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不思議の国の横島

第10話  『横島疾走する!』


投稿者名:KAZ23
投稿日時:03/12/15

―― ダダダダダダダダダダダダダダダダダ ――

俺は今、何処を走っているのだろう?

「はぁ、はぁ………はぁ…」

自分の居る場所なんて全く分からない。
俺はいったい、何処をどう走って来んだっけ?

―― いや ――

そんなことは全然問題じゃあ無い。
もっと大事な、もっと切実な問題があるだろう?
今はただ、逃げ切る事だけ考えろっ!
捕まったら終わりだっ!
捕まったら、捕まったら……

「さあ、そんなに照れないで♪この僕と、めくるめく官能の世界へ〜♪」
「だぁがぁあしゃーーーぁっっ!!来んじゃねぇーーーーーーえぇっっっ!!!」

―― 終わりだっ!? ――

捕まったら俺は終わりだーーーーーーーーぁぁっ!!!
俺は走る。周りなど振り向きもせずに。

―― 危険!危険!危険!危険!危険!危険!危険!危険!危険! ――

脳内アラームはとっくにレッドゾーンを振り切っている。

「こっち来んなーーーっっ!!ゴーストスイーパーは悪魔の言いなりになんかなんねーーーっ!!」
「そんなに嫌わなくても大丈夫だって〜♪」

俺は逃げる。ただひたすらに。

―― 男は嫌だ男は嫌だ男は嫌だ男は嫌だ男は嫌だ男は嫌だ ――

「男は死んでも嫌じゃぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
「みんな最初はそう言うよ〜♪」

ぜってーぇ捕まるかぁぁっ!!

―― ダダダダダダダダダダダダダダダーーーーッ!! ――

史上最凶最悪の敵、モー(ピーッ)ーインキュバスから、俺は逃げる。決して立ち止まるわけには行かない。
魔界の果てまでだって逃げ切っちゃる!!
ちくしょー!ちくしょー!ちくしょぉーーーっ!!

「なんで俺がこんな目に遭うんじゃーーーーっ!!!?」

…………………………










横島が命を賭しての大脱走劇を展開している時……

「くっ!大丈夫かみんな?」

こちらは先ほどまで横島とインキュバスがいた唐巣神父の教会。
ようやく触手から解放された神父が、まずは全員の安否を確認しようと声をかける。
尚、悲惨な状態になっている教会を見てやや哀しい気持ちになっていたのは唐巣神父の心の中にだけそっとしまわれた。

「は、はい。僕はなんとか…」

少々ふらつきながらも、ピートは立ち上がって答える。バンパイアの回復力は人間よりも強いので、先ほどの『ミサイル』のダメージも随分と抜けてきているようである。

「わ、わたしも、な…なんとか…」
「いや〜ん…まだ変な感じ〜…」

アン、冥子もようやくインキュバスの術の効果が抜けてきたようだ。
こちらもやはり少々体が重そうではあるが、立ち上がって体勢を整える。
2人の顔は薄っすらと赤く染まっていて、漏れる吐息もまだ熱を帯びており、なんとも艶かしいものであった。
だが、この場にいる男性は唐巣とピートだけ。そういった事には疎い2人は、特にどうにもならないようである。
横島あたりが居たら…

『ち、違う!?お、俺はドキドキなんかしてないぞっ!?』

と壁に頭を打ち付けていただろうか?
ま、どうでも良い話だ。

「とにかく、横島君が心配だ。我々も後を追おう!」
「了解です、せんせいっ!」

教会を飛び出した横島を心配する唐巣達。
横島の後を追ったインキュバスの気配も既に感じられない。

「あ、でも…何処に行ったか分かりませんよ?」

アンの意見はもっともだ。
彼女はその疑問を口にしつつ、ゴリアテの格納部からイージススーツ「ダビデ号」を取り出して身に着けていく。
先ほどはこの準備をする前に不意打ちを喰らってしまった為、アンは学校の制服姿だった。彼女の正式な除霊スタイルはこちら、ダビデ号を身にまとった姿である。

