椎名作品二次創作小説投稿広場


黒き翼

除霊1


投稿者名:K&K
投稿日時:03/11/17

 ワルキューレが結城の部屋をでる5時間ほど前、横島は久しぶりにアパートの自室で寛いでいた。
今回の徹夜除霊三連荘はさすがの美神も気が咎めたのだろう、珍しく特別勤務手当てを出してくれた
おかげで、夕食には牛丼特盛生卵付きにありつくことができた。ひさしぶりの満腹感に自然と顔がほ
ころぶ。
 たまにはこうして一人でゆっくりするのもいいな、などと、ぼんやりとテレビを見ながら考えてし
まう。
 事務所は賑やかで楽しい。シロやタマモをからかい、おキヌちゃんが入れてくれたコーヒーを飲み、
時には美神さんのシャワーを覗いてシバかれる。そんなことをしていると時のたつのを忘れてしまう。
 だがこの頃は、特に肉体的に疲れたときなど、テンションを保つのが辛いと感じるときもあるのだ。
一年前のあの大戦を経験するまではそんなこと感じたこともなかった。
 そういえば結城の部屋を見たときも、あまりうらやましいとは思わなかった。以前なら自分の部屋
とのあまりの違いに涙していたところだが、今日は逆に、こんな広い部屋に一人で住んでいて、寂し
くないのかなどとらしくないことを考えてしまった。あいつが両親と死別していて天涯孤独の身の上
だと言うことを知っていたからかもしれない。それに比べれば自分はまだ両親が生きているだけ幸せ
かとも思う。

(そういえば、ワルキューレの唇の感触、柔らかいのに弾力があって、なんかちょっと熱くてとにか
 く気持ちえかったなー。)

 結城のことから自然と思考が流れて、今日最大のハプニングが蘇ってくる。自分に押し付けられた
ワルキューレの唇や胸の感触を思い出し、顔がさらに緩んでしまった。

 《ヨコシマッ!なにいつまでもニヤニヤ悦んでるのよ!》

 ふと懐かしい声が聞こえたような気がしてあたりを見回す。もちろん声の主がいるはずはない。

(あいつのキスもあんな感じだったよな。)

 思い出すたびに感じる痛みは一年前とかわってはいない。だが、時間の流れがそれを冷静に味わえ
るようにしてくれた。今おもえば、あいつはその長女然とした面影の裏側に、恐ろしいほどの激情を
秘めていたのだ。ワルキューレもあのクールな表情とは裏腹に相当な激情家なのかもしれない。

(そういや美神さんも前世は魔族だったよな。)

 もしかして、魔族の女性はみんなああなのか、などと思ってしまう。

 プルルルルルッ、プルルルルルッ。

 突然飛び込んできた電話の呼び出し音が、ふわふわと漂うような思考の流れを断ち切った。すぐに
受話器をとる。

 「もしもし、横島君?」

 こちらが口を開くより先に美神令子の声が飛び込んできた。携帯かららしい。

 「そうですけど、どうしたんスか。」

 「お休みのところ悪いんだけど、大至急こっちにきてちょうだい。場所は…」

 こちらの都合などお構いなしに用件をつたえてくる。だが文句をいう気にはなれなかった。金には
汚い美神だが、これまで、よほどのことが無い限り、一度与えた休暇を反故にするようなまねはした
事がない。それがこうして電話をかけてきたということは、なにか異常事態が発生したのだ。

 「だれかケガとかしてるんスか?」

 「あたしがそんなヘマするわけないでしょう!おキヌちゃんとタマモが少しへばっているけど今の
  ところは心配する必要はないわ。でも闘いが長引たらどうなるかわからないけど。」

 「わかりました。すぐそちらにむかいます。ただ、駅から現場までの道がわからないんスけど…」

 「あんたねェ!、自分が休みでもその日の仕事のファイルぐらいは目をとおしておきなさいって何
  遍いわせるの!。しょうがない、シロを駅まで迎えにいかせるから、そこからタクシーでもひろ
  いなさい。いい、急ぐのよ。遅れたら休出手当さっぴくからね!」

 最後は受話器をめいっぱい遠ざけたにも関わらず、耳が痛くなるほどの大声で怒鳴りつけると、此
方の返事も聞かずに電話をきった。横島は数秒間目を閉じて耳鳴りに耐えると部屋を飛び出していった。 




