彼女はそれに気が付いていないようだ。
くそっ!
疲れで霊感が鈍ってるな?!

「気ぃ抜くな馬鹿っ!まだいるぞっ!!!」
「?!!!」

おもいっきり大声で怒鳴る。
……が

「イヤダ…死死死、死ンデナイ……マダ死ンデナインダ…死ニタクナイ………死、死死死、死ニタク…死死死、死ネ死ネ、死ネーーーーーーーェェッ!!」
「うぞっ!?ヤバ…」

駄目だ!気が付いたみたいだけど、もう間に合わんっ!!
ええいっ!

―― ガシャンッ! ――

俺はフェンスに手をかけて一気に飛び越えると、そのまま右足をフェンスの支柱部分に押し当て…

『加』『速』

これでなんとか!!

―― ギュンッ ――

右足を目一杯蹴りだし、同時に霊力を集中させ、両の手の平に文珠をつくり出す。
超加速には少し及ばないが、この距離ならこれで大丈夫。発動時間を考えればこっちの方が速い!
俺だって伊達に3年もGSしてる訳じゃない。ちゃんと修行して複数文字の文珠も段々と使いこなせるようになってきた。
だが実際に戦闘中に使うならば、右手1個左手1個の2個が1番発動時間が短くて実用的なのである。
この程度の距離なら、結果的にこっちの方が速く到達できると俺は判断した。

「駄目、間に合わ…」

そして、その判断は間違いじゃなかったようで……
よぉし…

―― ズシュッ! ――

捕まえた!
再度右手に霊力を込め、霊波刀を伸ばす。加速した勢いに任せ、今まさに襲い掛かる直前の悪霊の胴体に突き刺した。

―― ズシャーーーァッ ――

手ごたえを感じ、俺は左足で地面を噛みフルブレーキング。加速の勢いを殺しながら、3mくらい流される。

―― ガシャアン!! ――

そこまでがほんの一瞬の出来事。
そして、フェンスが軋み倒れる音が俺の後ろから聞こえてきた。
少しだけ周囲に感覚を向ける。

―― ん、もう本当にいないな? ――

それだけ確認してから、俺は目の前の奴に意識を向けてみた。
どうやらもう、言葉が理解できるような状態でもないか?
自我が崩壊しかかってる。自分が死んでるって事を認めきれていないタイプだな。

―― 依頼書にあったとおりか ――

こういう奴は、本当は悪霊にならずに成仏出来たかもしれない奴が多い。
悪霊になるってのは、何かほんの少しのきっかけだけなんだ。こいつだって、ほんの少しだけ自分の最期を認識する機会さえあれば、そのまま逝く事が出来たんだと思う。
有る意味可哀想な奴だ。

―― まあ ――

それでもな……

「悪霊してるんだし、まぁ…色々と事情はあったんだろうけど……」

俺も…流石に3年もGSやってれば、いろんな悪霊の事情に首を突っ込む機会だってあった。
だから、悪霊にだって悪霊になるだけの理由が有るって事も知っている。
一時期は除霊するのに戸惑いを感じて……はは、美神さんに説教されたっけな。

―― そういう想いも全部!受け止めて逝かせてあげるのがGSの仕事よ! ――

分かってますよ美神さん……

「生きてる奴に迷惑掛けちゃ駄目だって。それに……もう、言っても分からんと思うが、さっさと成仏したほうがお前の為なんだぜ?」
「ぎゅるるる…俺は、俺は……ぎゃあぁ…」

あえて成仏しないって奴と違って、想いに縛られて成仏出来ないってのは存在するだけで苦しみ続けるんだそうな。
だから、ますます人を恨み……ますます苦しみが増していくってか?
このままじゃ救えねぇよ。
だから…

「だから……さ?ちょっと痛いけど…………悪いな、優しい除霊ってのはいまいち苦手なんだ…我慢してくれよ?我慢してちょっとだけ……」

きちんと魂洗って生まれ変わって来いよ。
その方がさ……幸せだって。
な?だから…

「……極楽に逝って来い。」

―― ブゥンッ ――

俺は霊波等をゆっくりと横に凪いだ。

「ぎゅるあああぁぁぁっっ!!!!」

大きな断末魔の悲鳴とともに、俺の今日の仕事の相手は闇夜に散っていく。

―― 逝ったか ――

と、あっちの方は大丈夫だろうな?
俺は後ろを振り返りながら声を掛ける。

「おい、大丈夫かそっちのひ………と?」

―― !!!? ――

うそ?!
信じられない。なんて偶然だろう!?
もしかして偶然なんかじゃないんだろうか?!これが縁ってやつなんだろうか?!
俺は言葉に詰まる。当然だ。
だって……

「あ、ありがとう。助かったわ。まさかあと1匹いたなんて……油断しちゃったわね。それより、貴方って何者?あ、私の名前は美神令子。良かったら貴方の名前を教えてもらえるかしら?」

まさかこんな所でこんな風に…

「み………美神さん…」

美神さんと出会ってしまうなんて!!
瞬間、何も考えられなくなった。俺の目の前にいるのは美神さんだ。俺が知っているよりも少し若い。まあ、コレに関してはやはりそうか…と言った思いもあるが。

―― 高校生くらいかな? ――

前に見た事のある高校生時代の美神さんと同じくらいの年齢だろうか。
若い!可愛い!美神さんだけど、美神さんじゃ無いみたいだ!新鮮だ!
ああ、でもやっぱりあの抜群のプロポーションはボリュームダウンしとるなぁ…

「……どうかしたの?」

はっ?!いかん、いかん!
このままボーっと眺めていたら、俺は変態親父のレッテルを張られてしまうかもっ!?
俺はもう20歳だ!事件になったらもう、少年Aじゃ済まされないっ?!!
それは困る。
落ち着け!俺はこの美神さんとは初対面だ。初対面らしく余所余所しい会話で無難に切り抜けろ!!
ん!まずは咳払いを1つ。それから自己紹介だったな…

―― ゴホン ――

「あ〜……美神さん、美神さんね?これはどうもご丁寧に。え〜と…俺は横島、横島忠夫…」
「よこしまただお………ね?」

GSって業界は世界が狭いんだろうか?
こんなに短期間でこれだけの知り合いと『再び知り合う』事になるなんて。
人の縁ってのは、世界が違っても切れないものなのかな?
それとも……

―― こんなのを運命って呼ぶんだろか? ――

俺は目の前の美神さんを眺めながら、そんな事を考えていた。

…………………………










闇は全てを隠す。
真実は何も見えない。

「ふふ、いるいる。今日はいつにも増して凄いわね。」

そこは何処だろう?
闇の中にソレはいた。

「でも、まだまだね。そんなんじゃあ私は捕まえられないわよ?」

ソレは、薄く笑いながら歩く。
其処には大勢の人間がいた。その只中を、ソレは歩いていく。
不思議な事が起こっていた。
大勢の人間は、ソレを捕まえる為にここに集められている。だが、目の前を歩くソレを捕まえようとする輩はいない。
誰一人としていなかった。

「今日こそ捕まえて見せる!」
「あら?ふふ…ご苦労様。でも、ごめんなさいね♪」

ソレはとある男の言葉を聞き、それに答えるような仕草を見せる。だが、それでもソレは、誰の気を引きもしない。

「………貴方達じゃあ役不足よ♪」

ソレは闇の中にいた。
ソレはただ悠然と歩くだけ。
目的地まではあと、ほんの数百メートルだ。
誰もソレを捕まえない。
誰もソレに気が付かない。
ソレは闇の中にいた。
真実は誰にも見えない。


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