椎名作品二次創作小説投稿広場


黒き翼

除霊3


投稿者名:K&K
投稿日時:03/12/15

 「美神さん!。」

 横島は彼女のもとに駆け寄ると、その身体を抱き起こした。

 「な・・・に情けない声・・・だしてるの。」

 令子が苦しそうに呟く。

 「美神さん大丈夫っスか!ケガは?・・・。」

 「大丈夫よ・・・。倒れた時に・・・脇腹を強く打って、暫く息ができなかっただけ。」

 苦しそうに顔をしかめているが、話し方はしだいに元にもどってきた。特に傷が無いところを見ると
、間一髪で相手の攻撃をよけたらしい。

 「よかった。てっきりやられたのかと思ったっスよ。」

 「私がそんなヘマするわけ無いでしょ。それより、あいつの様子はどうなの?」

 安心したせいか、いきなり目が潤んできたので、慌てて敵の様子を窺うふりをして令子から顔をそら
した。

 「文殊が効いてるみたいっス。ピクリともうごきません。」

 空中に浮いている霊体の真下で文殊が淡い光を発している。

 「そう。作戦成功ってところね。」

 そう言うと令子は立ち上がった。

 「・・・してくれて、ありがと。」

 令子がポツッとなにか言ったようだが聞き取れなかった。

 「えっ、何かいいましたか?」

 「なんでもない。それよりあんた、さっさと顔をふきなさい。敵はまだ目の前にいるのよ。」

 あわてて目のまわりを手でふく。だが、そう言う令子の顔も心持赤い。

 『美神殿、大丈夫でござるか!』

 そこへシロが飛び込んできた。

 「シロ!、なんでここへ来るの!。アンタの仕事はおキヌちゃんとタマモの護衛だって言ったでしょ
  !!。」

 たちまち令子のカミナリがおちる。シロは『キャン』と子犬のように一声鳴くと横島の背後に隠れ、
その肩越しに顔をのぞかせた。

 『だって、部屋の外には敵はいないでござるし、中からセンセーの声が聞こえてきて心配だったでご
  ざるし、おキヌ殿にもこっちは大丈夫だから美神さんを助けてあげて、って言われたでござる。』

 「まったく、いっつも自分のことは後回しなんだから、あの子は・・・。いい、シロ、こっちは最初の
  作戦どおり敵を文殊でしばってあとは止めを刺すだけだから、横島クンと二人で充分よ。あんたは
  すぐに持ち場にもどりなさい。」

 『でも・・・』

 「私に逆らうってことは、これから一ヶ月間ご飯と魚の骨だけですごしたいって訳ね?」

 『うっ、わ、わかったでござる。言うこときくからそれだけは勘弁してくださいでござる。』

 「シロ、いそいでおキヌちゃんたちの所へ戻ってくれ、なんか様子が変だ。」

 それまで令子のかわりに敵を監視していた横島が緊張した声をだした。まわりをみるとまた浮遊霊達
が集まりはじめている。シロは無言できびすを返すと部屋を飛び出していった。

 「う・・・そっ。こんなことあるはずが・・・。」 

 相手に向き直った令子が驚愕の声をあげる。文殊の力が破られはじめていた。横島の文殊は、一時的
とはいえメドーサさえ縛ったことがある。ただの人間の霊体にそれをうち破るのは不可能だ。だが実際
に相手の真下に転がっている文殊には、次々とひびがはいっていく。そして、そのかわりとでもいうよ
うに、相手の霊体も腹の部分が消失し、胸から上だけの姿になっていた。

 (こいつ、自分の霊基構造そのものを使って力をだしているの?)

 『オマエガ、ミカミレイコカ。コロス、コロス、コロス、コロス、コロシテヤル!!。』

 相手の咆哮と共に文殊が砕け散った。同時に先程令子を襲った武器、血槍が全身から噴出する。

 「美神さん!!」

 横島はとっさに令子の前にでると、サイキックソーサーで楯を作り身体を覆った。それに相手の血槍
がマシンガンのように叩きつけられる。敵の攻撃は見た目は血が噴出しているだけのようにみえるが、
実態はレーザービームのように収束された霊気である。一方、サイキックソーサーの方は防御面積を広
げたため強度が低下していた。縁の方はすでに何発か貫通している。
 引き寄せられた浮遊霊の数も次第に増えてきたが、敵が血槍を盲撃ちしているため、逆にこちらには
近づけないでいた。