 『センセーッ。まってたでござる。早く早く。』

 電車を一時間ほど乗り継いで美神に言われた駅に着くと、改札口にはすでにシロが待っていた。
両腕と尻尾をブンブン振っている。

 「わーッ。こら、ひっつくな。顔を舐めるなー。」

 改札をでるなり、首筋に抱きついてきた。それを何とかひきはがす。よく見るとGパンは所々やぶ
れ、露出している左足には数箇所打撲及び擦過傷があった。タクシー乗り場にむかいながら様子を確
認する。

 「いったい現場はどんな様子なんだ。おまえもケガしてるみたいだけど大丈夫なのか。」

 『拙者のケガはたいしたことないでござるが状況はよくないでござる。現場はぶんじょーじゅうた
  くという同じような家がいっぱいあるうちの一つなんでござるが、我々が現地について除霊を始
  めようとして家の中に入ったとたん、いきなり浮遊霊の大集団におそわれたんでござる。』

 「それで?」

 『一度家の外に引いた後、おキヌ殿の笛やタマモの幻術で浮遊霊どもをだましている間に、拙者と
  美神殿で持ってきたお札を全部はって、なんとか浮遊霊と連中を操っている悪霊を一つの部屋に
  封じ込めたんでござるが、おキヌ殿とタマモはそれで霊力を使い果たしてしまって…』

 「霊団を操れるほど強力な悪霊なのに、下見のときにわからなかったのか?」

 『下見は美神殿と拙者で行ったんでござるが、その時にはそんなに強い霊気は感じなかったでござ
  る。』

 「ネクロマンサーの力をもつ悪霊、あのネズミ野郎とおんなじか、いやな相手だな。」

 『確かにあの時センセーはなんの役にも立たなかったでござるからな・・・・・・キャイン!。』

 いきなり横島に頭を殴られ悲鳴をあげる。本当のことを言っただけなのにひどいでござる、とぶつ
ぶついっているシロを無視して横島はタクシーに乗り込んだ。シロもそれに続く。

 「シロ、おまえ道案内なんかできるのか?」

 幾度となく繰り返された、帰り道はシロの帰巣本能だけがたよりという散歩の経験から、一応確認
してみる。だが即座に返ってきた答えは想像したとおりのものだった。

 『できないでござる。』

 おもわずコケて運転席の背もたれにぶつけてしまった額をおさえながら、シロを睨みつける。

 『だっだだ大丈夫でござる。美神殿に現場までの地図をかいてもらったでござる。運転手殿、この
  地図に書いてある場所まで大至急お願いしますでござる。』

 横島の視線に殺気を感じたのか、あわててGパンのポケットから地図を出すとドライバーに手渡し
た。それを見て、いままで二人のやり取りを呆れ顔でみていた運転手の顔が微かに青ざめる。

 「お嬢ちゃん、ここはあの幽霊屋敷じゃないか。お嬢ちゃんみたいにかわいい子がこんな所になん
  の用があるのかな。」

 『拙者、美神令子除霊事務所のアシスタントで人狼族の犬塚シロと申す者でござる。先程まで仲間
  とともにその幽霊屋敷の除霊を行っていたのでござるが、今はこちらの横島センセーを迎えに来
  たのでござる。横島センセーは拙者の先輩アシスタントで・・・』

 かわいいと言われたのがうれしかったのか、シッポを猛烈にふりながら、二人の自己紹介を始めた
シロを制して横島が口を開いた。

 「すんません運転手さん、現地で仲間が待ってるんでいそいでもらえますか。」

 ドライバーは少し青ざめた顔でムリヤリ笑顔を作ると車を発進させた。ドライバーはしばらく無言
で車を走らせていたが、やかて落ち着いてきたのか、除霊事務所の仕事についていろいろ聞いてきた
。質問に答えるのは主にシロで、横島は黙って二人のやり取りを聞いていたが、ときおり調子にのっ
たシロが余計なことをしゃべりそうになると、肘で小突いて注意していた。

