椎名作品二次創作小説投稿広場


不思議の国の横島

第9話  『それは最悪の敵!横島最大の危機!』


投稿者名:KAZ23
投稿日時:03/12/10

人間は魔族に比べて圧倒的に脆弱である。
まあ、一口に魔族と言っても色々いるし、人間にだって例外的な存在ってのもいたりはする訳だが…
ほとんどの人間は、間違いなく魔族よりも脆弱だ。
だからGSが悪魔と戦うときは、基本的に自分よりも強い奴を相手にしなければいけない。
だからこそ人は考える事でその弱い部分を補う。
相手の弱点を探し、自分の切り札を隠し、一瞬の攻防に全力を出し、欺き、ありとあらゆる方法で戦うのだ。
そんな人間の用いる手段の数々の中で、最も簡単で効率的なものが多人数で戦うという手段である。
人間は確かに脆弱だが、それはあくまで単体で比較したときの話。

―― 数は人間の最大の武器である ――

とは、高名な生物学者の言葉だ。
脆弱であればこそ人間は仲間と共に戦い、一人では勝てない敵に立ち向かう。
それはGS世界でもごく基本的なことであり、敵が強大であればあるほど、多くの仲間と共に共同作戦をとるのだ。
互いの長所を併せあい、互いの短所を補いあい、1足す1が10にも…もしくはそれ上にもなる。
だから、GSにとって仲間はとても重要な存在だ。

…………………………










俺は、六道家の紹介で唐巣神父の教会を訪れた。

「じゃあ、早速だが詳しい話をしようか。」
「あ、はい。」

神父に促され、俺たちはそろって教会の中に入る。
この教会……住所は俺が知っている所と違うけど、教会の作り自体は向こうの物とまったく同じみたいだな………
俺は教会のあちこちを眺めながらそんな事を考える。

「あ、私お茶入れてきますね。」
「ああ、ありがとうアン君。」

途中で思い出したようにヘルシングさんがそう言って、一人奥のほうへ消えていった。

「じゃあ、適当に座ってくれるかな?」
「うい。」

教会には、礼拝客の座る長椅子がズラリと並ぶ。
俺たちは神父に促され、思い思いの場所に腰掛けた。そこでヘルシングさんが戻ってくる。
彼女が持ってきてくれたお茶を啜りつつ、打ち合わせが始まった。

「じゃあ、まずはこの写真を見て欲しい。」
「これ……」

唐巣神父が懐から一枚の写真を取り出す。そこには凄ぇキザったらしい面した魔族が写っていた。
アシュタロスとメゾピアノを足して割ったような、一目で俺の敵と判断できる面である。
俺のやる気が1.15倍(当社比)くらい上がった!

「これがインキュバスだ。」
「へ〜さすが淫魔。いかにも女ったらしって面っすね……」

その女ったらし(仮)が、右斜め45度の角度でカメラ目線を披露している。左手の人差し指を立てて、チッチッチッてなポーズを決めてる、バリバリのプロマイド写真だった。
それが又、なんともムカつく。

「しかし…よくこんな写真が手に入ったっすね?魔族の写真なんて普通は手に入らんでしょう?」
「いや、それがだね…」

なんだか、自分取りにも見える構図なんだけど?
唐巣神父は懐からハンカチを取り出すと、なんとも言えない表情で汗を拭く。そして乾いた声で説明を続けた。

「実はこの写真はインキュバス本人から貰った物なんだよ…」
「へ?それってどういう事っすか?」
「あ〜…横島君は、そもそもインキュバスについてどの程度知っているかね?」

と、唐巣神父は不意に話題を変え、そう問いて来る。
俺は、話があってからちょっと調べてみた事を思い出してみた。

「インキュバス…一応は魔族のカテゴリーに分類されてるが、本来は妖精である。夢魔(ナイトメア)の1種で女性タイプのサキュバスとは対の存在。女の夢に現れては快楽に誘い、その身体をむさぼり子を孕ませる事を糧とする……」

ちくしょう!ちくしょう!どちくしょおーーーぉっっ!!

「なんて羨ましい奴めっ!?俺も、俺も…」
「よ、横島君?」

ハッ!?

「い、いや…何でもないっす。」

いかんいかん……ちと取り乱してしまったな。

「それでもって、非常に狡猾で高い魔力を有する厄介な存在である………ってところですかね?」
「うん。まあ、そんな所だね。」

俺の答えはだいたいあっていたようである。唐巣神父は頷いてそう言った。

「しかし許せん……」

くそっ!女の敵めっ!!
俺の中の正義の心が、奴を倒せと叫んでいる!
おねーちゃんたちを守りぬけと、神の声が聞こえてくるぞぉっ!!
おねーちゃんたちは俺のモンじゃーーーぁっ!!!