 「美神さん、早くなんとかしてください!。この楯はそんなにもたないッスよ!!」

 部屋の外の方からも、シロの気合やおキヌの奏でる笛の音がきこえてくる。

 「わかってるわよ!。男の子なんだからいちいち情けない声ださないの!」

 横島と背中合わせに立ち背後を警戒しながら令子は怒鳴り返した。
 だが反撃しようにも現在この部屋のなかで安全なのは横島の背後の空間だけ。そこからはみ出した部
分はあっという間に蜂の巣になる。おまけに血槍の槍衾を掻い潜るようにして、集まってきた浮遊霊達
が背後からちょっかいをかけてくるので前方の敵に集中できない。

 「横島君!得意の煩悩パワーでなんとかできないの?!」

 「だーっ、なにムチャなこといってんですか。んなことムリに決まってるでしょう!。だいたいこの
  状況でどうやって煩悩をかきたてろっていうですか。」

 横島は血槍の圧力に負けぬよう踏ん張りながら怒鳴りかえした。

 「なんでもいいからやるのよ。でなきゃ今回の特別手当はなし!。うちには役立たずの丁稚に払うお
  金はないんだからね。」

 「んな殺生な・・・。」

 もちろん令子が本気で言っている訳ではないことは判っている。これはフラストレーションを吐出し
頭を冷やすための令子流の儀式のようなものだ。往々にしてそのまま自分にたいするリンチに発展する
が、自分が普段令子に対して行っているセクハラも相当なものだ(下着ドロ、乳もみ、風呂場覗き等)
と自覚しているので甘んじて受けることにしていた。
 だが今回はどこからも鉄拳は飛んでこず、なじみとなったやりとりを繰り返したせいか、思わず浮き
足立ってしまった心も次第に落ち着いてきた。
 横島は前方の悪霊から意識をそらさぬよう気を付けながら、左手で自分の服のポケットを探った。特
に当てがあったわけではないが、なにかこの状況を変えられるものがないかと思ったのだ。
 上着、ズボンと確認していって最後に右側の尻ポケットに手を突っ込んだとき、指先にある感触を感
じた。しなやかで滑らかな、ある種官能的な肌触り。高級な生地、おそらくはシルクとおもわれる手触
りに、横島は首をかしげた。
 自分は普段ハンカチなど持ち歩かないし、持っているのも安手の木綿のものばかりだ。だが考えてい
てもしかたがないので、引っ張り出してみる。
 指先にぶら下がるものを見て、目が点になった。それはシルクのショーツだった。しかも色は黒でか
なり大胆なカットだ。生地も薄い。
 なぜ自分はこんなものを持っているのかと一瞬考え、すぐにその経緯を思い出した。先日徹夜でこき
使われた腹いせに一枚失敬してやったのだ。
 美神さんに気付かれたらヤバイと思いながらも、若さゆえの哀しさか、あるいは並外れた煩悩ゆえか、
それをだけを付けた令子の裸身がクッキリと脳裏に浮かんだ。幸か不幸か度重なるセクハラにより彼女
のプロポーションは完璧に頭のなかにはいっていた。
 カッと体が熱くなり、その熱は逃げ場を求めて左手に集中する。やがて掌の中にコロリとした感触が
生じた。
 令子はいきなり自分の背後に急激な霊力のたかまりを感じて思わず振り返った。だが目に飛び込んで
きた光景は理解しがたいものだった。厄介な敵を前にしているというのに、自分の丁稚は女物の下着と
思しきものを食い入るように見つめている。
 しばらくしてそれが自分の物であること、横島が想像しているであろう内容を理解すると同時に令子
の体を強い羞恥の感情が走りぬけ、続いて激しい怒りが高熱を伴って喉と右手に向かってほとばしりで
ていった。

 「横島ァ!、あんたこの非常時になにやってるの!!」

 背後に落雷でもあったかのような大音響に横島の体は一瞬硬直した。いや、彼だけでなく、周りのもの
全てが時間が止まったかのように静止している。
 前方の敵から目をそらす危険を承知で、それでもこみ上げてくる恐怖に耐えられず背後を振り返った。
 令子は鬼のごとき形相で仁王立ちしていた。手にした神通棍は受け止めかねた過剰な霊力を、バチッ、
パチッ、と言う音とともに空気中に放電している。