「あ〜の〜…クビラなら分かるかも〜〜」
「あ、そうだな。頼まれてくれるかい冥子くん。」

この場ではただ1人式神の能力を知る唐巣が、冥子の言いたい事を理解した。

「クビラ〜お願〜い。」

―― ヂュッ ――

冥子の影からネズミの式神、クビラが飛び出して来る。クビラはそのまま冥子の頭の上にちょこんと乗っかった。

「ん〜〜〜〜」

冥子は両目を閉じると、彼女なりに真面目な表情で意識を集中する。

「彼女…何をしてるんですか?」

式神の能力を知らないピートが、冥子の方をちらちらと観察しながら唐巣に尋ねた。

「うん。彼女は……六道家の女子にはね、代々12匹の式神を操る能力があるんだ。式神っていうのはまあ、平たく言えば人間が使役する鬼だね。」
「鬼……ですか?でも、見た目は動物みたいですけど?」

ピートはまだ、日本の霊能力者の形態には疎い。陰陽師や、式神というものを詳しくは知らないのだった。

「ま、人造の鬼さ。鬼って呼び方も昔からそう呼んでいるだけだしね。魔法兵鬼や人造魔生物の一種だと思ってくれればそれで良いよ。それで、あれはクビラと言ってね、霊視能力を持った式神なんだ。横島君とインキュバスの残留霊気を辿っているんだろう。人間の感覚では捕らえられないほどの微弱な痕を視ているのさ。」
「わかったわ〜…ずーっとあっちの方の森の中よ〜〜〜…まだ追いかけっこしてる〜〜〜」

唐巣がピートに説明している間に、冥子は横島たちの気配を視て、その姿を発見する。
木々の間を器用にすり抜けて走る横島と、ふわふわと宙を舞いながら追いかけるインキュバスの姿が目に浮かんできた。

「くそっ!もうそんなに遠くまで行ってしまったのか?!ぐずぐずしてられない。急ごう!」
「はいっ!」

唐巣の意見に、全員が頷く。

「ゴリアテ、スカイパーツ『ネシェル』射出!」
「殺ーす!」

―― パシュッ ――

アンの指示により、ゴリアテの背中のコンテナから機械部品が排出された。
それは細長い楕円形のパーツで、ロケットのように火花を出しながら、アンに向けて飛んでいく。

―― ジャキーンッ ――

アンのほうもタイミングを計りジャンプ。
飛んできたパーツは、アンの背中、ダビデ号のバックパックと空中でドッキングした。

―― ガチャ、ガチャン、シャキーン ――

ドッキング完了すると、パーツは軽快な音を立てながらその形状を変えていく。真ん中で2つに分割され、ガチャコンガチャコンと少々変形したそれは、2基のロケット型バーニアとなった。

「シンダラ〜〜〜」

―― バサバサッ ――

一方、冥子の影からは鳥の式神、シンダラが出てくる。

「よいしょっと。お願いね、シンダラ〜〜」

冥子は横座りでシンダラの背中に乗った。そのままシンダラの頭を軽く一撫でする。

「よしっ!じゃあ早速追いましょう!先生は僕に捕まってください!」
「ああ……」

それを見て、ピートが唐巣に声を掛けた。
唐巣はピートの背中におぶさる。

「………………」
「……?」

が、唐巣の表情がいまいち冴えない。ピートはそれをいぶかしみ、唐巣に尋ねた。

「どうしたんですか、先生?何か心配事でも?」

唐巣は超一流のGSである。その唐巣がこんな表情を見せるとは……
自分達では分からない引っ掛かりを、何処かに覚えたのだろうか?
ピートはそう考えて緊張する。唾を飲み込みながらも、唐巣にそれを聞いてみた。
ピートの問いを受けて、重い表情の唐巣はゆっくりと口を開く。

「………………なんだか、今回の私って役立たず?」
「え?………」

―― る〜るる〜 ――

自分の背中の上で、どこかイジケ虫になっている風な師匠に、弟子のピートが掛けられる言葉は何も無かった。

…………………………










さて、横島とインキュバスの追いかけっこに戻る。

「ほーら、追いついちゃうぞ〜♪」
「ぐんなーーーっ!!ぐんなーーーっっ!!?」

相変わらす、逃げる横島と追うインキュバスの構図は変わらないが、だんだんと横島の方に余裕が無くなって来ていた。

「はぁ、はぁ、はぁ………くっ、つっ、はぁ、はぁ…」

走る横島の息はかなり荒い。
その体力はかなり限界に近づいて来ている。

「ぐおー!?いかんっ!このままでは追いつかれるっ?!」

何とかっ!何とかせんとーーーっ!!
い、いや、焦るな。こういうときは焦ったら負けだ!
落ち着け、落ち着くんだ俺!
確かにコイツは強いが、決して勝てん相手じゃ無い。
そうさ、もう一度冷静に考えよう。冷静になって対処すれば……

「ん〜〜〜チュッ☆ア〜イラ〜ヴユ〜♪」
「冷静になんて、なれるかあーーーーーーぁぁぁっっ!!!?」

怖えーよ!?
本気でヤバイーーーッ!!
逃げるっ!逃げるしかねーーーっ!!

