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悲劇に血塗られし魔王

外伝 血に濡れた誓い 1


投稿者名:DIVINITY
投稿日時:03/11/11

魔界のとある山の中。
そこはごつごつとした岩だらけの、荒漠とした山道が続いていた。
だが、山道と言っても、命の息吹を感じさせる植物は何一つなかった。
森の木々はおろか、草一本生えていない。
視界に映る限り、ひたすら黄土色の土と岩と石ころだけが、砂塵の吹き上がる道端に転がっている。
道幅など非常に狭く、大人数人が横並びに歩くのがやっとというほどだ。
その道幅を狭めている原因は道の両脇に鋭く切り立った懸崖だ。
人の背丈を何十倍にすれば良いだろうか。
そんな懸崖に挟まれた険しい山道に結構長い行列の一行がいた。
「コレイル」の部族総移動だ。
魔界は戦乱の世界。
弱者は虐げられ、強者は甘い汁を吸う世の中だ。
争いに巻き込まれ、その地にいられなくなってしまった部族は嫌でも違う土地へと移動しなければならない。
部族総出で移動するから、魔界では「部族総移動」などと呼ばれているその大移動を今、「コレイル」はしていた。
老若男女、皆何かしら重いものを持って必死に山道歩いている。
そんな一行の先頭には一際でかい大男と美しい女性がいた。
ズルベニアスとナターシャだ。
ズルベニアスは自分の身長を超える大荷物を両腕で軽々と持って歩き、ナターシャは小さなバッグを持って歩いている。

「全くいい加減にしてもらいたいものだ」

ズルベニアスはもう4度目くらいになる愚痴をこぼす。
ズルベニアスが治めていた以前の村は、近隣にいた部族と部族の小競り合いに巻き込まれ、破壊されてしまった。
応戦しようかともズルベニアスは考えたが、そこを大まかに治めていた『氷結の偽帝』と呼ばれる魔王アスカインまで出てきて否応なく、戦乱は大きくなってしまい余儀なく大移動となったのだ。

「あのアスカインの馬鹿が出てこなければ、こんな面倒をしなくても済んだものを・・・・・」

魔王アスカイン。
すらりと背が高く、首筋までまっすぐ伸びた金色の髪は見るものを魅了するが、注意しなくてはいけない。
彼の目は常に鋭く冷徹で、実際彼は他者の命などゴミ屑のようにしか思っていない。
そして、そんなゴミ屑のような救いがたい他の者どもは己に支配されないと救われないと本気で信じていた。
また、彼は魔族らしく戦闘を好んだ。
いや、正確には戦闘ではなく、戦闘と称した虐めがだ。
その虐めには必ず彼は氷の属性を使った仕打ちをし、中でも相手の腕を凍傷させ、そのまま更に悪化させボロボロと崩れていく様を見るな
ど彼のお気に入りだ。
そんな冷徹な彼は例にもれず、ナルシストで誹謗中傷など受けようものなら、すぐに切れてしまう。
故に彼に付けられた異名は『氷結の偽帝』である。

「でも、アスカインさんはあの争いを事前に知っていたような感じでしたね・・・・」

「当然だ。あいつがあの両部族が争うように仕組んだのだろうからな」

妻であるナターシャにズルベニアスは事も無げに言いきる。
端から見ればすぐにそれは解るのだ。
あの争いが始まると待ってましたとばかりに魔王の軍がすぐに駆けつけてきたのだから。

(・・・・次の地に期待するとするか)

実は戦乱が起きてすぐに部族総移動を開始した為、目的地など決めていなかった。
本来はそうなる前に次に住む場所をあらかじめ決めておくものなのだが、運悪く次に住もうと決めていた地で何やらきな臭い動きがあるという情報が入り、急遽取り止めとなってしまった矢先の事だったのだ。

「・・・あら?」

ズルベニアスがどこに行くべきか考えているとナターシャは何か見つけたのか小走りで一足先に進んでいった。
ズルベニアスは村人達に少し休憩するよう言うと、ナターシャの元へと向かう。
そこにはナターシャとナターシャに抱かれる三人の幼子がいた。

「捨て子か?」

別に魔界では捨て子などそれこそ山のようにいるが、こんな山奥に捨てられているのはそれでも少々珍しい。
ズルベニアスはその幼子を観察した。
獣耳に肉球ある可愛らしいこれまた獣の手。
おまけにお尻には尻尾まである。
他は人間と大差ない。
この魔族は・・・・・

「これは「カルアト」だな」

「そうみたいですね」

「カルアト」は下級魔族の中でだいたい真ん中くらいに位置する種である。
この種はあまり戦闘に長けていないが、その俊敏性や野生じみた知覚能力を駆使した情報収集能力は他の部族からも一目置かれている。
加えて、獣と人間が合わさったような外見がかなり愛らしく、よく上級魔族の奴隷として扱われたりしている。
この三人の幼子はそんな種族「カルアト」なのだ。