「ところがね、今回相手にするサキュバスはちょっと変り種でね……」
「はぁはぁ………はい?変り種っすか?」
「ああ、その何て言うか……」

神父の表情が、更に乾いたものになっていく。反対にその顔には思いっきり冷や汗が溢れ出して来ていた。それをふき取る神父の手の動きもあわせて早まる。

「何すか?歯切れ悪いで…」

―― !? ――

なんだ?!
と、そこで異変が起こった。
その事に最初に気づいたのは俺と神父。
同時に椅子から立ち上がり、周囲の気配を探る。

「先生、いったい……あっ!!?」
「どうかしたんで…えっ!?」

一泊おいて、残りのメンバーも同じモノを感たようだ。唐巣神父と俺に習い、立ち上がって気を張り巡らせる。

「………?」

いや、冥子ちゃんだけは良く分かっていないみたいだけど……
俺たちが感じたもの、それは魔力だ。それも魔族特有の気配。更に言えばとても大きく強い気配である。

―― ブゥンッ ――

「は〜い神父♪今日は僕のほうから来てやったよ〜ん♪」
「!?」

全員がそちらを振り向く。
歪められた空間から、先ほど写真で見た魔族が現れた。

「インキュバス!?」
「や〜んっ!凄い魔力〜〜〜!?」
「なっ!?この教会の結界をモノともしないなんて!?」

ただそこに出現しただけで、場の空気が一変する。

―― こいつ強い! ――

俺が目の前のインキュバスから受けた第一印象はこうだ。
流石に噂だけの事は有るぞ…
俺たちは、こいつの相手をするのか?

「こりゃあ、危険な相手に当たっちまったな……」

出来る事なら戦いたくない相手だ。
俺は1つ呟いて、慎重に相手の出方を観察(さぐ)る。

「ふふ〜ん♪そっちのは助っ人かい神父?」

―― ビシッ! ――

「なかなかキュートな子達じゃないか♪だがね!僕には勝てないよ?」

―― ビシッ! ――

「この史上最高のインキュバスであるこの僕にはねっ!」

―― ババーン! ――

「……なぜ、いちいちポーズつけて話す?」
「こいつがインキュバス……ですか?」
「………………馬鹿?」

写真と変わらないポーズをつけて、そして変わらない流し目でインキュバスが喋った。
俺たちは全員、呆れた表情になる。
こいつが強いってのはさっきからビンビンに感じているが、俺たちはそれ以上のインパクトを受け取った。
ぶっちゃけて言おう。

―― こいつ馬鹿だ ――

俺が目の前のインキュバスから受けた第二印象である。

「ふふ〜ん。僕の格好良さに嫉妬しているね?まあ、インキュバス一の美男子ともっぱらの噂のこの僕。嫉妬の視線は慣れっこサ♪」
「馬鹿でナルシスト……さいてーね…」
「え〜〜〜へんたいさん〜?」

なんてこったい…

「こりゃあ、危険な相手に当たっちまったな……」

出来るなら戦いたくない相手だ……
俺は1つ呟いて、眉間を押さる。
なまじ強くもありそうなのが最悪だ。こういう奴の相手をするのは非常に疲れる。
過去の経験から、俺はそう判断した。
多分、間違ってない……
見ると、他のメンバー達も対応に困ったような顔を見せてる。どうやら俺と大差無い事を考えているようだ。

「インキュバス!今日こそ魔界に送り返してやるぞ!」

そんな中、一足早く行動を起こしたのが唐巣神父である。
俺たちズッコケているのを尻目に、神父は聖書を開くと、朗々と真言を唱えだす。

「聖なる父、全能なる父、永遠の神よ!!ひとり子を与え、悩める…」
「おっと、そいつはストップだ。」

―― パチン! ――

「なっ?!」

―― シュルルル ――

だが、それは途中で阻まれてしまった。
インキュバスが指を鳴らすと、無数の触手が教会の床板を破り、神父目掛けて飛び出して来る。
触手たちは神父の身体に絡みつき、同時に口も塞いでしまった。真言は途中で立ち消えてしまい、途中まで集められた霊波は発動を待たずに霧散する。
そして神父は、そのまま床に引き倒された。