「あ゛っ!!?」

俺は愕然とする。
森の中を疾走する俺の目の前に現れたのは、ポッカリと口を開けた断崖絶壁!

「なにーーーーーーっ?!!」
「あ〜ん、やっと追・い・つ・い・たっ♪」

くそっ近づくなっ?!こいつ!?来るな、来るなっ!!

「来んなーーーっ!!それ以上来たら、しっ、しつ、死んでやるっ?!死んでやるぞぉぉぉっ!!?本気だぞっ!?俺はほほ本気だぞぉぉっ?!!」

本当は自殺は駄目だ!
俺はそんな死に方は絶対しないと決めている。
でも駄目だ!
コイツに捕まるくらいなら死ぬ!
前言撤回じゃ!
俺は今すぐ死ぬぞぉっ!!

「や〜ん♪そんなに嫌わなくてもいいのに〜?僕ショック〜…こんなに好きなのに〜♪」
「馬鹿者ぉーーーっ!!?俺は男に好かれて喜ぶ趣味はねーーーっ?!!」

好かれるなら女!
絶対女!!
更に言えばナイスバディでフェロモンムンムンで、優しくて気立てが良くて、勿論美人で、それも街を歩けば誰もが振り返る美人で、清楚な中にもちょっとエッチな部分も併せ持っている女!!!
とにかく女だろっ!?
男は駄目だろうっ?!!
男に好かれたってっ!男に好かれたって!!
男はぜってぇー駄目じゃぁっ!
だからっ!!
男に好かれたって!男に好かれ…

「あっ!」

と、そこで突然、俺にある考えが浮かんできた。
そうだよ。今問題は、俺がこいつに好かれてるって事だろ?!じゃあ、じゃあこうすれば!!
それは天啓にも似たひらめき。大逆転の発想。
もしかしてコレなら……

「文珠ーーーっ!!」

俺はその考えを実行に移すため、大急ぎで文殊を作る。
右手の手の平に意識を集中させると、結晶化した霊力が丸い珠になった。最後に俺が強く意識した言葉が感じになってそのなかに浮かび上がる。
そうやって完成した文珠を、そのまま自分の胸に当てた。

―― パアッ ――

「なに、この光?」

文珠は強烈な光を発し、凝縮した霊力を一気に放出する。

「なに?何をしたの貴方……ん?」
「ど、どうだ?これで上手くすれば……」

文殊は光とともに掻き消え、その後一瞬の間が開く。
対峙したままお互いの様子を探る俺とインキュバス……
俺は自分の考えどおりに事が運ぶ事を祈りつつ、緊張でカラカラの喉を鳴らした。

「なんだろう?なんだか貴方………」
「………………ゴクッ」

頼む!頼むっ!お願いしますーーーっ!!

「すっげえムカつくっ!?」
「おっしゃっ!!」

やった!?成功だっ!
俺が文珠に込めた文字は…

―― 嫌 ――

の一字である。それを自分に使ったのだ。
俺の想定したとおり、インキュバスは俺に対して嫌悪感を持ち始めている。

「くっそ!?なんかすっげームカつくっ?!!殺す!ブッ殺すっ!!」

―― バサーッ ――

「うおっと?!」

先ほどまでとは一転、インキュバスは俺に攻撃を仕掛けてきた。黒い蝙蝠のような羽が高速で伸び、俺の首を狙ってくる。

「ちっ!かわしてんじゃねーよっ!さっさとくたばりなっ!!」

―― シャキン、ジャキン ――

口調も、なんだかガラが悪くなってるな?
インキュバスは物凄い怒りの表情を浮かべて、俺に対して連続攻撃を仕掛けてきた。
四方八方から襲い掛かる羽を、俺は1つづつ正確にかわしていく。

