椎名作品二次創作小説投稿広場


第三の試練!

〜三途の川と文学の可能性!〜


投稿者名:ヨコシマン
投稿日時:03/11/16

「で、実際の所、どうするんですか?」

 横島は、孔雀明王の石碑に腰掛け考え込んでいる美神に問いかけた。
 何とか文珠で大蛇との距離を取ったものの、まだ完全に逃げ切った訳ではないのだ。そして美神の表情からは、今の所「撤退」の意思は見えてこない。
 横島としては正直なところ、一度完全に撤退して、再度準備を整えてから挑むべきだと考えていた。なぜなら、あの蛇はいつものような悪霊や妖怪の類とは明らかに違う強さを感じる――――それこそ上位魔族か、もしかしたらそれ以上の――――、と横島の第六感が告げていたからだ。
 だが、最終決定権は当然美神にある。まずは彼女が本当の所どう考えているのか確認しておきたかった。

「正直、このまま戦闘を続けるのは厳しいわ。あいつの鱗の霊波無効化能力がどの程度かわからないけど・・・。」

 いったん言葉を切り、悔しそうに右手のつめを噛む。

「少なくともアタシの霊力じゃ、あの鱗は破れない。」

 自分と相手の戦力差を素直に認める美神を目の当たりにして、横島は少し驚きを感じたが、同時にあくまで冷静に戦況を判断している美神の言葉に安心もしていた。

「じゃぁ、ここは退却ってことっすね?」
「・・・それは出来ないわ。」

 横島の言葉をキッパリと否定する美神。

「なんでっすか?!戦略的撤退は敗北じゃー無いっすよ?!・・・つーか、俺はまだ死にたくねぇー!!」

 今まで何とか冷静さを保ってきた横島だったが、美神の一言であっさりと半狂乱状態に突入。まあ、彼の精神力などこんなものだ。
 美神はそんな横島をキッと睨みつけ、石碑から立ち上がって一喝する。

「聞きなさい!横島クン!」
「?!・・・ハ、ハイ。」

 意味不明の言葉を喚いてうろたえていた横島を一瞬で黙らせる。いつもドタバタやっている二人でも、彼女がこの表情をしたときだけは別なのだ。

「いい?アンタには言ってなかったけど、あの蛇はこの一ヶ月の間に、この森に遊びに来ていた一般人を四人、退治しに来たGSを三人食い殺しているの。
 合計すると七人よ。」
「し、七人?!」
「どういうことか解る?あいつは人を食う妖怪なのよ。もしも私達がここで退いたら、この先何人死ぬと思う?今回、準備不足だったのは正直認める。
 でも、だからってこの森の近辺に住む人々を見殺しにするなんてことは出来る訳ないでしょう!」

 いつになく熱い正論を吐き出す美神。その真摯な表情は横島を圧倒するに充分だ・・・が。

「・・・この依頼を失敗したら・・・依頼人はエミさんの所へ行っちゃいますもんね・・・。」

 ボソリ。横島は呟く。

「そーよ!それが問題なのよ!エミの厭らしい笑い声が今にも聞こえてきそう!ムキィ――――!!それどころか、依頼人がGメンなんかに行っちゃったら
 西条さんやママにも知れ渡っちゃうじゃないの!!アンタ、日本中にアタシの恥を晒す気!?絶対撤退なんてしないわよ!!!!」

 結局半狂乱状態に落ちる美神。彼女の精神力もこんな程度だったりする。

(・・・死ぬかも知れんな・・・俺。)

 うろたえる美神を見ながら、薄い微笑を浮かべる横島。目にはうっすらと涙が輝いていた。




『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォン』

 突然の咆哮。二人は咄嗟に声の聞こえた方向に振り向いた。
 二人の目に映ったのは、天を打ち破らんとばかりに放たれた紅く輝く不吉な光。
 その光線は森の上空で爆音と共に弾け、空を紅く染める。『それ』はゆっくりと、青空ににじむように広がりつつあった。

「な、なんだ!?なんですかアレ!」

 驚愕の声を上げる横島。だが美神はその問いかけに答えようとはせず、ただ黙って空に広がる紅い『それ』を睨みつけていた。
 やがて『それ』は森をすっぽりと―――まるでドームのように―――包み始めた。
 美神の頭の中で一つの仮説が浮かび上がる。それを証明するために彼女は横島に向かって言った。

「横島クン!霊視ゴーグルを!」

 横島からゴーグルを受け取った美神は、まず空を、続いてゴーグルの感度を最大に切り替えて自分たちの周囲を見回した。

「しまった・・・!そういう事だったのね・・・。横島クン!急いで!全力で森の出口まで逃げるのよ!」

 そう言うと、美神は突然森の出口の方向へ向かって走り出した。訳も分からず横島もそれを追う。

「ちょ、ちょっと!美神さん!いったいどうしたんですか?!」

 さっきまで絶対逃げないと宣言していた女が、手のひらを返すように逃げ出したのだ。横島が質問したくなるのも当然だろう。
 美神は横島の方へ振り返ることなく走りながら声を荒げて言い放つ。

「結界よ!結界!!あのクソ蛇、戦闘の最中この森中に結界を張り巡らせてたんだわ!あの紅い光はその仕上げって訳!
 アレが完全に森を塞ぐ前に抜け出さないと・・・!?」