「何だ、飼いたいのか?」

ズルベニアスは物凄い発言をあっさりと言う。
だが、ナターシャはそれを気にした様子はなく、でも首を左右に振って否定した。
そしてチラッとズルベニアスからはちょうど陰になる所を見る。
気になったズルベニアスは見るために少し移動する。
そこにはもはや息絶えてしまった二人の男の子がいた。
ナターシャに抱かれている幼子に比べるとかなり年長だ。
その二人はまるで眠っているように見えるが、顔に生気はない。
その時にズルベニアスは気づいた。
二人はほのかに赤く輝いていたのだ。
その赤い光はもはや消えそうなほどだが、それでも搾り出すように輝いている。
それを見ていると、やりきれない悲しさが己の身を染め上げる。

(自分の生命を分け与えていたのか・・・・・・)

恐らくこの五人は兄弟なのだろう。
こんな山奥で捨てられたのなら幼い三人の命などすぐに消えてしまう。
きっと、この年長の二人はそれを見逃せず、己の命を分け与える事で生き永らえさせようとしたのだろう。
それにどれほどの価値があるのか、それを知りつつもやらずにはいられなかったのだ。
ズルベニアスはまだ幼い二人の亡骸を最大限の敬意を払って埋葬し、隣に連れ添うナターシャを見た。
彼女は三人の幼子を優しくあやしながら、ズルベニアスに向かって母性溢れる笑みを浮かべた。
ズルベニアスは頷く。
そして、眠りについた幼子達の兄に対して告げた。

「お前達の兄弟は我輩とナターシャが責任を持って面倒を見る。安らかに眠るが良い」




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あの出会いの日から早十年が経つ。
幼かった子供達はすくすくと育ち、今では立派な少年・少女だ。
上から紹介すると・・・・

長男・・・・クシャス(13)

長女・・・・イルミナ(12)

三男・・・・シェイル(11)

となる。
三人はいつも一緒で、寝るときも遊ぶときも常に離れる事はなかった。
仲の良い兄弟。
何も知らない人たちは言うだろう。
だが、違うのだ。
彼等は仲を良くせざるを得なかったのだ。
あの日、ズルベニアスが村人にこの三人を自分達の村に迎える事を告げると、やはりと言うべきか・・・・・
皆は良い顔をしなかった。
魔界でいう「村」というのは一つの部族のみが集まった閉鎖的な集団を指す。
たくさんの部族が入り乱れる所は「街」とか「都市」と呼び、そんなものは魔王の統治下にある地域にしか見当たらない。
話を戻すが、そんな閉鎖的な性質を持つ村にズルベニアスは三人のまだ幼い子を迎えると言っているのだ。
ズルベニアスがその村の頭領だから、表立って文句はいわないが村人の顔を見ればその三人が歓迎されていないのは明白だ。
だが、あえてズルベニアスは気にしない。
この三人の兄である死んだ二人に対し誓ったのだから。

それから新たな地で村を興してからというもの、ズルベニアスとナターシャは三人をそれこそ一生懸命世話をした。
勉学、体術、果ては人との接し方等を含めた道徳さえ。
必要だと思ったものは片っ端から教えた。
彼等もそれに応え、それらを吸収していった。



そして、現在。


魔界の途切れる事のない暗雲立ち込めるその空を巨岩の上で寝そべりながら見ている二人がいた。
ボヘッと間の抜けた顔で、でも意思の強さをどこか感じさせる少年がクシャス、その隣で気持ちよさげに彼に寄り添うように寝ているのが、
シェイルである。
容姿を簡単に説明すれば、クシャスは長髪に青の瞳を持ち、また結構背も高いため美男子といって差し支えないのだが、お尻からでた尻尾や手の肉球がそれを見事に壊し、逆に可愛らしく見させてしまう、二枚目になれそうでなれないそんな少年。
シェイルは、華奢な体に加え、まだあどけない顔は美しく、あどけなさ、ブラウンの髪も相まって女性に間違われる事もしばしばの中性的少年だ。(もちろん「カルアト」の特徴である尻尾、肉球は彼の愛らしさを増徴させ見る人を萌えさせる事は言うまでもない)
そんな行く所に行けばアイドル的存在になれるだろう二人でも村人は冷たかった。
この十年、それが緩和された事など皆無に等しい。
大人からの誹謗中傷は当たり前。
同年代になれば、喧嘩をふっかけてきたりする。
そんな村人達にはほとほと愛想はつきたが、だからとその村人の長たるズルベニアスやナターシャにまで愛想をつかしはしなかった。
彼等は育ててくれているし、何より愛情を感じるから・・・・・・・
だが、村にはいたくなかったので今はここでのんびりとリラックスタイム。
会話など必要ない。
今はこの穏やかな静かな雰囲気を味わっていたいのだ。
でも、それも終わりは来る。

