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不思議の国の横島

第11話  『エミのお願い』


投稿者名:KAZ23
投稿日時:03/12/19

駅前は人で溢れている。

―― ざわざわざわざわ ――

まあ、夕刻から夜に変わる程度の時間帯であれば、それも当然の事。
家路へと向かう人々、これから街へ繰り出す人々。
多種多様な人種が今この場所に存在していた。

―― がやがやがやがや ――

この駅前には、定番の待ち合わせポイントがある。
中央に大きな時計塔を持つ噴水。
夜になるとライトアップされるその周辺は、カップルその他の絶好の待ち合わせ場所として存在していた。

「ん……あと5分か……」

時計塔の下には何人か、明らかに人待ち顔で佇む女性、もしくは男性の姿がある。
その中の1人が時計塔を見上げてポツリと呟いた。
緩やかにウェーブのかかった長い黒髪と、健康的な褐色に焼けた肌。そしてバランスの取れたプロポーションと、世の男性が絶対放っておかないだろう美女……もとい、美少女である。
事実、彼女がこの場所に到着してからの約10分間で、既に3人の男性から声を掛けられていた。
まあ、それらの全てを彼女は軽くあしらっていたが。
声をかけて来るでなくても、彼女が視界に入った男は皆、1度はその目を留めていく。
彼女には他人の視線を集めるだけの美しさがあった。

「お、いたいた。お待たせ。」
「ん…別に待ってないわ。アタシもさっき来た所なワケ。」

そこに、1人の男が到着する。
そこそこに高い身長。それなりに引き締まった体。まずまず整った顔。
総評すれば若干良い男。もしくは何処にでもいそうな平凡な男。
彼の第一印象は、その2つの間で微妙に行ったり来たりしていると言った所だろうか?
その男が、この美少女の待ち人だったらしいと分かるや否や、周囲からは嫉妬やら敵意やらの感情が一気に膨れ上がった。

「そっか?じゃあ、どうする?」
「どっかその辺の店にでも入りましょう。話はそっちでするわ。」

2人はそんな視線や雰囲気には微塵も反応せずに言葉を交わす。
周囲の視線に全く気が付いてない男の方の名前は横島忠夫といい…

「ん…じゃあまあ、妥当な所でファミレスでも……」
「キンガーなら良いわよ。ほかのファミレスは却下。」

それらの視線に気づきつつも全て無視している少女の方の名前は小笠原エミといった。

「キンガー?……けっ!このブルジョワがっ!」
「な、なによ?!別にそこまで言われるほど高い店じゃないでしょうが?たかだかファミレスよ?1食2000円くらいでしょ?」

キンガーとはキングダム・ガーデンの略称。
キングダム・ガーデンはチェーンのファミレスの中でも、料金設定が1段高めに設定されているチェーン店である。
良質の食材を使用している分、味は確か。その辺にある普通のレストランよりも上手いと評判だ。
でもって、その分が値段に反映される……大体一般的なチェーン店の相場の1.5倍くらいの値段だろうか?

「俺が15歳の時は、ファミレスに行く金なんてなかったんだぞ!?」

横島は少し涙目になって語る。
普通に、何でも無い風に高級ファミレスの名前が出てくる近頃の若いものに、説教をかましてやりたい気分になった。
なんて言うのはオジサン臭いですけど。

「あのねぇ……そんなの昔の話でしょう?今はGSやってるんだから、その位のお金無い訳じゃないわよね?」

だが、エミの答えももっともである。
今の横島には、確かにキングダムガーデンでの食事くらい何でも無い事だ。
何しろ先月の月収は億の桁になっている。(ただし大部分はインキュバスの懸賞金)

「う……まあ、確かに今はそれくらい何てことねぇけどさ……」
「なら良いじゃない?さ……さっさと行くワケ。」

エミはさっさと話を切り上げると、横島を置いて歩き出した。

「あ、ちょっと待って……」

それを慌てて追いかける横島。
今の所この2人の間では、主導権は完全にエミの方が握っているようである。
駆け出した横島は直ぐにエミに追いつくが、結局の所、何を言う事もできずにエミの隣を歩いてついて行くだけだった。
時計塔広場に残ったのは、複数の男達の怨嗟とため息、2人の去った方を眺める視線である。
そんな視線の中、2人は雑踏に消えていった。

