椎名作品二次創作小説投稿広場


黒き翼

邂逅9


投稿者名:K&K
投稿日時:03/11/10

 一瞬の出来事に呆然としていた愛子であったが、立ち直りは早かった。

 『ピート君、ねえピート君、お願い!、バンパイアミスト使って二人を追いかけて。』

 『えッ、えッ、ああだめですよ、それは。先生に除霊のとき以外はバンパイアの能力を使っては
  いけないと言われているんです。それに、霧になって外に出たら風にまきこまれてどこに飛ば
  されるか解りませんよ。』

 愛子は揺すっていたピートの腕をはなすとタイガーを見る。

 『じゃあタイガー君のテレパシーで二人の思念波を追跡できない?』

 「わっしもまだ、たまにエミさんのコントロールがないと暴走しそうになることがあるケン…。」

 『もうッ!霊能者が二人もいるのに、なんで肝心なときに役にたたないのよッ!。』

 『まぁまぁ愛子さん落ち着いて。』

 「あまりしつこいと横島さんに嫌われますケンここは引いたほうが…。」

 『そうですよ。それに今度埋め合わせするって横島さんも言ってたじゃないですか。それを信じて
  今回はあきらめましょう。』

 『……。』

 愛子は暫くうつむいていたが、やがて顔をあげるとニコリと笑った。

 『…ごめんなさい。とりみだしちゃって二人に酷いこと言っちゃった。』

 慰められて落ち着いたのか、愛子は二人に向かってペコリと頭を下げた。

 『いいんですよ、そんなこと。』

 「そうそう、わっしら別に気にしてないケン。」

 実際は、先ほどの会話に驚いた周りの乗客の視線の方が気になっていたので、二人はやれやれと
胸をなでおろした。だが次の瞬間、

 『ごめんなさいついでで悪いんだけど、今日は二人にはつきあってもらうわよ。』

 『へ、なんにですか?』

 『決まってるじゃない。やけ食いよ。ああ、このつらい想いも青春なのねッ!。』

二人はピシッと凍りついた。


 その晩、ピートとタイガーは夢をみた。夢の中で二人は除霊に失敗し、悪霊に捕まると次から次
とムリヤリにケーキを口の中に押し込まれた。ウンウンうなされ、やっとの思いで目をさますと、
二人は声の限りに叫んでいた。

 『「横島さん、恨んでやるーーッ!!」』


 ピートとタイガーが愛子を宥めていたころ、横島達もピート達とは反対方向に向かう列車の中に
いた。乗車駅から二つめの駅で降りると、結城の部屋まではそこから歩く。
 すでに横島は煩悩全開状態で、鼻の下を伸ばしながらぶつぶつ独り言を呟いている。心が完全に
あちらの世界に逝っていたので、結城は幾度か、横島が車のはしっている横断歩道を渡ろうとする
のを、学生服の襟首を掴んで停めねばならなかった。
 15分後、二人は結城の部屋の前に立っていた。横島の興奮はすでに頂点に達していて、まるで
発射直前のスペースシャトルのようである。ぐずぐずしてるとドアを突き破って部屋の中に飛び込
みそうな勢いだったので、結城はあわててドアを開けた。
 横島は物も言わずに飛び込むと、教えられてもいないのに、本能的に目指す部屋へと突進してい
った。やがて目的の部屋の前に立つとドアを開けて、

 『おねーさんッ!、生まれる前から愛していましたッ!!』

と、一声叫んで部屋の中の人物に向かって飛びついていった。だが、人間技とは思えぬ跳躍を見せ
た横島の体は、

 『アテンションッ!!私語を慎めッ!!』

という裂帛の気合にも似た命令を浴びると空中で直立不動の姿勢になり、まるで見えない壁にぶつ
かったかのように急停止すると、そのまま垂直に落下してしまった。

 「へッ?、なんであんたがここにいるんだ?それにその格好は…。」

 頭の中のピンクの霧が晴れ、正気に戻ると目の前になぜかワルキューレが立っている。しかもい
つもの軍装ではなく、Tシャツの上から男物のシャツをはおっただけというかなり色っぽい姿だ。
彼女は袖を肘まで捲り上げた両手を腰にあて、心持右脚に体重をかけるようにして、こちらを睨ん
でいる。横島の視線はシャツの裾からスラリと伸びた、ワルキューレの艶めかしい太ももに釘付け
になった。

 『大体弛んでるぞ!これが敵の罠だったらどうするつもりだ!戦士たるもの常に警戒を怠らず…
  オイッ、聞いているのか!。』

 あまりに情けない横島の行動に、ワルキューレはついいつものように説教をはじめたが、横島の
ほうはある可能性に思い至りそれどころではなくなっていた。女が男の部屋しかも寝室にいてこの
ような格好をしているということは、つまり…。妄想が妄想を生み、収集がつかなくなった。