「だーーーっ!!ムカつくわねっ?!さっさと死んでおしまいっ!!」
「やかましいっ!」

―― ドゲシッ! ――

「ぎゃうっ!?」

俺は10数回目のインキュバスの攻撃をかわすと、同時に懐に飛び込んで蹴り倒してやった。ヤーさんが使うような喧嘩キックで。

「な?なに?僕の動きについて来れるの?……はは、ま、まぐれだよね?」

―― ドゲシッ! ――

「ぐえっ?!」

ベラベラ喋っているので、とりあえずもう1発蹴っ飛ばしてやる。
インキュバスは真後ろに吹っ飛んで背中を木に打ちつけて崩れ落ちた。

「ば…馬鹿な?なんだ、この力…動きは……?お、お前本当に人間か?」

驚愕して、震える声で恐る恐る聞いてくるインキュバス。
ふんっ!

「モー(ピーッ)ーじゃねえお前なんざ全然怖くねぇっ!!よくもよくもよくもよくも……」
「ひっ!?なに?これって恐怖?…そんな、この僕が……ああ?!でもなにっ?!すっげえムカついて…」

ムカついてるのは俺のほうだっ!!
わかるか?!
俺のこのムカつき具合の程っ?!!

「ほんっと……」
「逃げたいのに?!こいつ殺したい?!無理っ!?勝てないっ!!でも逃げたく無いっ?!逃げ……られないの?な、なんで………い、いや…いやいやいや…」

ああ、本当によくも…

「よおぉくも追い掛け回してくれたなぁ、このクソ野郎ーーーーーぉぉっ!!!!」
「いやーーーーーーーーーーーーーーーぁぁっっっ!!!?」

―― ドゴンバゴンドガドガドゲシ!! ――

「うぎゃ!ぼげぇ?!や、やめ…げぇっ!ぐあっ!あべしっ!!」

―― バガバガバゴドゴンドガンドガドガゲシゲシゲシドゲシ!!! ――

「べげっ?ひぎゃっ!!ぺぎょっ?!か、顔はやめ…ぇげぇええっ!!?ぐほっ!!ひでぶっっ!!!」

おれは殴って、すかさず蹴る。とにかく殴る、蹴る。殴る、蹴る。
俺の感じた恐怖の何分の1かでもこいつに感じさせてやる!
俺は両手に霊力を集中させ、再び文珠を生成した。

『滅』『殺』

「その恐怖を持ってぇぇぇぇっ……逝ねやぁごるあぁっっ!!!!」
「いやーーーーーーぁぁぁぁっっ!!!!」

インキュバスの懐、正面に飛び込み、双掌打を打つように両手を突き出す。

―― ドッゴーーーーーーーーンッッ!!! ――

俺はその、普段なら絶対に使わない物騒な文珠をインキュバス目掛けて思いっきりブチ当てた!!
断末魔の悲鳴を残し、インキュバスは跡形も無く消え去る。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………思い知ったか、こんちくしょー…」

そこでようやく、俺は激昂した気持ちを落ち着かせた。
意識して大きく深呼吸。それを何度か繰り返し、ようやく心音が正常値まで落ちてきた事を確認する。

「あ、危なかった……」

もしもアイツに捕まっていたら………
そう考えると体の芯から振るえがくる。あんな奴はこの世に存在しちゃいかんよ。

「おおーーーいっ!横島君無事かーっ!?」
「よーこーしーまーさーーーんっ!」

と、そのタイミングで俺の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。

「あ、みんな……」

神父、冥子ちゃん、ピート、ヘルシングさん……そうか、みんな追いかけてきたのか。
良かった。どうやらみんなの方には特に問題は無かったみたいだな。

「俺は大丈夫です〜!インキュバスも何とか倒しました〜っ!」

俺はやや遠くにいるみんなに向かって叫び返した。
しかし、あれだな?
結局のところ、俺1人で倒しちまったじゃんか?
最後はちょっと反則業っぽいけど。
いかんなぁ……
後々の事を考えていけば、あまり目立つような事はしたくなかったんだがな?
今回のは、流石に運が良かっただけじゃ済まんだろうなぁ……

「本当かい?凄いじゃないか横島く……ん?」
「横島さ〜ん無事ぃ〜〜……い?」

俺がインキュバスを倒したと聞いて、神父が感嘆の声を上げる。
と同時に、駆け寄ってきた皆の動きが止まった。

「あれ?……なんだか…」
「あら?……ちょっと…」

ん?
なんだろう?
俺は何か、重大な事を忘れていたんじゃなかろうか?