…………………………










「フミさ〜ん。」
「あ、はい。お嬢様、御用でしょうか?」

こちらは六道家の何処かに有る、だだっ広い廊下。

「横島さん知らない〜?」

湯上りで体からほかほかと湯気を上げている冥子と、きっちりとした格好のフミさんがいた。
フミさんは六道家の使用人で、言ってみればメイドさんである。そちらの属性が有る諸兄にはピンポイントの破壊力を持った女性だ。

「横島さんですか?横島さんは夕方から用事が有ると言ってお出かけになられましたよ。」
「え〜〜〜?じゃ〜お夕飯は〜〜〜?」

フミさんの答えを聞いて、冥子は露骨に表情を曇らせる。

「今日は外で食べてこられるそうですよ。」
「え〜〜〜そんな〜〜〜〜〜?」

追い討ちを受けて、さらにしょんぼりとしてしまった。
横島がいないと、冥子は1人で食事をしなければいけない。それは哀しい事だった。
冥子は元々1人で食事をする事が多かったのだが、横島が六道家で生活するようになてからは大概、横島と一緒に食事を取っている。
最初の頃は特にそれがどうという事も無かった。しかし慣れてくると、それが心地世良くなってくる。
父も母も忙しい為、子供の頃から1人の食事が当たり前だった冥子。だが、この一ヶ月で覚えてしまった。

「1人の食事はさみしいの〜〜〜」

他人と一緒にとる食事の楽しさを。
この屋敷には数多くの使用人が働いている。だが、決して家族ではない。
勿論、横島だって単なる居候で家族ではないのだが……

「ほらお嬢様、そんな悲しい顔しちゃ駄目ですよ。横島さんにだって色々と用事がおありなのですから、今日はガマンしましょうね?」
「…………うん〜…」

冥子はフミさんに諭されて頷く。だが、その表情は冴えない。
どうやら今日の夕食は、何が出てもあまり美味しく無い事になりそうだ。

「それじゃ〜〜お部屋に行くから〜〜〜後で呼んで〜〜〜。」
「はい。かしこまりました、お嬢様。」

冥子はトボトボと廊下を歩き出した。その後ろ姿が、凄く物悲しい。
冥子を見送るフミさんは、少しだけ胸を痛めた。

…………………………










「で、今日の話ってのは?」

ファミリーレストランチェーン『キングダムガーデン』で、横島とエミが向かい合っている。テーブルには横島の頼んだAセット(肉コース)とエミの頼んだパスタコースが並び、食欲をそそる良い匂いをさせていた。
横島はナイフとフォークで不器用に肉を切り分けつつ、エミに問いかける。

「ん…まあ、ちょっと相談事って言うか、お願いが有るワケ……」

今日、横島はエミに呼ばれて待ち合わせていた。何か相談事が有るらしいのだが、口振りから少々言いにくそうだということは感じている。
今も、エミの口は言いたそうに、でも言いにくそうな………微妙な動きを見せていた。

「あ〜……何か言いにくそうだけど、それでも電話してきたって事は言わなきゃいけない事なんだろう?」
「ん、まあ……そうね。今、言うわ……え〜とね…」

言いにくそうにしていたエミだが、横島に促されなんとか決意し話し出す。

「あ〜……アタシとの約束は覚えてるわよね?」
「ん?ああ、GS免許取ったら俺がエミを雇うって話だろ。勿論覚えてるって、流石に俺でもさ。」

横島とエミは、ある約束を交わしていた。
それは、エミがGS免許を取得したら横島が彼女の雇い主になるという事。
そのために、GS試験までに横島が除霊事務所を立ち上げるというものである。

「結構無茶な要求だって思ったけどさ、いやあ……世の中って何処でどう転ぶか分かんないもんでさ……上手い事、事務所立ち上げられる事になったんだよね。運が良かったっちゅうか何ちゅうか……ほんと、俺自身が一番ビックリしてんだけどね、ハハハ。」

横島は笑って言った。
確かにトントン拍子で立ち上げまで行き着いた横島……彼が言うとおり、普通にやっていて簡単に出来る事ではない。
それでも横島は、あっさりとGS事務所の立ち上げまで漕ぎ着けてしまっている。
それは果たして運の所為だったのか……
それとももしかしたら………
これは運命だったのだろうか?