 「そういや、先月テレビのニュースでオカルトGメンに人狼族出身の捜査官が誕生したっていって
  たけど、もしかしてお嬢ちゃんの知り合いかい。」

 『そうなんでござる。彼らは拙者と同じ村の出身なんでござる。』

 「人狼は人間よりずっと力が強いんだろう?今後はスポーツ選手なんかにもどんどんそうゆうのが
  でてくるのかね。」 

 『さあ、それはどうでござろうか。人間がわれら妖怪を怖がる以上に妖怪は人間を恐れているでご
  ざるゆえ。』

 「へーえ、じゃあお嬢ちゃんも人間が怖いのかい。」

 『はじめて村を出たときはとても怖かったでござる。でも拙者もまわりはいい人ばかりでござるか
  ら、今はあまり怖くないでござる。』

 そんなことを話しているうちに現場に近づいてきたのか、肌に感じる霊気がしだいに強くなってき
た。ドライバーも寒気を感じているのかしきりと腕をこすっている。そろそろ危険だと判断して横島
はタクシーをとめて車を降りた。

 「二人ともケガしないように気をつけろよ。」

 ドライバーは別れ際にそう声をかけると、今来た道を引き返していった。横島は車が見えなくなる
と、まだ手を振っているシロの頭をなでた。

 「シロ、おまえ、いいGSになったな。」

 『へ、どういうことでござるか?』

 「以前隊長がいってたんだよ。GSの仕事は人間とそうでない者の仲立ちをすることだって。あの
  運チャン、今日おまえと話したおかげで、少しは妖怪達のことを理解したんじゃないか。」

 『拙者、そんなこと少しも考えてなかったでござるよ。だから、そんなふうにいわれても、なんだ
  かくすぐったいでござる。でもセンセーに誉められるのはうれしいでござる。』

 「ところでひとつ聞きたいんだが、さっきおまえのまわりはいい人ばかりだと言ったけど、あれは
  本心か?」

 『とっ当然でござる(汗)。』

 「本当に?」

 『う〜〜〜〜、実はたまにいい人でなくなる人もいるでござる(汗)。』

 「だろ?。」

 「『・・・・・・・・・。』」

 暫くの沈黙の後、二人は同時に笑い出した。ひとしきり笑った後、横島はシロに声をかけた。

 「そろそろいくぞ、美神さんがしびれをきらしている。」

 『はい、でござる。』

 二人は同時に駆け出していた。

 タクシーを降りた場所から暫く走ると、今回除霊対象になっている家が見えてきた。玄関の所に人
影が見える。

 「美神さん。」

 横島が名前を呼ぶと、人影が此方を振り向いた。

 「遅いわよ、横島君!。アパートからここまで来るのに何で一時間半もかかるの!。」

 (だってしょうがないでしょ、交通手段が列車とタクシーしかないんスから)

 口から出掛った反論の言葉は、美神の不機嫌そうなふくれっ面をみたとたん引っ込んでしまった。
こういう時の美神に下手に口答えすると、酷い目にあうということを既に身体が覚えている。

 「すんませんっス。」

 横島はこれ以上美神を刺激しないよう、反射的に頭をさげた。

 「横島さん、お休みのところすみません。私達の力が足りなかったばっかりに・・・」

 美神の代りにおキヌがねぎらいの言葉をかけてくれた。だが相当憔悴しているのかその表情は冴えな
い。本当は立っているのもつらいといったところだろう。タマモは既におキヌの隣で座り込んでいる。

 「おキヌちゃんが気にすることないんだよ。どうせ美神さんがお札をけちったからこうなったに決ま
  って・・・ギャンッ!」

 まるでシッポを踏まれたシロのような悲鳴をあげて横島が吹っ飛ぶ。思わず漏れた本音を聞き逃さな
かった美神の右ストレートが顔面にヒットしたのだ。

 (センセー、それをいったらおしまいでござる。)
 (横島ってぜんっぜん成長しないのね。)
 (あうううう・・・)

 顔面血まみれで横たわる横島に美神を除く三人は三様の感想をいだいたが、それを敢えて口にする
者はいなかった。

 「勝手なこといってるんじゃないわよ!。たかが5千万の仕事に1億も2億も装備をつぎ込めるわけ
  ないでしょう!。それにこんなに手強い相手だなんて下見のときには全く感じられなかったわ。」

 あとの方のセリフは呟きとなり、だれの耳にも届かなかった。

 「さあいつまで寝ているつもり?、さっさと仕事にとりかかるわよ!」

 美神は横島の足首を掴むとズルズルと引きずりながら家のなかへ入っていく。シロ、おキヌ、タマモ
も後につづいた。


 「こりゃまた、ずいぶんと派手にやりましたねー。」

 家の中に入った横島はあたりを見回してつぶやいた。顔面の傷はいつのまにか消えている。
 そこは、まるで台風でも通った後であるかのような様相を示していた。床には破壊された家具の破片
が散乱し、壁には所々引っ掻いたような傷がついている。いくつか焼け焦げた跡もある。だが美神はそ
れらにかまう様子もなく、どんどん奥へ向かって歩いていった。