 「ゆ〜〜う〜〜き〜〜」

 横島が腹の底からしぼり出すような声をあげる。目からは血の涙が滴り落ち、形相が一変していた。

 『……!』

 あまりの禍禍しさに思わずワルキューレの説教がとまる。続いてとんでもない言葉が結城とワルキ
ューレの鼓膜を襲った。

 「てめぇ、このネーチャンとヤッたんか!!!」

 『「え?」』

 二人の思考が停止する。横島はクルリと結城のほうへ振り向くと、追い討ちをかけるようにその
胸倉を掴んでブンブンと揺さぶりながらさらに叫び続けた。

 「このネーチャンはなぁ、このネーチャンはなぁ!、いずれ俺のものになると決まってたんや!!
  その時には(ピー)や(ピピー)や(ピピピー)まで思う存分やってやろうと楽しみにしてたの
  に、アッサリ横から掻っ攫いやがって!!」

 「お、おまえ、なに訳のわからんこと言ってるんだ!。」

 よほど恐ろしい形相をしているのだろう、結城の腰が引けている。

 「と〜ぼ〜け〜る〜な〜。さあ吐け。このネーチャンとヤッたんだろ。」

 さらに横島が結城に詰め寄ったとき、どこかで『ブチッ!』とワイヤーがちぎれるような音がした。

 『ホー。オモシロイことを聞いた。私がオマエのものになるなんて、誰がいつどこで決めたんだ
  ?』

 その声を聞いたとたん横島の体が一瞬硬直した。そしてそーっと首だけを回して背後のワルキュー
レを見る。怒っているのは、あの音と共に行き成りこの部屋中に充満した鬼気によりすでに疑う余地
はない。問題はそのレベルだ。それにより、説得する、土下座する、逃走する、の三つの行動パター
ンよりその場に最適なものを選択しなければならない。もし選択を誤れば地獄を見ることになる。
 だがワルキューレの浮かべている氷の微笑を一目見て、横島は全てが手遅れであることを悟った。
一縷の望みをこめて結城の方をみるが、巻き添えはゴメンだとばかりに視線をそらす。無駄だと解っ
ていても、体が本能的にワルキューレから距離をとろうとして、横島は壁際まで後退した。

 『私と(ピー)や(ピピー)や(ピピピー)を楽しみたいんですって?』

 普段と口調が違っている。怒りのあまり地がでてしまったのだろう。

 「ヒーかんにんやー。思春期の青少年が一度は通らなあかん道なんやー。」

 横島は脂汗を流しながら壁にへばりついていた。

 『いいわよ。相手をしてあげる。』

 ワルキューレの顔が官能的な微笑を浮かべる。だが、その瞳は南極の海に浮かぶ氷山のように凍て
ついていた

 『ただし、きさまがこの後も生きていればの話だがな!!!』

 最後に口調が元に戻り、それを合図に制裁が始る。そして5分後、横島の体は血の海の中でヒクヒ
クと痙攣していた。

 「もうそれくらいでいいだろう。せっかく連れて来たのに死んでしまったら元も子もない。それ
  に仮にも同じ学校の生徒だからな。ここで死なれたんじゃ後味がわるい。」

 折檻が一段落したところで結城が声をかけてきた。ワルキューレは二三度深呼吸をして乱れた呼吸
を整えると、横島の傍で片膝をつき、襟首を掴むとグイッと持ち上げた。

 『いつまで寝ているつもりだ、さっさと起きろ!』

 「ふぁぃ?」

 横島が焦点の合わない目でワルキューレを見る。その視線が下に降りるとニヤッと笑った。

 キィィィィィィィン。

 高い振動音とともに横島の右掌の中に淡く輝く玉が現れ、彼はそれを自分の額に押し当てた。
 文殊が砕けて消えると同時にワルキューレが与えたキズも全て消えていた。

 この状態で横島が文殊を精製したことに内心驚いたが、彼の視線をおっていくと疑問はすぐに解け
た。はおっていたシャツの裾が一部めくれあがっていたのだ。

 『貴様と言う奴はッ!!』

 ワルキューレの血が再び沸騰し始め、横島もそれを感じたのか、即座に両腕で頭をカバーすると、
隙間からこちらを窺っている。

 『プッ、クククククククッ。』

 そんな様子を見ていると怒るのが馬鹿馬鹿しくなり、反対に笑いがこみ上げてくる。思えばこれが
この男の本質なのであり、それを全く隠そうとしないところがかえって好もしくおもえてきた。美神
が散々セクハラを受けながらもこの男を手放そうとしない理由もその辺にあるのかと思う。
 一方横島の方は、行き成り笑い出したワルキューレの真意を測りかね、しかたなく調子を合わせて
笑っていた。