「ん〜ん〜んん〜〜〜!!」
「せんせいっ!?この、こいつっ!!」
「ゴリアテ来てっ!!」

触手でグルグル巻きになった唐巣神父に激昂し、ピートはインキュバスに襲い掛かかる。

―― ドゴーンッ! ――

「吸血鬼は皆殺しだーっ!!!」
「げ!?あれってゴリアテ…」

と、ほぼ同時に……俺にとっては嫌な思い出しかない物体が壁をブチ破って登場!
ヘルシング嬢の曽祖父、ヴァン=ヘルシング教授製作、対吸血鬼用最強マシン、イージス・スーツ「ゴリアテ号」だ。
しかも……

「なんだあれ?」

ゴリアテ号は殆ど戦車みたいなメカだが、それでも一応イージススーツなので人が「着る」ものである。まあ、着るってよりは乗るって言った方がしっくり来るけど。
でも、今ゴリアテ号を動かしているのは人間ではなかった。ユラユラと揺らめく姿は幽霊…しかもこの顔は……

「初代ヘルシング教授?!」
「あら?貴方、ひいおじいちゃんの事知ってるんですか?あれは、ひいおじいちゃんの吸血鬼を倒すっていう執念がメカに染み付いて出来た残留思念なんです。」

と、俺の驚きの声が聞こえたのか、ヘルシング嬢が説明してくれた。
いや、実は説明されなくてもあっちの世界の俺はその事を知っている。
この悪霊に、自分でも気が付かないうちに取り付かれていたヘルシングさんの所為で………俺は酷い目に遭ったからな。
あの時の美神さんのお仕置きは、普段の2.5倍くらい凄かった。
本当に命の危機だったぞ………
と、いや!今は思い出に浸っている場合では無い。

「ちょっと前までは私……この悪霊に取り付かれてたんですけどね。今ではこうしてゴリアテに憑依させて、除霊を手伝って貰っているんです。」
「で、でもなんか『吸血鬼殺す』とか言ってるけど?」
「あ、大丈夫です。もう何が吸血鬼かなんて分かってないですから。敵は皆、全殺しです♪」

良いのかっ!?大丈夫なのかソレ!?
ニッコリと微笑むヘルシングさんはとても眩しかった。

「ダンピールフラッシュ!」
「殺すーーーっ!!」

ピートとゴリアテが同時に襲い掛かる。

「ひょいっと♪」

だが、インキュバスはあっさりとそれをかわした。

―― こりゃあ… ――

駄目だな。
ピートとゴリアテじゃあ相手にならん。
一瞬の攻防でそれが判断できるほど、インキュバスの動きは完全にピートとゴリアテの動きを上回っている。
このピートの力は、今の動きから推測してだいたいGS試験前くらいか?
あの当時のピートじゃあこいつには勝てん。
ゴリアテも………この程度じゃあインキュバスを捕らえるのは無理っぽい。

―― ドゴオォッ! ――

「グガァッ?!」

一直線に突っ込んできたゴリアテを、インキュバスは紙一重で難なくかわす。勢い余ったゴリアテは、派手な音を立てて壁にめり込んだ。

「このっ!!」

今度はピートが突っ込んで行く。遠距離からの攻撃を全てかわされて、痺れを切らしたようだ。700年も生きてきた奴に向かって言う台詞では無いかも知れないが、まだまだ青い!

「ぐあっ!?」
「あれ?君ってヴァンパイヤ……ヴァンパイヤハーフって所かい?ふふふ、イキが良いね♪」
「くそっ!離せっ!?このっ!!」

案の定、ピートの攻撃ははあっさりとインキュバスにかわされた。なお且つ、インキュバスはピートの背後に回りこむと腕の関節を極めつつ、後ろから羽交い絞めにする。

その姿勢でピーとの耳元に口を寄せ、余裕たっぷりにピートをからかっていた。

「……ちっ!」

このインキュバス、一見ふざけているようにも見えるが、その実全然隙が無い。
俺はさっきから割って入るタイミングを計っているのだが、インキュバスはチラチラと視線でコチラを牽制している。
そのせいで、俺はなかなか攻撃を仕掛けられないでいた。
こっちに向けられるアイツの視線は、俺の霊感に物凄い悪寒を投げかける。