「ふ〜ん。本当に守ってくれワケね、約束……」

横島の返事を聞き、エミは柔らかな笑みを浮かべた。
ここ何年も感じた事の無い、心地良い安堵感を覚え、自然とこぼれた笑みである。

「ああ…まあな……」

横島はそう答えて、窓の外に視線を向けた。
ほんの少しだけ遠くを見つめてもう一度呟く。

「約束は…守らんと………な…」
「……?」

エミはいぶかしむ。横島の返事は、どこか自分に向けられたものだけでは無いように感じた。
自分自身に誓う言葉とでも言おうか。
平静な態度とは裏腹に強い決意と、なんとも言いがたい感情を含んだ言葉に聞こえる。

「しかし、美味いなこの肉……ん、コラ美味い!コラ美味い!」

だが、それも一瞬の事。横島は目の前のサイコロステーキにフォークを突き立てると、行儀悪くパクつく。美味い美味いと、まるで飲み込むようにかっこむ様は、大人の男としてはかなり格好悪い。
一瞬前の胸を突く姿とのギャップに、エミは自分が感じた疑問を口にすることは出来なかった。

「ん……ありがとう。お礼…言っておくわけ……」

だからエミは、もう1度微笑んでただそれだけ……横島に礼だけを述べる。
そして気分が軽くなったのか、ようやく今日の本題を口にしだした。

「前に、私には戸籍が無いって話をしたわよね?」
「え?あ、ああ…そんな話してたな。13歳で親戚の家を飛び出した……だっけか?」

横島は前にエミから聞いた話を思い出す。

「で、知り合いに頼んで戸籍を作って貰ったワケよ。GS試験受ける為に。」
「そんな事言ってたっけな。なに?そのへんで問題でもあったのか?」

戸籍を作る。勿論だが、簡単に出来る事ではない。
とは言え、それはあくまで一般人の話。少し裏の事情に詳しければ、実は新しい戸籍など簡単に手に入るものである。

「戸籍のほうは何てこと無かったわ。公安に知り合いがいてね。そいつが用意してくれたワケ。あ、勿論違法だからオフレコでね?」

エミは右手の人差し指を立てて唇に当てると、片目を瞑って『内緒ね♪』のポーズをした。
うっすらと微笑を浮かべたエミは、年相応に愛らしく見える。

エミも、戸籍自体は特に問題無く手に入れることが出来た。

「問題は、別口でね……まいったわ…GS免許取る為に必要なモノがもう1個あったわけよ。」
「GS試験を取る為に必要なもの?」

横島は少し考える。自分がGS免許を取るときには何か必要だっただろうか?
だが、何も思い浮かばなかった。
本当に何もだ。

「何かあったか?戸籍が必要だってのも……一般的には言われなきゃ気が付かないような、普通は誰でも持っているモンだし?それ以外?ん〜〜〜?」
「それもね…普通の人間なら問題なく持っているモノなのよ。でも、アタシは持ってないわけ……」

エミは水を1口だけ含み、言葉を続ける。

「アタシってば未成年じゃない?保護者ってのが必要になってくるのよね……」
「あ?!あ、ああ……なるほど、そう言う事か…」

言われて横島はハッとした。
エミの言うとおり、保護者と言うのも大概の人間は気にする事も無く持っているものである。
基本的には親だろうが、そうでなければ身近にいる大人の誰かがその役目を負ってくれるものだ。
少なくても、日本ではそれが普通である。
だが、エミには保護者がいないと言う。

「でも!その公安の知り合いとか……じゃ無きゃ、呪いの技術を習った師匠とか…誰かいねーのか?13歳で家出したんだろ?それからずっと保護者無しってこたぁ無いと思うんだが?」
「ま、確かにね。アタシの師匠が暫く保護者って奴をしてくれてたんだけどさ…」

エミはその表情から色を消し、努めて冷静に感情を出さないように口を開いた。

「………少し前に逝ってしまってね。それからアタシは1人で生きてきたワケよ。まあ、オマケはいたけどね…」
「オマケ?」
「ベリアル。この間横島さんが退治したアレよ。」

悪魔ベリアル。決して心を許せる存在では無かったが、それでもエミの孤独を埋めてくれた存在である。

「アレは、死んだ師匠から受け継いだ悪魔でね。師匠はアイツに殺されたわ。」
「!?」

かなりショッキングな内容に、横島は言葉を失してしまった。

「悪魔族であるベリアルは、冥約に従って人間の使役者に仕えるの。本来は上級魔族のベリアルだけど、普段は力の殆どを押さえ込まれて低級魔族程の力しか出せないようになっているわ。」
「………………」

横島は、フォークとナイフを置いた。エミの説明に真面目に耳を傾ける。

「冥約にはいくつかの条項があってね、その中に『13秒の自由』ってのがあるワケ。」
「13秒の自由?」

聞き慣れない単語に、横島はただそのまま聞き返した。

「普段は呪縛封印されているベリアルの封印を、13秒間だけ開封するの。その13秒で、ベリアルは目標を……つまりは敵を討ってくれるわ。その代わり……」

悪魔と契約すると言う事は、常に命がけの対価を支払わなければならないものと決まっている。得るものが大きければ大きいほどに、支払う代償も大きい。

「敵を討った後の残りの時間、ベリアルは使役者の命を奪う権利を得るの。」
「!?あっ!もしかして、この間の…」

そこまで説明されて、横島はエミと出会った時の状況をようやく理解できた。

「そう言う事。使役者が13秒間逃げ切れれば勝ち。逃げ切れなければ……」

悪魔と契約し、その結果で死んだものの末路は常に1つ。

「魂を根っこから掴まれて、成仏も出来ないままベリアルが飽きるまで何千年でもしゃぶられる事になるワケ……永遠に等しい苦痛らしいわ………ま、アタシが経験したワケじゃ無いから、正確なところは分かんないわけ。」
「じゃ、じゃあ!この間のってかなりヤバかったんとちゃうかっ!?」

横島は、まるで自分の事の様に冷や汗を流し怯える。

「まあね、ま、その辺はどうでも良いわ…」
「どうでもって!お前なっ?!」
「今は、話のほうが続きだからさ……」

これだけの事を、いくら済んでしまった事だとは言え、あまりにもアッサリと話すエミに、逆に横島のほうが激昂してしまう。それでもエミは本当に何てことも無かったかのように自分の話を続けた。

「師匠も同じように『13秒の自由』を使ったわ。ま、私の時と違う所は……」
「それって……」

話の流れから、その後に続く言葉は容易に想像できる。

「そ…師匠は13秒間逃げ切る事が出来なかったワケ……その後は推して知るべしってやつね。」
「………………」

横島は、エミから視線を逸らした。そして何も言わずにただうつむき、顔も名前も何も知らないその人物の死を悼む。

「詳しくは省くわ……その時、師匠が死ぬ前に、私は師匠からベリアルを受け継いだの。ま、つまりそう言う事よ………ってアレ話が随分逸れちゃったわね?何を話そうと………ああ、そうそう。保護者の話よね。」

今まで、誰にもした事の無い部分まで触れて話した自分に少し驚きを覚えつつ、エミは本題のほうに話を修正していく。

「ぶっちゃけた話、横島さんが私の保護者になってくれない?」
「は?」

横島は、本当に「ぶっちゃけられた!」って言う間の抜けた表情を見せた。

「は?じゃなくてさ……さっき説明したでしょう?アタシは未成年だから、GS免許取るのに保護者ってのが必要なのよ。」
「え〜と……」

横島はエミの台詞をいまいち理解できていないようである。いや、エミが何を言ったのかはきちんと聞こえていたのだが、思いがけない言葉であった為に理解が追いついていなかった。

「アタシの周りには、もう保護者になってくれそうな奴が1人もいないのよ。公安とは表向き無関係ってのが決まりなんで、奥村もこればっかりは自分でなんとかしろって……」
「はぁ……」
「だからさ、横島さんがアタシの保護者になってくれない?あ、もちろん建前上だけで良いのよ?名義だけあれば迷惑はかけないからさ……ね♪」

名義貸しは犯罪です。
こういう場合、大体は「こんなはずじゃ無かったんだけど…」なんてお決まりの台詞と共に、厄介ごとが起こるってのが相場と決まっている。

「ちょ…ちょっと待った………確認させてくれ。つまり、俺にエミの保護者になって欲しいと言っているんだよな?」

それ以外のなにものでもありません。

「あ〜……それってどうなの?俺、詳しくないんだけど………そんなに簡単に決めちゃっても良いもの?」
「あ、うん♪何てこと無いから♪ほら、面倒な書類は全部準備してあるから、あとは横島さんがチョチョンてサイン入れてくれれば万事オーケー♪さ、ここよ。はい、ペン♪」

エミはカバンから数種の書類を取り出すと、横島の前に並べた。ついでにボールペンを取り出して横島に持たせると、空白になっている氏名欄を指差して強調する。

「まて!?なんでこんなに準備が良い?!ってか、さっきまでの言い難そうな雰囲気はなんだったんだ?!
「え?さ、さあ〜〜〜?何の事かわかんないんだけど?」

横島は思った。

―― ま、まさかここまで全てが計算ずく!? ――

初めのしんみりした話は、全てこれの為の複線だったのだろうか?