「ガッペ、ムカつくーーーーっ!!?バンパイア〜しょーりゅーーけーーーんっ!!!」
「ほんとぉーーーにムカつくーーーーっっ!!!死ねっ!このこのっ!!」

―― ドゴッ!バゴッ!ゲシゲシゲシゲシ! ――  

「ぐへっ?!そ、そやったーーーっ!!俺は今…」

俺には今「嫌」の文珠の効力が働いていて……

「目障りなのよあんた〜〜〜〜〜っ!!あ〜〜〜なんだか顔見てるだけで不愉快だわ〜〜〜〜っ!!」
「本当に、これ程の嫌悪感はどれくらいぶりだろう?ははは…若いときの事を思い出すな。主よ、我に目の前の敵を打ち滅ぼす力を……」

あ、でかいの来ますか?

「式神たち〜〜〜〜やっておしまい〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」
「殺害の王子よキリストに道を譲れっ!!主が汝を追放するっっ!!!」

―― ドゴーン!ドッガーーン!!ドガガガーーーーンッ!!! ――

「やっぱりこうなるんかーーーーーーっっ!!!」

…………………………










「それじゃ〜、令子ちゃんもウチ(六道女学院)に来るのね〜?」
「ええ、この娘は今年で2年生ですので…」

六道家の応接室で、六道理事長と美神母娘が会話を交わしていた。

「冥子さんは令子の1つ上ですから、今は3年生ですか?」
「そうよ〜…でもね〜あの娘ったら修行嫌いで〜〜〜……本当に困った娘なのよ〜〜」

理事長は大きくため息を吐く。

「その点、美知恵ちゃんが羨ましいわ〜〜〜令子ちゃんってとっても優秀そうね〜〜」
「いえ、この娘もまだまだ力の使い方が分かってなくて…」

母達の会話に、令子はむず痒い思いを覚える。
こういう会話はせめて本人が居ない所でやれ。そう思っていた。

「令子ちゃんは〜〜GS試験は受けるの〜〜?」
「え?ああ、はい。本当は来年、受けさせる予定だったんですけど…こんな事情で私が日本に呼ばれましたからね。良い機会だったので……1年早いですけど、まあ受けさせてみます。」

美知恵の口調からは、娘の実力をまだまだと言いつつも、それでもGS試験程度なら合格できるだろうと言った思いが感じ取れる。
娘の事を、美神の血の事を信用しての台詞だろうか。

「あら〜?それじゃあうちの娘のライバルね〜♪」
「ああ、冥子さんも今年受験ですか?それは、大変なライバルですね…」
「いえいえ〜うちのほうこそ〜〜」

ほほほ、ってな笑い声を上げつつにこやかに会話する母達に…

―― 当事者そっちのけで勝手にライバルにしないでよ ――

心の中でそんな突込みを入れる令子。
ここに来て何度目だろうか?
来るんじゃなかったと、心底後悔していた。

「それで〜〜〜美知恵ちゃんはオカルトGメンの日本支部に来たのよね〜〜?」
「ええ……なんでも、西条クンの手に余る相手らしいので……」
「ああ〜〜〜例の怪盗ね〜〜〜〜」

母親達の会話はまだ長引きそうだった。
令子はまた、何度か目のため息を吐く。

…………………………










―― ボカッ、ドガッ、ドガン ――

「思い知ったか…はぁ、はぁ………あ、あれ?私はいったい?」
「こいつめ!こいつめ!…………ん?あれ?ぼ、僕は何を………?」

唐巣は踏みつけていた足を下ろし、ピートは握り締めた手を止めて……

「死ね!死ね!死ね!死ね!死………はっ!?わ、私今まで……?」
「サンチラ電撃〜〜!アンチラやっちゃえ〜〜!それからえ〜〜と、え〜〜と………………え〜と私…何をしていたんだったかしら〜〜〜?」

アンは手にしたジェットスピアを振りかぶった所で、そして冥子は式神達に指示を出そうとした時に………
全員から同時に文珠の効果が消えた。

「みんな……」
「あ、先生……僕はいったい…」
「私、今、何をしてたんでしょう?」
「え〜〜と〜〜?」

だが、現状がつかめていない。
全員が全員、たった今、自分がしていた事を思い出せないでいた。
顔を突き合わせ、暫し首を傾げて思い出そうとする。

「………あれ?これなんでしょう?」
「ん?どうかしたかい、アン?」

ふと、アンが足元に視線を向けた。
それにつられ、残りのメンバーも足元に顔を向ける。
そこには、何か得体の知れない物体が転がっていた。

「これ、なんでしょうね?」
「な、なんだか人間みたいに見えるのは気のせいでしょうか?」

アンの問いに、ピートが難しい顔をして答える。

「ツンツン……」
「ま、まさか?!」

どこかから拾ってきた木の枝で突っついてみる冥子と、何かに気付いた様子の唐巣。

「も、もしかしてコレ……横島君じゃないのかい?」

―― へ? ――

唐巣の言葉に、全員が間抜けな声を漏らした。
一度それぞれの顔を見て、ツバを飲み込んでもう一度足元にゆっくりと目をやる。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

そこに転がる物体は、一見ボロ屑にしか見えなかった。
じーっと眺めていても、ソレはまったく微動だにしない。
だが、どうやら人の形をしているようにも見える。

「…………え、えーと?」

しかも、昔はGジャンだったらしいボロと、昔はGパンらしいボロを身にまとっているようだ。
体つきもなんとか成人男性に、ギリギリ確認できる。
って事はつまりソレは………

「よよよ、横島君っ!!?」
「し、しっかりーーーーーっっ?!!」
「せせせ、せんせいっ!大変です!息をしてませんっ?!!」
「わ〜〜〜んっ!!横島さんしっかり〜〜〜ぃっっ!!!」

横島だった。

「な、なんて酷い怪我だ!?」
「先生っ!コレはやはりインキュバスに……?」

横島の状態を確認し、唐巣は言う。

「ああ、恐らくこの怪我はインキュバスにやられたのだろう。」

ピートの質問に答える表情は沈痛なもので、横島の身を心から心配している事が伺える。

「大変ですせんせいっ!心臓が止まっていますっ?!!」

アンが横島の胸に耳を当ててから、ハッと起き上がって報告した。

「な、なにっ!?いかん、直ぐに手当てだっ!冥子クン、頼むっ!!」
「は、はい〜っ!ショウトラ〜ッ!!」

全員、横島を助けるのに必死で、横島の怪我の原因を深く考える者はいない。
横島の怪我はインキュバスの所為だ、という認識ですんなり落ち着いたようだ。
もう少し考えたら、何かがおかしい事に気が付いたかもしれないが……・
まあ原因はともかく、横島はかなり危険な状態だった。

…………………………










そこは草原だった。
澄み切った青い空、遠くに見える山の影。
そして何処までも何処までも続く、何の変哲も無い草原。
だがその景色の素晴らしさが、何処か浮世離れしていると感じられる広大な草原だった。
本来、人の気配など感じられなさそうなその場所に、今は2人の人物の存在が感じられる。
2人は広大な草原で追いかけっこをしていた。
いや…追いかけっこと言っても、追いかけるほうが本気で捕まえようとしているのではなく、それはまるで戯れといった風情である。
そして2人とは………



「お〜〜〜い、待てよ〜……」
「ハハハ!こっちだ小僧〜〜〜♪」



横島とアシュタロスだった。
キラキラとした瞳でチラチラと後ろを振り向き、まるで2人の距離を測るように駆けていくアシュタロス。
同じく星を散りばめた瞳と、さわやかな笑みを浮かべた口元が酷く印象的な追いかける横島。
この場所には、2人しかいないようである。
それは、まるで時が酷くゆっくりになったような錯覚を覚える追いかけっこだった。



「ほ〜ら!捕まえちゃうぞ〜♪」
「ハハハハ!捕まえて見ろ〜♪」



とても穏やかな追いかけっこだった。

…………………………










「…………ハッ!?し、死んだかと思った!?」
「いえ、死んでました……」

あ、危なかった!?
なんだかアシュタロスにあったような気がする……
んっ?!

「くあぁ…眩しぃ…………ってアレ?そういえば俺、何で死に掛けてたんだっけ?」

目を開けた俺に降り注ぐ突然のまぶしい光。
実際には周囲がそれほど明るい訳でもない。単純に俺の目が明るさに慣れていなかっただけだ。
だんだんと周囲の明るさに慣れてくると、ぼんやりとした人の輪郭が浮かんでくる。
それに合わせて、もやの掛かったような思考も急速にまとまって来た。

「あ…冥子ちゃん………と神父、ピートに、ヘルシングさん?」

―― ? ――

俺はみんなを見上げているようだ。横になっている。
だが、地面に横になっているにしては頭の後ろが凄く柔らかい。

「あ、冥子ちゃん……」
「はい〜?」

冥子ちゃんの顔だけ近くに見える。冥子ちゃんは上からジーっと俺のことを覗き込んでいた。
どうやら今の俺は、冥子ちゃんの膝の上にいわゆる膝枕状態で寝転がっているようである。

―― ペロペロ ――

「なんだ?………あれ、ショウトラか?」

ほっぺたにくすぐったさを感じた俺はそちらに視線をうつしてみた。そこにいたのは犬の式神ショウトラ。そのショウトラが俺のほっぺたをペロペロと舐めている。ショウトラのペロペロは癒しの力、ヒーリングの力だ。
という事は、俺は今ショウトラにヒーリングして貰っているのか?

「横島さん〜〜〜…大丈夫〜〜〜?」
「あ、ああ……大丈夫。それより、俺どうなったんだっけ?」

さっきまでの事が直ぐに出てこない。どうやら、軽い記憶喪失状態のようだ。

「ああ、ビックリしたよ横島君。君が酷い怪我で倒れていたからね。」
「え?酷い怪我?」

俺の疑問に神父が答えてくれる。なんだ?なにか引っかかるな?

「インキュバスは倒したようだが……無茶はいけない。自分が死んでしまっては何にもならないよ?」

インキュバス………

「もう少し手当てが遅ければ、命も危なかったかもしれない。」

そうだ、俺…あのモー(ピーッ)ーインキュバスから逃げ回って逃げ回って……

「とはいえ、あれだけの大物を1人で倒してしまうなんて、凄い実力じゃないか!さすが、六道さんが推すだけのことはある!」
「本当ですよ横島さん。すごいです!」

―― あっ!? ――

「……思い出した。」

そこで、俺は完全に事態を把握した。

「え?どうかしたかい横島君?」
「あ………いや……なんでもない…………です…」

俺はインキュバスを倒した後で、追いついてきた皆にボコボコにされて気を失ったんだった。

「で〜も〜〜〜心配したんですよ〜〜〜?」

上から俺の顔を覗き込んで、冥子ちゃんがほっとした表情を見せる。
なんだ?もしかして、みんなには「あの時」の記憶が無いのか?

「しかし、恐ろしい相手だったようですね?横島さんの具合を見ただけで分かりましたよ。凄まじい死闘だったってことは…」

いや、インキュバスとの戦いでは無傷だったんだけどね…

「ショウトラの事も褒めてあげて〜〜〜一生懸命ヒーリングしてくれたのよ〜〜〜」
「あ…ああ、有難うな〜ショウトラ〜…」
「へっへっへっへっ」

お前に噛まれた傷も直してくれたんだな〜…偉いぞショウトラ〜。

「どうだい、立てるかい横島君?」
「え、ああ………しょっと。ん………はい。なんとか大丈夫です。」

俺は地面に手をつき、自力で立ち上がる。少々足元がふらつかんでもないが、なんとか大丈夫だ。
あー酷い目に遭った。
冥子ちゃんも神父も手加減無しだったもんな。

―― ま ――

でもいいや。
さっきの人生最大の危機に比べたらモウマンタイ。
全然いつもの事さ。
ほんと…哀しいくらいにいつもの事だよな……

「じゃあ、帰ります?」
「あ、ああ。本当に大丈夫なのかい横島君?………凄い回復力だね…」

―― ポン ――

「冥子ちゃんも有難うな。」

俺はヒーリングしてくれた冥子ちゃんにお礼を言う。ヒーリングはショウトラの能力だが、それを使う為の霊力は冥子ちゃんのモノなのだ。
まだ地面に座ったまんまの冥子ちゃんの頭に手を乗せて、俺は軽く撫でる。

「えへへ…」

冥子ちゃんは少し嬉しそうだ。
日も傾き、もう夕方と言っていい時間帯だろうか?
そんな中、俺達はそろって帰路につく。
5つの影が俺達の後ろに長く長く伸びていた。


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