 「正直、こんなことになるなんて思いもしなかったわ。依頼主の話や下見をしたときの印象からして
  も、せいぜい家具を壊すことができる程度のちゃちな悪霊にしかみえなかったもの。それでも一応
  は7千万分の装備はもってきたのよ。」

 いつも強気な美神にしてはめずらしく、言い訳じみたことをいっている。よく見ると美神の服もあち
こち破れて肌が露出していた。

 「今回の除霊対象は、自殺者の霊で名前は木村誠、この家のもとの持ち主で死亡時の年齢は34歳、
  東京芙蓉銀行のエリート銀行員よ。」

 「東京芙蓉銀行ってこの前破綻した・・・」

 「そう。彼は融資部のエースで、将来の頭取候補の一人だったみたいね。来月には取引先の重役の娘
  との結婚も決まっていたらしいわ。ところが、ここにきて銀行は破綻、当然婚約も解消、頭取候補
  もなにもかもパアになっちゃった。おまけに融資部だったものだから破綻の原因を作ったっていわ
  れて再就職もきまらなかったらしいわ。」

 「天国から地獄へまっ逆さまってわけですか。」

 『かわいそうな話でござるなぁ。』

 シロがぽつりと呟く。おキヌも目を伏せていた。美神はシロの方をちらりと見て話を続ける。

 「当然この家も売りにだされて新しい持ち主が決まったんだけど、2週間ほど前突然彼が刃物をも
  って乗り込んできて、住人を追い出した後、自分の手首を切って家中に血を振りまいて失血死した
  わ。」

 「じゃあこの黒い染みは・・・」

 横島は気味悪そうに足元の床や壁を見回す。

 「彼の流した血のあとよ。」

 横島は踏んでいた染みの上から慌てて足をどけた。そんな横島を鼻で笑い美神はさらに話を続ける。 

 「っとまあここまでは、今時それほどめずらしくも無い話よ。普通ならこの後、彼は私たちに簡単に
  除霊されてこの仕事は一件落着するはずだった。」

 「でも実際は、相手も結構手強かったってわけっスか。」

 「そう。異常なくらいにね。あんた、ジェームズ伝次郎が人前で歌えるようになるのに散々苦労した
  の覚えてるでしょ?。死んだばっかりの霊なんて通常はあんなもんよ。霊団を支配するなんて絶対
  に不可能だわ。それに・・・、タマモ、あんた気がついてるでしょう。」

 『うん。あいつ、力はどんどん強くなっているのに、霊気というか存在感みたいなものは時間がたつ
  につれて、逆に弱くなってる。』

 「私もそれは感じていました。それで、どうしてなんだろって思ってたんですけど・・・。」

 『へっ、拙者そんなことぜんぜん気が付かなかったでござるよ。』

 『だから美神さんはあんたにはきかなかったのよ。』

 いつものように口喧嘩を始めたシロとタマモを無視して横島が口を開く。

 「三人ともおかしいと感じてるんなら、ここはいったん引いて、装備を整えて出直したほうがいいん
  じゃないっスか?」

 「それがダメなんです。」

 おキヌが申訳なさそうに事情を説明する。

 「期日が今日の24時までなんです。」

 「えーっ、なんでそんなギリギリになるまでほっておいたの!?」

 「それが、美神さんが・・・」

 口篭もるおキヌにかわり、美神が前を向いたまま答えた。

 「決まってるじゃない。報酬が低かったからよ。仕事は額の高いものから片付ける。常識よ。」

 「それって(「美神さん」の常識でしょ。)」

 思わず口からでかかった言葉をあわてて飲み込む。さすがに先程の経験がいきていた。

 『へェー、横島でもすこしは学習するんだ。』

 『そうでござる。センセーは賢い方なんでござる。』

 うしろでタマモのツッコミにシロがフォローにならないフォローをいれていた。

 やがてこの家の一番奥の部屋の前に到着した。質のよさそうな木で出来たドアが侵入を拒むかのよう
に閉じられている。そこには数枚の札がはられていた。ここが敵を封じ込めた部屋なのだろう。外に出
ようとする力とそれを阻止しようとする力が拮抗しているのが感じられる。いずれ外に出ようとする力
がまさるであろうということも。


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