―― あ、有り得そうで怖い ――

横島はタラタラと冷や汗を流してしまう。
自分が知っているエミなら、これぐらいの芸当は朝飯前にやってしまいそうだ…
だが同時に思う。
そうだとしても、エミに保護者が必要だってのは、真面目な話、重要な事なんじゃなかろうか?
15歳の少女がいつまでもこんな裏世界だけにいて良いモンじゃ無い。じゃあ、俺がこのまま保護者になっても良いのでは?
横島はそう考える。
エミの生い立ちの話が嘘とは思えない。横島は、いままであんな眼で嘘を付いた人間を知らなかった。
いや、あんな眼で話をされたら、例え嘘でも信じるしかない。
とはいえ、横島も少しながらエミという女性を知っているつもりだ。
だから、思惑はどうあれ話の内容自体に嘘は無いのだろうと推測する。
もしかしたら、隠し事くらいはあるかも知れないが……
そんな訳で。

「ま、いっか。」
「え?」

―― サラサラサラ ――

どっちつかずの宙ぶらりん状態が嫌いな横島は、本当はあまり褒められないくらいあっさりとサインをした。
中身を確認もせずに。

「ちょ!そんなアッサリで良いワケ!?」

だから、逆にエミのほうが焦る。もともと、了承してくれる確立は低いと思っていたからだ。

「ん?ああ、良いよ良いよ。どのみち勿体つけるほどの名義でもないし。それに…」

一方、行動を決めた横島は随分すっきりとした表情になる。

「…エミは良い娘だからな。」
「にゃっ?!」

そして、屈託の無い笑顔でそんな殺し文句を吐く。ちなみに本人にそんなつもりは全く無い。

「………………(ボッ)」

本人には自覚が無くても、相手にとっては別の話。バッチリと届いたみたいだ。
エミは横島の笑顔に当てられて何も話せなくなり、ただうつむいて顔を赤く染める。
もともと、こういう下心の無い好意を向けられる事に免疫が無かったという理由も有った。

「ん?どうかしたか?」
「な、なんでもないっ!!」

―― ブンブンブンブン ――

エミは真っ赤な顔をぶんぶんと左右に振り答える。

「そう?ま、正直さ……ちょっと同情もしてるんだ。多分、エミはそんなのが嫌いだって言うだろう?」
「え?あ、ああ……そうさ。同情なんて真っ平なわけ!」

同情という単語に、エミが反応した。しかし、横島はその反応を初めから知っていたようにして言葉を続ける。

「でもさ、同情だけじゃ無いんだぜ?俺さ、なんて言ったら良いんだろう?多分、エミの事……そう、尊敬。尊敬してるんだと思う。」
「そ……尊敬?」

次に出てきた、尊敬という単語にエミは戸惑う。

「純粋にさ、エミの生き方……その力強さって凄いと思うよ。逆境を全部乗り越えてきたんだろう?今だって、乗り越えようとしてる。そういうのってさ……凄い尊敬できるな。」
「な、なによ?!アタシは別に……」

エミの頬がまた染まった。こんな言葉を掛けられたのも初めて。
エミはさっきから、初めてのことがいくつも続いて、おもいっきり調子が狂っている自分を理解している。

「アタシはただ……当たり前の事を……自分の思うとおりに…」

だから、なんとか紡ごうとする言葉にも全然力がこもらない。
そんなエミの様子を見た横島は、もう一度小さく笑うと優しく言葉をかけた。

「俺は、そんなエミの力に……少しでも役に立てるなら嬉しいなって思うよ。」
「?!!!」

―― ボボボッ!! ――

横島は、ファミレスに入ってからずっとエミの様子を見続けている。
それでなんとなくだが分かった事があった。
それはエミが15歳だという事。それがどういう事かと言う事を。
最初はまだ、向こうのエミさんのイメージとダブらせて見ていた。態度や口調の節々に面影が見られたため、どうしてもエミさんのイメージが抜けなかったのである。
だが、それが間違っていたという事に気が付いた。
しつこいようだが、このエミはまだ15歳の少女なのである。いくら大人びて見えても、やはり大人ではないのだ。

「…………迷惑かな?」

だから横島は、大人として接してみようとする。それは仕事相手としての大人ではなく、エミが無くして来てしまった、家族や友人というカテゴリーの大人として。
それが正しい事かは正直自信が無いけど、なんとなくだけど……
それが良い事のような気がした。

「………………(カァ)」

そんな予想外の対応をしてくる横島に、エミはもう本日何度目か……顔を赤く染めて黙り込んでしまう。
もう本当に、それ以外の対応が取れなくなっていた。

…………………………










―― カチャ、カチャ ――

六道家の食堂では、冥子が1人黙々と夕食をとっていた。
それ自体は特に珍しい光景ではない。横島が来る前……・ほんの一月前なら、これが普通の光景である。
だが、今日の光景はそれらとは明らかに違っていた。
室内はシンと静まり返り、カチャカチャと音を立てる食器の音だけが響く。

「ごちそうさま〜〜〜……」

普段よりも少な目の量を食べ、冥子はナイフとフォークを置いた。

―― キィィ ――

そのまま椅子から立ち上がり、暗い表情でドアの外へ出て行く。

―― パタン ――

ドアを閉める音も、なんとなく元気が無かった。

「…………」
「…………」
「………ねえ、どう思う?」

冥子の退出を見届けて、メイドの1人が隣のメイドにひそひそと話しかける。

「お嬢様、凄く元気なかったわね?」
「いったい、どうしたのかしら?」

そのもう1つ隣のメイドも話に加わり、3人はあ顔を寄せてヒソヒソと話し出した。

「馬鹿ねぇ…横島さんがいないからじゃ無い。」
「え?そ、そうなの?」

とかく女性は噂話が好き。

「絶対よ。お嬢様も遂にあれね。初恋よ、これは。」
「え?!お嬢様が恋!?」

更に言えば、恋の話が大好きと相場が決まっている。

「奥様も、横島さんの事気に入っているみたいよ?もしかしたら、このまま未来の旦那様って事もありえるかも……」
「ええーーーぇっ?!」

特に最近は、六道家に居候している横島の噂話で持ちきりだ。
なにしろ、冥子がおもいっきり懐いている。

「でも、お嬢様のアレは恋愛感情とは違うんじゃないかしら?」

確かに。
そもそも冥子には恋愛感情というものが分かっているのかどうかすら怪しい。

「うん。確かに今はそうも見えるけどさ………でも時々それっぽい所見えたりしない?」
「うんうん、見える見える!」
「でしょう?これは絶対恋よ。間違いないわ!」

間違いないと決め付けているが、恐らくは単なる推測だと思われる。こういう噂話では信憑性など二の次というのが定番だ。
ようは楽しく話が出来れば良いのである。

「きゃー!」
「きゃー!」
「きゃー!」

ワイワイと他人の話で盛り上がるメイドさん達。

「噂話も結構ですが、お仕事はしっかりとこなしてくださいね?」

結局、執事さんに怒られた。
彼女達の噂話が的を得ているかどうかは………
まだ誰にも分からない。

…………………………










時刻は夜の8時をまわった頃。
1人の少女が古いビルの立ち並ぶ区画を歩いていた。

「あーぁっ!本当にもうっ!!」

その表情は、キリリと引き締まっている……と言うよりは、なにやら怒っている?

「完全にやられたわっ!あの神父ったら……」

何か面白くない事を思い出したようで、その表情は更に険しさを増した。

「確かに実力は凄いけど……なんであんな…」

そこで、一気に感情が爆発する。

「あんな金銭感覚の無い奴の所で研修しなきゃいけないのよーーーぉぉっ!!!?」

その殺気のこもった叫び声に、近くに居た犬2匹と猫3匹が毛を逆立てて逃げ去った。

「ふふふ…あんなのの所で研修なんてやってられる訳無いわ!GS免許取ったら速攻で別の……もっと稼ぎの良いGS見つけなきゃ!!」

握りこぶしを作って気合のこもった独り言……

「とりあえず、当座は(神父に内緒で依頼書をガメてきた)仕事をこっそり1人で片付けて……」

この少女の名前は……

「ふふふ…今回のはちょちょっと自縛霊退治するだけで500万………くく、ボロイ、ボロイわ!」

ま、言うまでもないと思うんだけど……

「自縛霊だろうが浮遊霊だろうが……この美神令子が極楽にっ!逝かせてあげるわっ!!」

ま、そう言う事です。

「そして見習い期間が終わって独立した暁にはっ!稼いで稼いで…そりゃあもう稼ぎまくってやるわよーーーーーぉぉっ!!!」

とっても燃えている彼女ですが…
無免許での除霊は犯罪です。

「とりあえず、待ってなさいよ!今日の500万っ!!!」

犯罪だよ?


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