 「ヒィー、堪忍やー。しかたなかったんやー。美神さんがなんでもいいから煩悩かきたてろ言うたから
  ・・・」

 「あたしをネタに妄想していいとは一言もいってないわよ。」

 「じゃっ、じゃあおキヌちゃんやシロタマならええんですか?」

 バチィッ、と一際大きな音を立てて神通棍から火花が飛んだ。

 「あんた、死にたいわけ?」

 令子の放つ殺気が膨れ上がる。それに呼応するように再び周りの浮遊霊達が騒ぎ出した。

 「じょっ、冗談です。俺がおキヌちゃんやシロタマでそんなことできるわけないでしょう。ははは・
  ・・。」

 到底冗談とは思えぬ令子の殺気に身の危険を感じて、いつものように笑ってごまかそうとした時、
左手の中で「プシュッ」と空気の漏れるような音がした。手を開いて見るとまだ文字の入っていない文
殊に小さなヒビが入り、そこから水蒸気のようなものがもれだしている。

 「バカッ、ボケッとしてないでさっさと捨てなさい!。指が吹っ飛ぶわよ!!。」

 先に反応したのは令子だった。すぐに横島も、文殊を使えるようになって間もない頃、いそいで作ろ
うとして生成に失敗した時のことを思い出した。
 あの時は幸いにも場所が事務所だったので、人工幽霊のおかげでケガは負わずにすんだが、部屋の中
をメチャクチャにしてしまい、令子にこっぴどくおこられた。だがここには人工幽霊はいない。

 「捨てるって、どこに捨てりゃいいんですか。」

 思わず泣きが入る。令子は無言で横島の左手を蹴飛ばし、床に落ちた文殊は前方にいる悪霊の方に転
がっていった。

 「ボサッとしてないで床に伏せなさい!。」

 令子が横島の後頭部を掴み顔を床に叩きつけるようにして一緒に伏せた瞬間、閃光とともに文殊が破
裂し、霊気を帯びた突風が体の上を走り抜けた。
 しばらくして令子が顔を上げると部屋中に散乱していた家具の破片などは全て壁際まで吹き飛ばされ
ていた。
 幸い『爆』などの文字を入れる前だったので、圧縮されていた霊気が一気に噴出しただけだったよう
だが、霊体が剥き出しの悪霊や浮遊霊達には強烈な目潰しをくらったような効果があったようで、みな
顔を押さえながらフラフラと部屋の中をさまよっている。
 令子はすばやく立上ると足元の横島をみた。床に伏せた時の打ち所が悪かったのか気絶してしまった
ようでピクリとも動かない。
 チッと舌打ちすると令子は相手を睨みつけ、高らかに宣言した。

 「さっきから散々悪足掻きしてくれたけど、これが最後よ。この美神令子が極楽へ送ってあげる!」

 『オオオオオオ・・・!』

 令子の声に反応し、雄たけびをあげながら両手を突き出して接近してくる悪霊に対して、令子はネッ
クレスに付いている最後の精霊石をひきちぎり、相手に叩きつけた。
 閃光が剥き出しの霊体を焼き、相手がひるんだすきに令子は渾身の力で神通棍を振った。

 パァーーーーーン!!

 光の鞭と化した神通棍の先端は音速を超え、衝撃波を発生させながら標的を縦断する。

 『ギャーーーー!』

 断末魔(?)の悲鳴と共に相手は消滅した。

 辺りに怪しい気配がないことを確認すると、令子はホッと体の力を抜き、続いて床の上で伸びている
丁稚の頭をまるでサッカーボールかなにかのように蹴飛ばした。

 「イッテーッ、何すんですかいきなり!」

 「ほら、さっさと帰るわよ。私はこんな所に長居する気ないんだから。ぐずぐずしてると置いてく
  わよ。」

 横島の抗議を無視してそれだけ言い捨てると、彼女は横島に背を向けてさっさと部屋からでていった。

 美神を追いかけて部屋を出ると、タマモが一人で待っていた。

 「あれ、タマモ、他のみんなは?」

 『先にいっちゃったわよ。』

 「そっ、そう。それでおまえが待っててくれた訳か。ありがとな。」

 『礼を言う暇があったらいそいでよ。あたし、あんたとここで置いてきぼりなんてまっぴらなんだか
  ら。』

 「わかったよ。」

 横島はタマモと並んで歩き出した。

 「なあタマモ。」

 『なによ。』

 「おキヌちゃんたち、なにか怒ってるのかな。」

 『なんでそう思うの。』

 「いや、今まで仕事が終わったあと声もかけずにいっちゃうなんてことなかったから。」

 タマモの瞳が面白そうに輝きだす。

 『あんたなにも覚えてないの?。』

 「なにを?。」

 だんだん不安が募ってくる。タマモは逆に笑いを堪えるような顔をしている。

 『さっき文殊だしたときのこと。』

 不安は的中した。一瞬目の前が暗くなる。

 「俺、美神さんにシバカれててあのときのこと良く覚えてないんだけど、なにか変なこといったのか
  な?」

 タマモは足を止めると、とうとう笑い出した。

 『すごかったわよ。聞いてるこっちのほうが恥ずかしくなっちゃった。』

 ひとしきり笑った後、タマモは横島がトリップ中に口走ったことを忠実に再現した。どうやらアパー
トで考えていたことをそのまましゃべりまくったらしい。

 『いつまでも美神さんのお尻を追い掛け回しているだけかと思ったら、横島もなかなかやるじゃない
  、すこし見直したわよ。あーあ、康則君はやく大きくならないかな。そしたらあたしも・・・。』