 「で、ピートやタイガーを撒いてまで俺をここに連れてきた理由はなんなんだ。」

 横島はさっきまで倒れていた床にしいたクッションの上に胡座をかくと、ベットに座っているワル
キューレの顔を見上げるように聞いてきた。結城はパソコンラックの前のイスに座っている。ワル
キューレはその顔をちらりと見ると、彼のいれてくれたコーヒーをひとくち口に含む。内心この場で
どこまで話すべきか決めかねていた。

 『おまえの文殊の力を貸して欲しい。』

 とりあえずこちらの要求を素直にぶつけて様子を見てみる。

 「それって、魔族軍の活動に協力しろってこと?」

 コーヒーカップを口に運びながら上目使いにきいてくる。苦かったのか顔をしかめていた。

 『いや、そういう事じゃない。実は任務の最中にドジッてな、傷をおってしまったんだ。それで
  こうして結城にかくまってもらって傷が癒えるのを待って…』

 「えっ、あんたケガしているのか。それならそうとさっさと言えよ。」

 こちらの言うことを半分も聞かずにいきなり立ち上がると、いつの間に精製したのか「治」の文字
が浮かんだ文殊をこちらに押し付けくる。ワルキューレは、その異様に真剣なまなざしに圧倒されて
いた。これが先ほどまで自分の太ももをみて鼻の下を伸ばしていた男と同一人物なのか。その表情に
はある種の恐怖感すらただよっている。だが、ワルキューレには彼に力を借りる前にどうしても伝え
ねばならないことがあった。

 『ちょっと待ってくれ。訳は言えないが、私はその任務で少なくとも二人の人間を殺している。
  もしおまえがそれでもかまわないと思うのならその文殊を使ってくれ。』

 横島の手がピタリと止まる。彼はそのままじっとワルキューレの瞳を見詰ていた。ワルキューレも
視線をそらすことなく真直ぐ横島の瞳を見詰返す。やがて、彼は文殊を握った手をワルキューレの体
に押し付けた。

 文殊の発動と共に、ワルキューレの体に心地よい暖かさが広がった。霊基構造が活性化し、体の芯
に残っていた精霊石の影響をどんどん消し去っていくのが感じられる。これまで全く変化のなかった
右肺の方も、微かにではあるが細胞が動き始めたのが感じられた。
 ワルキューレは暫くの間目を閉じて体が回復していく心地よさを味わっていたが、やがて目を開け
ると横島を見た。彼はワルキューレの表情から文殊が効果を発揮したことを読み取ったのか、安心し
たような微笑みをうかべている。

 『ありがとう。本当に楽になったよ。だけど、……良かったのか?』

 「……。」

 横島は問いに答えずしばらく考えこんでいたが、やがておもむろに口を開いた。

 「あんたがドジッた任務って、五日前のあれか?」

 『ああ。知っていたのか。』

 「いや、さっき気が付いた。二三日前に隊長と西条のヤローが事務所にきて美神さんと話している
  のを聞いたていたから。二人とも頭を抱えていたよ。」

 『じゃあなぜ…?。あの事件では民間人も何人か巻き込まれて死んでいるはずだが。』

 「隊長が言ってたんだ。現場からは確かに魔族軍の精霊石弾も多数見つかったけど、巻き添えにな
  った人の中にそれが原因で死んだ人は一人もいなかったって。」

 「それに、ワルキューレなら相手が人間であっても任務に関係ない者をむやみに殺したりはしない
  だろうし、もし実際にそんなことになったら絶対に俺の助けなんか求めないだろう、っておもっ
  たのさ。」

 『あいかわらず甘いことを…。そんなことを言ってるといつか寝首を掻かれるぞ。』

 「美神さんにもよく言われるよ。横島君は優しすぎるって。自分じゃよくわからないけどな。でも
  仲間を信じないで一人で生きていくより、例え裏切られて命を落とすとしても、そのときまでは
  仲間を守りたいって思うんだ。」

 横島は照れながら、優しさの中に一抹の哀しみが混じったような微笑を浮かべていた。

 『私も仲間だと…?。私はおまえ達がいうところの悪魔だぞ。』

 「種族なんて関係ないさ。同じ人間でも仲間とは到底思えねーヤローもいるしな。」

 ああ、あの娘はこいつのこういう所に惚れたんだろうな、と思う。

 ワルキューレは不意に胸の中にこみ上げてきたものに促されるように立ち上がると、横島の首に
両腕をまわし、その唇に自らの唇を重ねた。


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