 突然、今まで全力で走っていた美神の足が止まる。続いて横島が急ブレーキ。荷物の重さに負けて、豪快にヘッドスライディングをかましながら美神の横にすべりこむ。
 美神達の足を止めた物とは―――――

『 ? 摩 諭 吉 羅 帝 莎 訶 』

 二人は突然目の前に現れた石碑に目を丸くした。

「・・・美神さん。森の入り口からこの石碑まで・・・一本道・・・でしたよね・・・?」
「・・・やられた・・・。私達を逃がすつもりは無いって事ね・・・。」

 気づけば、紅い結界は森を完全に包み込んでいた。
 そして木々の間から、ゆっくりと白い大蛇が姿を現す。その無機質な眸は、まるで値踏みするかのように二人を見詰めていた。




「腹をくくるしか・・・ないわね。」

 相手は結界を完成させた。この結界にどのような効果が有るのかは判らないが、もしかしたら両者の戦闘力に決定的な差がついてしまった可能性も充分に有りえるのだ。
 だが、だからといって殺されるのをみすみす待っている訳にもいかない。美神は左手に護符を持ち、右手で神通棍を構えた。
 護符に念を送り、一枚目を大蛇に放つ。もっとも、美神自身もこんな物で仕留められるとは思ってはいない。唯の様子見だ。

 放たれた護符は真っ直ぐに大蛇へと飛んでゆく。そして異変は大蛇の1メートル手前で起こった。
 本来ターゲットに接触して霊波を炸裂させる筈の護符が、そのターゲットの手前で弾け、その霊波は大気中に霧散してゆく。

「やっぱり・・・。自分の能力を強化させる効果があるようね、この結界。」

 取り立てて驚くほどの事でもない。中に入ってきたものを不利にし、己を有利にする結界はそれほど珍しくはないのだ。
 この大蛇の場合は、恐らく鱗の霊波無効化能力のパワーアップ、及び身体能力の強化といった所か。

(それに・・・、霊力の回復も弱くなってる・・・!)

 かつてメドーサと香港で戦ったとき、原始風水盤の影響で洞窟内が魔界に変わったことがあった。あの時ほどの効果ではないにしても、それに近いものがある。
 状況は圧倒的に不利に成りつつあった。




(どうしよう。このままじゃ私達二人とも・・・ヤバイじゃない・・・!)

 不意に弱気な感情が美神の心に浮かびあがる。一度でも湧いてしまったその弱い心は、簡単に払拭できるものではない。
 美神の体を『恐怖』という名の感情が包み込み始めていた。不意に足元が震えだし、それは全身へと広がる。

 大丈夫、今までだって、どんなピンチも乗り越えて来たじゃない! 美神は必死に自分の心を奮い立たせようとするが、いっこうに震えが止まる気配は無かった。
 当たり前だ。今まで美神は何でも一人で乗り越えて来た訳じゃない。いつだって本当のピンチには仲間が助けてくれていた。だが、今回は誰も助けてはくれないのだから。

(そんなこと・・・解ってるわよ・・・!)

 そう、解っているのだ、そんなことは。それでも今は強がるしかない。自分の心を押し潰そうとする恐怖に必死で耐える美神。
 だが、それももう限界に達していた。膝の力が抜けて地面に座り込こみかけた、その瞬間、後ろから力強く抱きとめられた。

「大丈夫ですか?美神さん。」
「横島クン・・・。」

 聞きなれた声。後ろを振り向けば、横島が体を優しく支えてくれている。
 今になってようやく気づくなんて。一人なんかじゃない。彼はいつだってこうして私を支えてくれてた。今だって・・・。
 いつの間にか、体の震えは止まっていた。その代わりに高鳴る心臓の鼓動。
 除霊事務所を開いてから、彼とずっと一緒にやってきた。楽しいことも苦しいことも。まるで何十年もコンビを組んでいたみたいに。
 だから、彼に対する気持ちに気づいてしまった時には、すでに二人は近づきすぎて素直な気持ちを言えなくなっていた。

 でも・・・今なら・・・!

「横島クン・・・。私、貴方のこといつも酷い扱いしてきた・・・。ゴメン。」
「どうしたんです。急に。」

 横島はちょっと驚いた顔をして、すぐに優しく微笑んだ。
 美神の心臓の鼓動は更に加速する。

「私、私本当は・・・貴方のことが・・・!!」





『ドゴシャァァ!!!』

 凄まじい打撃音と共に横島が崩れ落ち、うつぶせに倒れた体からゆっくりと血の海が広がる。
 その背中にたっぷりと霊波をのせて神通棍が突き刺さる。そしてグリグリ。

「このスカポンタン!!!この非常時に手の込んだ小細工してんじゃないわよ!!!『地の文』に直接アンタのアホな妄想を載せるな!!!」

 読んでる人が混乱するでしょうが!! と、更なる折檻を横島に加える美神。
 すでに出血多量で三途の川を渡りかけている横島は、遠ざかる意識の中で小さく呟いた。

「文学の新しい可能性に挑んでみただけじゃないですか・・・。」



 状況は更に悪化の一途を辿るばかりである。


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