―― それだけ危険だってことか? ――

俺の背中を伝う冷たい汗は、段々とその量を増やして来た。

「このっ!ピートおにーさまを離せっ!!ゴリアテ、ミサイル!!」
「吸血鬼は死ねー!!」
「なっ!?」

アンはゴリアテに『ピートを羽交い絞めにしているインキュバス』を目掛けてミサイルを発射するように指示を出す。

「ちょ、待て!ピート巻き込…」

―― ガチャッ、ドンッ ――

それはつまり、ミサイルの標的にはピートも含まれるわけで……

「うわあぁっ!?ア、アンッ!?」

ゴリアテの胴部が開き、そこからミサイルが発射された。一直線に向かってくるミサイルに、ピートは目を丸くして慌てる。

―― ドゴーーーンッ!! ――

「げっ!?」

そしてミサイルは、寸分の狂いも無くインキュバス(とピート)に命中した。爆音を立て、モウモウと煙が巻き上がる。

「ペッペッ!ちょっと〜!折角のセットが崩れちゃったじゃないの〜?まったく非常識なおこちゃまね!」

だが、爆炎の中から出てきたインキュバスは全くの無傷だった。
爆風で崩れた髪を撫でながら、余裕のコメントを発する。

「今の直撃でも全くダメージ無しか……」

たいして効かないとは予想していたが、無傷で済むとは思わなかった。俺は今更ながら、こいつの強さを認識する。
一方…

「ア、アン…もっと後先考えて……ぐはっ!!」

ピートはかなりやばそうだった。
こりゃあ隙を探っているだけじゃラチがあかんな!

「冥子ちゃん、式神出してっ!」
「は、はい〜っ!アンチラ、アジラ、サンチラ〜っ!」

覚悟を決めた俺は冥子ちゃんにそう指示を出し、同時に自分も戦闘体制に入る。
なるべく被害を抑えたかったんだが、そんな甘い事を言ってられる相手じゃ無いらしい。

「俺が出るから、冥子ちゃんは式神で援護して!」
「は、はは、はい〜〜っ!」

冥子ちゃんは実践の経験が乏しい。まあ、GS免許取得前の候補生ってのは殆どがそうだけどな。
目の前の強敵に、冥子ちゃんは凄く緊張しているみたいだ。
はっきり言ってビビッてる。
正直、まだまだ戦力として数えられるモノじゃ無いが、それでも今は頑張って貰わないと……

「ん〜〜〜?……やっぱりちょっと鬱陶しいわね。じゃあ、まあ…ちょんっとね♪」

―― パチン ――

「えっ!?」
「ひゃうっ!?」

インキュバスがまた1つ指を鳴らす。すると、ヘルシングさんと冥子ちゃんが突然胸を押さえてその場に屈み込んでしまった。
なんだ?!

「おい!大丈夫か2人とも!?」

俺はインキュバスに視線を向けながら、2人の状態を確認する。

「な、何これ?…あっ、ふぁあぁっ?!」
「胸が〜…はぁ…苦しいの〜……ひゃっ…ぅうんっ!?」

―― ドキッ!? ――

な、なんだ?
2人共、なんだか微妙に色っぽい喘ぎ方を……

「僕がインキュバスだって事、忘れたわけじゃないだろうね?女の子じゃあ、絶対僕には勝てないよ。もっとも、男の子にだって負けないけどさ♪」
「な……何をした?」

俺は、何となく想像が付きつつも、一応聞いてみた。

「ちょっとばっかし性感をね♪なぁに、動けない程度の軽いものさ。直におさまるから、そんなに怖い顔しなくたって大丈夫だよ〜ん♪」
「なんてぇ羨ましい真似出来やがるっ!?この、女の敵があっ!!」

羨ましがってる場合じゃない!
こいつ、本当に強ぇ……
馬鹿でナルシーでも強えぇっ!!

「さってと、邪魔者がいなくなった所で……はじめようか?」
「なに?」

今、まともに動けるのは俺だけだ。
そんな状態で、インキュバスはさっきまでとは違う真面目な顔を見せる。
その2つの瞳が鋭く光り、俺の全身を少しの漏れも無く捕らえていた。

「この面子では圧倒的に貴方が本命だよ。一目見て分かったね。」

―― ゾクッ ――

「!!」

先ほどから感じていた悪寒が更に強く感じられる。
俺が本命だって?
先ほどまでの遊んでいるような態度じゃない。俺の全身を油断無く捕らえている。
先ほどから感じていた視線は、やはり俺をマークしていたのだろう。
それってつまり

「この面子では、俺が1番強そうだってか?」

はん!唐巣神父よりもマークされるとは、俺も随分と出世したじゃないか?
光栄だね!
それじゃあ、その期待にこたえてやらなきゃな!

―― ブンッ ――

俺は…半ば自分を鼓舞するように口元に微笑を浮かべつつ、右手に力を集中させて霊波刀を作り出す。
ジリジリと間合いを計り、相手の隙を伺った。

「神父はちょっと年を取りすぎた。さっきのヴァンパイアハーフの子もまあまあって所だけど…」

インキュバスは獲物を見つけた獣のように舌なめずりをする。
コイツってばあれか?
強い敵を叩き潰す事に快感を覚える、サディスティックなバトルマニアってやつか?