 タマモが清楚な美貌に似合わぬきわどい発言をしていたが、横島は聞いていなかった。

 『タマモー、早くくるでござるー。ぐずぐずしてるとおいてかれるでござるよー。』

 玄関の方からシロの声がきこえてくる。タマモはそれに応えると玄関の方へ駆け出したが、すぐに立
止ると無邪気な顔で横島を振り返った。

 『そうそう、これはあんたには言うなって口止めされたんだけど、あの三人、事務所に帰ったら絶対
  相手の女のことを聞き出してやる、っていきまいてたから覚悟決めといたほうがいいわよ。』

 タマモに遅れて玄関を出ると、家の前に大型のランドクルーザーが停まっていた。除霊に参加する人
数が増えたのと、不景気のせいで以前なら断っていた山奥の除霊まで受けざるを得なくなったため、令
子がしぶしぶ購入した車だ。最初はダサイゴツイと文句をいっていた令子だったが、乗ってみると意外
に快適で、事務所のメンバーの評判も良かったので今ではすっかりお気にいりになっている。
 横島が指定席である助手席に乗り込むと、すでに後部座席には運転席側から、おキヌ、シロ、タマモ
の順に座っていた。三人ともよほど疲れたのかコクリコクリと船を漕いでいる。

 「あんたまで寝たら承知しないからね。私だって疲れてるんだから。」

 車を発進させながら膨れっ面で令子が言った。こういう時の表情は意外と子供っぽい。

 「判ってますよ。」

 横島もかなり疲れていたがそう答えた。

 「そういえば美神さん。」

 しばらく黙って窓を流れる景色をみていたが、ずっと気になっていたことがあり、令子に声をかけた。

 「あの悪霊、だいぶ美神さんを怨んでいたようですけど、なにか心当たりあります?」

 「単なる逆恨みよ。」

 令子は前を向いたまま事も無げにこたえた。

 「あいつが生前勤めていた芙蓉銀行は、南部グループのメインバンクだったのよ。」

 「南部グループって、ガルーダ達をつくっていた・・・」

 「そう。あの事件で南部グループそのものが潰れちゃって膨大な不良債権が残ったのよ。普通なら
  芙蓉銀行ほどの規模の銀行なら政府が税金つぎこんでなんとかするんだけど、今回は事件が事件
  だし銀行の上層部も心霊兵器の開発の件を知っていたふしがあるから、政府も救済には二の足を
  踏んだらしいわ。まああの事件の発端は私達の除霊作業だったわけだから、行員の中には銀行が
  潰れたのは私達のせいだって考えるバカがいても不思議はないわね。」

 「やっぱり。じゃあ、もしあの事件がなかったら、あいつも死ななくてすんだんすかね。」

 「まあね。でも代りに何処か見知らぬ国で、連中の作った心霊兵器によって大勢の人間が死ぬこと
  になったでしょうね。・・・あんたね、あいつの死に少しでも責任を感じているんだったらバカ
  もいいところよ。」

 「別にそういうわけじゃないんすけど・・・。」

 「私達は依頼どおり除霊を行っただけよ。なにもやましいことはないわ。」

 現場から持ち去った巨額の現金のことはどうなのか、と思ったが口にだすのはやめた。

 「あいつは頭取候補の一人に数えられたほどのエリートだったんだから、当然自分達の融資先が何
  をしていたか知っていたはずよ。それにね、職を失った行員の中にはもっと苦しい立場の人もい
  るはずよ。でも彼らがみんな自殺した訳じゃないわ。しょせんあいつが弱かったってだけのこと
  だわ。もっと酷い目にあってもちゃんと生きてる人間も沢山いるんだから。」

 私の隣にも一人ね、というセリフを令子は胸のうちでつぶやいた。

 「そんなもんですかね。」

 「そんなもんよ。」

 二人ともそれ以上言葉を交わすこともなく、横島は再び窓の外に広がる夜の闇に視線を戻した。


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