「「・・・・・ほえっ?」」

ふっと視界に影がよぎり、二人はそれに視線を向けた。
そこには、

「あ、あんた達ーーーーー!!」

怒れる少女がいた。
整った顔立ちに、秋の稲穂を思わせる綺麗な金髪を後ろに結っている彼女の名はイルミナ。
兄弟の中で長女の役割を担う彼女は真面目な気性ゆえか、かなり気苦労が多かった。
理由は兄であるクシャスと弟のシェイル。
彼等はイルミナに面倒事を任せては、ちょくちょく村を抜け出してここで寛いでいるのだ。
村人達が嫌だという理由も分からないでもないので、今までは大目に見ていたがそれももうおしまいだ。
なんたって今日で通算ちょうど十回目になるのだから。

「こんな所でゆったりとしてる余裕はあんた達にはないでしょうが!!お兄、水汲みは終わったの?シェイル、あんたは家事のお手伝いでしょうが」

先程の静謐ともいえる雰囲気はもはや何処の彼方。
その事に多少気を害されつつ、クシャスは起き上がる。
そしてある一点に指をさす。

「イルミナ、あれが見えない?」

そこには中々に大きなしっかり蓋の閉まった樽があった。
イルミナはそれに近づき、ちょっと揺さぶってみた。
タプンタプンと中に入っている液体が揺れ動くのを感じた。

「・・・・・でっ?」

イルミナは冷たい目でクシャスを見た。
それにクシャスは気づかず、褒めてくれとばかりに誇らしげに胸を反らす。

「俺は仕事をちゃんとしてここにいる。何も問題はない」

さあ、褒めろと言わんばかりのクシャスの態度にイルミナは笑う。
シェイルはそれに危険を感じ、その場から少し離れた。

(あの笑みは、姉君の怒りMAXモードの前触れだ!!)

これから起こる惨劇にシェイルはブルッと震える。

「ねえ、お兄。」

「どうした、可愛い妹よ?」

「ここはどこ?」

「?岩の上だが」

そう、ここは岩の上。
かなり大きな巨岩の上。

「あの樽、ここに持ってくるの大変だったでしょ?」

「おお、それを分かってくれるか。そうなんだよ、重いの何の。しかも岩の所々にある窪みに樽を置いての作業でさ・・・・・・もう、死ぬかと思ったのは一度や二度じゃなかったよ」

クシャスはあの時の苦労を少しでも分かってもらおうと身振り手振りで説明する。
イルミナはそれを労う様に極上スマイルを浮かべると一言。

「ここから降りるときはどうするの?」

カチーンとクシャスは凍りつく。
ロッククライミングでも同じ事が言えるが、崖や急な傾斜を登るときは上を見ていればいいから恐怖感はないが、降りるときは下方を見なければならない為、その高さが高ければ高いほど恐怖感は大きくなる。
曰く、死への恐怖。

「ねえ、どうするの?」

イルミナは笑顔を浮かべつつ追求する。
それにクシャスは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「はは、あはははは・・は・・・・は」

しかし、それも徐々に弱くなる。
イルミナはもう笑ってなかったのだ。

「お兄、前々から私、ずうっと言いたかった事があったの」

「は、はひ」

クシャスはこの時、死の覚悟をしたという。





















「お兄のこの超弩級大馬鹿野郎ーーーーーーーーーーーー!!!」





















「で、シェイル」

くるりとイルミナはシェイルに向きを変える。
顔はもう眩しいほどの笑顔だった。
もっと具体的に言おうか。
それはどこかから賞賛するかのような声だって聞こえてきてしまうくらいの笑顔なのだ。
ほら、耳をよく澄ませてごらん。




「のおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーー!!」




ね、素敵なまるで賛美歌のような声が聞こえてくるでしょう。
何ていうか心に響くものがあるでしょう。

「シェイルはお兄みたいにお馬鹿さんじゃないわよね」

イルミナはそれを満足げにどこかうっとりと聞きながらシェイルに話しかけた。

「あ、あう、あああ」

シェイルはもうこれでもかってくらいに怯え、必死に頭を上下に振る。
イルミナは「良い子ね」と笑うと、水の入っている樽をシェイルに突き出す。

「シェイル。これをどうすべきか賢いあなたなら分かるわよね」

そう言ってイルミナは一足先にひょいひょいと巨岩を降りてしまった。
それを見送ってからシェイルはパンと手を合わせ、転落した兄に対し「南無」と心の中で呟くと、樽の蓋を開けドボドボと水を流しだした。


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