「俺は簡単には狩られてやんねーぞ?」
「ふふふ……イキの良いのは大好きさ♪そうでなくちゃね。ますます良いよ♪そう。やっぱり貴方が1番……」
「来るかっ!?」

インキュバスが人差し指をスッと突き上げ、俺を指す。
俺は攻撃に備え、素早い対応が取れる様に腰を落とした。
そして俺を指差したインキュバスは……

「僕の好み♪」
「………………は?」

そう言った。

―― はい? ――

この悪魔は今なんて言いました?

「たっぷり可愛がってあげる♪うふふふ……直ぐに僕の虜さ。そうしたら、君はもう僕無しではいられなくなるよ♪」
「………………」

いやーいかんな。
最近耳が遠くなって……変な幻聴が聞こえるよ。
しかもこんな、絶対に有り得ない台詞を………

「女って、結局インキュバスにとっては餌だろ?ちょっと力使えば言いなりになってしまうしね。」

言うな!
これは幻聴だ!
聞き間違いじゃ無きゃ駄目なんだーーーーーあぁっっ!!!

「そんなのつまらないと思わないかい?だからさ、僕は断然……」
「マテ、ソレイジョウイウナ…」

お願いします。勘弁してください。
嫌です嫌です嫌です嫌だ嫌だ嫌嫌嫌…

「男の子の方がが好みだね♪」
「おとこは嫌じゃーーーーーーぁぁぁっっ!!!!」

―― ダダダダダダダダ!バダン!ダダダダダダダダダダダーーーーーーーーーッッ!!! ――

俺はインキュバスに背を向け駆け出した。
否!
全速力で逃げ出した!!

…………………………










「ふう、ようやく日本ね〜…」

成田空港のロビーで、1人の少女がサングラスを外して呟いた。

「でも、本当に日本の空気って味噌臭いわね…」

綺麗な亜麻色の髪は、光の加減でルビーを思わせる真紅にも見える。
一際目立つ抜群の容姿をもつこの少女は、周囲の男達からの視線に気づきつつも平然とロビーに立っていた。

「しっかし、おにいちゃんもだらしなくなったわね?たかが泥棒に手こずってママを呼ぶなんて…」
「お待たせ、令子。」

ブツブツと呟く少女に、もう1人の女性が声を掛ける。

「あ、ママ。」
「ひとまず六道家に向かう事になったわ。良い機会だから、貴女も会っておきなさい。」

こちらもまた、すこぶる付きの良い女。この2人の容姿には端々に似た部分が存在し、どうやら血縁だろうというのは誰の目にも明らかだった。
一見して姉妹に見えなくも無いが、会話の内容からこの2人が母娘だという事が伺える。

「ああ……ママの先生だった人でしょう?」
「ええ、その後で唐巣神父の所に行くわ。」

並んで歩き出す母娘。すれ違う男の大半が振り向いてく。

「その神父ってママの師匠よね?」
「そう。これからは貴女の師匠になる予定よ。」

母と娘はそんな会話を交わしつつ、多くの人で空港ロビーを後にした。

…………………………










「あれが問題の娘か………」

成田空港から走り出す一台のタクシー。
その行方を目で追う人物が居た。

「分からないな。上が持ってくる任務はいつも分からないが、今回の任務は特に謎だらけだ。」

そこは上空。はるか雲の上。
呟くは女。黒い翼を広げる人では無い女。

「今の魔界がどれだけ大変な状態か…………それは誰の目にも明らかだと言うのに、何故こんな小娘1人に執着する?」

手にした筒状の物体はおそらくは望遠鏡だろう。
それを覗き込み、女は走るタクシーを観察していた。

「………きな臭いな。」

タクシーの中の娘を一通り観察し終えると、女は望遠鏡を手の上で弄びながら呟く。
切れ上がった鋭い目を更に細め、何事か思案しているようだ。

「………………」

暫し虚空を睨んでいたかと思うと、女はもう一度タクシーの走り去った方角に目を向ける。

「ふん……少し調べてみるか………」

―― バサッ ――

女は背中の黒き翼をはためかせ、その身を180度翻す。
そして…

―― ヒュンッ ――

刹那。
一陣の風と共に女の姿が掻き消える。
後残ったのは舞い散る数枚の黒い羽。
それは……
確かにこの場所に何者かが居たという事を示したいた。


今までの評価: コメント:

Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp